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第一章 開店
土地神
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「菊地さん!」
半ば悲鳴の様な青木さんの声が響いた。
しかし、玉がさっと右腕を真横に差し出して、前のめりになる青木さんを制する。
「玉ちゃん?どうして?」
「殿なら大丈夫です。それに。」
そのまま振り返ると、ニコリと青木さんに微笑んだ。
「アレから敵意は感じないんでしょ。殿は佳奈さんの言葉を信じてますから。」
「そんな、何かあったら…。」
「大丈夫。殿が佳奈さんを信じてくれたように、佳奈さんも殿を信じて下さい。」
「玉ちゃん…。」
黒は僕が近づくと、人の形をとった。
人の形の黒になった。
特に抵抗する素振りは見えない。
人の形を取った黒は、ただ立ち尽くしているだけだ。
その首筋らしき部分に僕は刀の刃を当てる。
「玉。」
「承知。」
僕の指示通り、玉は足元の地面に御神刀を突き刺した。
そして、玉は祝詞を詠み始める。
高天の原に神留まります皇が睦 神漏岐神漏美の命以ちて 八百万の神等を神集ヘに集へ給ひ 神議りに議り給ひて 我が皇御孫の命は 豊葦原の瑞穂の国を 安国と 平らけく 領ろし召せと 言依さし奉りき
僕の右手の刀と、玉が地面に刺して握る御神刀の間に白い光が走り、繋がった。その光は黒を白に染めていく。
やがて黒は全て白になり、白はそのエッジだけを輝かせたまま色を消した。
光の人型はそのまま静かに地面に吸収されて行った。
庭は元の姿に戻った。
いや違う。
今、気がついた。
今まで、この家には、この空間には、音がなかった。
玉砂利を踏む足音か、玉のオノマトペぐらいで、僕らが自ら出す音以外に音が無い空間だった。
その無音の世界から有音の世界に、今、切り替わった。
風が吹き始め木の葉を揺らし、鳥が鳴き始めた。
最初、この家に来た時、玉は訳の分からない「重さ」に戸惑い怖がっていた。
僕の隣に居る事で安心はしていたけど、警戒を絶やさなかった。
その「重さ」が、今消えた。
「ふう。」
右手を振る。それだけで刀は再び僕の右腕に吸い込まれていく。
玉は御神刀を地面から抜くと、そのまま尻餅をついて座り込んでしまった。
「だ、大丈夫?玉ちゃん。」
「大丈夫です。ただ、腰が抜けましたぁ。」
「ほら。」
僕は玉に近寄り、冷たいお茶のペットボトルを差し出した。
「ありがとうございます、殿。」
玉がごくごく飲み始めるのを見て、玉を背中からしゃがんで支えていた青木さんが掠れた声をあげた。
「今の、何?」
「さぁ?」
「さぁって。」
うちの専門家の見解はどうだろう。
「玉にもわかりませんよ。玉は殿に言われた事をしただけです。」
それは困った。僕も本能的に動いただけで、理論的・理知的な説明なんか全く出来ないぞ。
『もしもし?』 つんつん
うーむ。
『もしもし?』 つんつん
うるさいなぁ。今考え事してるの!
『もしもーし?』 つんつん
「………。」
『………』
「わぁ!」
僕の後ろで僕の腰と肩を突いてたのは、荼枳尼天さんと御狐様でした。
「あなた最近、お気軽に人間に会いすぎじゃないですか?ありがた~い神様でしょ?」
『お主にしか会っとらんがの。ここ2,000年くらいで人間の前に姿を現すなんぞ1回も無かったわい。大体、神職でも無いお主の前に1日に何度もぽこぽこ顕現することになるとは、お主一体何者じゃ。』
「知りませんよ。いるかいないかもわからない神様がそこら辺にぽこぽこ居て、こうやってわちゃわちゃ話してる自分が一番わからないんですから。僕はだぁれ?」
『あまり可愛く無いのう』
「ほっとけ。」
あまりがつくんだ。
「ねぇ。あそこで菊地さん、神様と口喧嘩しているんだけど。あの神様、祟り神でもあるんでしょう?」
「まぁ殿のする事ですから。それよりも良いなあ。御狐様がさりげなく頭を殿に押し付けて、撫で撫でを催促してます。」
★ ★ ★
荼枳尼天とあれこれわちゃわちゃ話していたら、概要は掴めた。そう言う事ね。
「玉。立てますか?」
「大丈夫。殿のお茶で元気満点。ひっとぽいんと全快です!」
あれ?玉に暇つぶしにと、ゲーム機とソフトを買ってあげたけど、RPGって買ったかな?
