ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

ドライブ

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「ふわぁ。」
「玉?窓から手を出したらいけませんよ。」
「出しませんよぉ。」

夕べの時点では、翌日の煮込まれたカレーを朝ご飯にしようとしてたのに、玉が全部カレーを食べちゃったので…
「美味しかったです。」
「もっと美味しくなる予定だったのに。」
「む?けしからん事を聞きました。ではカレーを作りましょう。」
「カレーばかり食べてると飽きるから、しばらく作りません。」
「えぇ!殿が意地悪します。お婆ちゃんの何処に作って貰いに行こうかしら。」
「玉を虐めたと誤解されたら、僕がこの部屋から追い出されるので、やめてもらっていいですか?」

てな感じで朝の乳繰りあいを終えると、僕は朝ご飯の支度に取り掛かる。
料理となると玉はまるっきり役立たずになるので、さっさと席に着いてペットボトルのお茶を湯呑みに注いでいる。
お~いなお茶にニコニコしている安っぽい巫女さんは
「安い女とか言うな。」
「なんか安そうだよ。」
「否定出来ないじゃないか。」
自覚はあるらしい。
ならば、安っぽいご飯でも作りますかね。

お米は昨晩のうちに漬けてあったものが、タイマーでもう炊けているので、主菜はメザシにしましょうか。
高えんだよなぁ。鰯なんか庶民の味方の筈なのに、ちょっと干物4尾一艘400円になるのよ。
鯵の干物なんか500円もしてますのよ奥様。
「お魚かぁ。鯉とか鮒とかを煮付けにしたのは食べた事ありますよ。」
「焼きますから。」
「うわぁ。」
ほら、400円で買えた安い女だった。

メザシはガス台のグリルに任せておいて、やれやれアレをやらないとな。
信楽焼の壺を観音扉から引き出します。
「それくらいなら私にも出来ます。」
玉が僕を押す仕草をし出したので、任せましょう。
「糠味噌もきちんと掻き回さないと、糠床が駄目になっちゃうよ。」
「任せなさい殿!私は糠味噌漬けならプロです。糠味噌玉ちゃんと言われてました!」
誰に?
あと、それじゃゆで卵の糠漬けみたいだ。
「美味しいんですかね。」
「玉はゆで卵を食べられる?」
「毒、ではないんですよね。殿がお食べになるのならお付き合い致します。むしろ毒味をお任せ下さい。」
「つまみ食いしたいんだね。」
「勿論!」
良い返事でした。

★  ★  ★

朝御飯を終わらせると、玉は洗い物。
僕はまたも、ちょいとスマホで調べ物。
ホームセンターがちと近所に見当たらない。
いや、小さいのや駐車場が狭そうなのはいくつかあるんだけど。隣の市まで行かないと、ちゃんとしたのはないかなぁ。
仕方ない。あまり走り慣れていない街乗りはちょっと勇気がいるけれど、少し遠出しますか。
玉の為でもあるしね。

と言う訳で、冒頭に戻る。玉は僕が車を所有している事に驚いた様だ。
「殿ってもしかして長者様ですか?」
「長者様なら、もう少し広い部屋を賃貸じゃなく分譲で手に入れてます。」
なんだかまだよく詳細がわからないけれど、あの部屋に決めたのは「ご先祖様」と「浅葱の力」が関係しているらしいけどね。

季節は初秋。
空は高くなっているけれど、気温はそれなりに高くなる日もある、そんな頃。
僕の軽ワゴンにはオートエアコンなんて立派なものは付いていないので、玉に扱い方だけ教えて好きな温度と風量にしなさいと命じたんだけど。
「こっちの方が良いです。」
って窓を全開にし始めた。
仕方ないので風が入るように他の窓を開けると、
「ふわぁあああ。」
やっと驚いてくれた。
テレビや昨日の外出くらいしか知識の手掛かりがない筈のうちの平安人は、勘がいいのか思考能力が優れているのか。
現代文明にそうそう驚いてくれないのだけど。
それはそれで、ろくにアドバンテージが取れない“殿“としては、微妙に悔しかったり頼もしかったり楽だったり。

途中、コンビニで飲み物やお菓子を補充しながら
「女の子は、甘いもので動くんですよ。」
だそうなので。
1時間ほど北上して、それなりに広くて大きいホームセンターに到着した。
もう少し北なり東なりに行けば、サッカー場が2つ3つ取れる広さの大規模店舗もあるのだけど、そんなところ歩くだけで万歩計がマンボ踊っちゃう。

初めて来る店舗で初めて来るチェーン店なので勝手が分からず、入り口の店内案内図を眺めていたら、カートを持ち出した玉が、園芸コーナーに突っ込んで行った。
いや、今そこで種の選別をね。
「これは春蒔き、こちらは冬蒔きですね。あ、この植木鉢可愛い。あ、兎の人形だ。そっか植木の間から兎やワンコが覗いている風景が出来るんだぁ。」
「あのね。」
「あ、殿あそこ。あれ欲しいです~。」
と言うやり取りがね。
玉があれこれ選び始めているのは微笑ましいし、そんな高い物でもないから買うのは吝かで無いけど。
「玉?僕の車に積める大きさにしなさい。これからまだ買う物あるんですよ。」
「はーい。」

