ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

ですか

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重箱なんか当然我が家には無いのだけど、実家にはあったし、鰻重を食べた経験も普通にあるので。

茶箪笥を軽く叩くとハイ、観音扉を開けば普通に4人前揃ってます。
…ちっとも普通じゃないけど。
ポケットの中のビスケットみたいだな。

別にどんぶりでも良いのだけど、気分だ気分。重箱の方が高級感出るよね。
おやおや。
このお重、重たいなぁ。
プラスティックのそれっぽいお重じゃなくて、木製漆塗りのお高そうな器。
こんなお重使った事あったっけ?

あと、一応調べてみたら、どんぶりと重箱料理に特に差異は無いらしいし。
強いて言えば、重箱は鰻の2層乗せが出来る。おお!なんて豪華!

鰻と言えば、ひつまぶしなんて料理もあったなぁ。あれは鰻の混ぜご飯に鰻のお茶漬けみたいな料理だっけかなぁ?
我が家は鰻が取り放題なんだから、それもいずれ試してみようかな。
さて、鰻重に肝吸い付き、あとは玉にお漬物でも出してもらって、ちょっと遅めの昼ご飯。
これが美味しければ、後で聖域に捧げに行こうかしらね。

『試食ならば、ここで一緒に味わうぞい♪』
「はい?」

って、うわぁ。
テーブルに荼枳尼天と御狐様が座ってんだけど?
狐はどうやって椅子に座っているんだ?
あ、椅子の上でお座りしてる。
白い尻尾がもふもふしてて可愛いな。

「……狐が鰻の蒲焼きを食べて大丈夫なの?」
狐は基本的に肉食だけど、狩りによる食生活では雑食性にもなる。
人間に近づいた狐なんかがそうなりがちだ。
でも、鰻って、脂ぎってるし。
白焼ならともかく、蒲焼きのタレは野生動物には塩分高すぎじゃないかな。

『くにゃ』
『別に鰻そのものを消化する訳では無いからの。人の祈りと敬意を食べとるって事じゃから。別に鰻を食って物理的に腹壊す様な事は起きん、安心せえ』
「そうですか。」
『時に巫女っ子はどうした。あやつと食卓を囲む事を儂らは楽しみにしとるんじゃがな。狸達と川辺で毛氈の上に座って毎日美味そうに何か食っとるじゃろ。儂はともかく、この狐が羨ましがってな』
『くにゃ!』

おお、眷属の狐が神様に抗議してる。
猫パンチならぬ狐パンチだ。
ひょっとして、僕は今とんでもない物を見ているのでは?

ところで玉なら、神様達の後で、取り込んだ洗濯物抱えて呆然としてますよ。
あ、パンツ落とした。

★  ★  ★

『78点』
『くにゃ』
御狐様首を振り振り。神様に抗議。
『そうかの。お主は優しいの。では、おまけして82点で』
『くにゃ』

なんだかどうやら人の作った料理に点数付けてる方やがるぞ。
よくわからないけど、主従の間で決着はついたみたい。

2段重ねの蒲焼き重。
白焼の山葵乗せ。
肝吸い。
玉の糠漬け。

まともな鰻屋行けば結構な額を取られる鰻セットと、荼枳尼天自ら収穫して来た聖域干し柿をデザートに満腹腹を抱えて、神様一行は帰って行った。
消えて行った。
どこかに。
成田か佐倉か水晶か、それとも豊川稲荷に。

…………

「神様と一緒にご飯なんて、玉は鰻の味全然しませんでしたよう。」

その割には、白焼をおかわりしてたけど。山葵味と塩味に食べ分けて。

「神様は喜んでたよ。毎日世話をして収穫した作物で、毎日練習していた料理をして、毎日供えてくれる。本職の巫女より、余程儂らに良く仕えてくれてるって。僕らの周りに顕現するのは、確かに浅葱の力を持つ僕との縁だけど、巫女っ子との縁も日に日に強くなっているのがわかる。その内、うちの狐に懐かれよう。そこまで行けば、荼枳尼天の巫女として本物だ、だってさ。」
「神様相手にうちの殿はもう。何を気軽に神託を貰ってるんですか?まったくもう。」 
「前職で信託業務をしていたからな。」
「何か言いましたか?ちょっと冷えましたけど。」
「いいえ。」

…ところで、僕の作った鰻重の味が78点か82点かなんてのは神託の内に入るのだろうか?

