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第一章 開店
実家
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さて、たぬきちと別れた僕らは。
「たぬきち君!」
「わふぅ」
あー、玉さん。名残惜しいのはわかるけど、置いてくよ?
「はい、今行きます。お待ち下さい殿。」
「わん」
早よ行けと、たぬきちに急かされて渋々玉が僕の元にくる。
頭良いなたぬきち。
「わん」
任せろと言わんばかりの狸さん。ひょっとして玉より素直で頭良いかも。
まぁ、聖域にばかり時間を割いてはいられないので。今日はもう一つにも行かないと。
一番アパートに戻ると、もう一つの水晶玉に移る。
うん、面倒くさい。
これ、水晶玉間の移動もなんとか直接出来ないものかな。
★ ★ ★
こちらの水晶玉には浅葱の家と玉の家が並んでいる。玉の家は、塀に囲まれた浅葱の家の敷地内に移転していた。
この辺は聖域の社と茶店の関係と同じようだ。
浅葱の家の、武家屋敷みたいな式台から出入りする事は滅多になく、置いてある目隠し屏風の虫干しの為だけに開けている事が殆どだった。(西郷どんが描き足された奴ね)
だって屋敷の庭の一番奥にあるんだもん。そこまで行くの、面倒くさいって誰もが思っていたんだろう。
隣が10畳はある仏間になっていて、普段はその縁側から出入りしていたし、その隣には事実上の玄関になっていた土間がある。
僕は大抵、仏間の縁側から出入りしていたので、今回もここから入ってみよう。
今どきの縁側ならせいぜい2~30センチくらいの高さだろうけど、ここは昔の家だから縁の下が高い高い。
農具などの物入れにしていたそうだし。
よっこらさっと気合いを入れないと、一息で跨げない。
僕が知っているこの窓は、半間を上下に区切ったガラス戸だったけれど、今のこの窓は下半分は板、上半分は軸で区切られた薄いガラスを並べた古風な物だった。
古い漫画で、台風が来ると窓に板を打ち付ける描写があるけど、何かが飛んで来たら簡単に割れるだろうなよくわかりますって感じの薄さだ。
「お邪魔します。」
僕の後に続いて、玉が入って来た。
「恐る恐る。」
って言いながら。多分、というか絶対誰もいないなら気にしないで良いよ。
「恐れ入る程の屋敷じゃないから。」
「でも、お仏壇が大きいですよ。」
「本家だからね。」
仏壇は壁に半畳埋め込められて、その前半畳が祭壇になっている。誰がいつ備えたのか、仏花が綺麗に咲き、お供えの果物が山になっている。
親父の法事でお供えの果物籠作った事があるけど、これだけ有ると諭吉さんが必要になるぞ。
「あの。殿?今どきのお仏壇って遺影が飾ってあるものだとお聞きしましたけど、何にもありませんね。」
「そこに、うちのより遥かに立派でお高いソファセットがある様に、この部屋は仏間であり客間だったんだよ。本家だから色々しきたりがあったみたいだよ。」
過去帳の写しが仏壇の引き出しにしまってある、とお婆ちゃんから聞いたな。
僕は本家筋から外れているし、浅葱姓ですら無いから詳しい事は聞いてないし。
因みにうちの仏壇は妹が管理している。
「家を譲って貰ったし、狭い賃貸部屋だと置くスペースが勿体ないでしょ。」
と、半ば無理矢理持って行かれた。
「いや、菊地姓から離れて嫁に行ったんだから、それはどうなの?」
「兄さんが東京に連れてっちゃったら、お父さんお母さんと離れて私が淋しいでしょ。」
って叱られた。お墓だって九州にあるのに。
という訳で、僕の部屋にはありし日の親子4人が写った写真が一葉、写真立てに入っているだけだ。
仏壇の右上には神棚が置かれ、新しい榊が飾られている。誰の仕業だろう。
「家の中を一回りしてみるか。」
「はい、です。」
西側はぐるりと廊下が巡らされ、式台から和室が二間続いている。
「伊能忠敬が描く前の前の日本地図だよ。」
と、お婆ちゃんが自慢していた古い地図が額に入れられて飾られていた。地元の国立大学が調査に入って纏めた文化財一覧のトップだったらしい。
それにしても、黒光りしている柱や長押が太い太い。天井が高い高い。今のいやらしい大人の目からすれば、金かかってるなぁって考えが先ず浮かぶ。
材料費だけでも大したものだろう。
廊下の行き止まり、屋敷の北西端はトイレ。というか厠。
僕が知っているここは、和式水洗だったけど、今は汲み取り式になっている。
勿論、中を覗く勇気はない。必要もない。
そのまま北廊下を歩くと、居間に使っていた6畳間に出る。中心部には囲炉裏があったらしいけど、既に埋められているらしい。畳は普通の1畳用だけが敷かれている。
その先は土間の台所。システムキッチンどころかガス台すら無く竈門が置かれ、水道の代わりに水瓶が置いてある。
この建物の時代は、建具の様子から見て、大正から戦前期くらいかな。水道がないってあたりが気になるけど。
あれ?あれれ?