「私わたし、私が玉ちゃんにドラゴンをクエストしちゃうゲームをプレゼントしちゃいました。まだ最初だけど、ネットでパーティ組んでちょこちょこやってるの。」
「お前の入れ知恵か。」
「私だ。」
いつぞや玉と同じやりとりをした様な気もするけど、玉にお願いしたかったのは、柿を採って荼枳尼天に渡してくれと。献上品であり奉納品だからね。
僕は荼枳尼天と何故か気軽に話ているけど、神との交流はきちんと神職が行うべきだろう。
ケジメだ、ケジメ。
で、玉と青木さんは御狐様を連れて高枝切り鋏を振り回している。
御狐様相手なので、少し控えめにしているけど、歓声が聞こえてくる。
柿が一つ採れるたびに御狐様がピョンと飛び上がって柿を咥えてる。足元にある竹籠には結構な量が溜まっているだろう。
僕はというと、縁側で荼枳尼天と話をしている。いつもの様な雑談ではなく、割と真面目な将来の話。
黒糖饅頭をお茶受けに、2人?してお茶を啜りながら。ズズゥ。
「お主のところはお茶も美味しいの。」
「お粗末様です。」
荼枳尼天は神様なので“全てを知っている“という。しかし、「神は人を助けない。」人が迷い道に堕ちた時、願われれば、その人の修行の量と密度にみあった救いは与える。それでも、最後は、人は自ら迷い道を抜けなければならない。人の力だけでだ。
つまり、僕が玉をお母さんに逢わせてあげるには、僕と玉の努力が必要だという事だ。
玉は巫女としての修行を。
そして、僕は。僕は?
何すれば良いんだ?
『自らで悩み、自らで考えよ。なぁに、儂も神狐もお主と、お主の周りの心地良さを気に入っておるでな。今後、儂とお主らとの縁(えにし)は深まりこそすれ、お主がお主である以上、途切れる事は無かろう。それに。』
柿のたっぷり入った籠を首から下げた御狐様を迎えた荼枳尼天は。
『お主はどうせ、儂の力なぞ必要とすまい。儂はただな。』
左手に持っていた稲穂を僕に渡す。
『あの、穏やかな空間でくつろぐ事。お主らが仔狸と遊んでいる姿を見ていられる事が望み、じゃよ。』
それだけ言うと、荼枳尼天は御狐様と消えていった。
★ ★ ★
「あー可愛かった。」
「あの狐、神様の遣いだよね。いいのかな?私なんかが狐様を触って…。」
「殿のご家族って事で、お許しを頂いているので大丈夫ですよ。」
「いやいや。だったら菊地さんて何者なのよ。」
「さぁ?」
「さぁ?」
僕と玉は並んで同時に首を右に傾げる。
「あなた達ねぇ…。」
まぁ何はともあれ、一仕事終えたっぽいので、屋敷に上がって一休みする事にした。
「土地神、ですか…。」
荼枳尼天から聞いた話を2人に伝える。
青木さんは字面からなんとはなしに想像がついた様だが、玉は首を捻っている。
「土地神っていうのは、その土地を守護する神様、というよりも精霊に近いそうだ。勿論、宗教によって信仰対象として上下はあるものの、妖精から立派な神様までその土地その土地、その人その人により、霊力から神力まで能力に差が出る、と。」
「はぁ。」
ううむ。神様からの説明はもっとわちゃくちゃだったからなぁ。玉にわかりやすく説明する為にはっと。
うん。
「玉、地主神ってわかるか?」
「玉が知っているのは、大国主命様とか。」
「うん、大国主命は日本全体の国土を守る土地神の大親分だ。でも大国主命は例えば房州の稲の生育具合まで見ていられる程暇じゃない。なので、土地土地に住む神と近しい存在を神として仮定して、祀った。神社の中にはそういった性格がある神社もあるでしょう。」
「なるほど、なんとなく分かりました。」
「せんせー、私はわかんなくなりました。」
やれやれ。
「青木さんは地鎮祭って知ってるか?」
