ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

テン親子

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テンという動物は基本的に気が強く、粗く、野生味の強い動物と言われている。
当然、人になんか慣れない。ましてや親子連れ。警戒心の塊の筈だ。だった。だったんだよ。

「ほんじゃあな。焚き火は炭火にして種火を残しておくから、消えたら帰りなさい。」
「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」

で、僕らはそれぞれ寝袋に包まり、玉を真ん中に(衝立代わりに)川の字で休むことにする。
僕に割り振られていたのは、青い寝袋。
青木さんは、青木さんだから青い寝袋とかはなく、白い寝袋をさっさと選んでいたよ。

同じテントで、「男女」がある意味同衾するわけで、照れた青木さんが騒ぐかと思いきや、さっさと目を閉じちゃった。酔うほどでは無いにしろ、アルコールも入っているしね。
一応、向こうを向いて、寝顔は見せない様にしているけど。(因みに玉は思いっきりこっちを向いて、僕の顔をしげしげ眺めている。それはまぁ毎晩の事なので、今更気にしません)

「んじゃ、ランタン消すぞ。おやすみ。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい、殿。」

★  ★  ★

しばらくして、2人の寝息がテントの中を支配し始めた頃、僕は来客の気配を察してテントを出た。

「くぅ?」
「くぅくぅくぅ?」
「ふあぁぁぁ」

君らまだ居たのか。子供が一匹、大欠伸してるぞ。あぁもう、こいこい。
「くぅ」
大欠伸テンに手を伸ばすと、寝ぼけてよろよろしながら僕の腕の中に収まった。
…もう一匹も一緒に。

親テンというか、母テンは立ち上がった僕の足元にまとわりつくので歩き難い。

3匹のテン親子をフル装備したまま、僕は暗闇の中を門の方へ歩いて行った。
子テンが邪魔で、懐中電灯を持っていけないぞ。ベッドランプを買っときゃよかったな。

「本家の跡から灯りが漏れているから、誰かと思いきや、貴方でしたか、若。こんな“鶴丸札“、久しぶりに見ましたよ。」

来客者は、集落で暮らす数少ない地元の方、名前は石工宗次郎さん。
ゴッツイ懐中電灯を持っていた。
こちらの石工家の葬式や、解体工事の時に、僕が書類仕事で板橋と熊本と大多喜を文字通り、飛び回り駆けずり回っている時に、現場(ここ)で人を動かしてくれていた老人だ。

宗次郎さんは石工本家の副血統だそうで、墓仕舞いしたこの家の墓石には、「石工四郎右衛門」と歴代当主が受け継いできた隠し?通り?名と彫ってあったのに対し、今でも敷地内に立つ墓石には、「石工五郎右衛門」とあるそうだ。

で、僕は浅葱の本家筋(ちゃんと浅葱姓を継いでいる人がいるのに)の人間として、勝手に敬意を抱かれていたりする。で、何やら“若“扱いだ。

まったく、殿だの若だの。
僕は何者なんだよ。

でも多分、法事や相続、家の解体に税金負担なんて辺りを、歳の割に上手くこなせたから、少しは認めてくれているんだろう。(FP1級資格持ちで、知識だけはあるから、役人だの業者だの弁護士だのと、やり合えたからかな。)

「で、若が身体中に巻き付けているのは、イタチかな。テンかな?野生動物が懐いているのも、本家の力ですかな。」
「多分。知り合いにキャンプに誘われたのは良いけど、行くとこ無くてここに来たんですけどね。焚き火に当たってたら、いつの間にか、山から降りてきてました。」
「あははは、こちらの石工四郎はね。植物名人でした。露地でバナナを栽培してましたから。」

それはもう、色々おかしいって。
僕が言えた義理じゃ無いけど。

「添え物の五郎家と違って、やはり本家筋は違いましたよ。…もっとも、本人はバナナを前に、“生えた生えた育った育った成った成った“って、ゲラゲラ笑うだけでしたけど。」

…本当に、自分の力を無駄遣いする一族だな。
ちゃんと先を見据えていたうちのお袋は、実は立派だったんだな。

「ところで、若。せっかく来てくれたから、一つ頼みたい事があります。」
「宗次郎さんにはお世話になっていますか、僕に出来る事でしたら、何なりと。」
芝生に雑草が生えて居ないのとか、落ち葉が掃除されているとかは、多分宗次郎さんが普段から手を入れてくれているからだろう。

「…実はですね。」
「ふむふむ。」
「くぅくぅ」 
「くぅくぅ」 
「くぅくぅ」
君らも会話に加わるんかい!?

