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第一章 開店
なんじゃこりゃ
しおりを挟む玉はもう寝てます。寝室の電気を消して、半分だけ開けられた襖の向こうから寝息だけが聞こえでます。
電気がつけっぱなしの部屋との襖を閉めないのは、僕の気配を確認してたいんだって。そっちの方が、安心できるからって。だから、こちらが出すノイズを隠さないでくださいって言われたので、動画サイトの映画もヘッドホンをしないで見てる。
それも、僕らがいつしか作った、2人だけの決め事決まり事。
僕は無職だからとかに関係なく、ベッドに入るのは、いつも大体0時。
学生時代からそれがリズムだから。
夜は、結構前から積みっぱなしになっている本やDVDを少しずつ片付けているんですよ。
昼間は、なんやかんやで玉と賑やかな生活を送っているので。あと、雨でも降らない限り、玉に何処かに引き回されているので。
雨降りの日は、玉と一緒に読書したり餃子を作ったりしてますけどね。
さて、昨日・今日と空は暗かったけど雨は降らなかった。
なので、ホームセンター巡りとかスーパーマーケット巡りとか、市川動物園にも足を運んだし。
なんだかんだと忙しかった。
たぬきちもフクロウ君もぽん子も、それぞれがそれぞれにやりたい放題し始めたので、水晶玉は賑やかになっている。
★ ★ ★
『明日行くよ!時間を教えて!』
青木さんからの電話です。玉が起きちゃうといけないから、ダイニングに移動。
「時間て?」
『実験。矢切からそっちの水晶に行けるかどうか!』
はぁ。行けるでしょ。
『て言うか、玉ちゃんが電話に出ないんだけど?』
「玉ならもう寝てるよ。」
『嘘?まだ10時なのに?』
「早寝早起きなんだよ。彼女は。」
玉の望みは、いずれお母さんと再会して、元の時代に帰る事。
この先、僕らとの関係がどうなろうと、それだけは決めているそうだ。
だから、現代の習慣に合わせるのではなく、元の生活をなるべく維持しようとしている。
水晶玉の玉の家を極力弄らないのは、お母さんとの元の生活の続きを送る為なんです。
なんにせよ、玉は自分の足元が固まるまでは無駄に手を広げない意向なんですよ。
『…なんかさ。例えば私の家にドラえもんが居たら、私は未来の道具に頼りっきりになると思うの。でも玉ちゃんは、隣にドラえもんみたいな菊地さんが居ても玉ちゃんのままで居られるのね。凄いなぁ。』
「自分の存在が固まらないという不安はずっとあるんだ。僕が玉を認識しないと、玉はまた社に囚われるかもしれない。玉はそんな恐怖に、一生懸命戦ってるんだよ。僕が出来る事は、玉の声が届く場所にいてあげる事だけ。」
『………玉ちゃん、菊地さんとこにお嫁入り出来ないのかなぁ。お母さんと再会しても、みんなで一緒に暮らせばいいのに。』
「戸籍が無いからね。実は、今の生活の中で、玉が結構気にしてる部分なんだよ。」
『………どこか生真面目過ぎるのよね。玉ちゃんて。』
「ところで、何故いきなり明日なんだ?明日は木曜日の筈だけど。」
『あのねぇ、明日は祭日!祭日!は・た・び。カレンダーが赤い日。』
「えーと、うちのカレンダーはどこにあったっけ?スマホかパソコンを開かないとないんじゃないかな。」
『まったく、無職はこれだから。』
「テレビは特定の番組(園芸番組)を玉が見るだけだし。あとはゴミ捨ての曜日しか我が家には関係ないので、曜日の感覚ってぐちゃぐちゃになっててね。ああ玄関に掛かってる。」
『あのねぇ。…玉ちゃんも大変だ。こりゃ。』
「うるさいよ。」
なんやかんやと、青木さんは説教方々、家事不得手の独身男と平安鎌倉少女を心配してくれてる訳です。
『明日6時で良い?』
「あぁわかった。」
『………。』
「何?」
『ううん、何でもない。ただ、菊地さん、私にもだいぶぶっきらぼうな面も見せてくれる様になったなぁって。』
あぁ、君も玉も、距離の詰め方が想定外過ぎて、僕も君らへの接し方がよくわからなくなってるだけだよ。
★ ★ ★
翌朝。
pipipipipi。
目覚まし時計は5時45分に鳴らした。
ねみぃ。目が開かないぞぅ。
「おはようございます。殿。」
「ウヒィ、玉はこんな時間にもう起きて着替えてんだ。」
「もう、一仕事してますから。朝は糠味噌を掻き回して、雑巾掛けするんです。雨戸は今は6時30分に開けるです。そのあと、ゴミを捨ててから殿を起こします。そういう日課です。」
ねみぃ。
寝ぼけてるから、立ちあがろうとして,ベッドから落ちる。うーむ。足腰に力が入らん。
それでもなんとか立ち上がって着替える。
「殿ぉ。夕べ佳奈さんから電話ありました。でも玉寝てて…。」
「ふあぁあ。むにゃむにゃ。らいじょーぶ。僕の方にははっへひはから。」
「殿。何言ってるかわかりません。」
パンツ一丁の寝ぼけたおじさんに、あまり求めないで下さい。
ふあぁあ。
髭も剃らず、顔も洗わず、大欠伸をしながら、僕は玉を連れて水晶に潜った。
「きゃははは。おはようね。みんな。」
「ふあぁあ。」
「わふわふ」
「ふあぁあ。ふあぁあ。」
「あなたも来たんだ。おはよう!」
「寝てていいかな?」
「わん?」
「ごめんね、ぽん子ちゃん。殿は今日、おねむなのです。」
くて。
「あ、殿が倒れました。」
「なんじゃこりゃああああ。」
畑の方から女性の叫び声が響いてるなぁ。
うるさいなぁ。あと、僕の髪を引っ張っている小さな小さな手は誰だ?