「あの、お家を建てる前に神主さん呼んで、かしこみーかしこみーって、折り紙みたいなのが付いた木の棒を振り回すやつ?」
まぁそれで間違いはないけど、玉が複雑な顔してるぞ。
「あれが、土地神に供物を捧げて工事と、新しく建った家での生活の安寧を祈る儀式だよ。つまり、神様が居る居ないは別に、土地神信仰は現代にも残っているんだ。」
「なるほど。そう言われると良くわかります。でもさ。なんでその土地神様が、あんな得体の知れないものになってたの?」
「それは、ここが浅葱の本家だからだよ。」
★ ★ ★
「玉には話した事があるけど、浅葱の力って言うものを、歴代の能力者達は自分の欲望に使って来た。」
お茶を一口。
玉はうんうんと頷いている。
「と言っても、浅葱の力ってものがなんなのか未だにわからない。僕の力は、食べ物と、その周辺のものが自由に取り出せるけど、必要以上のものは何も出てこない。とはいえ、さっきの高枝切り鋏の様に例外もある。どうやらこれにも法則性があるらしいけれど、今のところ、その法則がなんなのか、さっぱりわからない。」
「でも、ご飯が自由に出せるのは便利そうね。」
まぁね。
「ぶっちゃけ、エンゲル係数をゼロに出来るよ。余計な贅沢をしなければ、玉の1人や2人養いながら、貯金を切り崩して一生遊んで暮らす事も出来るだろう。」
「それは…羨ましい…のかな?」
「僕はもう、やる事からなくなって暇を持て余し出しているけどね。」
貧乏性だから。
「殿。話がずれてます。土地神様と浅葱の力はどんな関係なんですか?」
「あぁそれね。簡単に言えば、浅葱の力って言うものは、浅葱の人間の願いを叶えて来た。その裏には、浅葱の力が発動した分、同じだけの澱みが発生する。前に話した事があるだろう。病気の奥さんを助ける為に未来に飛んで薬を取ってきた人の話。それによって奥さんは助かったけれど、同時に本来亡くなる筈の命が助かるわけで、…んん何というかなぁ。捻じ曲げられた因縁が発生してしまう。そして、その因縁を吸収していたのが土地神なんだよ。」
「………。」
「………。」
「普通の人ならば、定められた命だけを生きる。それだけしか生きられない。でも、浅葱の力はある意味、その運命を捻じ曲げる力なんだ。そして、その因縁を吸収出来るこの土地の土地神もまた、特殊な土地神。本当ならば、神社どころか神宮に祀られてもおかしくない神位を持つ存在らしい。でも、そんな高位な土地神がここにいる。いてくれる。荼枳尼天は最後までは教えてくれなかったけれど、多分それは必要だから土地神が自らの意思でここにいる。この土地に宿っている。ってとこまでは教えてくれた。」
「………。」
「………。」
「あとは分からん。お手上げだ。玉はお母さんに逢う為に頑張る。頑張らないとならない。僕にも何かある筈だけど、何をしたらいいのか、さっぱりわからない。目標がないからダラダラ無職しているわけだしね。それと、あと青木さん。」
「はい。」
足をきちんと揃えて、青木さんが返事をする。
「君は僕らに深入りし過ぎた。僕らの友達としてではなく、浅葱の力を引く者として、“何か“に認められた様だ。それが何なのかはわからない。何者に認められたのかもわからない。荼枳尼天は知っている様だけど、基本的に神は人間に携わらない。人間は人間として、人間の力で生きていけ。それが神様からの神言だ。あとは分からん。無責任だけどね。」
「と、言われましてもねぇ。」
半ば悲鳴の様な青木さんの声が響いた。
しかし、玉がさっと右腕を真横に差し出して、前のめりになる青木さんを制する。
「玉ちゃん?どうして?」
「殿なら大丈夫です。それに。」
そのまま振り返ると、ニコリと青木さんに微笑んだ。
「アレから敵意は感じないんでしょ。殿は佳奈さんの言葉を信じてますから。」
