ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

玉とお母さん

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「玉のお母さんは生きています。」
玉に反応はない。
ただ僕の顔をじっと見つめて、口を真一文字に結んでいる。
「浅葱の力は色々な手掛かりを僕に与えてくれます。それはいずれ、僕が何かを成し得ないとならない義務があるからです。」
僕は左手を仏壇に差し出した。
白木の位牌は、瞬時に金箔を縁取られた黒檀に代わった。金で塗られた名前には「杢兵衛」とだけある。
玉は今更、僕が起こす事に論評を加えようとはしない。

「お父さんの名前、杢兵衛って言うんだ。お父さんとしか呼ばなかったから知らなかったなぁ。……。戒名、つけてあげたいなぁ。」

ちょっと気になる事を呟いているけど、それもいずれ叶うだろう。
「お父さんは亡くなられたから、位牌という形で僕の前に現れた。逆に言えば、位牌が現れない玉のお母さんはまだ生きている。」
「…………。」
「玉の起点となる時間・時代は、玉の今の歳。この時間に於いて間違いなく玉のお母さんは生きている。玉をお母さんと再会させる。これは、僕が果たすべき課題の一つなんだろう。」

その為に玉に僕は逢った。
その為に玉はずっと待っていてくれた。
そして多分、青木さんにも僕が果たすべき課題があるのだと思う。
…というか、ご先祖様の国麻呂さんの口調では、もっと大きな課題が待っていて、これは単に僕がやりたい事でしか無い可能性がある。いや、むしろ其方の方が高い。
玉と青木さんの助力を得る為の、RPGで言うならクエストなのかも知れない。

★  ★  ★

納戸は狭いので、玉を促して外に出た。
2人の体温でちょっと暑かったし。

「ふぅ、やれやれ。」

板間にドスンと腰を下ろして、いつもの力で冷たいお茶を氷たっぷりのピッチャーとグラスを取り出した。
何処からともなく玉が薄い座布団を持ってきたのでお尻に敷く。
傷だらけの箱膳も二つ運んできたので、それぞれにグラスを置いてお茶を注いだ。いつもお煎餅というのも芸がないなので、茶饅頭に黒糖を塗した餡子を入れた黒糖饅頭を出してみた。

「ごめんなさい殿。うちには殿の家と違って、こんな薄い座布団しかないし、テーブルなんてないから、玉とお母さんがずっと使っていた箱膳しか有りません。」

そう言うと、玉は狐の絵が描かれた座布団に正座した。自分用なのだろう、狐の刺繍をしげしげと眺めていた。

「あのね、玉。僕は玉の想い出を聞いていて楽しかったんだよ。この家にしても、お社の様に隅々まで掃除が行き届いているし、座布団の解れはちゃんと修繕してある。この箱膳だって塗り直した跡がある。玉とお母さんが、どれだけこの家を大切にしていたか良く分かります。玉がどれだけお母さんとの生活に誇りを持っているのか、手に取る様にわかったんです。何より、玉が嬉しそうに楽しそうに話していますからね。」

「……ありがとうございます。殿にそう言って頂けると、ホッとします。」
そこまで言うと、玉は初めて黒糖饅頭に手をつけた。

「…美味しい…。」
黒糖は僕には濃いんだけど、糖分自体が乏しい(乏しかった)玉の食生活には新鮮だった様だ。
今さっきまで神妙にしていた玉がもりもりぱくぱく食べ始めた。

★  ★  ★

結局、美味しいものには敵わないいつもの玉は玉になって、自分の家で転がっている。
まぁ、変に元気のない玉よりは、ぱくぱく玉さんの方がいいよね。

「ねぇ殿?玉はお母さんに逢えますか?なんとなく佳奈さんには言ってましたけど、ほんとに逢えますか?玉は殿を信じてますし、さっき言った事も玉の本心です。でも、玉にはどうしたら良いのかわかりません。嬉しい筈なのに、玉は自分の気持ちがわからない。」
まぁ1,000年も時間が経っているからね。どうするかなぁ。

おい、浅葱。おい、玉の母ちゃん。なんとかならんか。バラしていいか?

『仕方ないですね。良いですか?貴方様が頑張らないと、私も人間に戻れないんですよ』

ちょっと待って。そっちも僕の役割なんですか?

