ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

動物園

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あ、いきなり玉が固まった。
  「玉が固まる」
また交通事故駄洒落になっちゃった。

入り口のゲートを潜った一番最初にある物は、小動物のふれあいゾーン。
兎や山羊、ミニ豚やモルモットが放し飼いにされている区画だ。
休みの日は、子供達で溢れるのだろうけど、平日の午前中には子供よりもお母さんの姿が目立つ。

「か、可愛いですぅ。」
半分悲鳴な歓声をあげて、玉はモルモットの1匹を抱き上げた。

モルモットは警戒心旺盛な臆病な動物だけど(捕食される方の小動物は大抵そうだ)、そのかわり一度心を開くとベタ慣れして主人の後をつけて回る可愛い仔。
ここでも飼育員に大切に育てられているのだろう。
初対面の玉に怯えることなく、顔を自分から押し付けにいっている。

うん。玉は本当に動物が好きなんだろうね。聖域でもたぬきちにべったりだし。
まぁ、年齢と年代を考えれはペットなんか犬猫くらいしかいなかっただろうし。
お父さんのいない玉の家に、ペットを飼う余裕があったとも思えないし。

「ん?なんだい?」
「メェメェ」
山羊が近寄ってきた。白い仔山羊だ。ユキちゃんとネームプレートが首に掛けてある。んー、餌が欲しいの?今、餌持ってないよ?

「メェメェ」
「メェメェ」
「ブヒブヒ」
「ブヒブヒ」
ちょ、ちょっと?
「キューキュー」
「キューキュー」
「キューキュー」
「キューキュー」
た、助けて。
いつのまにか、エリアにいた動物達に囲まれた。
「玉。助けてください!」
山羊2頭に顔中舐め回されて、ミニ豚は僕のスニーカーの上で座り込み、周りをウサギとモルモットに包囲されてます。
何これ?
「殿は大体ああなるんです。ほっときましょう。」
「キュー」
あぁ、玉にも玉に抱かれたモルモットからもほっとかれた。

「常連さんで懐かれる方はたまにいらっしゃいますけど、ここまでこの仔達に好かれる人は初めて見ました。」
お付きの飼育員さんに助けてもらいました。
ゲートの外に避難できたけど、柵を挟んだ直ぐ内側でメェメェブヒブヒキューキューキューキューキューキューキューキュー大変な事に。 やれやれ。僕は二度とこの中に入らない方が良さそうだ。

「申し訳ありませんが、出来ればそうされた方がいいかと。」
「ご迷惑をお掛けしました。」
メェメェブヒブヒキューキュー。

という事で、少し離れたベンチに腰掛けました。玉がえへへへへと、いつもの溶けた顔で幸せそうにしているので。
触るな危険な僕は、近づかない方が良さそうだ。

小動物たちが落ち着いて、玉の顔が元に戻ったのを見計らって声をかけようかね。

もういいかな?

「そろそろ次、行きますよ。」
「えへへへへ。」

もう少し、かかりそうだな。
まぁ、あれはあれで玉が楽しそうだからいいか。その為に来たんだし。スマホで撮影しとくか。後で青木さんに送ってあげよう。

困った。
僕が移動すると、移動先の動物達が騒ぎ出すよ。僕が何かした?
「らまって書いてありますよ。」
「こっちはかぴばらですって、なんかのほほんとした顔してますねぇ。」
「あの、お客さま?何かされてますか?」
「そんなふうに見えますか?」
「見えませんけど。」

さっきの飼育員さんにずっとマンマークされてます。なんで?
「お客さまが行く先の動物達がソワソワし出すからです。」
「そうですか。」
それは困った。

妹が「何故、兄さんにかかると、どのペットも飼い主より懐くんだろう。」と、呟いた記憶が蘇るなぁ。

「この人は、やたら動物に好かれるので。前に野生の狸がついてきました。」
玉さん。
今は何も言わないで欲しいなぁ。

「……ちょっと、こちらへ来て頂けますか?」
なんですか?何故、僕の手を握って駆け出すんですか?飼育員のお姉さん?
「…殿は動物だけじゃなく、女の人も懐く事忘れてました…。」
とてとて走ってついてくる玉がボソッと言ってますけど。
人聞きの悪い事を。

飼育員さんに連れて来られたのは小獣舎。要は小型の動物が集められているみたい。カワウソとか、フェネックとか。
いがらしみきおの漫画でしか見たことない動物達。た、ち。ち?

…見覚えのある動物がいるなぁ。

「この仔が懐いてくれないんです。」
「いや、客を獣舎に入れちゃ駄目でしょ。」

狸舎の中にまで引き込もうとするので、さすがに入り口で足を踏ん張って阻止。

「あ、ごめんなさい。夢中になりすぎました。」
「僕は飼育員でも獣医でもないんで……。あの仔ですか。」
それはひと目でわかった。
一頭、明らかに元気なく隅っこで動かない狸がいた。
「獣医が言うには健康に問題はないそうです。でも突然大人しくなって、誰にも心を開かなくなってしまって。」

ふむ。
どうしたの?おいで。
僕が手を伸ばすと、ヨロヨロと立ち上がって近寄ってきた。
「一体どうした?」
「…」
狸は鳴かない。ただ僕の顔をじっと見上げている。これが普通。うちのたぬきちはお喋りが過ぎる。あんな野生が胡散霧消した野生動物も珍しいだろう。

