ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

新しい村2

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どよどよどよどよ。

サンスケさんを始めとする「昔」の人たちが響めく。

「どよどよどよどよ。」
オノマトペ大好き玉さんがすかさず物真似を始めた。
…物真似なのかなぁ。

改めて全員を眺めてみる。
男性2人、女性5人。
なんだか随分と釣り合いの悪い組み合わせだけど、年齢はみんな20代から30代に見えて、子供や老人は居ない。
「祠」の特性だろうか。
ただ、「祠」から助けた玉は10代前半の少女だし、「祠」によってその特性に差があるのだろうか。

………。
なんかドクトクな嗜好の「祠」とかあったら、嫌だなぁ。
全員、アッーな人ばかり集めた祠とか。

「殿様。…殿様は仏様か何かですか?」 
1人の女性に合掌されて、念仏を唱え始めちゃった。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ。」
一斉に女性陣に拝まれ出しちゃったよ。
「なんまんだぶ」  
「なんまんだぶ」 
「なんまんだぶ」
あぁ、妹がニヤニヤしてる。

あぁと、まぁ。
取り敢えず住むところを作らないとな。
茶店の中は、プレーンな土間と竈しかない、「最初」の茶店だ。
リビルドした聖域バージョンの店じゃないから、人が生活するには具合が悪い。
ふむ。
浅葱の力で僕が引っ張って来れる建物のうち、違和感の無いものは、と。

浅葱の屋敷はオーパーツが過ぎるし、玉の家は…玉やしずさんは何も言わなくても、僕がなんか嫌だ。
あぁ、浅葱の屋敷には離れがあったな。 
家畜小屋に隠居部屋が付いているだけの小さな離れで、玉が山羊か何か飼う算段を(勝手に)立てている奴。
あれなら、ただの木造の(粗末な)建物だし、あとは自分達で住みやすくしてもらおう。

玉の家の布団や、水瓶などの調度品を参考に適当に誂えてっと。
茶店と社ならぬ御堂の前に7軒並べて建ててみた。

「なんまんだぶ」
「なんまんたぶ」

全員が僕を拝み出したのは無視して、御堂からの流れを、その中間に引き直して、この「村」の「メインストリート」とする。
これは、聖域でも浅葱の畑でもやった作業なので、今の僕には屁でも無い。

あ、そうだ。
聖域の方で計画は立てたけど、(忘れていたので)後回しにしていた「あれ」を試してみるかな。

………

サンスケさん達の相手を玉に任せて、(僕の前に立たせたら、相手構わず玉も拝み出したので)、僕はこの間、鴨川で入った露天風呂をイメージした。
…湯船は檜を組み合わせたもの。
…湯は単純泉。
…効能は怪我治療・疲労回復
…目隠しは板でパーテーション
…掛け流しで廃湯はそのまま地下へ

うん。
いい加減と出鱈目がこの上無いけれど、謎の温泉の出来上がり。

………

さっき、謎空間で叱られて、謎空間から助け出されて、謎の建物がぽこぽこ建って、誰彼構わず拝んでいたら、お風呂が沸いちゃった。
そろそろサンスケさん達の思考回路がオーバーフローし始めたらしいけど、そしたらこっちのもの。

あとは食いもんだけど、芋と蜜柑と柿は(季節外れだけど)収穫出来る。
川には魚がいる。

それに。
振り返った山際のそこに群生しているのは「葛」だ。
葛からは葛粉が作れるし、葛根湯も作れる。

蜂が普通に飛んでいるから、養蜂して蜂蜜も作れるだろう。

ついでに、金なら腐るほどあるんだ。
必要な物があるなら、近隣集落から買えば良い。 

温泉があって、名産品があるんだから、自立が出来るだろう。
道くらい、新しい峠越えくらい、自分達で作って貰おうじゃないか。

自分の足で足掻きたいと言っていたんだから。

★  ★  ★

「サンスケさん。」
「は。」
「見たところ、貴方が一番歳上の様だから、貴方を仮に長(おさ)に任命します。この谷は無人の様ですので、新しい村を作りました。ここにあるものは、貴方達が自由に使って結構です。無論、済まなくても結構ですし、どこかに去っても、ここに死ぬまで住んでも構いません。」
「は、はい。」
「まぁ、せっかく助けたのだから、みんな''幸せに苦労“して、生を全うしてもらいたいですけどね。」
「は。この三助。身に変えましても、生き抜いて見せましょうぞ。」
「あぁサンスケさんさ。貴方のご家族の事は、僕にはわかりませんが、1週間くらい北へ向かえば龍崎に帰る事は出来ます。それも自由ですからね。別にこの村に束縛される必要は全くありません。」
「は、ははぁ。」

さてと。
あとは外連味を一つ。
イメージ。
イメージ。
イメージ。
………無理かぁ。
浅葱の力から出せたものは、錫杖。
木製の貧弱な錫杖。
仕方ないか、漫画とかゲームでしか知らないし、知識不足だ。

