ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

ばいばい

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「殿。皆さんを案内してますね。」
「ねぇねぇ玉ちゃん。レッサーパンダが沢山居るのね。立つの?立つ仔いるの?」
「確か風太くんは千葉市の動物園じゃなかったかな?」
「殿が近寄るとみんな立ちますよ。」
「それは兄さん、貴方はなんて迷惑な人なのかしら?」
「ほっとけ。」

わいわいがやがや
わいわいがやがや

……………

ぽん太ぽん子に挨拶をした玉達が園内見学に向かうのを見送って、僕は改めてぽん子を抱き上げた。
この仔は本当に抱っこされるのが好きみたい。
コピーぽん子と同じく、鼻をスピスピ鳴らして頭を押し付けてくる。
因みにぽん太は、僕の靴の上でお座りをしてたりする。
動けないぞ。

……………

「お客様って不思議な方ですよね。私もこうやって、素人の方を厩舎に平気で入れる様になるとは思いませんです。でした。今でも。」
「別に、変な特別扱いをしなくてもいいんですよ?」
「貴方が見えたのに、貴方と触れ合えないと、この仔達が露骨にガッカリするんです。私達じゃ手に負えないくらい。だったら獣畜の健康の為に、少しくらいは特別扱いするよう、園長の一木より仰せつかっておりますので。」
「はぁ。」

たぬき達が、うんうんと頷いてるのは気のせいって事にしておこう。
2匹が「そうそう、その通り」と言ってるのも気のせいと言う事で。

…………

「…嫌なんですか?動物園勤務。一木が気にしてました。押し付け過ぎかな?って。」

ついでに、と言う事で、厩舎の掃除を始めた飼育員さんが、俯き加減に話かけて来た。

「そりゃ、地方公務員の給料なんか、お客様の前職と比べたら低いです。だからなのかなって。」
「……。」
「菅原ってご存知ですよね。先程、妹さんから、写真を見せて貰いました。お隣さんだそうですね。」
「今朝、無理矢理写真に引き入れられた、いつも全身黒い菅原さんでしたら、多分、飼育員さんの言う菅原さんですね。」

「あいつね。父親から酷いDVを受けて育ったんです。あ、私も飲みの席で、酔っ払ったあいつから聞いただけなので、ほんとかどうか、今どうなっているかとかわからないですよ。多分、聞かれても、あいつ本気で嫌がるから。」
「……。」
「だからあいつは、児童福祉課で、色々恵まれない子供達を守ってるんです。あいつが男性不審な事もなんとなく気がついてます。でもね。」
「……。」

「あいつは、隣に無職の男が越して来たって、最初は警戒してたんです。愚痴も溢してました。直ぐ中学生みたいな女の子を引き込んだって言って。家出娘だとばかり思ってたんだそうですよ。でもその娘は、お隣の男性を心の底から慕って、尊敬している事がわかったんだそうです。凄く人懐っこくて、礼儀正しくて、知識豊富で勉強熱心。庭で時折聞こえて来る会話だけでも、その娘もお隣の男性も、自分なんかより余程高等教育受けたやりとりしてるって。」

「……。」
「だからね。だからですね。菅原は救われているんですよ。お隣に貴方達の様な方がいて、特に、玉ちゃんでしたっけ?あの娘がいつも元気にしている事に。学校には行っていない様ですけど。それでもお客様を中心に、温かいコロニーが出来ている。年配の大家さんや若い女性も、時々賑やかに貴方達の生活に参加してる。菅原曰く、いやらしさも恋愛沙汰が全く感じないのに、何故か何かに一生懸命で、お互いをお互いに信頼し合ってるって。…正直、菅原も私も、羨ましいですよ。混ざりたいですよ。だから、と言う訳じゃないですけど、職場が一緒だと、多分それだけで嬉しいかなって。」

