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第一章 開店
バレた(バレてた)
しおりを挟む「草々不一」
それだけ筆文字で書かれた葉書を前に、僕は頭を抱えていた。
「殿?普通、こう言うのって、お手紙では書き足りない事が、まだありますよ!って意味だと、玉は思っていましたが?違いましたっけ?」
ずずぅ。
自分で淹れた熱いお茶を啜った玉さんが、興味深そうに僕の手元を覗き込んだ。
ついでに、お茶請けから緑色のお煎餅を一枚。
近所のお煎餅屋で何気なく買った抹茶煎餅が、最近の玉のお気に入り。
隣のお菓子入れには、皮に求肥を使ってモチモチ感を増したどら焼きと、栗がたっぷり入った羊羹が入ってたりする。お茶請けの見本市みたいなテーブルだけど。
全部、大家さんのお裾分け。
なんでも、松戸市の方に有名な和菓子屋があるそうで、わざわざ買いに行くそうで。
「美味しい朝ごはんをいつもご馳走になっていますし、お野菜をたくさん貰いましたから、そのお返しですよ。」
その和菓子屋の直ぐそばに、千葉銘菓・落花生のサブレの本店があるとかで、ご主人の尻を蹴飛ばして時々車を出させるんだと。
「妹さんからのお手紙ですよね。」
葉書の表を見た玉が、不思議そうに首を傾げている。
玉には、僕が肥後国出身な事しか話していない筈だけど、僅かな材料から見事に真実に辿り着いていた。
「女性だと普通、結びは“かしこ“だと思いますけど?」
「多分、それだけ言いたいことが溜まっているんだろう。葉書や手紙、多分メールでも書き切れない程に。まだ赤ちゃんも小さいのに、何しに来るんだか?」
「怖いです?」
怖い、のかなぁ。
面倒くさい、が正しいかな。
考えてみれば妹には、会社をリストラされて、寮を追い出されたから、市川に越したって、電話とメールで伝えただけだしなぁ。不義理をしていると言われてもおかしくないなぁ。正式にリストラされて、まだ2ヶ月くらいなんだけど。
しかもさっきから、熊本の家にも妹のスマホにも電話は繋がらないし、メールも返ってこない。
何を考えているんだか?というより、何を企んでいるんだか。
「大丈夫です。玉が殿から教わった美味しいご飯でお迎えします。」
一番の問題は、玉さんと同居している事ですが。
側から見たら、家出中学生と同棲にしか見えないし。
★ ★ ★
僕がソファで考え込んでいるのを他所に、お茶を飲み終わった玉は、湯呑みを台所で洗っていた。
二つの水晶玉を周り終えたら、今日は特に外出の予定も必要もない日。
雨はまだ降ってはいないけれど、雲は黒く厚く垂れ下がっていて、いつ降り出すかわからない。
お日様大好きな玉曰く、「午後から本降りだそうです。」って残念そうに乾燥機を回していたし。
などと、すっかり冷めてしまった玉が淹れてくれたお茶を飲み干しながら、胡麻煎餅はどこに埋もれたかとほじくり返していると。
チャイムがなった。
「はぁい。」
割烹着姿の少女が、手を前掛けで拭き拭き狭い玄関に向かって行った。
はて、誰だろう。
大家さんは帰ったし、今日は平日だから知り合いは来ないだろうし。
何げにそっちを向くと、玉が困った顔をして帰ってくる姿が見えた。
その後ろからは。
「やるねぇ兄さん。」
その妹がニヤニヤ笑って、何やら黒い箱を振って立っていた。
★ ★ ★
「いやぁね。宗次郎さんから連絡があったんだけどね。」
「どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
玉が来客用の茶呑みを差し出した。
因みに、青木さんと大家さんは、自分の湯呑みを持ち込んでいる。
僕んちの茶箪笥には、僕の知らない食器が日に日に増えてたりする。
…僕んちは一体なんなんだ。
「…………美味しい。こんな美味しいお茶、初めて飲みました。」
「ありがとうございます。みんな美味しいって言ってくださるんですよ。」
「お茶請けが和菓子だらけだけど、兄さんって、そんな趣味だったっけ?ポテチとかスナックが好きじゃなかったっけ?」
「お煎餅はここの駅前に美味しい店があるから、と言うより美味しいお茶が手に入るから和菓子の方が合うだろ。あとはお裾分けだな。」
「そ。良かった。お裾分け貰える様な知り合いも出来ているんだ。」
どうでもいいが、お前これ、この箱、実家にいた頃散々見た芥子蓮根じゃねぇか。
熊本出身者にわざわざ食わせるか?
………………
「宗次郎さんがね。兄さんが女の人2人連れて来たって言ってたから、様子を見に来ました。」
あの人はもうあの人はもう、何バラしてんだよ。
「あと、宗次郎さんに頼まれごとしてるんでしょ。それは私にも手伝えるし、たまには兄さんの顔も見たいし。帰って来なさいよ。」
「それでこれか?」
草々不一とだけ書かれた葉書を投げつける。
「お前の名前が書いて無ければ、スパムだ。スパム葉書だぞ。」
「スパム葉書。それは新しい概念ね。」
間違えて配達されたDMと、な~んにも変わらんがな。
………………
「ところで、貴女が兄さんが連れていた女の人の1人ね。」
あぁ、早速、大変(修羅場?)な事に。
あれこれ言い訳を考えていた最中だったのに。
「はい。私は玉と申します。」
お?