★  ★  ★

「でも、干し柿も美味しく食べられましたね。初めて作るからちょっと心配でした。」
渋柿じゃなく甘柿で作ったので、甘さ的にどうかなぁと思ったけど、市販の干し柿に負けない甘さが出たんだよね。
妹が熊本から贈って来た干し柿に引けを取らない美味しさだった。

「も一つあんだよ。」
そろそろなんとかしないとなぁと思っていた籠を納戸から取り出した。
中には、干し芋とお饅頭が入っている。
浅葱の力は便利だ。
僕が念じた食品は傷まないし腐らない。
変質もしなければ、発酵もしない。
なんなら、温度だって熱いままでも冷たいままでも固定出来る。
食べ物に関してだけ言えば。


そして、そのお饅頭を見た玉の顔色が変わった。
「殿…その、お饅頭…」
「ん?分かるのかい?」
「はい、それはお母さんが作ってくれたお饅頭です。お彼岸とか、お雛祭りとか、お節句の時に必ず作ってくれた、お母さんのお饅頭です。」

どこかで見ているんでしょう、しずさん。僕にもわからないけど、居間の衣紋掛けにかかっている巫女装束辺りにでも。
貴女のお嬢さんは、1,000年の時を経ても、食べないうちから、見ただけで、貴女が作った事を見抜きましたよ。

「干し芋もそうだよ。玉の家でコツコツと作っていたんだそうだ。玉に食べさせて上げて欲しいって。」

まぁ、材料はどこから調達したんだって話はあるけれど、食べ物に関しては、積極的に使ってくれて構わない。
玉が無意識に、「おから」を冷蔵庫に調達した事があったけど、玉に出来るのならば、しずさんに出来ておかしくはない。

「逆に言えば、しずさんはそこまで“自分“を取り戻しているって事だよ。玉の修行のおかげでね。」
「玉の…修行…。」

問題は、玉の修行の先に何があるのか。
しずさんの言う店はどこにいつ誰が開くのか。
あと、青木さんも2年前に何やら僕らと因縁があるような事をもらしてたな。

「そうか。玉の修行も少しは進んでいるんですね。そうか。…そうか…」
玉はお饅頭を一つ取ると、口に含み、そして俯いた。
しばらく肩を震わせていたけれど、やがて顔を上げた時には、目に光る物はない。
ただ、にっこりと笑うと。
「うん。お母さんのお饅頭です。玉がいつも楽しみにしていたお饅頭です。………佳奈さんと妹さんには、玉の料理が殿の味に近づいたって言って頂きましたけど、お母さんの味もきちんと受け継いで、殿に分かって頂きたいです。玉と殿の味にしたいですね。」

玉と言う女の子は、自分のささやかな、でも大きな希望を一つ一つ着実に叶えていく女の子だと言う事を、僕はこの2ヶ月ほど、ずっと見て来た。
僕に拾われ、僕に嫌われる事だけを気にしていた居候が、自分の未来をしっかりと見据える様になっていた。

玉や青木さんや、大家さんや飼育員さんは僕が玉をそこまで育てていると言うけど違うよ。
玉は、最初から、努力の才能がある女の子だっただけだよ。

「あちち。」
お茶を飲もうとして、唇を火傷している姿は、あの市川駅前のお茶屋さんでお茶っ葉を買って来た夜から何一つ変わってない気もするけど。

さてと。
ちょっと鰻丼を作ろうとしただけで、大騒ぎの我が家だ。
明日から12月。
いつも賑やかに、僕らの指針を示してくれる青木さんが来ない週末だ。

晩御飯は、百合根で茶碗蒸しを作って、筍で土佐煮にして。それとも筍ご飯かな。
メインは肉にするかな。

「ろおすとびいふという物が食べたいですよ。殿。」
「ローストビーフはなんとかしますけど、お芋とお饅頭をそんなに食べてたら、またどすこい玉になりますよ。しずさん、どこで見てるかわかりませんからね。」
「さぁさぁ殿!ろおすとびいふの作り方を調べましょう。」
「まだ3時前です。もう晩御飯の支度ですか?」

まぁ、これがいつもの僕らなので。
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