とにかく、その貧弱な錫杖っぽい棒っ切れを棒坂がいずれ作られる峠に向けて投げた。棒っ切れは、未だ静かに存在していた光に吸い込まれ、消えて行った。

さて、これで細工(小細工)は終わり。
「帰るぞ。」
「はい。」
「え?あ、はい。良いの?」
「良いの。」
結局、最後のところで理解が追いつかなかった妹と、僕のやる事は全肯定の玉を連れて、僕らは御堂に入って行った。
中には明らかに一木造りの、ノミ跡も少し荒々しい馬頭観音が立っている。
馬頭観音が握る宝珠に触ると、僕らは元の時代に戻って行った。

★  ★  ★

「殿様が消えてしまった。」
「何ものだったのでしょうか?」
「わかりません。ただわかる事は、私達が助かったって事だけです。」
「殿様が最後に投げたの、あれ、うちの菩提寺の和尚様が托鉢の時に持っていたものだった。」
「つまり、殿様は有り難い仏様だったのかな?」
「聞いた事がある。偉い上人様はお隠れになってからも、行脚して私達をお救いくださっていると。」
「では殿様は上人様だったんだね。」
「まぁ、殿様がどなたかは、後で考えようじゃないか。」
三助がぱんぱんと手を叩いた。

「先ずは、家を決めよう。ここに住むならね。それから、芋を掘って、蜜柑をもいで、ご飯にしよう。湯にも入ろう。それから、私達に何が出来るか話し合おう。そのくらいの贅沢は、殿様は許してくれる筈だよ。」
「はい!」
新しい村に、新しい住人達の声が響いた。

★  ★  ★

僕らが帰ってきた場所は、山中に佇む古い石仏の前だった。
馬の冠を被っているそれは、あの御堂に立っていた、一木造りの馬頭観音に似ている。
つまり、そういう事なんだろう。

馬頭観音には、一本の杖が立て掛けられている。
それは間違いなく、さっき僕が出した不細工な木製錫杖だ。

「兄さん。説明を。」
「です。」
「あぁ待ちなさい。」
錫杖を取ると、妹に渡した。
「それを杖に、下山しなさい。玉には。」
1本作れば複製は簡単。もう2本取り出すと、僕と1本ずつ分け合う。
「これを杖にすれば、転ぶ事もないでしょう。帰りながら説明しますよ。」
何しろ、観音様の加護付きの錫杖だ。
心配していた転倒・骨折とかないだろう。

下山前に一つ。玉に熊野の清水に付いて、さっき調べた事項に何か変化があるか調べてもらう。
「変化なしですねぇ。お風呂があったから湯谷だし。泉は弘法大師が湧かしてます。」
「わかった。んじゃ、帰ろうか。」

先頭は僕。これは後から妹が滑り落ちてきたら受け止められる様に。
真ん中に玉。
最後尾では、玉のベルトを妹が掴んで支えている。
青木さんが居ればいいんだけど、僕と妹じゃ、玉本体に触れないから、何も言わずに玉が安全でいる様に考えてくれている。

「前にも玉には説明した事はあるけど。浅葱の力って言うのは、ごく個人にしか適用されない力で、歴史に及ぼす影響はほぼ皆無なんだ。」
「SFで言うところの、修正能力って奴ね。」
話しが早い。
「そ、何をやっても僕らの名前は出てこない。玉は神道の巫女さんだし、荼枳尼天を祀る神社は神社だ。けど、あの時現れた神社は外見こそ同じだったけど、中身はお寺だった。つまりは、“誰かがそうした”って意味だ。」
「誰?って、そりゃ犯人は観音様しか居ないわよねぇ。…あの観音様って本物?」
「さぁねぇ。僕らの周りでは普通に神様が顕現するから。僕は早く、玉の神社に棲んでる神様に鰻をご馳走しないといけないし。」
「何それ。」
「柿ジャムパンが食べたいって言ってましたよ。玉の夢枕にこないだ立ちました。」
「何それ?」
まあ、そういう僕らなので。

無事、下山。自販機で、それぞれ飲み物を買うと帰宅。帰宅。

「つまり、僕らは伝承の中で弘法大師にされる。僕らの正体が何にせよだ。辻褄合わせの為に、錫杖なんてものを無理矢理作って、わざわざ御堂の中から帰った。温泉はあれ、いずれ枯渇するようにしてある。1,000年という時の中で、全ては消えていく様に、残したものは全て木製品。物的証拠は全て消えて、人の伝承だけが残る。正確性なんか欠片もない、言い伝えだけがね。そりゃ、いくらでも変わるさ。僕らがした事は、当事者以外にはわからないし、理解も出来ない。」
「なるほど、でも何故兄さんがそんな事しないとならないの?」
「さぁねぇ。」

僕は苦笑するしかなかった。
玉のお母さん、しずさんの頼まれ事だし、そこに何かの意味があるんだろうけど。
「すぅすぅ。」
娘の玉さんは、助手席ですっかりオネムだし。

まさか、僕が棒を投げたから「棒坂」にしたかったわけじゃないよな。な?
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