「浅葱の関係者です。母とこちらの方がお知り合いと言う事ですが、母が少しの間、仕事で遠出するとの事で、私は我儘を言いまして、こちらに残りたいと。それでお世話になっています。」
お?お?
「ふーん。」
あぁこら、寝室の襖が開けっぱなしだからって覗き込むな。
「一緒のお布団でお休みですか。仲が宜しい事で。に~い~さ~ん?」
「私の希望です。寂しがり屋なもので、、1人で寝ると寝付けないので。母も承知しています。」
「あ?え?そうなの?」
「私も憎からず想っていますし、なんならお嫁さんに貰って頂いても、私的にも、我が家的には何ら問題はないんですが。何しろ本人がヘタレで。」
なんだこれ。微妙に嘘はついて無いぞ。
「こら兄さん!女に恥をかかせるんじゃありません。」
「お前は自分で何を言っているのか、わかっているのか?玉の歳を考えなさい。」
コイツは、人様の奥さんで一児の母だと言うのに、子供の頃からちっとも変わってやしない。
「結婚するとか、出産・育児を経験したら、私も少しは変わると思ったけどね。兄さんの妹である事に変わりはないのよ。」
だから、僕の周りの女性陣には、何故僕の考えが筒抜けなんだよ。
「知らなかった?私も浅葱の娘だよ。」
便利だな。浅葱の力。
「私に出来る事は、兄さんが何を考えているかわかるくらいだけどね。母さんが教えてくれたのよ。私や母さんは勘の鋭いとこがあったけど、それは血筋で、兄さんは先祖返りで凄い力を持って居るって。だから、兄さんが何か始めたら、貴女に出来る事を手伝いなさいって。」
「母さんは、お前にまでそんな話してたのかよ。」
「亡くなる直前くらいにね。私は小さかったしわからなかったけど、生理が始まったら突然色々わかったの。」
「妹の生理が如何とか聞きたくなかったぞ、こら。」
「父さんが大慌てで役に立たなかったんだもん。母さんが使ってた生理用品の残りをくれたけど、母さん死んで結構経ってたし、お金だけ貰って1人で買いに行きました。上通まで。」
役に立たないなぁ、親父。
死んでからも、妹に娘に言われてるぞ。
「でね、兄さんが何か知らないけど大きな力を持っていて、いずれ何か始めるって事だけはわかってたの。だから、私はずっと兄さんの言う事を一番に大事にしてたし、私が迷った時は兄さんに必ず相談してたの。今の旦那だって、兄さんが認めてくれたから、まだ早かったとは自分でも思ってたけど、結婚に踏み切れたんだよ。」
「そんな事、一言も聞いていないぞ。」
「知ってる?お母さんが最後、いよいよって時にね。たまたま私だけお母さんについていたほんの数分。殆ど意識のないはずのお母さんが、少しだけ目を開けて、話してくれたの。兄さんがいつか、また逢わせて貰えるからねって。」
親父はそんな事、全く知らずにお袋のとこに行ったんだろうな。
★ ★ ★
「だからね、玉さん。」
「はい。」
「貴女、ちょっと変?いや、なんだろ。普通の女の子に見えるけど?」
ふむ。
「試してみるかなぁ。玉。」
「はい。」
「妹に触ってみなさい。」
「え?あ、はい。」
「え?なになに?」
いつもならば僕の足元で読書をしたりして居る玉は、今給仕の為に台所の入り口に立っている。
僕の指示に従い、妹に手を伸ばして、空ぶった。
「え?ええ?」
玉は、妹に触れなかった。
★ ★ ★
「殿。これは…。」
「まぁ僕の妹だから、縁(えにし)的にね。妹の力自体は多分、青木さんより下だろう。彼女は実体験をして居るから。青木さんとの差は、浅葱の血の濃さだと思う。多分、死んだお袋も、このくらいの力を持っていたんだと思う。おそらく、宗次郎さんもね。」
「なるほど。」
すかっ。すかっ。
妹は玉の身体を抱きしめようとして、失敗し続けている。
悲鳴とかを上げない辺りが、うちの妹だね。
「兄さん?これは?玉ちゃんって幽霊なの?」
そう言う反応は初めてだな。
というか、幽霊だと思うのなら、少しは驚け。
「玉はこの時代の人間じゃないんだ。平安末期から鎌倉初期の頃のひと。言うならば時の狭間に閉じ込められていたところを、僕が助けた。そう言う事だ。」
「です。」
玉は僕の頭に顎を乗せて、のめり込ませる遊びをして居る。乗っからないけど。
「玉ちゃんて、生きてるの?」
「僕ら以外の人は普通に玉と触れられるし、玉も普通に人や物に触れ合っている。大体、玉が玄関の扉を開けたし、お茶も淹れてたろ。」
「です。」
「ええと。」
妹は眉間に皺を寄せて、人差し指をこめかみに当てている。漫画だったら、黒い渦巻きが頭の上にクルクル渦巻いてるだろう。
「えすえふ?たいむりいぷ?」
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「むうむう。」
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「うん。玉ちゃんがそう言う存在なのは理解した。私達だけが玉ちゃんに触れないのが理解できない。」
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「えにし?」
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「思うって。」
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