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第一章 開店
新しいお客さん
しおりを挟むさて、キャンプから帰宅した後の夜の出来事です。
騒ぎの中心はいつもこの人、というか、いつも賑やかなあの人が、いい歳して愚図り出しました。
これだけ長い時間、僕らと一緒にいると言う事も今まで無く、また僕らといる時は、
「なんだろう。女としても大人としても、精神のどこかで緊張感がだらけ切っているの。不味いなぁ。」
とぶつぶつ溢している22歳OLさんが、自分の家でも実家でもなく、市川の僕の家に「里心がついたぁ」と言い出しました。
いや、あんた明日は月曜日。お仕事。
僕は、君らが馬鹿にしてる無職。
(あぁ、時間があるって幸せだなぁ。言えないけど。)
玉が魚屋から貰った「鮪の中落ち」で作った中落ち丼を晩御飯にした後、20時過ぎまで「帰りたくないの」って、ソファにしがみつく有り様で。
なんだろう。女性に直で言われて、結構ドキドキする文言の筈なのに、こっちはさっさと帰れだし、向こうも自分で何言ったか気がついて無さそうだし。
そうそう。うちのソファの定位置は、長椅子に僕、その足元の床に座椅子の玉、向かいの単椅子に青木さんって、いつのまにか定まりました。
…その内、ソファを買い足すなんて事無かろうな?
大家さんは、ダイニングのテーブルが定位置だけど、あの人、玄関じゃなくて庭から出入りしていて、そんな大家がどこにいる。
★ ★ ★
“いやいや“する青木さんの襟元を、猫みたいに摘んで、なんとか家に送りましたよ。ええ、ええ。
帰宅後、すっかりおねむになったので先に入浴を済ませて寝室に引っ込む玉を見送ると、さぁ色々今のうちにやるべきこと(後始末)をやらないと。
先ずはこれ。中落ちと一緒に貰ったアラ。夕べは寒鰤を弄っていたから、鰤は一目でわかったけど、この皮の赤みがかった白身は鯛だろ。こっちは見て分かる。鮪じゃないか。
魚屋の大将、どうやら玉の仲良しお化けスキルにやられて、売り物をくれたみたいだ。
…………
アラ料理の下処理
1.身を塩で揉み、10分ほど放置して水を出す
2.熱湯を掛け回して、ある程度温度が下がったら、滑りを手で取り除く
以上。簡単簡単。
鰤は宗次郎さんから貰った大根と、醤油・味醂を圧力鍋にぶち込んで鰤大根にしようっと。一晩、味醂醤油に漬けておいて、明日のおかず行き。朝から炊くかなぁ?
鯛は一度焼いて、牛蒡あたりと煮付けにするかな。それとも鯛飯にするかな。
あぁ、鯛飯良いなあ。お頭が一つあるから、鯛つくしの日を作れるじゃないか。
鮪は、ふむ血合が多いな。煮付けてばかりでは芸もないし。
これはステーキにしようステーキに。
塩を振るだけのマグロステーキが良いかな。
量的にお裾分けは無理そうだから、これは僕と玉だけの時に食べようかね。
あらかたの手立てを終えて、玄関に山となってる野菜のお裾分けを少し考える。
それから、鹿肉と魚類をチルド室に放り込む。
鹿肉なんかどうしたら良いんだろ。料理の仕方なんかわからないよう。
あと、玉が買った伽羅蕗。味が濃い分、なかなか減らないんだよなぁ。
あと、この白菜漬け。
「この味を玉は再現するのです!」
むふー!って、晩御飯の時に鼻息荒くしてたけど、漬かり過ぎて、もう味変わっちゃってるぞ。
まぁこの二つはタッパーにいれて冷蔵庫に……。市川に越したばかりの頃はスカスカだった、この冷蔵庫。知らない食材で埋め尽くされてきてるなぁ。
半分は玉が作った糠漬けと、玉がリクエストした食材だけど。
さて。
シンクの掃除をして、鰤大根の下処理をした圧力鍋をガス台に乗せて、今晩の仕事は終わり。
1人での房総半島縦断運転は、大した距離では無いけど、全てが終わってみると結構疲れた。
次の保険更新の時に、他人の運転も対象に加えておいた方がいいかねぇ。
どうせ青木さんが居る時じゃないと、遠出しないだろうし。
首筋をコリコリ揉みながら、僕もお風呂に向かう事にする。
バブ入れようかな。バブ。
そういえば、葉室麟がもうすぐ読了出来るな。あれを読み終えてから、寝る事にしよう。
……お酒、あれどうしよう。結局、森伊蔵も夢雀も開けてないぞ。置き場所がないんだよなぁ。
次に青木さんが来た時に持って帰ってもらうか。
それとグビ姐こと、菅原さんにも…って気軽にお裾分け出来る酒じゃないなぁ。
あの人あれで、公務員って事もあるせいか真面目で警戒心も強いから。
さてさて、どうしようかな?
