ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

ぱんつとブラジャーを買いに行くだけの話

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フライパンは買い直すつもりだったから、台所には無かった筈だけど、ミルクパンや卵焼き用と一緒に並んでいる。取っ手が取れるなんとかでないけどね。あれは高いから買った事無いし。卵焼き器は昔の彼女が僕の部屋に持ち込んで、僕に毎日大量の卵焼きを食べさせた時のものだ。

…卵焼きは有りかな。
玉は平安時代の人だから、卵を食べる事自体なかっただろうし。

「霊異記に曰く、卵は食べると祟るそうですよ。」
ジャージに着替え終わった玉が、台所にとことこ歩いて来た。とことこ。
「卵って、鶏の卵ですよね。将門様は食べていらしたそうですけど。祟られちゃったのかなぁ?」
…事実かどうかは確かめるのやめておこう。
「浅葱の力」の範囲がどうなっているか解明していないのに、迂闊に動いたら本人が出て来そう。
もしくは、本人に会いに行く羽目になりそう。

「玉は何か料理出来るのか?」
「…私はずっとあそこでひたすらお掃除していただけですよ。」
テーブルの上に無造作に転がしてある水晶玉を指差して弁明を始めた。
要は、掃除しか出来ませんと。
「お洗濯も出来ます♪」
「本来ならもう行き遅れな年齢の女の子が、そう無い胸を張ってまで音符付きで言う事じゃないなぁ。」
「うぅ、仕方ないじゃない。側に殿方居なかったんだもん。だから殿、責任取ってよ。」
「僕は子供が欲しいので。あとエッチな事も人並みにしたいので。」
「しくしく。」
「とりあえず、そこに座ってなさい。今ご飯作るから。」
「しくしく。」



先ずは鍋に水を張って、大量の花かつおをガーゼに包んで煮込みます。
こちらのボールに開けた卵には、砂糖じゃなくて蜂蜜で味付け。
もう一つのボールに、花かつおから取った出汁で卵を掻き混ぜて。

おや、白ご飯で現代の美味い米をお見舞しようと思ったけど、この黒いのはヒジキか。
ヒジキを煮るには、花かつおの出汁と味醂、味醂…
味醂風調味料じゃなくて、本味醂があるよ。
こんなもの高くて買えなかったからなぁ。早速使おう使おう。あと、砂糖と醤油を加えて、弱火でぐつぐつ煮ます。ぐつぐつ。

お米は、と。
あ、これ無洗米じゃ無いや。じゃりこりじゃりこり研いで炊飯器にポン。…水につけてから炊く方が好きなんだけどなぁ。朝はどうしてたっけ?

丸い鉄板が天袋から出てきたので(僕が願えばなんでも出てくるな。この家)、水を切った木綿豆腐を鉄板焼きに。えーと、醤油系の味が多いから、ここは平安時代にはなかった味「焼き肉のタレ」で味付けを。

油揚げは、お味噌汁とヒジキに入れて。
あ、ヒジキには蓮根と大豆を忘れちゃいかんな。

ご飯が炊き上がったら、ヒジキの煮物を鍋から移して、しゃもじで切るべし混ぜるべし。
あちちちち。湯気が熱いけど、その湯気が美味しい。
たまらんのう。

という事で。
ひじきご飯。
油揚げと絹ごし豆腐のお味噌汁。
だし巻き卵と蜂蜜巻き卵。
豆腐ステーキ黄金のタレ焼き。
大豆ばっかりお昼ご飯の完成です。

★  ★  ★

「美味しいです、殿。美味しいです。」
「卵って食べても祟らないの?」
「甘いのも、少ししょっぱいのも美味しいです。」
「お豆腐って、こんな風にも料理出来るんですね。」
「御御御付けがどうしてこんなに美味しいの?」
「ご飯が、ご飯が。麦じゃないの。黒いの何?」
「お茶が美味しいです。冷たいお茶なんか初めて!」

