ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

実家2

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僕と青木さんが柿の皮を剥いて、僕が剥いた柿を玉が、青木さんが剥いた柿をたぬきちがぱくぱく食べる、動物園の餌付けの様な光景が始まっていた。 
さっきのバナナとまるっきり同じじゃないか。

「たぬちゃん、包丁持ってるから危ないよ。今剥くから、もうちょっと待ってて。」
「わふ」
「うふふ。ちゃんとお座りして待ってくれるんだ。私の言葉もわかるのかな?」
「わふ」
頷くたぬきち。目がハートマークになる青木さんに、 
「たぬきちは皮も食べたいんだって、水道を流しっぱなしにしておくから、洗面器に浸けといて。あとはたぬきちが自分で洗って食べるって。」
と注意を与えとく。
「わふん」
「…たぬちゃんはアライグマですか?」
狸とアライグマは、種的にかなり違うけどね。 

「ぱくぱく。」
ぱくぱく言いながら、フルーツフォークで種を取り出しては、ぱくぱく食べるうちの巫女さん。
一応、柿を育てる為に取り寄せたって事は覚えていたようで、種を丁寧に取り分けている。種も美味しく頂くたぬきちには(本能的に)出来ない行動なので。
「ぱくぱく。」

「ねぇ菊地さん?私達が食べる分が無くなりそうよ。」
「ぱくぱく。」
「わふわふ」
「…浅葱の力って言うものは、扶養家族の欠食児童にメシを与える為にあるんじゃ無かろうかと思う、今日この頃。」
皆様におかれましては、御健勝のこととうんたらかんたら。

はい。本当に玉とたぬきちに食べきられました。2人?(2匹?)とも丸くなって緋毛氈に転がってます。
まぁ、種が取れたからいいか。この種から苗木を作りますよ。

「黒いビニールの植木鉢!」
ホームセンターなどで、売っている植物の使い捨て用のペラッペラな植木鉢みたいなアレ。名前がわからないから、こんないい加減な名前でイメージしたけど、一応狙いのものは出てきた。
「…ポリポットとかビニールポットとか言われてますよ。なんですか、その連想ゲームみたいなの。」
おや、青木さんが知ってました。

「ガーデニングがちょっとした趣味なのです。と言っても小さな観葉植物やサボテンを、窓際に吊り提げているだけなんだけどね。」
「へぇ。」
「見かけに似合わず女っぽいとか言うなあ。」
「見かけに似合わないとか、思ってませんが?」
女っぽいとは思ったけど。
「それは私の照れ隠しです。」
「はぁ。」
玉といい、青木さんといい、何故か変に素直で開けっぴろげなところがあるなぁ。

「殿のせいなのにねぇ?」
「わん」

何故、僕のせいなの?
「わん」
何故たぬきちは呆れているの?  

★  ★  ★

柿の種を、そのなんちゃらポットに蒔いて外に並べときます。店の前や社の外観に、オレンジ色の柿がなる木が立つ風景を想像。
うん、なかなかいいね。

青木さんがジョウロで水をあげている姿を縁台に腰掛けて見ているんだけどね。
この空間て、居るだけで気持ちいいんだよなぁ。心の奥底からリラックス出来る、なんとも贅沢な時間。

彼女曰く、鉢の土や肥料、水のあげ方にも植物が喜ぶコツがあるそうで、観葉植物が育たない人には共通点があるそうだ。
「だから、玉ちゃんが農業経験者のお婆ちゃんと庭仕事しているって聞いて、いいなぁって思ったのよ。今日も少しの時間だったけど、本当に勉強になったんだよ。」
青木さんも満足そう。良かった良かった。

柿の木か、育ったら何処に植えようかなぁ。
『うむ。一本は我が神木とするが良い』
おや、荼枳尼天さん。随分と気軽に顕現しますね。この間は雅楽と奉納舞が有って出てきたのに。
『アレは儂から巫女っ子への贈り物じゃ。見様見真似の祝詞詠みから、今日のは腰の入った本物の祝詞詠みに変わったぞ。』
そうか、玉も変わりつつ(変われつつ)あるんだ。

あぁ、御狐様も可愛いなぁ。うちのたぬきちは甘えん坊の息子っぽいけど、こちらは成人式で着物をプレゼントしたくなるお姉ちゃんだ。
僕の膝に口を乗せて、上目遣いで僕の顔を見ている。
『………やらんぞ。』
''家族“が何やら増えそうな予感がしているので、神狐まで押し掛けられたら部屋が足りなくなります。
とか言いつつ、御狐様の頭を撫でる。
『社も店も順調に育っておるが、もう一つの位相がまるで手付かずじゃ。お主はあっちもなんとかせにゃぁならん。』

言いたいだけ言うと、さっき収穫したトマトを主従1個ずつ掻っ攫って消えていった。

今、なんか言ってたなあ。
やるの?僕が?
しかも、水晶玉でもなく、聖域でも空間でもなく、「位相」?