そんなふうに、やっと出来た僕1人の時間をゆっくりと楽しみました。
★ ★ ★
「あぁ、やっぱり。」
「です?」
翌朝。
僕らは、いつものようにお勤めに聖域にやって来た。
昨日来なかった(代わりに荼枳尼天が向こうから来た)ので、たぬきちやフクロウ君がどうなっているか、ほんの少し心配だったのだけど。
たぬきち曰く、
『神様が、今日は来ないって教えてくれたよ。でもそのかわり、おにぎりを貰ったよ』
との事なので大丈夫だったみたい。
やけにおにぎりを沢山持って帰ったと思いきや、たぬきちの土産にしてたか。
まぁどうせ、飲み物食べ物に困る世界ではないので。
問題はと言うと。
新しいお客様が増えている事で。
『眷属を連れて行く』
と確かに荼枳尼天は言っていた。
その時に嫌な予感はしていたんだ。
連れて行く?何処へ?
今の荼枳尼天が座す場所は、成田や豊川などきちんと開発された信仰の場であり、野生のテン達が暮らせる場所ではない。
んじゃ、何処だよ。
野生の動物達が安心して暮らせる、荼枳尼天が守護する場所って。
ここだよ。当然。
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」
「ひぅ」
「わふ」
迎えてくれたメンバーが増えた。
狸と梟と貂が計4頭と1羽。
「あははは。テンさん達、こっちに来たんだね。どうぞ、これから宜しくね!」
「くぅ」
と言う訳で、玉と愉快な仲間たちは社に入って今朝のお勤め。
あ、玉が果物籠持ってる。初めて気がついた。
僕はというと、テンの親子の為に、たぬきちと同じケージを川向こう(社側)にこさえたり、いつのまにか若木になっている橅の木の手入れをしたり。
畑の手入れは、今日は無理かなぁ。
橅は早く大きくなったら出来るウロをフクロウ君の巣にするつもりだけど、荼枳尼天さんと相談して、御神木にもしようかな。
橅を御神木にしようと思った理由は、何故か最初に植樹していた茶店の向こうから、川向こうの社に移動していたから。
そんな事をするのは、うちの荼枳尼天しか居ないので(なんだこの日本語)、まぁそう言う事だろうと。
その代わり、と言ってはなんだけど、玉のご希望の準備をしようと。
と言う事で、梅の木を一本。
種から育てて行くのも楽しそうだけど、ここは先ず植樹で。
浅葱の屋敷の西端、防風林を潜った先にある小規模な梅林から一本。
水晶玉の世界、季節はいつなのかわからない。
少なくとも、見た感じでは梅花は終わって久しい様だ。
見ると小さな実がある。
という事は、この樹の今の季節は、晩春か少しその先くらいかな。
★ ★ ★
「わん!」
こっちに来てみたら、ぽん子が飛び付いてきた。
『1日来なかったから寂しかったの!
どうして来てくれなかったの?』
荼枳尼天は、こっちには来なかったと見える。
まぁ、こっちは土地神の縄張りだし。
我儘とは言わないけど、僕の胸に盛んに頭を押し付けるぽん子のご機嫌を取る為に、必殺技!ブラッシング!
「わふふふ、わふふふ、わふふふ」
『女の子に何するの~!でも、止め無いでぇ~』
何エッチな事を言い出してんだ。
「あははは、殿!鶉さんが卵くれましたよ。」
ええと。
玉が小さな卵を手持ちの竹籠に盛っている。良いの?鶉達よ。
『無精卵だから良いよ』
『雄を連れて来れなかったの』
『なんなら、ご主人様が連れて来て』
『赤ちゃんが増えれば、卵も増えるよ』
鶉からは雄の要求をされるし。
玉と動物隊が畑に水撒きと草取りに行っている間(雑草取りは、動物達が咥えて引っこ抜くらしい)、僕はといえば梅林に行って様子を伺う事にする。
南端に抜けた跡があるね。
こっから引っこ抜いたか。
『大丈夫。元気な子が行った』
『ここは常春だけど』
『あなたが願えば樹は育つ』
おや、野うさぎトリオじゃないの。
君らは玉の方に行かないんだ。
『水をかけられたくないの』
『それに梅の世話は私達』
梅の世話?って、あぁ。この地面に敷かれている麦藁は君達が手入れしてくれてるんだ。
『みんな貴方達の為に何かしたいの』
そうですか。
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