それだけ言うと、飼育員さんは真っ赤になって俯いてしまった。
やれやれ。
ここはなんとかしないとな。

「……別に動物園勤務が嫌と言う訳ではありませんよ。ぶっちゃけちまえば貯金が結構あるので、“遊ばなければ“死ぬまで働かなくて良いくらいわね。…金じゃないんです。玉は確かに今は不登校です。けど、前にも説明したかと思いますが、神職の娘なので、資格を取る為に◯学院大学への、その付属校への進学の準備をしているんです。(大嘘)家庭の事情で色々あるので僕が面倒みている訳ですが(微妙に本当)、彼女が落ち着くまでは、無理に就職しようとは思ってないです。全部が片付いたら、公務員試験を受ける事も、やぶさかでは無いですよ。」
「本当ですか?!」

パァと明るくなる飼育員さん。
あと、ぽん太。短い尻尾フリフリ。
まぁぽん子は嫁に行くし、浅葱屋敷の庭でいつでも僕らを待っているので、我関せずと寝ちゃってます。

…ひょっとして、また厄介事に巻き込まれたかな?

★  ★  ★

チャァーンス!
兄さんが別行動を取ってくれた。

そう、私は今日帰る。
本当は昨日帰ろうと思ったのだけど、あまりと言えばあまりにも滅茶苦茶な体験をしたので、兄さんが心配になったのだ。

何アレ?
兄さんが不思議な力を持っているって言うのは、薄々勘付いてはいた。
お母さんの事もあったし。

だからって、なんで変な世界に巻き込まれているのよ。
なんで日本刀を振り回しているのよ。

そして、そして何で突然現れた人達を率い出しているのよ。
兄さんて、そんな訳の分からない事をずっと体験してきたんだ。嘘でしょ?

私は、兄さんのたった1人の妹として、何でも兄さんを手伝う気でいた。
でも、駄目ね。
結婚しちゃうと旦那が大事だし、子供が産まれたら、やっぱり子供第一だもん。

兄さんにはああ言っても、私は今すぐにでも赤ちゃんを抱っこしたいよ。

「だからね。私は貴女達にお願いがあるの。」
猿山を越えて、全く別のスペースに行った時に、私は玉ちゃんと佳奈ちゃんに頭を下げた。

「くれぐれも兄さんを頼みます。
兄さんは貴女達を信用して、信頼して、頼ってます。
貴女達は、貴女達の出来る事を考えて、兄さんを助けて下さい。」

「兄さんは強い人です。
兄さんが挫けたり、折れたりした事は、妹の私からは見た事ありません。」

「でもそれは、私が妹だから、私が護られる存在の妹だからです。兄さんは私の為なら頑張っちゃう人です。」

兄さんが雑な扱いをする貴女達には、心を許しています。
だからこそ、兄さんが疲れた時は、必ず休ませて。
もっと言うなら、一度くらいは、兄さんを折っていいかもしれない。

でも、貴女達がそばにいれば、例え折れても、もっと強くなって立ち上がれる人だから。
「それは、もう赤の他人になった私じゃ出来ない事だから。」

新しい家族と、未来の家族に立候補する気があるのなら、兄さんを見ていて。
見続けていて。

「それが、私のたった一つのお願いです、
私は遠く、九州の熊本に居ます。
今日撮った写真は、家に戻ったらプリントアウトして、お仏壇に飾りますね。」

「私の家は、私の家族は、5~6年しか一緒に暮らせなかったので、新しい家族の写真は、みんなお父さんとお母さんに見せているの。」

「今は、兄さんとお友達って題で報告するけど。
いつか、近い将来、兄さんの家族ですって報告出来ると嬉しいな。」

「兄さんは、玉ちゃんだって、きちんと責任を取るつもりありますよ。
だって兄さんには、その為の特殊な能力も、当たり前の甲斐性もあるから。」

★  ★  ★

殿の妹さんは、はるか歳下の玉にも頭を下げてくれました。

殿が頑張り過ぎちゃう方だって言う事は玉も知ってますよ。
前にも、殿はお疲れになった事がありましたよね。

殿は動物に矢鱈と好かれてしまうので、騒ぎになっちゃいます。
釣り堀に行っても、殿は魚達に囲まれていました。

でも、玉には癒す事が出来ませんでした。
玉は殿に直接触れる事は、この世では出来ません。
玉の時代や、浅葱の水晶なら出来ますけど、かと言って、玉に出来る事なんか限られて居ます。