「んん?」
何かがちょっと引っかかる。
「殿?」
僕の様子に不思議そうな顔をする玉を置いて、式台の部屋、つまり玄関に足を運ぶ。そっちから、呼ばれた気がしたから。
「…そういう事か…」
屏風に並んで、さっきまでなかったものが置いてあった。
飾り台に置かれた日本刀だ。
拵えはなく、太刀だけが置かれていた。
僕を追いかけて来た玉が、飾られている日本刀を見て顔色を変えた。
「殿、この刀は?」
「来たらあった。多分、呼ばれたんだろうね。まぁ、僕にはよくある事だし。」
「玉にはわかります。この刀、凄い霊気というか神気というか、何か凄い力を感じますよ。」
「玉は霊能者でしたっけ?」
「ただの巫女ですが、これは素人にもわかります。」
素人ですが、わかりません。
「昨日、神様から授かった小刀よりも凄いですよ。玉は近寄れません。下手に近寄ったら消えちゃうかもしれません。そのくらい尊いものです。」
「ふーん。」
なんとはなしに柄を握って持ち上げてみた。う、重い。
「当然です。殿、それ鋼の塊ですよ。」
そういえば、居合い抜きで慣れないと本身で自分を斬ってしまう事故が、初心者にはあるらしいね。おまけに拵えが無い鋼そのままの柄は滅茶苦茶持ち難い。
「玉はご神刀をどうしているんですか?」
「さっき、お社にお納めして来ました。あんな物、玉には扱いかねますよ。」
それは正解かも知れない。盗難に対して、一番安全な場所だろうね。
「あんな小刀だって、玉には重たいですから。」
いや、そんな胸を張られて威張られでもね。
「迷惑でしたか?」
「とんでもない!です。殿と荼枳尼天様に下賜された宝刀ですよ。お母さんが帰って来たら自慢して、末代までの誇りとして玉の子供に伝えるのです。」
「そうですか。」
今は色々言いたいけど言えない事があって、唇の端っこがムズムズする。
「この刀も社に奉納した方が良いのかなぁって、あ、あれ?」
なんの気なしに国定忠治みたいに刀を垂直に立ててみたら、音もなく刀が光り出した。
そして。
『刀はそのまま、僕の右腕に吸い込まれて行った』
「………。」
「………。」
「また、変なことになっちゃった。」
「まぁ、殿のやる事ですから。」
ああ、玉に呆れられた。
★ ★ ★
ついでだから、隣の玉んちにも寄ってみる。
昨日来たばかりだから、大体の景色は覚えているのだけど、その昨日も色々あったし。
「そういえば、昨日は佳奈さんと入ったから、殿を案内するの初めてですね。」
うん。案内されたくても、土間以外の床を貼った部屋は、一部屋しかなかったけどね。
などと無粋な事は言わず、玉のコーナーコーナーの説明に素直に耳を傾ける。
誰かに、自分の思い出を案内するって楽しいよね。
「あれ?」
納戸の中まで一つ一つ説明していた玉が戸惑って止まった。とまとま。
「お仏壇、…あります。」
納戸の隅、玉が反対側にどんな思い出があるのかを説明して振り返ったら小さな仏壇が現出していた。
あぁ、そういう事か。やっとわかった。浅葱の力って言うものは時々不親切になる。
昨日、玉の家で水晶玉と一緒に回収したものを現出した。
「でも、このお仏壇空っぽですねぇ。」
「玉。」
「なんですか殿?」
振り返った玉に僕が差し出したのは、一つの白木の位牌だった。
「??お位牌?」
「昨日、玉の家で見つけた。水晶玉と並んで置いてあったから、僕に見つけさせたんだろう。」
「誰が、ですか?」
「勿論、浅葱の力、と言いたいけれど、多分違う。浅葱の力はこの位牌に主に力を貸しただけだ。」
「お位牌のぬし…。」
「玉の、お父さんだよ。」
これについては、玉のお母さんである巫女装束に、夕べ玉がお風呂に入っている間に確認をとっていた。まだ檀家制度や菩提寺と言った法や概念が存在する以前の話であるが、頼まれれば巫女としての手伝いをしていた玉のお母さんが、周りの人に神道ではなく仏教葬をして貰ったそうだ。
仏壇なんてものも、位牌なんてものもない時代、彼の名前が書かれた石が僧から送られたとの事だけど、浅葱の力が位牌と言う形に作り替えたらしい。