『うふふ。お願いしますよ。婿殿?』

…玉と巫女装束は目に見えない繋がりがあって、僕と玉にも見えない繋がりがある。つまり玉を通して僕と玉のお母さんはパイプが通っている。
それはわかっていたけれど、巫女装束が無くても玉がそこにいるだけで、そのパイプは成立するという事らしいね。
……つまり、普段の僕と玉の言動は常に筒抜けになるわけですか。
『うふふふふふ』
親娘で笑い方が同じだし。

「玉。」
「らんれふは。」
あーあーあーあー。声がすっかり太ってる。100年の恋も醒めるだろ、これじゃ。うつ伏せで寝転がるとお腹が苦しいもんだから、左足だけ曲げて少し床とお腹の間に隙間作ってる。ちゃんとスエットを着させといてよかった。
この間みたいにミニスカート履いてたら丸見えだった。
「それも良かったかも。」
「いくないぞ。」
まったくもう、僕の余計な感情だけはきちんと読み取る巫女さんなんだから。

「今、玉のお母さんから贈り物がきます。それは何なのか、僕にもわかりません。ただ、玉のお母さんが、実在実証の為に贈るとだけわかりました。」
「へあ。」
はいも言えなくなってるじゃないか。

え?あぁはいはい。そう言う事ね。

「玉、立ちなさい。」
「やーです。お腹いっぱいです。」
「お母さんが来るよ。」
「ふぇ?」

ぐーだら玉に突然背骨が生えて、きちんと立ち上がった時には、いつもの痩せた玉に戻っていた。
「よし。」
僕のかいなに、玉の巫女装束が現れる。
「えっと?」
「着替えなさい。ってここで脱がないの!」
「別に減る物じゃないのに。」
「お母さんが来るのに?」
「納戸行って来まぁす。お母さん怒ると怖いので。」
母ちゃん強え。

白衣に緋袴、朱帯を腰に巻いた正調巫女さんの玉が現れる。
見慣れた格好なのに、改めてしげしげ見られると照れるみたいだ。
顔を赤くして、袂で顔を隠してしまった。

その玉の頭に一枚の布切れが天井から降って来た。驚いて両手でもがいてその白衣を剥がすと、それは。
「千早です。」
「千早?」
「巫女装束で上着にあたる服ですよ。」
なるほど、朱帯といい、千早といい。
お母さんの狙いが見えて来た、ぞ?
「あ痛!」
あれ、玉の頭にもう一個ふってきた。
玉の足元に転がったものは、花びらのついた簪。俗に言う花簪。
女性神職が付ける飾りというか、お洒落みたいなものだ。

花簪を拾うと、玉の髪に刺してあげる。
たったそれだけの事だけど、玉はうっとりとして目を閉じている。
けど、今の僕にはたまにの髪にも触れないよ。

★  ★  ★

「玉のお母さん、及び荼枳尼天からの伝言を伝える。…真偽の程はともかく、少なくとも神様と同じ事を言っているのだから、そうそう間違いでもないんだろう。…玉。巫女の修行を積みなさい。玉の祝詞の霊力が上がれば、社における荼枳尼天の神力も上がる。社に顕現する荼枳尼天が喋らないのは、社の神力が足りないからだ。」
「……。」
「今までは、玉のお母さんの許可が降りなかったから言えなかったけれど、実は僕は玉のお母さんと交流しています。」
「え?どうして?」
「お母さんからすれば、何処の馬の骨とも知れない無職の男に自分の娘が囲われているとしか見えないんですよ。そりゃ心配になるでしょう。」
「そんな事ないのに…。」
「でもね。僕は社の祭神である荼枳尼天に成田に招待されて、御神刀を下賜されて、更にその御神刀の所有者を荼枳尼天の許可を得て玉に変えた。社の管理者だった玉のお母さんからすると、僕を玉に任せていいと判断した出来事だったんだろう。だから、この家の水晶玉が現れたし、浅葱の家と合体させる事に許可を出した。」

「殿は、お母さんが何処に居るか、ご存じなんですか?」
「うんにゃ、知らないよ。彼女は、玉との繋がりや想い出があるものを依代にしてあちらから接触してきます。僕達が今、何処に居るかを考えれば、玉のお母さんが何を依代にしたのかがわかると思いますよ。」
「この家は、玉とお母さんの想い出の塊ですね。」
「そうですね。どっかの誰かさんかブクブク太ってゴロゴロ転がっている姿も見ているわけですね。」
「ー!ー!お母さんごめんなさーい。」

★  ★  ★

さてと。
こちらの水晶玉でも、一通りするべき事はした。
という事で、部屋に戻ってきた。
あらら、そう言えば朝ご飯の片付けをしてなかった。
朝からやる事無くてダラダラしてたからなぁ。

「玉が洗うのです。」
手早く割烹着を身につけた玉が台所にすっ飛んで行って。
多分お母さんへの点数稼ぎなんだろうけど、巫女装束を着っぱなしだから。
そこはお母さん的に減点対象だと思うよ。

それにしても。
ほんの2~3日で丸々膨らんだキャベツのは山を見ながら思う。

たぬきちのおやつになる野菜や果物を植えないとならないし。
それから、茶店の方の決着も放置したままだし。
金にならない仕事ばかり増えて行くなあ。

「玉、終わったら買い物に出かけますよ。着替えなさい。」
「はーい。」
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