「佳奈さぁん。こっちです。畑じゃなくて、お庭でぇす。」
むにゃむにゃ。玉もうるさい。
★ ★ ★
柿の木の下から、青木さんが走って来てるらしい。
らしいというのは、僕の顔の上に誰かが顎を乗せているから動かせないの。
声と足音が迫ってくる。
この家の庭、広いなぁ。いつまで経っても近寄ってこない。
ぐう。
「こっちもなんじゃこりゃああああああ。」
うるさいなぁ。
「おはようございます、佳奈さん。」
「玉ちゃん玉ちゃん。畑に池と川が出来てて魚がぴょんぴょん跳ねてるの。」
「オイカワっていう魚だそうですよ。下の川に居た魚がいつのまにか滝登りしたみたいです。」
「あれ、滝じゃない。滝登りで済む高さじゃない。」
「わん」
ぽん子が挨拶をしている様だ。肩に掛かって居た重さが消えた。
「そして、こっちにも狸がいるし。菊地さんがミニ豚とかモルモットとかうさぎとかに埋もれて、それでも寝てるし。」
「この仔はぽん子ちゃんです。この仔たちは、動物園で殿に懐いてた仔たちです。」
「ちょっと3日も来ないと、なんでこの人、こんなんなってるの?」
「それが殿ですから。」
ぐう。
「割と本気で寝始めたわよ、この男。…ぽん子ちゃん。あなたもなんでこんなのが良いの?」
「わふ?」
「くすっ。こんにちは、よろしくね。」
「わん」
★ ★ ★
「おーきーてー!菊地さん起きて!求む説明!全私は知らんと欲す!」
「レイテ沖海戦か!」
あ、しまった。
思わず突っ込んでしまった。
はっきりしっかり起きちゃった。
あぁごめんごめん。
僕の髪の毛で遊んで居た栗鼠が驚いて、僕の肩にしがみついてる。
いきなり身体を起こしちゃったからね。
「日曜日、確かに私は、こっちにもたぬちゃんみたいな動物欲しいねって言ったけど、何故ちびっこ動物園が出来てるの?」
そう。そうなんだ。
屋敷の庭は芝生が敷かれているので、玉の家側に当たる西側を区切って、一部をぽん子たちに解放している。
小屋やら、野菜・果物やら、水飲み場やらを完備しといた。
後から後から住人が増えるから、毎日来るたんびに整備を欠かせない。
西の端は生垣が切れていて、その先は数本の梅の木が植えられていて、季節によって梅の花が咲き、梅の実がなる。
この梅の実で作った「酸っぱい」梅干しと、氷砂糖たっぷりの梅酒は、僕の家にも定期的に届けられていた。
地形は緩やかに降って、川に落ちている。栗鼠は山から勝手にやって来て、この庭に勝手に住み着いている。
ぽん子ゾーンを密閉しないで置いたら、山から色々な動物が遊びに来たり、棲みついたり。
で、ミニトマトやらフルーツコーンやらがどんどん増えたり。
聖域とは違う、よくわからないサンクチュアリーがあっという間に成立しちゃった。
「昨日ね、玉と動物園に行ったんだよ。その時に玉がここに呼んだ。ふあぁあ。」
「女性の前で大欠伸しないの!いくら私だからって、気を抜き過ぎ!…玉ちゃんが呼んだ?」
「ですです。玉がみんなに、私や殿が毎日行くところがあるから来ますか?って聞いたら、みんな行くって言ったので。」
「日本猿やらレッサーパンダまで来たがったから、とりあえず草食動物か雑食性の小動物をね。」
「待って待って。私を置いてどこか遠くに行かないで。何が何だかさっぱりわからないの。」
★ ★ ★
・こちらの水晶玉の物は、建物でも生き物でもオリジナルのコピーである事
・動物達はオリジナルと意識を共有しており、オリジナルは今も市川市動植物園に居る事
・一部の生物は、こちらに最初から棲んで居た(オイカワや栗鼠)ので、この水晶がどこかに繋がっていると推測される
とかとか。
説明の為に起き上がって胡座をかくと、僕の膝でさっさとぽん子が丸くなって目を閉じたりとか、青木さんの正体に気がついたハクセキレイ達が近寄って来て、青木さんの頭にとまったりとか、玉が差し出したティモシー種の牧草に、モルモットとうさぎが球になってたかったりとか。
あ、青木さんも白目剥いてる。
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