ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

なべキャン△

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一度陽が傾き出したら、あっという間に狭い谷間は闇に閉ざされた。
何しろ山奥過ぎて、側を走る県道に街灯なんて物はない訳で(あればあったで税金の無駄遣い)。
おまけに今夜の月齢は低いらしく、三日月より細い線みたいな月に、夜を照らす光量を期待する事は無理だろう。

普通、こういうのって、満月の下で語り合うとかが絵になると思うんだけど、まぁそれでも晴れているからヨシとしよう。

手元には、ランタン3つと、調理用に分けた焚き火が二つあるので明る過ぎる。
だから少し場を離れると、東の空にオリオンの三ツ星が、そしてその直ぐ下にある大星雲の姿が肉眼ではっきり見える。

熊本でも、板橋でも、今住んでいる市川でも、こんな星空は見たことない。

月明かりが薄い事が、功を奏した形だね。

★  ★  ★

無事テントを建てて、中にマットレスを敷き終わったのだろう。
赤白青の寝袋をそれぞれ誰に割り振るか、2人の声が聞こえる。
サ◯エさんの歌の最後みたいにテントが上下左右に暴れているけど、そのうち満足したみたいで、2人が顔だけ出した。

「あれ?菊地さん居ないよ?」
「あ、あっちです。こっちの窓から見えます。」
窓なんだろうか?テントの出入り口とは反対側の面にあるチャック式の通気口みたいな丸い穴から、玉が無理矢理顔を覗かせて、小さな手を一生懸命振っている。

懐中電灯を振り回して返事をしながら、獲物をテーブルにバサっと放り投げた。

「何なに?」
「ウゲェ!です!」
僕が、そこらから採ってきたのは大葉。
まぁ、そこら辺にいくらでも自生している食用ハーブの一種だ。
およそ1,000年に渡って、なんの調理もしない、生の大葉を齧り続けていた玉には、見るのも嫌な食材なので、普段は食卓に乗せた事は無い。

でも、今日の献立には必要なものなので、(というか、僕が食べたい)玉の顔が歪むのを承知で採ってきたわけだ。
玉には代用食材で食べて貰おう。

「ご飯作るんでしょ。私達も当然作らせてね。」 
「てね。」
テーブルの大葉を視界に入れない様に僕の顔だけ見る玉が可哀想なので、水を張ったバケツに放り込んだ。

「そうだね。玉はご飯を炊いて。青木さんは、鰯を叩いて下さい。」
「わかりました。わかりましたはいいけど、殿?飯盒ってもので炊くのではないですか?」
「そこに土鍋があるだろう。飯盒より土鍋で炊いた方が美味いぞ。計量カップはうちから持って来たから、測れば出てくるから。」
「わかりました。」
「………えぇと。鰯は一緒に買ったから分かる。けど、この包丁もまな板も見た事あるなぁ。菊地さんちで。そして、車には何も積んで無かったって、わぁ!」

「い~ち、に~い。」
玉が計量カップを傾けると、そのたんびに米が自動でシャアシャア滑り落ちてくるので青木さんが悲鳴を上げてる。
何を今更。

「そうだった。こういう家だった。」
「殿のお米って、美味しいですよね。」
「魚◯産のコシヒカリだからね。無洗米でも充分美味しいよね。」
「いくら食べても、米櫃が減りませんし。」
「そういえば、市川に来てからお米買ったことないなぁ。」
「…そうだった。こういう家だった…。」
「納戸のかっぷめんも減りませんよ。玉が時々、卵入れて食べてますけど。てれびで新発売されてる新品が増えてます。」
その卵に「烏骨鶏」ってシールが貼ってあるのは内緒。

★  ★  ★

「うにゃぁぁぁぁ!」
間抜けな掛け声と共に、軽やかな包丁音が「すととととん」と山あいに響く。
まぁ楽しいよね。キャベツの千切りとか。

「ほい、玉、これ。」
「そうそう、ご飯を炊くのに、これを忘れちゃいけません。」
玉に渡したのは、羅臼産の昆布。ぶっちゃけ、市場にはなかなか出ないものらしいけど、一度でも手に入れちまえば、僕らにはそんなの関係ねぇ(古い)。 

「青木さんは、これも叩いてくれる?」
「え?これ?」
僕が渡したのは、寒鰤の刺身パック。
「今が旬なのに、叩きにしちゃうの?」
「しちゃうの。というか、刺身は寒いので今晩は出しません。別の料理にします。」
「わ、わかった。」

★  ★  ★

その間に、僕は鍋に水を入れて、昆布と花かつおをこれでもかと投入してひと煮立ち。
更にその間に、鱈の切身から小骨をピンセットで丁寧に抜いて、大根・白菜・人参・椎茸を一口大に切り分ける。