「そんな、何かあったら…。」
「大丈夫。殿が佳奈さんを信じてくれたように、佳奈さんも殿を信じて下さい。」
「玉ちゃん…。」
黒は僕が近づくと、人の形をとった。
人の形の黒になった。
特に抵抗する素振りは見えない。
人の形を取った黒は、ただ立ち尽くしているだけだ。
その首筋らしき部分に僕は刀の刃を当てる。
「玉。」
「承知。」
僕の指示通り、玉は足元の地面に御神刀を突き刺した。
そして、玉は祝詞を詠み始める。
高天の原に神留まります皇が睦 神漏岐神漏美の命以ちて 八百万の神等を神集ヘに集へ給ひ 神議りに議り給ひて 我が皇御孫の命は 豊葦原の瑞穂の国を 安国と 平らけく 領ろし召せと 言依さし奉りき
僕の右手の刀と、玉が地面に刺して握る御神刀の間に白い光が走り、繋がった。その光は黒を白に染めていく。
やがて黒は全て白になり、白はそのエッジだけを輝かせたまま色を消した。
光の人型はそのまま静かに地面に吸収されて行った。
庭は元の姿に戻った。
いや違う。
今、気がついた。
今まで、この家には、この空間には、音がなかった。
玉砂利を踏む足音か、玉のオノマトペぐらいで、僕らが自ら出す音以外に音が無い空間だった。
その無音の世界から有音の世界に、今、切り替わった。
風が吹き始め木の葉を揺らし、鳥が鳴き始めた。
最初、この家に来た時、玉は訳の分からない「重さ」に戸惑い怖がっていた。
僕の隣に居る事で安心はしていたけど、警戒を絶やさなかった。
その「重さ」が、今消えた。
「ふう。」
右手を振る。それだけで刀は再び僕の右腕に吸い込まれていく。
玉は御神刀を地面から抜くと、そのまま尻餅をついて座り込んでしまった。
「だ、大丈夫?玉ちゃん。」
「大丈夫です。ただ、腰が抜けましたぁ。」
「ほら。」
僕は玉に近寄り、冷たいお茶のペットボトルを差し出した。
「ありがとうございます、殿。」
玉がごくごく飲み始めるのを見て、玉を背中からしゃがんで支えていた青木さんが掠れた声をあげた。
「今の、何?」
「さぁ?」
「さぁって。」
うちの専門家の見解はどうだろう。
「玉にもわかりませんよ。玉は殿に言われた事をしただけです。」
それは困った。僕も本能的に動いただけで、理論的・理知的な説明なんか全く出来ないぞ。
『もしもし?』 つんつん
うーむ。
『もしもし?』 つんつん
うるさいなぁ。今考え事してるの!
『もしもーし?』 つんつん
「………。」
『………』
「わぁ!」
僕の後ろで僕の腰と肩を突いてたのは、荼枳尼天さんと御狐様でした。
「あなた最近、お気軽に人間に会いすぎじゃないですか?ありがた~い神様でしょ?」
『お主にしか会っとらんがの。ここ2,000年くらいで人間の前に姿を現すなんぞ1回も無かったわい。大体、神職でも無いお主の前に1日に何度もぽこぽこ顕現することになるとは、お主一体何者じゃ。』
「知りませんよ。いるかいないかもわからない神様がそこら辺にぽこぽこ居て、こうやってわちゃわちゃ話してる自分が一番わからないんですから。僕はだぁれ?」
『あまり可愛く無いのう』
「ほっとけ。」
あまりがつくんだ。
「ねぇ。あそこで菊地さん、神様と口喧嘩しているんだけど。あの神様、祟り神でもあるんでしょう?」
「まぁ殿のする事ですから。それよりも良いなあ。御狐様がさりげなく頭を殿に押し付けて、撫で撫でを催促してます。」
★ ★ ★
荼枳尼天とあれこれわちゃわちゃ話していたら、概要は掴めた。そう言う事ね。
「玉。立てますか?」
「大丈夫。殿のお茶で元気満点。ひっとぽいんと全快です!」
あれ?玉に暇つぶしにと、ゲーム機とソフトを買ってあげたけど、RPGって買ったかな?
