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第一章 開店
3つ目の水晶(直ぐに忘れて金目鯛)
しおりを挟む2人を連れて、水晶から脱出した。
脱出とか、そんなご大層なものでもないけれど。まぁ気分だね。
彼女達的には一瞬の大冒険だったし。
実際のところは多分、現実世界より、水晶の中の方が安全なんだけどね。
という訳で、僕らはまた笠森寺の舞台にいる。
この世に何の不満も特に無いけれど、聖域や水晶の快適さがどんどん上がって、僕は駄目人間になっていってるな。むうむう。
玉達が消え、僕が消え、そして僕らが現れるまで、本当にほんの数瞬。僕がフクロウ君と戯れていた時は、境内には誰も居なかったのを確認してから潜っているから、玉達が消えたり現れたりしてた事は誰にもわからない筈。一コマ単位で映像解析すればわかるかもね。
「あれ?フクロウさんは帰っちゃったんですか?」
元のデニム姿に戻った玉が、少し残念そうに首を傾げる。
さっきまで着ていた巫女装束は、玉の家にあったもの。玉は巫女装束を作業をしてみたいに使っている面があるので、実家にも予備が置いてある。
うちではいち早くスエットを買ってあげたし、僕のお下がりジャージ(学生時代の指定エンジ色)を室内着にしている事が多いのになぁ。
色気のカケラもないけど。
「フクロウ君なら、聖域に住み着くことになったよ。」
「はい?」
「たぬきちが言うには、最近、鼠が出る様になって(何処から出るんだか)作物を荒らしているんだと。見つけちゃあ、食べたり追い払ったりしてるけど、追っつかないと。」(だって僕らが居ない時は、お腹丸出しにしてスピスピ寝てるとわかったから)
「ちょっと待って、そのパターンって…。」
「青木さん正解。だったら聖域に住むって言い出したから、蜜柑の木に巣箱を作っておいた。いずれお嫁さんを呼んで、本格的な営巣を考えているっぽいから、楢とか大きくなる木を植えないとなぁ。蜜柑や柿じゃ木が華奢だし。」
「そう言う問題なの?あと、何気にフクロウとも意思疎通してるし。」
「だってさぁ。」
僕は、鞄から3つ目の水晶を取り出した。
「フクロウ君、こんな物くれたし。」
★ ★ ★
「どうも。」
「フクロウはどうしましたか?」
「(新しい)家に帰って行きましたよ。(棒)。」
「鳴き声は聞いたことありますけど、姿を見たのは初めてでしたよ。」
あー、嘘は言ってない。
筈だ。うん。
受付のおばちゃんと一言二言、声を交わすと、僕らはさっさと山を降りた。
しかし、階段というのは、登るより降る方が足が痛いぞ。
さっきは散々、青木さんに言っといて、明日は筋肉痛だなぁ、こりゃ。
「最近、殿とお出かけすると、必ず事件が起きますねぇ。」
「今日のは、最初から予告済だぞ。だから念の為に御神刀を持たせたろ?」
「そっちじゃありませんよ。フクロウさんです。」
「むう。確かに言い訳出来ないなぁ。」
「ねぇ、玉ちゃん、菊地さん。ひょっとして、菊地さんが今日このお寺を選んだのって。」
「フクロウと逢う為。フクロウから水晶を貰う為。その為に山深い“聖なる高み“に足を運ばせた。荼枳尼天にそんな思惑があっても、全然おかしくないねぇ。」
つまり、フクロウが住んでいるくらい山深ければ、別に鋸山でも鹿野山でも、多分どこでも良かった。
「あの神様、割と楽しんでないかな?」
「悠久の時を過ごす存在だからね。たまに僕らみたいなのが居たら、そりゃ構いたくもなるでしょ。」
何かを願う訳でなし、敵対する訳でなし。ただ神を神として、敬いながらもタメ口を利く変なおじさんがいればねぇ。
ご飯と祝詞を奉納してるけど、僕は楽しいから、玉は身体に染み付いているから続けている訳で。
「でも、玉はお母さんに逢いたくて神様に仕えていますよ。」
それもね。どうやら荼枳尼天が叶えるというよりも、玉が玉自身の力で叶えるっぽいんだよなぁ。
★ ★ ★
車に戻って早々、玉は貰った水晶玉と、新しく手に入れたフクロウ印の水晶玉を両手に持って、ぶつけるやら、覗き込むやら。
青木さんは、何やらスマホで検索を始めた。
そろそろお昼だしね。美味しいものを探しているのかな?
