ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

大豆とパン

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「とーのー。お掃除かけますから、退いて下さい。」
「はいはい。」

妹が帰ってしばらく。
僕達は何も起こらない、穏やかな日々を送っていた。

朝ご飯が終わって、洗濯物を干し終わると、うちの玉さんは掃除機を稼働させる事が、すっかり日課になってしまった。
細かくコロコロも日課にしていたので、大して埃も糸くずも落ちていない我が家だけど、玉的には掃除をする事自体が楽しいらしい。

君は主婦か?

「玉は、この家に来てからずっとそのつもりですよ。」

だから何故、僕の思った事が、うちの女性陣には筒抜けなんだよ。

まぁ玉さんは別名・お掃除玉ちゃんなので。
社も茶店も、浅葱屋敷も玉の実家も。
毎日毎日、箒で掃いて雑巾掛けをして居る。
あまりに熱心なので、掃除用に七分袖で藍染の割烹着を買って上げた程だ。
汚れが目立たないし、洗濯しても色落ちしない特殊な藍染めで、同じシリーズの作務衣も買ってしまった。
買ったのは良いけど、寒いから作務衣が着れない。さむさむ。
でも玉は元気だ。
割烹着だから、エンジジャージの上に羽織れるし。

「まったく、また殿は無駄遣いしてぇ。玉に買う必要なんかないのに!」
と言いながら、3着を聖域と玉の実家と市川のこの部屋に置いて、ローテーションで洗濯をしている。

ニコニコ。

笑ってるから、割烹着を抱きしめていたから、とっても嬉しいんだろう、

………

さて。
僕は隣の寝室に避難避難。
今日は布団を干していないので、柔らかいベッドの上に避難。
シーツを皺にすると、玉母ちゃんに
「まったく殿ったらもう。まったくもう。」
と、叱られるので、布団の上でだけ胡座をかく。
抱えたデバイスで調べ物を続ける事にする。

「そちらの部屋はそろそろ埃も落ち着くと思うので、窓を閉めていいですよ。寒いでしょう。」
「はいはい。」

今、ベッドに座ったばかりなんだけどな。

もはや庭だか畑だかわからなくなっている空間を眺めて、半ば苦笑しながらカラカラと窓を閉めた。
元・プロ農家の大家さん的には、かなり機能的にまとまっているので、啓蟄以降をお楽しみに、お父さん。だそうです。

もう青木さんの入居が決まっている隣の部屋は、最終の壁紙交換に入っていて、その建材で庭が埋まっている。
「もう、早く退かないかしらね。」
大家さんが大家さんらしからぬ不満を漏らしているんだけれど。

振り返ると、床の間の違棚に水晶玉が4つ並んでいるのが見える。

荼枳尼天の社と茶店の聖域。
浅葱屋敷と玉の家。
中身空っぽの、フクロウ君がくれた水晶。
そして、一番新しい水晶は、あのひと騒動あった棒坂の集落に繋がっている。

覗き込むと、どこ目線だか、誰目線だか知らないけど、なかなか賑やかな通りが見えるな。うん。
あのおじさん。サンスケさんって言ったっけ。
通りで旅人に案内をしたり、畑を耕したりと、八面六臂で働いている姿が見えて、微笑ましい。
…龍ヶ崎の家は、家族はどうなっているのかな。
再会させてあげたいな。

………

調べ物を終えて台所に入る。
玉さんは竹箒を持って玄関から出て行った。

こう言う姿を見て、多分菅原さんの気分が安まるんだろうな。
普通の家出娘なら、割烹着を着て意味ないオノマトペをぷいぷい言いながら、ご機嫌で掃除するとか、まぁしないわな。

「こんにちは。」
「まぁまぁ玉ちゃん。精が出るわね。」
「今日は天気が良いので気持ちいいです。」
…僕も面識のないご近所さんとも、玉はとっくに仲良しだ。仲良しお化けめ。

で、だ。 
僕が玉に掃除機で追い立てられながら調べていたのは「これ」の始末を付ける為。
シンクの中に山になっている「大豆」をだ。

………

浅葱屋敷の庭で、芝生に混じって生えて来た雑草をせっせと毟っていた今朝の話。

風で飛んで来た枯れ枝や枯れ葉は、ぽん子やウサギ達が片付けているんだけど。
そこら辺はまぁ、深く考えないで。
風の当たらない隅に山になってる件は、彼ら彼女らを可愛がってあげるだけで、本人達は幸せそうな顔をするので。