仏壇については、浅葱の力が時々勝手に行うサービスっぽい。何故なら急展開過ぎて、僕の想いはそこまで追いついていないから。
「お父さん。」
白木の位牌を受け取ると、玉は静かに仏壇に収めた。
「お父さんは、玉が小さい頃、戦で亡くなりました。玉には小さ過ぎてわかりませんでした。でも、お母さんが泣いているのを見て玉も泣いた覚えがあります。
「お母さんと2人で泣いて、いっぱい泣いて、泣き止んだ時はお母さんの為に玉はいつも笑っていようって決めたんです。
「そっか。お父さんか…。」
あ、やばい。泣いちゃうかな。
ここでもう一つ、切り札を切ろうか。
一応、こんな事態を考えて、巫女装束とは相談をしていたんだ。
『貴方様だったら構いませんよ。貴方様と出逢ってからの玉は、どんどん素直になっています。笑って、泣いて、我儘も言って、そして何よりも玉は貴方様を大切に想っていますから。玉が色々なものを取り戻して、貴方様に素直に出しているのは、貴方様を信頼しきっているからです。』
働け働け言ってるばかりではなく、玉のお母さんが一番玉を想い遣っている、当たり前だよね。自分の娘だもん。
「玉、浅葱の力は一つの“真実“を教えてくれた。」
位牌に手を合わせていた玉がこちらを振り向く。
「玉のお父さんは亡くなったから位牌がある。でも玉のお母さんの位牌はない。言っている意味はわかるね。」
「……わかりません。わかりたくありません。」
玉は少し俯いて、それから顔を上げて、はっきり言った。
「だから、玉の一番大切な殿が言って下さい。殿の言う事ならば、嘘でも玉は信じます。」
「たぬきち君!」
「わふぅ」
あー、玉さん。名残惜しいのはわかるけど、置いてくよ?
「はい、今行きます。お待ち下さい殿。」
「わん」
早よ行けと、たぬきちに急かされて渋々玉が僕の元にくる。
頭良いなたぬきち。
「わん」
任せろと言わんばかりの狸さん。ひょっとして玉より素直で頭良いかも。
まぁ、聖域にばかり時間を割いてはいられないので。今日はもう一つにも行かないと。
一番アパートに戻ると、もう一つの水晶玉に移る。
うん、面倒くさい。
これ、水晶玉間の移動もなんとか直接出来ないものかな。
★ ★ ★
こちらの水晶玉には浅葱の家と玉の家が並んでいる。玉の家は、塀に囲まれた浅葱の家の敷地内に移転していた。
この辺は聖域の社と茶店の関係と同じようだ。
浅葱の家の、武家屋敷みたいな式台から出入りする事は滅多になく、置いてある目隠し屏風の虫干しの為だけに開けている事が殆どだった。(西郷どんが描き足された奴ね)
だって屋敷の庭の一番奥にあるんだもん。そこまで行くの、面倒くさいって誰もが思っていたんだろう。
隣が10畳はある仏間になっていて、普段はその縁側から出入りしていたし、その隣には事実上の玄関になっていた土間がある。
僕は大抵、仏間の縁側から出入りしていたので、今回もここから入ってみよう。
今どきの縁側ならせいぜい2~30センチくらいの高さだろうけど、ここは昔の家だから縁の下が高い高い。
農具などの物入れにしていたそうだし。
よっこらさっと気合いを入れないと、一息で跨げない。
僕が知っているこの窓は、半間を上下に区切ったガラス戸だったけれど、今のこの窓は下半分は板、上半分は軸で区切られた薄いガラスを並べた古風な物だった。
古い漫画で、台風が来ると窓に板を打ち付ける描写があるけど、何かが飛んで来たら簡単に割れるだろうなよくわかりますって感じの薄さだ。
「お邪魔します。」
僕の後に続いて、玉が入って来た。
「恐る恐る。」
って言いながら。多分、というか絶対誰もいないなら気にしないで良いよ。
「恐れ入る程の屋敷じゃないから。」
「でも、お仏壇が大きいですよ。」
「本家だからね。」
仏壇は壁に半畳埋め込められて、その前半畳が祭壇になっている。誰がいつ備えたのか、仏花が綺麗に咲き、お供えの果物が山になっている。
親父の法事でお供えの果物籠作った事があるけど、これだけ有ると諭吉さんが必要になるぞ。