★  ★  ★

「殿?今、神様来てなかったですか?」
球から元の体型に戻った玉が、たぬきちを抱えて出てきた。
荼枳尼天に仕える巫女さんが、神の顕現をほっぽらかして、腹一杯で寝転がっていたとか、とんでもない不敬なんだろうなぁ。

「見てたけどね。慣れたけどね。」
とは青木さん。
口をあんぐりと開けて、ジョウロが空っぽになるまで傾けてたね。君は。

「何故、巫女である私のところじゃなくて殿のところに現れるのでしょう?」
「玉の巫女能力が足りないからだ。精進せえ。だってさ。でも、今日の祝詞は別人みたいに良かったってさ。」
「むう。それを言われた引き下がらずを得ません。」
「…私が浅葱の人間でなかったら、新興宗教の一つもでっち上げられる事ばかり起こるわね。当たり前の様に受け入れている私も私だし。」

と言う訳で、神様の指示によりもう一つの水晶玉に行きます。
「青木さんも来ますか?」
「置いていかれたら、菊地さんの部屋を家探ししますけど?」
「是非、ご一緒して下さい。」
この人、僕に関しては割となんでもやりかねない感じがあるんだよなぁ。
「殿。たぬきち君は?駄目ですか?」

ふむ。
玉の存在確率が僕から離れると低くなる様に、たぬきちの存在確率の基点はここだ。この聖域だ。
たぬきちは本来、1,000年前に矢切付近で生息していた狸にすぎない。
勿論、その基点が僕である可能性も、或いはたぬきちが持って来てくれた水晶玉の中にあった浅葱の家である可能性もある。
だけど。

「玉。それは可能だろうけど、たぬきちはどう思うんだ?」
それを聞いたたぬきちは、玉の腕の中からポンっと飛び出すと、僕の膝元に座り、自分の犬小屋を右前脚で差した。
「だ、そうだ。たぬきちはここに居るって。」
「わん」 
「ですか。水晶玉の中ならいいかなって思ったのですが。」
「わん」
たぬきちは、玉に向かって済まないとでも言う様に、少し申し訳無さそうなトーンで鳴いた。
「ですか。ですね。ではたぬきち君。また明日です。」
「わんわん」

★  ★  ★

一度部屋に戻り、もう一つの水晶玉に入り直す事になる。あぁ面倒くさい。

僕達は長屋門の前に立っていた。
「これが、浅葱の家…」
黒ずんでいるけれど、それなりの歴史を経ているのだろう。現地に現存していれば文化財指定の一つも受けたんだろうなぁ。僕が知っているのは、石造りの門柱に鉄製の少し錆びた門だったし。

「いやいや。滅茶苦茶庶民の私としては、立派な農家だって気後れするよ。実家は建て売りだし、今住んでいる部屋だった1Kだし。むしろ、菊地さんの部屋の広さに驚いたもん。」
僕と玉では住みきれないけどね。
家具も荷物も少ないし。

玉砂利を進むと、実がびっしりと成った柿の木が出迎えてくれる。
「あれ?この柿って?」
「そう言う事。帰りにお土産て持って帰ろう。」
「柿取りなら玉にお任せを。…刺股とかないですかね?」

登れそうだと思ったんだろうなぁ。実際、僕は登っていたし。
でもね玉。今日はこの間買ったマキシスカートなんですよ。破くぞ。
玉も瞬時に気が付いて、スカートをパタパタしている。 
「私はデニムだから、大丈夫っちゃあ大丈夫だけど…。」
「柿の木は折れやすいから大人はやめなさい。」

食べ物絡みなら、浅葱の力が作用する範囲は広い。
頭の中をあれこれいじってみたら、高枝剪り鋏が3本出てきた。3人でやれって事だろうか。

「狸って木登り出来たよね。」
「あまり上手く無いですけどね。まぁたぬきち君なら、殿仕様の狸なので、木登りくらい楽勝だと思いますよう。」
「これからこんな木が、あの空間に生えて、たぬちゃんがわんわん言いながら食べている光景が日常になるのね。」
「楽しみです。佳奈さんも当然一緒ですよね。」
「どうしよう。私、菊地さんのところに来る度に、菊地さんちへの深入りが酷くなってくわ。」
「うふふふふふふふふ。」
あぁ、また玉のあの笑いが始まった。

★  ★  ★

黒。
庭に黒がいる。

「玉?」
「何か居ますね。殿にもわかりましたか?」
「あぁ、庭の真ん中に黒が居る。黒としか言えないものが居る。」  

「もののけ?いや違う。意思を感じない。敵意も感じない。救いを求めてる?私さっきから1人で何言ってるの?」

僕と玉が、庭に佇む「謎の黒」を警戒して足を止める中、青木さん1人足を止めていない。
慌てて玉が駆け寄り背後に青木さんを隠した。
「大丈夫よ。玉ちゃん。私、意識も意思もはっきりしている。なんか変な言葉が勝手に口から出てきただけ。」
「駄目ですよ、それだけで!」

ふむ。青木さんにも浅葱の血が流れているし、その影響だろう。
荼枳尼天の巫女として覚醒しつつある玉と、国麻呂さんに規格外と言われる程、浅葱の力が強い僕はかえって心底まで踏み込んでしまったらしい。

「御神刀」
軽く呟くと、荼枳尼天から下賜された小刀が僕の手元に現れる。
今の持ち主は玉だ。なので玉に渡す。
「殿。これは?」
「僕の合図と共に地面に刺しなさい。青木さんはそのまま動かないで。」
「わかったけど、何か危険な事はないの?玉ちゃん大丈夫?」
「敵意が無いと言ったのは君だろ。大丈夫。あれは居るだけだ。そして居なきゃいけないモノだ。救いを求めているなら救う。浅葱の力ってのはそういうものなんだ。」

僕はそう言うと、右手を振り出した。
その手には、そこの式台の上、屏風の側に置かれていた「日本刀」が鍔や柄などの拵えが整われて現れていた。

僕は「黒」に近寄って行った。

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