ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

温泉

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「ふぁぁぁぁ。起きて出てみたら、朝から何がどうなって、こうなっているの?」
「佳奈さん、欠伸が凄いです。…神様と御狐様と…テンの親子が食事してますよ。殿が給仕をしてます?」
「て言うかですね。神様がおにぎりを握ってませんか?玉ちゃん。」 
「玉達が寝てて、神様が料理をしているって、これはかなりの不敬では?」

★  ★  ★

テントの入り口から、上下2段のトーテムポールみたいに、うちの女子2人が顔を覗かせている。
2人共、寝汗と寝癖で頭が大変な事になってて、そっちの方がよっぽど不敬だよ。青木さん、すっぴんだし。

「2人とも川に行って、身嗜みを整えてらっしゃい。」
「くぅ」
お母さんテンが、背中に乗せてタオルを運んでくれたので、2人はおっかなびっくり受け取ると、並んで川に消えて行った。

「ご苦労様。柿を剥いてあげよう。」
「く?くくくくく!」
おやま、柿で興奮し出したよ。

…誰ですか?僕の背中をつつくのは?
…誰ですか?僕の頭に乗っかるのは?
…誰ですか?僕の腕を掴むのは?

何故僕は、御狐様とテンの親子と荼枳尼天さんに纏わりつかれてんだろう。

『その柿は、お主が植えたあの柿かえ?』
まぁ、僕の力で出せる柿ですから、聖域か浅葱の屋敷か、どちらかからがお手軽でお手頃ですね。
『最近、巫女っ子が果物を献上品として供えてくれているんじゃが、儂も狐も美味しく頂いておる。楽しみにしとるのよ。』
玉が毎朝のお勤めとして、祝詞を上げている間、僕は畑仕事してるから、社の中はどうなっているか感知しないところだけど、そういえば、たぬきちと一緒に収穫してたなぁ。

やれやれ。
柿を竹籠に一山出して、一つ一つ皮を剥いていると、剥けた柿を荼枳尼天が受け取り、8つ割りにして種を取り、御狐やテンに分けながら、自分もサクサク食べている。
この柿は熟れても固い柿なので、咀嚼する音も爽やかなんだよね。

★  ★  ★

『握り飯は儂等が食う分だけ持ってくから、残りは好きに食っておくれ。それなりに神力を込めておいたから、御籤の目が良くなるくらいの運は引き寄せられよう。』
荼枳尼天が握ったおむすびを食べる僕ら。

『あと、眷属たちは連れて行く。』
「くぅ」
…なんか嫌な予感もしますが、君らはそれで良いのかな?
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」
テンの親子は、御狐の背中に乗って、御狐共々、僕に会釈をしてくれた。
『ではの』
荼枳尼天はテンの親子を連れて消えていった。
さようなら。またね。

★  ★  ★

よしよし、味噌汁が仕上がった。
おたまを片手に、これは久しぶりの交通事故駄洒落だと思いつつ味見。
うむ。正解。大正解の味付けだ。

お手軽にだしの素で出汁を取った、揚げと茄子と溶き卵と茗荷の味噌汁。
別立てで、念の為に揚げと豆腐の味噌汁も。玉はどちらを選ぶかな。

ソーセージは輪切りにして網焼きに。
醤油を刷毛で塗ったり、単純に塩胡椒を、或いは七味を振ったり。
このソーセージ、直径が3センチくらいあるから、焼き甲斐がある。
表面に浮かぶ脂がじゅくじゅく言って旨そう。朝じゃなければ、ビールですなビール。

おにぎりの中味は、昨日鍋の出汁にした昆布と花かつおを煮込んでおいたもの。
出汁としては、すっからかんだけど、おにぎりの具としては、よく煮込まれていて歯応えもなくなって、これはこれで。

