ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

ネタバラシ

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「随分と立派な門ねぇ。古い農家に残っているのを見たことあるわ。大体、市の教育委員会の説明看板が立っていて、中には人が居住しているので、無断で立ち入らないって、書いてあるのよねぇ。」

とりあえず、今、僕らが何をしているのか知って貰う為、僕は妹を連れて水晶の中に潜る事にした。
そうして、浅葱の屋敷の長屋門に立っている訳だ。
妹は何も言わずに、僕の腕に絡みついて来て、それを見た玉も反対側にしがみついて来る。
歩きにくい。

長屋門に女性2人をぶら下げたまま入っていくと、かちゃかちゃ玉砂利に音をさせて狸が駆け寄ってくる。
僕の姿を見ると、軽やかに飛び付いて来た。邪魔にならないよう慌てて玉が離れる。

「こんにちは、ぽん子。」
「わん」

続いて兎やら鶉やら、茶色い小さいのが、とててててと走って来るのを、玉がしゃがみ込んで出迎えている。

「あんぐり。」
妹があんぐりと口を開けているけど、甘えん坊のぽん子が、頭を胸にグリグリ押し付けてくるのは、まぁいつものこと。

ぽん子やら妹やら何やら、いろんなのに囲まれて、庭に辿り着くと。
ハクセキレイが雛を育てていた。
いや、樹高が1メートルも無い灌木に巣作りをしていたのは知っていたけど(普通、野鳥はそんな不用心なとこに巣は作らない)、いち早く僕を促して、雛の誕生を知らせてくれた。

「ちゅん!」
「おお!おめでとう。餌は足りているかい?」
「ちゅんちゅん」

そうか。畑で青木さんが育て始めた野菜につく青虫がちょうどいいか。
そういえば、蝶が飛んでいるな。
花は足りているのかなぁ。

『あの蝶達は、山の花の蜜を吸っているから大丈夫。ここには休みに来ているだけ』

いつのまにか、ここの生物の長となったぽん子が教えてくれた。
そういえば、鶉の世話もぽん子がしていたな。
てか、蝶が休みに来る家って何?

★  ★  ★

「兄さん。あのワンコケージスペースは何?玉ちゃんがいち早く突撃して、ミニ豚やミニウサギやモルモットに楽しそうに埋もれているけど。そして。」
縁側で、ぽん子に蒸したお芋をあげている僕を振り返ると。
「ここ、お婆ちゃんちじゃん。」

なんだろう。なんの手入れもしてないのに、芝生が前より青々としている。
うさぎ達が食べてるはずだけど。

『もぐもぐ。うさぎ達は芝生は食べてないの。自分で食べる分は、使っていない花壇の方でチモシーを育ててる。その根っことかを肥料に再利用して撒いてるの。もぐもぐ』

いや、ぽん子さん?
自分で収穫してるたぬきちもアレだけど、自分で栽培するうさぎって…。

『神様が教えてくれるの。もぐもぐ』

神様って、土地神か。
そうかぁ。荼枳尼天と違って、土地神を特に祀ったりしてなかったなぁ。
社を建てた方がいいかなぁ。
あれ、でも房総の石工家にはお稲荷さんがあったけど、ここは無いなあ。
オリジナルは熊本だから、そこら辺違うのかなぁ。

「兄さん?」
「わぁ。」

考え事をしていたら、妹に肩を叩かれた。お前、いつの間に室内に上がってたの?

「ここ、やっぱりお婆ちゃんちだね。間取りは殆ど一緒。お仏壇も同じ。でも、色々違う。違和感だらけ。」
仏間であり、応接間である部屋を見回している。
「時代が違うらしい。調度品から推測するに、僕らが知っている昭和末期から平成ではなく、おそらく明治末から大正の頃の浅葱の屋敷だ。」
「なんで?家がタイムワープとかしたの?」
「ここはね。副製品の世界なんだ。熊本には今の浅葱の屋敷はきちんと存在するし、庭の動物達の半分は、近所の動物園から動物達のコピーが自分の意思でやって来た。」

後は山から勝手にやって来た動物達だ。
この山がどこに通じているかは知らない。

「はぁ。」
「隣に建っている小さな家は、1,000年前に玉が住んでいた家だよ。玉が言うには、やっぱり少し違うらしい。僕らはここを住みやすくする為に、色々手を加えているの。」
「ごめんない。理解が付いて行かないわ。つまり兄さんがしたい事ってこれ?」
「いや、これは僕が何も考えずにふらふらしてたら、勝手に出来上がっただけ。」
「兄さん、考えが無さすぎやしませんか?」