別にしてある鰤・鱈・鰯を鱈の骨と一緒にミンサーにかけて(浅葱の力で家から取り出した。反則w)、ボウルに胡麻油、塩胡椒、片栗粉と一緒に混ぜて丸めて、僅かに残った骨の食感も楽しいツミレの出来上がり。

出汁を取り終わった昆布と花かつおは醤油でじっくりコトコト煮込んで、明日のおにぎりの具にしよう。
なので、遠火に片手鍋を置く。コトコト。

鰤が余ったな。
ふむ。鰤といえば王道の「照り焼き」にするか。オクラと蓮根を素揚げにして添えれば、照り焼きのタレで美味しく頂けるな。
ので、そうする。うふふふ。山の中で揚げ物って楽しいなぁ。

★  ★  ★

「あの。私が愉快にタタキを作っていたら、なんかもう鍋物と煮物が出来ているんだけど?」
「ご飯ももうすぐ炊けますよ。あ、昼間の伽羅蕗と白菜漬けも出しますね。」
「ねぇ菊地さん。これ、どうするの?」
まな板に山になっている、鰯と鰤のタタキを僕に見せてくるので。

「こっちのボウルに入れて、胡麻油と味噌で混ぜて。」

さっきの大葉を水から揚げる。
「この大葉の上に、軽く盛って下さい。あと。」

蒲鉾とはんぺんを取り出して。
「それから、この蒲鉾を薄く切って炙って、玉用に大葉代わりの台を作って下さい。あ、青木さんも大葉が苦手なら、自分の分も。」
「私は大葉は大丈夫だけど。何が始まろうとしているの?」
「美味しい奴が出来るの!」

★  ★  ★

一人暮らしもまだ短いから、料理経験もまだ足りないの!と本人は言うけれど、その割には、包丁さばきは慣れているし、大葉の代わりと言った「蒲鉾とはんぺん」はミリ単位の細さできちんと薄切りにされている。
さっと湯通しすれば余計な風味が出ないので、タタキの邪魔をしない。

という事で、青木さんが作ったのは、内房名物「なめろう」です。ご飯のおかずにも、酒の肴にも美味しい郷土料理。
網も出してあるから、網焼きにすれば「さんが焼き」に変身。

僕が作ったのは、鱈・鰤・ツクネのちり鍋。最初の頃は味が薄いので出汁で食べますが、そのうち具材の味が汁に染みて、まぁご飯の進む事進む事。 

副菜に鰤照、素揚げ野菜を添えて。
パセリが(何故か勝手に)食材に並んでいたので、揚げてみたらこれが当たり。鰤の肉と一緒に食べるとうま~!

あとは、玉が炊いた土鍋ご飯(おこげ付き)と、昼間お婆ちゃんから買った漬物。

土鍋が二つ並んだ魚尽くしのキャンプ料理ってのも、なかなか無いのでは?

★  ★  ★

「と言いますかね。いつもの縁台と毛氈、きちんとテーブルもあるし。たぬちゃんが出て来そう。」
「佳奈さん、殿の前で迂闊な事言わない方がいいです。殿が必要だと思ったら、本気で来ちゃいますよ。たぬきち君の方から勝手に。」
「そ、そうね。せっかく自分で作った料理だから早速食べましょって旨!」

はやいな。

「菊地さん、なにこれ。鰯ってこんな美味しいかったっけ。あと、大葉って何これ、まるでハーブじゃん。」

最初からハーブだよ。

「焼くと味が全然変わって旨ぁぁ!」

作り甲斐のある反応をしてくれる人だなぁ。

「……………。殿…………。」
「あぁ。玉も食べなさい。」
「…!。はい!」

大葉が嫌いという、玉用に作った蒲鉾やはんぺんの薄切り土台には手を出さず、青木さんが作った、普通の大葉なめろうをもしゃもしゃ食べる玉。
 
「……美味しい…。」
まぁ玉は食べられるから食べていただけで、手を加えなければ、そりゃ葉っぱなんか美味いもんじゃない。
なら、きちんと料理すれば良い。

いずれ玉が元の時代に帰った時、そこら中に勝手に生えているこの食材が、玉とお母さんの食卓を美味しく彩ってくれる事を願おうじゃないか。

…玉の死角で誰かさんがペコちゃんの顔真似しながらサムズアップしてるけど、見ない事にしよう。
この人は、無意識で物事を動かす人だから、本気で旨がってただけだからこそ、玉の心を動かしたんだろう。多分。

さて。
今夜くらいは、燃料に派手に行っても良いでしょう。

森伊蔵と夢雀の瓶をトンとテーブルに乗せる。
玉にはただの調理酒にしか見えないけど、青木さんは? 
あ、白眼剥いた。
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