あと、昨日の鍋の残り汁はどうしよう。
勿体無いから、空きペットボトルに入れとくか。今晩はおじやにでもしますかね。

「あれ?殿?皆さんはどうなされたのですか?」
2人とも、頭をタオルで拭き拭き帰ってきた。
「さむさむ。」
青木さんは両手で自分を抱きしめて震えている。
一応、ちゃんとフード付きの防寒着を着ているのに?
「神様達だったら、食いたいだけ食って、お土産まで持って帰ったよ。」
「テンも帰っちゃったんだ。子供可愛かったのに。」
「青木さんは、何故頭がずぶ濡れになってんだ?」
そりゃ寒いだろうて。
「寝癖が取れなくてね。川の水も綺麗だったから、いっそのことと川に頭を突っ込みました。」

この人は、初対面の時もこんな事をしていた気がする。…制服を着た高校生だった筈だけど。

「それより良い匂いね。ハムステーキ?」
「いや、太いソーセージを輪切りにしただけ、って君は焚き火の前で何やってるの?」
焚き火に頭をかざす22歳OLさん。
「水気を切って乾かしてるの!」
「髪の毛が燻製みたいに、香ばしくなっても知らないよ。」
「うぅ、一応気にしてるのにぃ。」
「日帰りの温泉施設でも探しなさい。帰りに寄って上げるから。」
「やた!菊地さん愛してる!」
「はいはい。」

あ、卵が欲しいな。空いた鍋を使って目玉焼きを作ろうっと。

「殿?玉も殿を愛してますよ。」
「玉は目玉焼きの固さをどうしますか?」
「勿論カッチリ焼いて下さい。」
「はいはい。」

玉にも、目玉焼きの焼き方をそろそろ覚えて貰おうかな。割と奥深いんだよね。

「???どうしました佳奈さん?」
「冗談でも変な事言ったら、ドキがムネムネするの。」
余裕ありそうじゃん。
「しかも敵は、のほほんと目玉焼き焼いてるし。」
「青木さんは、固さどうするの?」
「………半熟で……。」
「はいよ。」

なお、例のアレですが。

「殿。このお味噌汁美味しいです。また作って下さい。」
「茗荷だったら、聖域にも浅葱の家や玉の家の裏に生えてるから、明日にでも取ってらっしゃい。」 
「はい!玉に美味しい料理の仕方を教えて下さいね。」

流れとしては、夕べ青木さんが「なめろう」を貪り食べてた姿に釣られて、一口めでスイッチが入った同じパターンなのだけど。
こんなクセの強い野菜に「うま~」とハマる22歳女子と言うのも何ですな。

★  ★  ★

鴨川に日帰り温泉があると言うので、車をそちらに走らせる。
なお、行きは空っぽだったラゲッジルームには、何故か蓮根と白菜と長ネギが満載になっている。
クーラーボックスに入っているのは鹿肉なんだとか。
知り合いのハンターにジビエとして貰ったけど、年寄りは食わないって言われた。

「鹿、固えもん。」
食った事ないもん。

つまり、全部宗次郎さんの“田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんの必殺技”、これ持ってけあれ持ってけ攻撃に負けた跡です。

迂闊に挨拶になんか行くんじゃなかった。

「うにぃ!」
「あははは。」
「へにゃぁ!」
「あははは。」

僕もちょっと怖い。
房総に、こんな葛折の急坂があるとは聞いてない。

玉に頼まれた、鰹のなまり節を買うためもあって、小湊という港町に向かっているのだけど、車が地面から剥がれそうな傾斜を右に左にハンドルを回し続けているわけだ。

丘陵とはいえ、海にあっという間に落ちて行く地形だから、道路もこんなんなっちゃう。
上総中野まで伸びていたローカル線は、ここを下って小湊に連絡する計画を断念したそうだ。
そりゃ、鉄道じゃ無理だろ.
前方の山蔭からは、青い太平洋が覗いていて、玉的にはすっかりアトラクションだ。
あと、青木さんの悲鳴は、いつもにゃあにゃあ言ってる気がするぞ