昔は夜伽とか、軽い気持ちで言ってましたけど、何故か今はそんな気になれません。
勿論、殿がお求めになるのなら、玉は喜んで身を差し出します。
多分、嬉しくて、泣いちゃうと思います。
今でも、殿に触れる空間では、殿の手を握ってます。
それだけで、それだけで玉は幸せです。
だからこそ、殿とは、その先の事を見据えて、今を、今日を大切に殿にお仕えしたいのです。

お母さんと妹さんに大手を振って嫁入り出来るように、玉は頑張るのです。

「はい、玉達にお任せ下さい。玉は殿を信じていますから。玉の出来る事ならば、なんでもしますよ。」

★  ★  ★

妹さんに頭を下げられてびっくりした。
慌てて頭を上げて貰った。
だって、お礼を言いたいのは私だもん。

なんだろう。
あの人が来て、あの人と沢山話して。
菊地さんへの気持ちが整理されて、気持ちが固まって、私のすべき事が見えた気がする。

改めて確信した。
私は菊地さんが好き。
それは、それこそ。4年前に祠から助けて貰った時から。
一目惚れだったのかもしれない。

私の中に、こんなに誰かを好きになる感情量があった事に、さっき気がついて、今になって驚いた。

男性=菊地さん。
その等号は、私にとって、真理であり、動かし様のない真実だ。

玉ちゃんがいるから、私は2番目で良い。
どこかそんな風に考えていたのも事実だ。
玉ちゃんには出来ないエッチな事を私は出来るから。
ずっとずっと、大切に取っておいたから。

でも、妹さんが教えてくれた。
菊地さんだったら、自分が欲しい物を手に入れる能力がある。そして、欲しいものを手に入れる事に、菊地さんは別に遠慮を感じる人ではないって事も、私は知っている。

そうよね。菊地さんだって、普通の男の人だもん。

…でも、菊地さんは倫理観の凄く真面目な人。
再就職に動かないのは、玉ちゃんがいるからだ。
玉ちゃんが菊地さんと離れると、玉ちゃんの存在確立が下がるから。
玉ちゃんは、何処か時の狭間に消えてしまうかもしれないから。

でも。

そうよね。菊地さんの「力」を忘れてた。
だったら私のする事は一つだ。

引き続き、菊地さんに選ばれる様に、女を磨く事だ。
うちの両親に。
玉ちゃんのお母さんに。
熊本の妹さん夫婦に。

私が菊地さんの伴侶として、相応しい女に認められる事だ。

★  ★  ★

「お任せください!」

玉ちゃんと佳奈ちゃんの返事が被った。
うん、この2人ならば、兄さんを支えてくれる。大丈夫。

★  ★  ★

しかしまぁ、あれだけあちこちで土産やら、コメやら買っちゃあ宅配便で送っていたのに、ピーナッツの最中やらサブレやらをたっぷり買っているよ。

おかげでチェックインしてる間に、色々持たされて待たされたよ。

「じゃあね。ばいばい。」
「さようなら。また来て下さいね。」
「いつか、私達がそちらに行った時、熊本を案内して下さいね。」

何やら、僕の離れたところで、3人は深い別れを交わしていた。

なんだろう。
なんか、背筋がゾクゾクするぞ。
ちょっと見ないうちに、何故あの3人は、あんなに仲良くなってんだ?

何はともあれ、我が妹は、僕らに大いに嵐を巻き起こして帰っていった。
やれやれ。

……因みに翌日、黒糖を使ったドーナツ棒が山ほど届いて、黒糖大好き玉が狂喜してました。
あの野郎、どうも熊本空港の売店からそのまま発送したらしい。
青木さんの分もあるし。

しずさんの作ったおやつを早く食べないと。もう。
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