「あの。殿?今どきのお仏壇って遺影が飾ってあるものだとお聞きしましたけど、何にもありませんね。」
「そこに、うちのより遥かに立派でお高いソファセットがある様に、この部屋は仏間であり客間だったんだよ。本家だから色々しきたりがあったみたいだよ。」
過去帳の写しが仏壇の引き出しにしまってある、とお婆ちゃんから聞いたな。
僕は本家筋から外れているし、浅葱姓ですら無いから詳しい事は聞いてないし。
因みにうちの仏壇は妹が管理している。
「家を譲って貰ったし、狭い賃貸部屋だと置くスペースが勿体ないでしょ。」
と、半ば無理矢理持って行かれた。
「いや、菊地姓から離れて嫁に行ったんだから、それはどうなの?」
「兄さんが東京に連れてっちゃったら、お父さんお母さんと離れて私が淋しいでしょ。」
って叱られた。お墓だって九州にあるのに。
という訳で、僕の部屋にはありし日の親子4人が写った写真が一葉、写真立てに入っているだけだ。
仏壇の右上には神棚が置かれ、新しい榊が飾られている。誰の仕業だろう。
「家の中を一回りしてみるか。」
「はい、です。」
西側はぐるりと廊下が巡らされ、式台から和室が二間続いている。
「伊能忠敬が描く前の前の日本地図だよ。」
と、お婆ちゃんが自慢していた古い地図が額に入れられて飾られていた。地元の国立大学が調査に入って纏めた文化財一覧のトップだったらしい。
それにしても、黒光りしている柱や長押が太い太い。天井が高い高い。今のいやらしい大人の目からすれば、金かかってるなぁって考えが先ず浮かぶ。
材料費だけでも大したものだろう。
廊下の行き止まり、屋敷の北西端はトイレ。というか厠。
僕が知っているここは、和式水洗だったけど、今は汲み取り式になっている。
勿論、中を覗く勇気はない。必要もない。
そのまま北廊下を歩くと、居間に使っていた6畳間に出る。中心部には囲炉裏があったらしいけど、既に埋められているらしい。畳は普通の1畳用だけが敷かれている。
その先は土間の台所。システムキッチンどころかガス台すら無く竈門が置かれ、水道の代わりに水瓶が置いてある。
この建物の時代は、建具の様子から見て、大正から戦前期くらいかな。水道がないってあたりが気になるけど。
あれ?あれれ?
「んん?」
何かがちょっと引っかかる。
「殿?」
僕の様子に不思議そうな顔をする玉を置いて、式台の部屋、つまり玄関に足を運ぶ。そっちから、呼ばれた気がしたから。
「…そういう事か…」
屏風に並んで、さっきまでなかったものが置いてあった。
飾り台に置かれた日本刀だ。
拵えはなく、太刀だけが置かれていた。
僕を追いかけて来た玉が、飾られている日本刀を見て顔色を変えた。
「殿、この刀は?」
「来たらあった。多分、呼ばれたんだろうね。まぁ、僕にはよくある事だし。」
「玉にはわかります。この刀、凄い霊気というか神気というか、何か凄い力を感じますよ。」
「玉は霊能者でしたっけ?」
「ただの巫女ですが、これは素人にもわかります。」
素人ですが、わかりません。
「昨日、神様から授かった小刀よりも凄いですよ。玉は近寄れません。下手に近寄ったら消えちゃうかもしれません。そのくらい尊いものです。」
「ふーん。」
なんとはなしに柄を握って持ち上げてみた。う、重い。
「当然です。殿、それ鋼の塊ですよ。」
そういえば、居合い抜きで慣れないと本身で自分を斬ってしまう事故が、初心者にはあるらしいね。おまけに拵えが無い鋼そのままの柄は滅茶苦茶持ち難い。
「玉はご神刀をどうしているんですか?」
「さっき、お社にお納めして来ました。あんな物、玉には扱いかねますよ。」
それは正解かも知れない。盗難に対して、一番安全な場所だろうね。
「あんな小刀だって、玉には重たいですから。」
いや、そんな胸を張られて威張られでもね。
「迷惑でしたか?」
「とんでもない!です。殿と荼枳尼天様に下賜された宝刀ですよ。お母さんが帰って来たら自慢して、末代までの誇りとして玉の子供に伝えるのです。」
「そうですか。」