ぽん子は、人間たちが会話を始めたので、玉の山に飛び込んで行った。

「僕の意思は多分殆ど介在してないよ。玉だっり、宗次郎さんがバラした、ここにはいない2人目の女性だったり、或いは動物達がしたくてしているんだ。僕はただ、それに許可を出しているだけ。」
「昔からそうだったし、うちのワンコもそうだけど、狸や野鳥がやたら懐く兄さんは何者なんですか?みんな野生の動物よね?」
「それは僕が一番知りたい。浅葱ってなんなのって。」

あそうだ、ちょっと来なさい。

僕は妹を連れて、隣の玉の家に入った。
相変わらず余計な物はないけど、玉が毎日こまめに掃除をしているので、埃一つなく床板が黒光りしている、でも一間しかない農家屋敷だ。

納戸には簡易ながらも、花が添えられた仏壇がある。
今朝、玉がつけた線香がまだ燃え尽きていなかった。
その脇には、お札と榊だけが飾られた小さな神棚があり、その下に、巫女装束を着たしずさんが座っていた。

「こんにちは、婿殿。」
そろそろと後について来た妹を振り返る。
「こんにちは、紹介しますね。こっちは僕の妹です。おい、彼女が見えるか?」
「こ、こんにちは。…あの、どなた?」
慌てて頭を下げる妹。やっぱり見えるか。
「玉の母にございます。」
「玉ちゃんのお母さん……。」

「そうか、見えると言うのは、やはり血の繋がりと縁の深さだろうな。」
「玉ちゃんは、お母さんが遠くに行ってしまったと言っていたのは?」
「玉は嘘はついていませんよ。それほど私と玉の距離は遠いのです。婿殿は、私と玉が再会して、一緒に暮らして行けるように、玉を指導して頂いています。玉を助けるだけでなくね。私としては、どんな形であれ、玉と婿殿が一緒に居て頂ければ、母親としてこれほど嬉しい事はないのですが、何しろヘタレ婿で。」

おい。

「ヘタレ兄ですみません。今後とも宜しくお願いします。」
「いいえ、こちらこそ。玉の義姉として玉を可愛がってくださいまし。」

そう、頭を下げた巫女衣装はそのまま床に崩れ落ち、しずさんの姿は消えた。

「消えちゃった……。どうして?どう言う事?」
床に転がった巫女装束を衣紋掛けに掛け直して、簡単に埃を祓って庭に出た。
「どうもね。一筋縄では行かないようなんだ。この空間では時間が経たない。腹も減らない。飢え死にする事もない。ただ延々と経たない時間の中で過ごすだけの空間なんだ。玉はそうやって、止まった時間を1,000年以上、1人で生きてきた。」
「………え?」
「そして、さっきの女性、玉のお母さんもだ。まだ年端も行かない娘が、何もする事がない空間に囚われて、少しずつ感情を失って行く姿を、ただ見つめる事しか出来なかった。1,000年も。」
実際のところ、動植物は育っているから、そこら辺の整合性をだ、ね?

人の話を最後まで聞かず、妹は駆け出していた。1児の母なだけに母性本能が刺激され過ぎたのだろう。

仲良しお化けの本質は、どれだけ苛烈な人生を歩んで来ても、玉が健気で明るいって事。裏表の無い素直さが、変に大人びてしまった僕らの琴線に触れるのでは無いかと思っているのだけど。

★  ★  ★

案の定。
妹は玉を抱きしめて、ポロポロ泣いていた。玉は少しだけ困った顔をして、でも温かい顔で妹の手に触れていた。

「殿…。」
「あぁ、全部話したし、しずさんにも紹介した。」
「お母さん、来てたんですね。」
「しずさんは、僕と玉の居るところには、いつでも居るよ。」

僕が媒介になっているから。
 
「おい、そろそろ気付け。お前が玉に触っている事に。」
気持ちがいっぱいになっていたのだろう。妹は顔を上げ、一度僕を見た後、もう一度玉を抱きしめた。

「玉ちゃん、生きているんだね。身体温かいもん、柔らかいもん。」
「はい。玉は生きていますよ。殿が玉を見捨てない限り、玉は普通に生きてますし、多分普通に歳を取っていくと思います。」
玉が気丈に優しく語りかけているので、妹も落ち着いて来たようだ。

「兄さん!今すぐに玉ちゃんと結婚しなさい。」

ちっとも落ち着いてなかった。 
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