…………

成る程。それはそれなりに近々の課題ですね。わかりました。
ちょっと、考えてみます。

「頼みますよ、若。」

色々な人に頼まれ事されるなぁ、僕。

★  ★  ★

さて朝だ。
1日車を運転して、焚き火を焚いて、飯を作ってと、普段無職故にダラダラしてると、結構体力が落ちたとみえる。 
宗次郎さんと別れてテントに戻った僕は、たちまち寝てしまったらしい。
いつもなら起きている玉からも、まだ軽やかに寝息が聞こえているので、そうッとテントから出る。

丘陵と言われる程度の標高の、更に谷間だけど、さすがに山間部の朝は冷える。
テントの中はストーブで暖かかったし、玉と青木さんは寝袋をくっつけていたので、2人ともオデコに覗く髪の毛が汗で湿っている程だ。

僕は夜明け前に外に出て、焚き火を起こす事にする。

「ふあぁぁぁぁ」
「ふあぁぁぁぁ」
「ふあぁぁぁぁ」

テンの親子が、顔が裏返しになりそうなくらい大欠伸をして、前脚を伸ばしている。おはよう。
どうでもいいけど、お前ら夜行性じゃないんかい?
あと、山に帰ってなかったのかい。

「くぅ」
「くぅ」
「くぅ」

はいはい、わかったよ。わかりました。
君達には、これをあげよう。
と、僕が中空から取り出したのは、ドライフルーツの大袋。
グアムに行った時に免税店で買ったもの。
あと、ビーフジャーキー。
免税店シリーズ!尚、アメリカ製にも関わらず塩分・糖分は控えめなので(偏見)、動物達にも安心です。
…人間が食うには、少し味気なかったから、リピートしなかった代物だけど。

★  ★  ★

テン達がコリコリしている傍で、朝ご飯の準備をしようかね。

炭火がまだ残っていたので、そこら辺から枯れ枝を調達しに行く。
元は花壇だった辺りから2~3往復するだけで、結構な量が集まったので、ちゃんと焚き火に育った。よしよし。

テーブルに一つだけ残してあった片手鍋。夕べ出汁取りに使った昆布と花かつおを味醂醤油で煮詰めておいたもの。

朝ご飯も昆布出汁にすると、無駄な昆布が出るので、半分に切った椎茸を米と一緒に放り込んで、火にかける。  
椎茸は後でバター焼きにすれば良い。

伽羅蕗と白菜の漬物はそのまま。
あと、主菜はなんにしようか。
出来れば、椀とか使わずに、そのまま全員で突ける様な肉モノが良いな。

ええと、自宅の冷蔵庫にあるモノ、あるモノ。
あ。ソーセージがあったなぁ。ボロニアソーセージって、なんだかやたら太くて長いの。
数日前にたまたま通りがかった習志野のソーセージ専門店で、面白半分に買った奴だ。
とはいえ、玉との2人暮らしでは持て余す大きさで、即日チルト室行きになってたソーセージ。アレを網焼きにしちまおう。
ならば、醤油を塗って、粒マスタードをば。

あとは味噌汁だけど。
むう、少しチャレンジしてみようかね。

敷地の北側に昨日見つけていたんだ。
何かって?
それは、玉の大嫌いなものシリーズ!
茗荷。
あれも日陰で湿り気のある場所に、勝手に生えるからなぁ。
茗荷もきちんと調理すれば、美味しい食材だからね。

ええと。あぁあったあった。
これと、茄子と油揚げで味噌汁にしよう。
味噌と茗荷って、合うんだよね。
味噌漬けにしても味噌煮にしても。

一応、玉の大好きな木綿豆腐と油揚げという、大豆塗れの味噌汁も小鍋で作っておこう。

★  ★  ★

下処理を終えて、鍋に火をかけたとこで、薪の追加に少し奥まで入って見つけた。

あれ?これは、キツネの像?

高さ10センチ足らずだけど、白狐の像が対になり、外塀の陰に並べて置かれていた。

この家も、本業は農家だったので、敷地の隅にお稲荷さんが祀られていたので、少し考えた。
家を解体した時に、わざわざ神主さんを呼んで魂抜きをしてもらったんだ。

「若いのに、信心深い事はいい事ですよ。」
集落の鎮守様を土地の人に訊ねたら、宗次郎さんを始めとして、何人かの古老に褒められた。
いや、僕も場合、色々内緒な背景があるから、簡単に迷信を処断する気にならないだけで。

鎮守社も戦前には既に無住となっていて(普段は必要な時は交代で、集落の人が神主の真似事をしていたそうだ)、色々手を伸ばしてくれた結果、山3つ超えた谷の神社が御神体を引き取ってくれて、社の魂抜きをしてくれた。
…まぁ、そんな事も、僕を若扱いする一因になっているのかも。

若いうちに両親を亡くしているから、儀式って大切って、普通に思っているだけなんだよ。

解体した時見逃していたかな?
敷地の端っこに放置してあるし、先代の御狐様とか?

★  ★  ★

『まだ魂ならおるぞ、儂の欠片がおるな。』

あれ?荼枳尼天さん?あなた、本当に何処にでも現れますね。
………欠片?

『その白狐像だ。この家の稲荷は荼枳尼天を祀っとったみたいじゃね。儂も知らなんだが、お主の気配と眷属に呼ばれての。』

僕の気配でって、益々僕はなんなんですか。
あと眷属?

『それ』

どれ?

荼枳尼天が指差す方では、御狐様がテンと一緒にビーフジャーキーを食べていた。
おかげで荼枳尼天は1人で立っていた。
主人をほっぽってる神狐ってなんなんだ。

「くぅ」
荼枳尼天が指差すモノって。
…テン?
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