ならばお店探しを兼ねて、東の外房周りで帰ろうか。そっちの方が、街場が近いから。
「ねぇ殿。このフクロウさんから貰った水晶、中なんにも見えませんねぇ、殿から頂いた小さな水晶は、よぉぉく見ると、玉の家が見えるのに。」
「あぁ、そっちは僕も潜った訳じゃないけど、どうやら空っぽっぽいよ。」
「何か意味あるんですか?」
まぁ確かに。今までの水晶玉には、社なり屋敷なりが最初から入っていたし、それは外から確認出来たしね。
「多分、育てて行くんだよ。最初の聖域がどうだったか、玉は覚えてるだろ。」
「玉が草むしりして、殿が畑を耕しました。」
「あっちは荼枳尼天の加護もあって、たちまちあんなんなっちゃった。もう一個の方も、土地神の穢れを払ってからだいぶ変わったけど、あっちもあっちで、緊急時に玉達が逃げ込む場所だから、もっと快適にする必要があるだろ。」
「玉の家自体はあまり弄りたくないなぁ。お母さんがビックリしちゃう。」
お母さんは、多分全部見てるし知ってるだろうけどね。
「そっか。殿ならある程度の事、出来ますもんね。」
「うんにゃ。僕は僕でやる事があるから、玉の家がある水晶の育成は、玉が主導でやりなさい。」
「え?」
「ウチの庭を大家さんと一緒に、越して来て数週間で別物に作り変えたろ。それに。」
「それに?」
「多分、玉は水晶玉に自由に出入り出来るようになる。」
「……本当ですか?」
「勘だけどね。」
でも、根拠はある。
依代が必要になるとは言え、“玉のお母さんは、聖域も玉の家も僕らの部屋も、自由に出入りしている“から。
★ ★ ★
「あったああああああ!」
それまで大人しくスマホをいじっていた青木さんが、突然大声を上げた。
狭い軽の車内、隣に座っていた玉がビクッと飛び上がった。可哀想に。
「何なに何ナニ?佳奈さん何?」
「水晶を指輪に出来るところ!千葉市に専用の工房があるの!」
「え?どこどこ?見せて下さい!」
「ほら、これ!」
「わぁ。」
後ろうるさい。
言えないけど。
「つうわけで、帰りに寄りなさい。」
「なさい。」
「まったく。たまに静かにしてるから、大人しく昼飯を食う場所でも探してるのかと思いきや。」
「きや。」
「ちょっと待って。菊地さんの中で、私って、どんな女になってるの?」
「んんと。僕と玉は基本的にボケだから、ツッコミ役の人?」
「ボケ役の自覚があるなら、2人ともしゃんとしなさい。有能な無自覚って、凡人が関わるには厄介なのよ!」
「厄介さんと言えば…」
「貴方達の立ち位置から見ればそうなりますけどね!」
「おお。成る程。殿と佳奈さんの違いってそこですね。納得行きました。」
「玉ちゃん、あのね。」
「て、言うかね。」
車を路肩に停めて、青木さんのスマホに表示されている指輪工房の住所をナビに入れながら、僕は割と真面目に答えた。
「僕も玉も、普通の人間じゃないから。勿論、いずれは僕も玉も自分の居場所をきちんと作らないといけない。それは、この時間帯とは限らないから。普通の目を持っている青木さんが、特に玉のそばに居てくれる事は、玉にとってとても大切な事だと思ってる。感謝してますよ。」
「…この人、時々ズルいのよねぇ。私の何かを素手で握ってくるって言うか。」
「だから始めて佳奈さんと会った時から言ってますよ。殿はこういう人なんです。」
何やら酷い事を言われているのはわかります。
「おまけに鈍ちんだし。」
「…玉ちゃんも苦労するわねぇ…」
「早く佳奈さんも同じ苦労するです。」
「…本気で色々考えさせて下さい。」
「うむ。待ってる。」
君達ねぇ。
★ ★ ★
結局、白子町(目の前太平洋!荒波!)まで車を走らせて、地元の料理屋に入りました。
食欲魔人が2人もいるので、ああでも無いこうでも無いとわちゃわちゃしているうちに、車は丘陵部を抜け、茂原の市街地を抜けて、海にぶつかったからです。
「元埼玉県民としては、海を見るとテンションマックスです。」
そうですか。
「因みに玉も、なんだか興奮です!」
いや、玉さんは台地に登れば市川の海がいつでも見れたでしょう。
3人で金目と伊勢海老と、蛤のバター焼きや、栄螺の壷焼きをたらふく食べましたとさ。
やっぱり、バター醤油は絶対正義だった。
「やっぱり、私。餌付けられてる?」
「佳奈さん、もう諦めてこっち来るです。毎日、美味しいですよ。」
「わ、私は金目鯛如きでは釣られない女よ!」
「鯏の酒蒸しを食べますか?」
「ううう。食べるぅ…。」
なんだかなぁ。
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