ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

熊野の清水

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青木さんを送り出して、毎朝のお勤めを終えた僕らは直ぐ出発した。

青木さんも、さすがに寝起きに、出勤前に、畑仕事をする元気はないみたい。

「私が耕すのは、土日だけなのです。」

だそうなので。

まぁ、畑の方は、毎日玉が手入れしてるから大丈夫っちゃあ大丈夫。
あっちの畑は、当初青木さんがリーダーだった気もするけど。
大家さんの愛弟子たる玉には、農作物のスキルと経験値がどんどん積み上がっているから、週末農家の青木さんよりむしろ安心です。

菅原さんについて事情聴取したり(されたり)、駅まで歩くのよねぇ(たった10分だけど)とゴネたりグネたり、下着見ないでよねぇと玉に洗濯を押し付けてったり(というか、玉が青木さんの鞄から奪い取ってた。黒と白の下着を)。
朝から賑やかな人です。

かりかりベーコンにスクランブルエッグと味噌汁と玉のお漬物というお手軽朝食を、おかわりまでして完食してました。
朝ご飯をきちんと食べられるとは、若い証拠ですな。
おじさんの入り口な僕と、経産婦な妹は、焼きおにぎり1個とお漬物で満腹です。

…………

空を見上げると、雨は小降りになって来ていた。西の空は、だいぶ明るくなっている。
天気予報では、午後から晴れるそうだ。

「で、やっぱりお前も来るのか?。」
「そりゃあね。せっかく千葉まで来たので、なるべく兄さんと一緒に居たいし、兄さんの手伝いをしたいのです。」
特に予定を聞いていなかったけれども、やっぱり妹は、僕らと一緒のつもりの様だ。

さて、車でお出かけ、となると、いつもの帆布鞄を肩から下げてご機嫌になる玉。
「ニコニコ。」
ニコニコと言いながら、ニコニコするのは千葉県広しと言えど、うちの巫女っ子さんだけだろう。

「汚れるかも知れない」と言ったら、ジーンズを履いたけど上着に困っていたので、あまり来てないMA-1を貸してあげた。
ら、
「うふふふふ」
って笑いながら、文字通り埋もれています。
小柄な玉だと、肉襦袢でも着ているような姿で顔が半分見えない。

そういえば、お出かけ玉ちゃん用のラフな服って無かったな。
庭仕事は、僕のエンジ色ジャージを玉が自分で仕立て直した1着を、適宜に洗濯してるし。
でなければ、家じゃ割烹着かパーカーだ。(あとは巫女装束か)
箪笥の衣装は、着せ替え玉ちゃんが可愛いから、ダッフルコートだの、スタジャンだの、見かけ見ためが可愛いから買ってあげたものばかりだった。
汚したりしたりすると、玉は嫌がるだろう。


因みに妹はというと。
こちらは僕が着なくなった黒い皮コートに、昨日青木さんが履いていた、オーバーサイズのジーンズにベルトをキッツリ(彼女曰く、きっちりの最上級)締めていた。
「あははは、これ、シルエットがなんだかお洒落で可愛いな。これでも一児の母だぞ。割とスタイルいいぞ。」
実の兄と玉に見せつけても、僕ら反応に困るぞ。

★  ★  ★

今日の目的は、しずさんの言う「棒坂」を実際に見てみる事。
荼枳尼天の巫女でもあるしずさんの依頼は、おそらくは玉の「何か」に直結する事だから。
て、あれ?
荼枳尼天は魂入れされておらず、玉の1,000年に及ぶ祈りによって、その雛形が社に降臨できたって、当の神様は言ってたな。だとしたら、しずさんと荼枳尼天の関係ってなんだ?

細かいことは後回しにして、さて出発だ出発。
ええと、カーナビに登録登録…とうろく。
僕の古いナビでは場所不明だった。
仕方ないので、スマホのググる先生をセット。最新のググるマップには「棒坂」が、史跡として登録されているのだ。
スマホを置くところがなくて、ダッシュボードに転がそうとしたら、珍しく玉が助手席に座ってくれて、腿の間に挟んでくれた。

いつもの地図は、ドアポケットに入れているね。
途中までは、ここ数週間で何度か走った道なので、地図チェックはいいみたい。

妹は後部座席で、既に胡座をかいている。
「一度やってみたかったのよねぇ。車の中で胡座。」
お前、女の部分はどこやった?
結婚して子供ができたら、亭主や子供がどう思おうが、嫁の地位はこっちのものか?