「どうして?」
飼育員さんが驚いているけど。
「まあ、殿は殿だし。」
あ、こら。スマホで勝手に撮るんじゃないの。
「さっき、玉の事写してましたよね。」

さて、狸君の方だけど。
「どうしたの?」
「………。」
「そうか。そう言う事ね。」
頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに喉を鳴らし始めた。君は猫か。

「わかった。聞いてみるね。」
「………くふぅ」

「…話、わかるんですか?」
「この人はなんでも出来ちゃうんです。」

「この仔に兄弟がいたと思いますが。」
「…はい。兄にあたる狸がいます。今ちょっと、足を怪我しちゃって、別棟で保護してます。」
「その仔が戻る予定は?」
「骨折してるんです。手術は終わっていますけど、畜舎に戻れるにはまだしばらくかかりそうです。」
「この仔を連れて行けますか?」
「わん?」
「へ?狸が鳴いた。」
「そりゃ鳴きますよ。」

という訳で、動物園で話し合いが持たれるようです。
そうなったら僕にも立ち会って欲しいとの事で、その間僕らは見学に戻ろう。
「またくるね。たぬきちゃん。」
「わん」

★  ★  ★

さて。

「ねぇ殿?お猿さん達が整列して手を振ってますよ。」
「ねぇ殿?れっさあぱんだがみんなきをつけしてますよ。」
「ねぇ殿?頭にからふるな鳥さんがたかってますよ。」

…動物園は失敗だったなぁ。
オランウータンに求愛されたり、
マイクロ豚に囲まれたり、
ちっとも落ち着けない。

まぁその度に玉の笑顔か見れたから、良しとするか。
「よし。」
「…よしかなぁ。」

ストロベリーパフェと甘い紅茶を前に表情を崩しっぱなしの玉と、疲れ果てて底に溶け切れなくなるほど砂糖を入れたコーヒー片手にグッタリしてる僕という、側から見た何処かのお母さんに心配されて声を掛けてくるような有り様で休んでいると。

「いたいた。良かった。まだ帰ってらっしゃらなかった。」
さっきの飼育員さんが駆け寄って来た。
背後には、なんだか“私、当園の責任者でございます“って感じな年配の男性が2人。僕の顔を見て、深々と頭をさげた。
慌てて、こちらも頭を下げる。
「では、お願いします。」
「……本当に僕らが必要なんですか?」
「藁をも掴みたいんです。」
客を藁呼ばわりする、何気にこの飼育員さん、失礼かも。

狸舎に5人で戻る事になる。ああもう、なんだかな。
扉を開けると、それまでまた隅っこでグッタリしていた狸が、僕の気配に顔を上げ、僕の姿を確認すると、そのまま俊敏に駆け寄りポンっと僕の胸に飛び込んだ。  
男性2人からどよめきが。
女性2人(玉を含む)からは歓声があがる。隣のミーアキャットが一斉に立ち上がったぞ。飼育員さんが動物を驚かしてどうする?

狸は割と不器用な動物と聞いているけど、うちのたぬきちといい、この仔といい矢鱈と器用だね。
たぬきちは柿の皮を自分で洗って食べてたし。

一応、ケージが用意されていたけど、狸君が僕にしがみついて離れようとしないので、そのまま抱き抱えて医務室に運んで行った。…「逃げたらどうするの?」
「その時は、あなたを探します。」
…なんだかなぁ。

部屋に入ると、ケージに狸が一頭。首に猫がよくしてるラッパみたいなものをつけて寝ている。
「エリザベスカラーと言います。前脚を骨折したんですが、手術痕を気にして舐めちゃうんですよ。」
玉が(ついでに僕も)、あれなんですか?と質問するのを察して、飼育員さんが説明してくれた。

僕はそっと狸君を下ろすと、狸君はトコトコとケージに近寄って鼻を鳴らした。
気配を察したか、ケージの狸も目を覚まして外の狸に顔を寄せる。

『何故?』 

怪我狸は顔を上げて僕を見た。見られてもなぁ。
「その仔は、君が心配で心配でならなかったんだよ。心配のあまり、すっかり元気を無くしてたから連れてきたんだ。」

『そうでしたか。妹がすいません。』

「妹?」

『この仔は雌ですよ。生まれた時から甘えん坊で。』

「でも、可愛くて仕方ないんだろ?」

『ええ。全く、早く兄離れしてくれないと、そろそろお嫁入りなのにね。』
『だったら妹に心配かけないでよ。兄さんがこんなんじゃ安心してお嫁になんか行けません。』

「ねぇ、何かお客さま、狸達とお話しされていませんか?」
「まぁ、この人はそういう人なので。」
「はぁ。」

★  ★  ★

兄狸が畜舎に戻れるにはあと2週間くらい掛かる事を、その場にいた獣医さんが教えてくれたので、その事を2匹の狸に伝えると。

兄狸は、まだそんなにあるのかあと不貞腐れ、妹狸は獣医に頭を下げると、僕の足元に来て抱っこをせがんだ。

「あの。何が起こっていたのですか?」
目の前の光景に理解が及ばず固まっていた男性の1人が話しかけてきた。
「簡単な事ですよ。この仔は兄さんが心配だっただけです。兄さんが元気そうなのを見て安心した様ですよ。」
その通りだ、とでも言う様に、妹狸は僕の腕の中で目を閉じている。

「たまにね。」
獣医さんが説明してくれた。
「たまに野生動物がまるで初対面なのに直ぐ懐く人がいるんです。私も都市伝説くらいにしか思ってなかったのだけど、本当にこんな人いるんですねぇ。」

これも浅葱の力なのかねぇ。
本人が一番理解してないけど。
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