今は色々言いたいけど言えない事があって、唇の端っこがムズムズする。
「この刀も社に奉納した方が良いのかなぁって、あ、あれ?」
なんの気なしに国定忠治みたいに刀を垂直に立ててみたら、音もなく刀が光り出した。
そして。
『刀はそのまま、僕の右腕に吸い込まれて行った』
「………。」
「………。」
「また、変なことになっちゃった。」
「まぁ、殿のやる事ですから。」
ああ、玉に呆れられた。
★ ★ ★
ついでだから、隣の玉んちにも寄ってみる。
昨日来たばかりだから、大体の景色は覚えているのだけど、その昨日も色々あったし。
「そういえば、昨日は佳奈さんと入ったから、殿を案内するの初めてですね。」
うん。案内されたくても、土間以外の床を貼った部屋は、一部屋しかなかったけどね。
などと無粋な事は言わず、玉のコーナーコーナーの説明に素直に耳を傾ける。
誰かに、自分の思い出を案内するって楽しいよね。
「あれ?」
納戸の中まで一つ一つ説明していた玉が戸惑って止まった。とまとま。
「お仏壇、…あります。」
納戸の隅、玉が反対側にどんな思い出があるのかを説明して振り返ったら小さな仏壇が現出していた。
あぁ、そういう事か。やっとわかった。浅葱の力って言うものは時々不親切になる。
昨日、玉の家で水晶玉と一緒に回収したものを現出した。
「でも、このお仏壇空っぽですねぇ。」
「玉。」
「なんですか殿?」
振り返った玉に僕が差し出したのは、一つの白木の位牌だった。
「??お位牌?」
「昨日、玉の家で見つけた。水晶玉と並んで置いてあったから、僕に見つけさせたんだろう。」
「誰が、ですか?」
「勿論、浅葱の力、と言いたいけれど、多分違う。浅葱の力はこの位牌に主に力を貸しただけだ。」
「お位牌のぬし…。」
「玉の、お父さんだよ。」
これについては、玉のお母さんである巫女装束に、夕べ玉がお風呂に入っている間に確認をとっていた。まだ檀家制度や菩提寺と言った法や概念が存在する以前の話であるが、頼まれれば巫女としての手伝いをしていた玉のお母さんが、周りの人に神道ではなく仏教葬をして貰ったそうだ。
仏壇なんてものも、位牌なんてものもない時代、彼の名前が書かれた石が僧から送られたとの事だけど、浅葱の力が位牌と言う形に作り替えたらしい。
仏壇については、浅葱の力が時々勝手に行うサービスっぽい。何故なら急展開過ぎて、僕の想いはそこまで追いついていないから。
「お父さん。」
白木の位牌を受け取ると、玉は静かに仏壇に収めた。
「お父さんは、玉が小さい頃、戦で亡くなりました。玉には小さ過ぎてわかりませんでした。でも、お母さんが泣いているのを見て玉も泣いた覚えがあります。
「お母さんと2人で泣いて、いっぱい泣いて、泣き止んだ時はお母さんの為に玉はいつも笑っていようって決めたんです。
「そっか。お父さんか…。」
あ、やばい。泣いちゃうかな。
ここでもう一つ、切り札を切ろうか。
一応、こんな事態を考えて、巫女装束とは相談をしていたんだ。
『貴方様だったら構いませんよ。貴方様と出逢ってからの玉は、どんどん素直になっています。笑って、泣いて、我儘も言って、そして何よりも玉は貴方様を大切に想っていますから。玉が色々なものを取り戻して、貴方様に素直に出しているのは、貴方様を信頼しきっているからです。』
働け働け言ってるばかりではなく、玉のお母さんが一番玉を想い遣っている、当たり前だよね。自分の娘だもん。
「玉、浅葱の力は一つの“真実“を教えてくれた。」
位牌に手を合わせていた玉がこちらを振り向く。
「玉のお父さんは亡くなったから位牌がある。でも玉のお母さんの位牌はない。言っている意味はわかるね。」
「……わかりません。わかりたくありません。」
玉は少し俯いて、それから顔を上げて、はっきり言った。
「だから、玉の一番大切な殿が言って下さい。殿の言う事ならば、嘘でも玉は信じます。」
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