★  ★  ★

なんとか言う新しい高速道路(有料道路?都会の区分はよくわからない)が、目的地の割と近所まで伸びていたので、この間のキャンプよりは楽に着けた。
茂原長南インターから、下道でだいたい30分。

木更津から分岐した辺りで玉は、スマホを放り出して地図と景色の見比べに夢中になっているし、妹は熊本とは違う優しい山並み(火山がないからね)と、時折現れる長閑な田舎の商店に興味津々のご様子。
2人共、何やら呟いて納得してらっしゃる様で。 
…どこかから聞こえるスマホナビの案内音声に従って、無事到着した。
なんか寂しい。

★  ★  ★

そこはちょっとした観光地になっていた。

「熊野の清水」

と彫られた石碑が建ち、熊野神社を合祀した竜動寺と言うお寺があり、駐車場や土産屋まで完備されている。

「熊野と書いて''ゆや“と読みます。弘法大師の清水伝説の一つで、かつてはこの水を沸かした湯治場があった事から、''湯谷“と呼ばれていました。」

玉さんが、いち早く検索して、概要を読み上げてくれた。
妹はさっさと直売所に消えて行った。
アイツはなんだかんだ言って家族を大切にしているので(僕も家族だから、大切に思ってくれているから、無理して千葉まで来てくれている事を、僕はちゃんと知っているよ)、トイレ休憩や飲料補給に立ち寄ったS.Aや道の駅で、地元の名産品を買っては宅配便で送っていた。

玉が興味深そうに追いかけて行ったので、僕もついていく。
ここには、とりあえず地元野菜くらいしか無さそうだけど、それでも主婦の目・母の目になって、あれこれ吟味している。

「米買った米。ふさおとめって千葉米。試食用に小さなおにぎりあったけど、冷たいのに甘くて美味しい。」
「むむ。お米ですか。殿、たまには違うお米食べませんか?」

僕は貧乏舌で味音痴だから、食欲をトリガーにしてるんです。
でも、相変わらず細かい違いなんかわからないなぁ。
甘い甘いか、しょっぱいしょっぱいか、濃いか薄いか、しかわからない。
最近では、玉が少しずつ料理の腕を上げているらしいけど、残念ながらよくわからん。

まぁ、玉がおねだりする事なんか滅多にないから、何も言わずに10キロ購入。
で、妹よ。
君は何故さつまいもを買っているんだ。
お前の生国の隣は薩摩だろう。
「兄さんの作ったお芋さん、美味しかったから、なんか違うのかなぁって。」

あれはただの「紅あずま」なんだけどなぁ。違うとしたら、聖域産だから、荼枳尼天の加護がたっぷり詰まってるくらいかな。何しろ、神様本人(本神)が美味い献上品が食べたいと、生育に積極的に関わっているから。
それにしても、芋ばかり食べてる妹。
略して芋うと、か。

「ちょっと兄さん?変な変換したでしょ?」
しまった。いらん事考えたら筒抜けな事忘れてた。
「兄さんって、時々お間抜けさんよね。」
「そこが殿の可愛いところですよ。」
「ね!」
……さて、「棒坂」に向かおうか。

★  ★  ★

熊野の清水から300メートル程南下した山の入り口に、「旧大多喜街道」と書かれた、自治体が立てた案内図があった。
山には、それこそ獣道の様な、木々の隙間と地面の若干の窪みが、そこがかつて道だった事を示す標として残っている。

山を越え、現代の道路にぶつかる先には、かつては棒坂の詳細が書かれた説明板があったらしいけど、今は取り外されている。
長さ200メートル強の山道であるが、道祖神や馬頭観音が今も残り、街道の難所であった事を物語っているそうだ。

「行きますよ。天気は回復したとはいえ、山道です。冬枯れしてるけど、まだ濡れているかもしれないし、地面だって滑るかもしれません。気をつけましょう。」
「はい。」
「はい。」

登り始めて直ぐ、僕は少し後悔した。
難所と言われるだけあって、勾配が結構キツい。
笠森観音に行った時は、階段がきちんと整備されていたので、体力勝負が通用したけど、ここは廃道だ。
土は滑り、木の根が張り、伐採していない枝が行手を遮り、倒木が邪魔をする。

登山用のステッキでも買っておくんだった。
それに問題は、玉だ。
彼女は今、僕や妹の支えを得ることが出来ない。 
最後尾につけた妹が、声をかけながら一歩一歩登っているし、玉も慎重に足元を選んでいる。

登りは大丈夫なんだ。 
玉には、青木さんが音を上げかけた階段を、ちゃっちゃと登頂した様に、普段交通機関で楽してる現代人よりは遥かに体力がある。妹もあれで学生時代はスポーツ万能選手だったので、標高数十メートルの丘を登る事になんの問題もない。

問題は降りだ。
滑るぞう。転ぶぞう。泥だらけになるぞう。
泥だらけになるだけならともかく、怪我したらどうしよう。
 
医者や病院なんか街場まで行かないと期待出来ないだろう。 
骨折とかした日には、された日には。
しずさんや、義弟に何と言って謝ろう。    

「!!!殿!!」
耳たぶの裏を掻きながら、色々と考え事をしていると、玉の声が山中に響き渡った。

成る程ね。こういう事か。
妹を連れて来たのは失敗だったかなぁ。
主の危機を察して、僕の右手が輝き始める。

「玉、念のため、御神刀を呼び出しなさい。」
「はい。」
「私は黙ってたほうが良いの?」
「そうだな。」
今、起こりつつある事態を考えて、最良解を瞬時に導き出した。

「お前の事は俺が守る。お前は“母さん“の事を考えなさい。」
「なんだかわからないけど、うん。」
「殿。来ます。」
「玉はなるべく僕に近寄りなさい。」
「はい。」

そうして、僕らは「祠」に飲み込まれて行った。

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