★  ★  ★

「ヒィヒィ。」
「殿。お魚屋行きましょう。早く早く!」
「玉ちゃん、待ってぇ。」

車を適当にコインパーキングに放り込んでいる間に、玉はさっさと魚屋に飛び込んでいる。
青木さんが、まさに這々の体で玉を追いかけているけど、貴女最初、遊園地系のアミューズメント系施設を提案しなかった?
ネズミの国とか、ドイツの村とか。

……………

「殿との!鮪のなまり節だって!初めて見ましたよ。」
「鮪のなまりは足が早いから、東京には出ないんだよ。食べたきゃ自分からお迎えに行かないと。」
「へぇ。あ、このペチャンコの魚なんですか?」
「ヒラメだな。この時期は寒平目つって、脂が乗ってて美味いぞ。」

ちょっと目を離すと直ぐに発動する玉の仲良しお化けスキル。
鰹と鮪のなまり節の他に、玉があれこれ選んだ魚と、金目と赤尾の2種類の鯛を追加。割といいお値段になったけど、これでも市川で買うより遥かに安い。第一、今朝揚がったばかりで新鮮!
そして、この新鮮さは僕らが食べるまで続く。
食べ物に関しては滅茶苦茶万能な浅葱の力さん万歳だ。

「兄さん。これおまけね。妹さんに沢山食べさせてやりなさい。」
「わぁわぁ、ありがとうございます!」

ええと。魚屋の大将から、結構な量のアラと中落ちをおまけで貰ったんだけど。
食い切れるかなぁ。
「青木さん、少し持って帰ってね。」
「すいません。この食材は私の料理スキルを遥かに超えているの。大家さんと一緒に、菊地さんとこでご馳走になりますので、全部お任せします。」
そうなの?
「中落ちならともかく、アラの料理の仕方わかりません。貴方と一緒にしないで。女として、落ち込んじゃうから。」
そうですか。

★  ★  ★

この湊では、本来深海魚の鯛が水面付近で餌付けされている。
本来なら、浮袋が口からはみ出ちゃうのに、何故かここの鯛は平気らしい。

せっかく房総半島の先っちょまで来たし、観光の一つもしよう、という事で青木さんが率先して遊覧船のお金を出しました。
「私、この旅でお金使ってないの!お煎餅と干し芋買っただけ。私も玉ちゃん達のお友達だから、お世話になりっぱなしなのは嫌なの!」
そんなに気にする事ないのになぁ。

まぁ、玉が大喜びしてるから、良いかあ。
あ、あと鯛煎餅もお土産に買ってました。珍しく玉がお小遣いを使ってくれて、僕もなんだか嬉しいですよ。
「大家さんと菅原さんと、あと玉へのお土産なのです。」
そうですか。

青木さんが奢ろうとするのを、背中でブロックする僕の姿は内緒で。
青木さんは、玉を可愛がり過ぎです。

★  ★  ★

「ふひぃ。」
青木さんが見つけた日帰り温泉で一休み。ここは食事も取れるので、お昼も舟盛りをどどんと注文して、のんびりとお湯。

青木さんがまた「へちゃ」とか、変な声を上げて抗議しようとしたとこを
「さぁさぁ佳奈さん。お風呂ですよ。温泉ですよ。行きましょう行きましょう。髪の毛ガジガジですよ。」
と、無理矢理背を押して行ってくれた。
ナイスだ玉。
そこら辺こそ、家族の呼吸だよ。

てなわけで、シーサイドビューの大浴場で溶けてるわけです。

今日はこのまま、山にもう一度入って高速に乗ろうかね。
それとも、館山から高速に乗るかね。
高速に乗らず下道で帰っても、せいぜい3時間だし、もうどうでも良いかぁ。

魚を山ほど買ったし、ラゲッジルームの野菜とジビエもなんとかしないとなぁ。
まったく何しに来たんだか。

まぁ、玉がずっと笑ってくれていたから良いかぁ。
その為に来たんだもんね。

「ふひぃ。」
結局、ただのキャンプで終わらなかったのも僕ららしいけど。
まぁ、いいか。
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