「私わたし、私が玉ちゃんにドラゴンをクエストしちゃうゲームをプレゼントしちゃいました。まだ最初だけど、ネットでパーティ組んでちょこちょこやってるの。」
「お前の入れ知恵か。」
「私だ。」
いつぞや玉と同じやりとりをした様な気もするけど、玉にお願いしたかったのは、柿を採って荼枳尼天に渡してくれと。献上品であり奉納品だからね。
僕は荼枳尼天と何故か気軽に話ているけど、神との交流はきちんと神職が行うべきだろう。
ケジメだ、ケジメ。
で、玉と青木さんは御狐様を連れて高枝切り鋏を振り回している。
御狐様相手なので、少し控えめにしているけど、歓声が聞こえてくる。
柿が一つ採れるたびに御狐様がピョンと飛び上がって柿を咥えてる。足元にある竹籠には結構な量が溜まっているだろう。
僕はというと、縁側で荼枳尼天と話をしている。いつもの様な雑談ではなく、割と真面目な将来の話。
黒糖饅頭をお茶受けに、2人?してお茶を啜りながら。ズズゥ。
「お主のところはお茶も美味しいの。」
「お粗末様です。」
荼枳尼天は神様なので“全てを知っている“という。しかし、「神は人を助けない。」人が迷い道に堕ちた時、願われれば、その人の修行の量と密度にみあった救いは与える。それでも、最後は、人は自ら迷い道を抜けなければならない。人の力だけでだ。
つまり、僕が玉をお母さんに逢わせてあげるには、僕と玉の努力が必要だという事だ。
玉は巫女としての修行を。
そして、僕は。僕は?
何すれば良いんだ?
『自らで悩み、自らで考えよ。なぁに、儂も神狐もお主と、お主の周りの心地良さを気に入っておるでな。今後、儂とお主らとの縁(えにし)は深まりこそすれ、お主がお主である以上、途切れる事は無かろう。それに。』
柿のたっぷり入った籠を首から下げた御狐様を迎えた荼枳尼天は。
『お主はどうせ、儂の力なぞ必要とすまい。儂はただな。』
左手に持っていた稲穂を僕に渡す。
『あの、穏やかな空間でくつろぐ事。お主らが仔狸と遊んでいる姿を見ていられる事が望み、じゃよ。』
それだけ言うと、荼枳尼天は御狐様と消えていった。
★ ★ ★
「あー可愛かった。」
「あの狐、神様の遣いだよね。いいのかな?私なんかが狐様を触って…。」
「殿のご家族って事で、お許しを頂いているので大丈夫ですよ。」
「いやいや。だったら菊地さんて何者なのよ。」
「さぁ?」
「さぁ?」
僕と玉は並んで同時に首を右に傾げる。
「あなた達ねぇ…。」
まぁ何はともあれ、一仕事終えたっぽいので、屋敷に上がって一休みする事にした。
「土地神、ですか…。」
荼枳尼天から聞いた話を2人に伝える。
青木さんは字面からなんとはなしに想像がついた様だが、玉は首を捻っている。
「土地神っていうのは、その土地を守護する神様、というよりも精霊に近いそうだ。勿論、宗教によって信仰対象として上下はあるものの、妖精から立派な神様までその土地その土地、その人その人により、霊力から神力まで能力に差が出る、と。」
「はぁ。」
ううむ。神様からの説明はもっとわちゃくちゃだったからなぁ。玉にわかりやすく説明する為にはっと。
うん。
「玉、地主神ってわかるか?」
「玉が知っているのは、大国主命様とか。」
「うん、大国主命は日本全体の国土を守る土地神の大親分だ。でも大国主命は例えば房州の稲の生育具合まで見ていられる程暇じゃない。なので、土地土地に住む神と近しい存在を神として仮定して、祀った。神社の中にはそういった性格がある神社もあるでしょう。」
「なるほど、なんとなく分かりました。」
「せんせー、私はわかんなくなりました。」
やれやれ。