そうして玉が選んだ観葉植物は、カゲツだった。
…別名「カネノナルキ」。皮肉か。
「葉っぱが太くて丸くて、なんか可愛いじゃないですか。」
観葉植物を可愛いと評する感性は、もうすぐオジサンの僕には無いものだなぁ。
「あとこれ、常緑樹って書いてあります。常緑樹って葉っぱが枯れない樹って事ですよね。」
「ついで言うと、冬に花を咲かせま…
「買いましょう!」
また、食い気味で宣言されました。まぁ、玉が積極的な意思表示をしてくれる事はなんだか嬉しいので。
苦笑混じりだったけど、玉が選んだ鉢をカートに乗せるのでしたよ。

「カーテンはこれが良いですね。」
「そんな絵柄が付いてるのより、僕はシンプルな白い方が良いなぁ。」 
「でしたらこれです。でも夜とか透けませんか?」
「昨日が玉が面白かったせいで色々慌ててただけで、ちゃんと我が家にも雨戸があります。」
「面白い言わない!ならなら。これ!ほら、白い中にニャンコの透かし模様がついてて可愛いです!」
オジサンちに可愛いカーテンとか架けられてもアレなんですけど。
まぁ玉がご機嫌だからいいか。

「座布団はこれ。」
「なんでぐるぐる模様なの?」
「座ると吸い込まれそうですから。」
「僕んちはお化け屋敷じゃ無いです。」

「絨毯はこの木目調ですかね。」
「元がフローリングなのに木目調の絨毯買ってどうすんの。」
「面白そうじゃないですか。」
「だから僕んちを面白ミステリーハウスにしないでください。」

「ねぇ殿?この座椅子、目がいっぱいついてて面白く無いですか?」
「君はそんな座椅子に座りたいの?」
「座椅子に痛いって抗議されそうですね。」

この娘の美的感覚がドクトク過ぎる事だけはわかりました。
なので全部シンプルな物と取り替えました。
そこ、ブーイングしないの。

絨毯はさすがに積めなかったので配送の手続きをして貰います。
「別に送って貰えるなら、大っきい木を買っても良かったのでは?」
「何処に植えるんですか何処に。」

★  ★  ★

お昼ご飯を適当に食べて行きますかね。
「玉は何か食べたい?カレー以外で。」
「今、かって言おうとしたのに。カレーのかって。」
「せっかく現代に来ているんだから、玉が食べた事ないご飯を沢山食べましょうよ。」
「えーとうんーと。そう言われましても、そもそも殿の時代の献立を私は知りませんから。」
そういやそうか。

ご飯物
麺物
パン物
ご飯にも色々あるけれど、大雑把に分けるとこの3つかなぁ。

「麺ってなんですか?」
「あれっ?麺料理って平安時代にないのか。」
車を路肩に止めてスマホで調べてみる。
うどんは…遣唐使が持ち込んで一般化して行った説が有力なのか。そしてその犯人が空海とか。
弘法大師様仕事し過ぎ。

蕎麦もこの時代まだ蕎麦がきだろうし、ラーメンは秀吉だか家康だか水戸黄門だかが食べた記録が最初だったよな。
「ふむ。」

箸使いはきちんとしている玉だけど、麺で四苦八苦されて目立つのもアレなので。
握り寿司の語源になった人の名前でお馴染みの和食チェーン店に車をつけました。
確かここには個室があると思ったから。

天ざるセットと板わさを頼みました。
「このお汁にお蕎麦浸けて食べるんですね。」
「この緑はなんですか?」
「ふぎゃあ。」
「鼻の中が痛いです。辛いなら早く言ってください。」
「でも、これ美味しいです。山葵ってこれですか。」
「この白いのは。フカの肉の擦り味ですか。…不思議な食感ですねえ。あ、山葵しょう油で頂くと味が変わります。」
相変わらず賑やかな僕らのご飯(主に玉が)。

食後、ナビにあった自然公園で一休み。天然の小川に素足をつけながら玉は
「ここ、私の里に似てますね。崖のドンツキから湧水が流れてて一面田んぼになってました。」
「この辺は僕らの家とは分水嶺の向こうっ側なのかな。台地の端っこだから風景は似てるかもね。」
「あ、鷹が飛んでます。」
鷹って、一応ここは住宅地の中にある自然公園だ、よ。
玉の指先には確かに猛禽類が飛んでいる姿があった。
ここ東京隣接の市だよね。ふーん。自然って僕の想像よりも逞しいのかな。

調べてみたら、あれは大鷹で、ここは繁殖地な事もわかった。なんかすげえな鷹。
「また来ましょうね。さっきのお蕎麦屋さんも。」
それは構わないけど、ここ駐車代が500円もしやがる。
「殿ってセコイの?」
「無駄金を使いたくないだけです。」
「玉はとても大切な時間を過ごしていますよ。今。」
「そう言う言い方されると、僕の逃げ場がなくなります。」
「うふふ。殿って本当にお優しい方ですね。」
そう素直に微笑まれると、割と表情の始末に困るんだけど。


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