動物達が幸せそうに笑ってると、こっちも幸せになるよね。
「わんわん」
などと、一緒にいるぽん子に話しかけていたら話しかけられた訳です。

「殿。これ、どうしましょう。」

既に茶色く枯れた大豆の苗木を、玉が沢山抱えて来たんですよ。
大豆は玉のリクエストで、浅葱の畑を耕すと決めた時に、一番最初に植えたもの

日が経っていないとか、季節感が無いとか、色々ツッコミところはあるけれど、生物として倫理に間違いが無い限り、なんでもありなのが、水晶の世界だ。

…だって、先週末に青木さんが植えたばかりの向日葵とチューリップが、菜の花と並んで黄色い花を咲かせているもん。
黄色ばっかり。
せめてチューリップは、赤青も童謡通り混ぜれば良かったのに。

ま、そこら辺は、また今週来るであろう時に考えてもらおうかね。
花卉栽培するなら、畑のデザインも大切だから。
……美意識も残念な人だったりしないよね?あの人。
 
★  ★  ★

大豆の下拵え

1.圧力鍋に水を入れて沸騰させる
2.水洗いした大豆を鍋に入れて湯に浸ける
3.1時間ほど放置して、大豆が水を吸い込んだら、水をきり、塩水と落とし蓋をして煮る
4.煮上がったら、ザルにあける
5.出来上がり

さて、これからどうしようか。
藁包でこのまま包めは、明日には納豆。
それとも、にがりを加えて豆腐方面か。
はたまた味噌・醤油の発酵方面か。

とりあえず納豆と、煮物だな。
豆腐は荼枳尼天主従の好物だけど、きちんと調べてから作ろう。

ええと。
昆布とえんどう豆はあるし、あとは蒲鉾と人参でいいか。
色味と歯応えがバラバラで面白いよね。

既に煮上がった大豆を、麺つゆに刻み昆布を入れた鍋に投入。
さやえんどうと人参は色味を大切にする為に、別鍋に出汁の素を溶かしてぐつぐつ。

小田原名産品のお高い蒲鉾は、同じく刻んでオーブンでチン!

最後にこの3つを、出汁醤油で一煮立ちすれば出来上がり。
あっはっはっはっ。
美味そう!


藁は、うーむ。清潔な藁が手に入らないなぁ。聖域には無いし、浅葱屋敷の梅林に敷いてあるけど、鶉達が寝床にしてるしなぁ。
まぁ、大豆はまだまだあるし、枝豆用にも別にしてあるって玉も言ってたし。
どっかで手に入れる事にしようっと。

…残りはどうしよ

★  ★  ★

気がついたら、僕の隣では、「ジャム屋玉」が仕込みに入っていた。

外の掃除が終わって帰って来たら、僕が台所に立っていたので、触発されたのだろう。

最初は、
「玉が作ると、食あたりを起こします!」
って、食べる方の専門家だったのが、お漬物の専門家になり、カレーの専門家になり、今ではジャムの専門家になっている。

とりあえず美味けりゃそれで良い派の僕と違って、母親しずさんから受け継いだ知識と、クックなパットで調べた知識を総動員して、レシピ通り丁寧に作るので、漢(おとこ)料理な僕や、あまり食べた事ないけど花嫁修行中の青木さんより、美味しいものは美味しい。
問題はまだ、美味しくない物も多い訳で。

でも、ジャムは一級品だ。
市販の商品よりはるかに美味い。
おかげで、我が家の朝ご飯からお米が消えてしまった。
…大家さんが、ご飯よりパンが食べたいと、駄々を捏ねるので。
店子の家でパンをせびる後期高齢者。

まぁ、いいけど。

そのせいで、大家さんは自分の伝で手に入れた、いちご・林檎・夏蜜柑を大量に持ち込んだり、ついでに苗木を手に入れて、「どっちか」で栽培してみようと企む巫女さんがいたり。
あぁもう。何が何だか。

「殿との。パンがジャムに負けちゃいます。小麦作りましょう小麦!」

うちは、何が始まろうとしてるの?

「これで林檎ジャムも冷やせば完成です。さぁ殿!出発ですよ!」
「何処に?」
「美味しいパン探しの旅にです!◯ぶるそふとより、柔らかくて美味しいパンが、玉のジャムにはいるのです。」
「…そうですか…。」

まぁ、評判なパン屋さんもあるし、では探しますかね。
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