「青木さんは地鎮祭って知ってるか?」
「あの、お家を建てる前に神主さん呼んで、かしこみーかしこみーって、折り紙みたいなのが付いた木の棒を振り回すやつ?」
まぁそれで間違いはないけど、玉が複雑な顔してるぞ。
「あれが、土地神に供物を捧げて工事と、新しく建った家での生活の安寧を祈る儀式だよ。つまり、神様が居る居ないは別に、土地神信仰は現代にも残っているんだ。」
「なるほど。そう言われると良くわかります。でもさ。なんでその土地神様が、あんな得体の知れないものになってたの?」
「それは、ここが浅葱の本家だからだよ。」
★ ★ ★
「玉には話した事があるけど、浅葱の力って言うものを、歴代の能力者達は自分の欲望に使って来た。」
お茶を一口。
玉はうんうんと頷いている。
「と言っても、浅葱の力ってものがなんなのか未だにわからない。僕の力は、食べ物と、その周辺のものが自由に取り出せるけど、必要以上のものは何も出てこない。とはいえ、さっきの高枝切り鋏の様に例外もある。どうやらこれにも法則性があるらしいけれど、今のところ、その法則がなんなのか、さっぱりわからない。」
「でも、ご飯が自由に出せるのは便利そうね。」
まぁね。
「ぶっちゃけ、エンゲル係数をゼロに出来るよ。余計な贅沢をしなければ、玉の1人や2人養いながら、貯金を切り崩して一生遊んで暮らす事も出来るだろう。」
「それは…羨ましい…のかな?」
「僕はもう、やる事からなくなって暇を持て余し出しているけどね。」
貧乏性だから。
「殿。話がずれてます。土地神様と浅葱の力はどんな関係なんですか?」
「あぁそれね。簡単に言えば、浅葱の力って言うものは、浅葱の人間の願いを叶えて来た。その裏には、浅葱の力が発動した分、同じだけの澱みが発生する。前に話した事があるだろう。病気の奥さんを助ける為に未来に飛んで薬を取ってきた人の話。それによって奥さんは助かったけれど、同時に本来亡くなる筈の命が助かるわけで、…んん何というかなぁ。捻じ曲げられた因縁が発生してしまう。そして、その因縁を吸収していたのが土地神なんだよ。」
「………。」
「………。」
「普通の人ならば、定められた命だけを生きる。それだけしか生きられない。でも、浅葱の力はある意味、その運命を捻じ曲げる力なんだ。そして、その因縁を吸収出来るこの土地の土地神もまた、特殊な土地神。本当ならば、神社どころか神宮に祀られてもおかしくない神位を持つ存在らしい。でも、そんな高位な土地神がここにいる。いてくれる。荼枳尼天は最後までは教えてくれなかったけれど、多分それは必要だから土地神が自らの意思でここにいる。この土地に宿っている。ってとこまでは教えてくれた。」
「………。」
「………。」
「あとは分からん。お手上げだ。玉はお母さんに逢う為に頑張る。頑張らないとならない。僕にも何かある筈だけど、何をしたらいいのか、さっぱりわからない。目標がないからダラダラ無職しているわけだしね。それと、あと青木さん。」
「はい。」
足をきちんと揃えて、青木さんが返事をする。
「君は僕らに深入りし過ぎた。僕らの友達としてではなく、浅葱の力を引く者として、“何か“に認められた様だ。それが何なのかはわからない。何者に認められたのかもわからない。荼枳尼天は知っている様だけど、基本的に神は人間に携わらない。人間は人間として、人間の力で生きていけ。それが神様からの神言だ。あとは分からん。無責任だけどね。」
「と、言われましてもねぇ。」
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