一通りギャーギャー喚いた玉は、食べ終わった食器類を傍に除けると、そのままテーブルに頭を付けた。
「こら、巫女さんが御行儀の悪い!」
「あとで殿の分まできちんと洗っておくので、しばらく幸せな時間に浸らせて下さい。」
やれやれ。

★  ★  ★

言うだけ言う事はあって、僕が今のソファに腰掛けてスマホで地図を調べていると、湯沸かし器の音と共に洗い物をする音がして来た。
一応はお手伝いさんの役目を果たしている様だ。

「終わりました。」
終わりましたはいいけど、その割烹着はどこにあったの?
「ん?椅子に掛かってましたよ。殿のお優しさに感謝です。」
あぁそうか。…玉に割烹着とか出そうとか思ってなかったんだけどなぁ。
しかし何故割烹着?エプロンじゃなくて。
割烹着は小学生の頃に、給食当番で着ていたけど、確かにエプロンとか使った事ないなぁ。そのせいか。

玉が手を拭いているのは、タオルではなく手拭いだなぁ。これはアレだ。体験とか経験じゃなくて、多分知識だ。
テレビとかで見た「昭和のお母さん」だ。「昭和の家族ドラマ」の「お母さん」だ。
これはどうなんだろうか。能力の発露として、研究対象にすべきだろうか。

いそいそと僕の側に歩いて来た玉は、床に正座した。
「ソファはまだ空いているんだから。」
「いいえ。私は殿お付きの手伝いでございますから。このお着物も動き易くて、汚れても洗濯が容易でございます。その為のお仕事着なんですね。」
違うけど。
「ですから私はここで。殿のお側に居れば満足です。」
玉は僕を何故か殿と呼ぶけれど、実際の僕は求職活動も失業手当を貰う為にテキトーに実績を付けてるだけの、ただの無職なので。
変に(見た目は)若い女の子にかしづかれると、これがまた全く落ち着かない。

よし。もう始めよう。

僕はおもむろに立ち上がり、クローゼットの中から、ジーンズとシャツ、あとヘインズの下着(当然僕の)を取り出して、玉に押しつける。
「殿?」
「僕は家主だから、一応の敬意を持ってくれると嬉しいけど、それ以上の想いをぶつけられると落ち着かないの。なので、玉の服を買いに行きます。」
「えーと。ご迷惑でしたか?」
「いや、僕も男だから嬉しくない訳じゃないけど、家族になるんだから。僕らはさっきから家族なんだから。2人の距離感は、上下関係じゃなくて、出来れば並列の兄妹くらいの関係でいたい。」
「はぁ。殿のお気持ちは承知しましたが、それとお召し物を買って頂けるとの関係性がわかりません。」
「僕の自己満足な部分が沢山あるから、それ以上聞かない様に。」
「はぁ。」
では台所に逃げる事にします。
「別に私の着替えなら、いくらでも見てて構わないのに。」
そうも行きませんよ。

★  ★  ★

という訳で。
ぶかぶかジーンズにぶかぶか白シャツを無理矢理ベルトで押さえ付けた少女を連れ出して駅前まで来ました。

実はここまでで試した事が一つ。玉はずっとあの聖域にいたという。彼女は深く自分を語ろうとはしないし、女の子の昔話なんか無理に聞き出すものでもないので確認はしてないし、する気もないけど。
多分、玉はあの聖域に閉じ込められていた。
僕の部屋は、玉曰く聖域と同じと言った。だから、あの部屋では具現化出来た。
ならば、部屋の外に出れるのか?

結論。出れた。
「殿とあまり離れると、気が遠くなりますね。」
出れたけれど、多分僕を媒介として、僕の側ならば大丈夫という事なのだろうか。

玉は頭の良い娘だった。
自分が令和の世では「異物」である事を、僕が何も言う前から理解していた様だ。
平安末期に生まれ育った玉にとっては、この街は興味の対象でしかないはずだろう。

「馬や牛が引かない」乗り物が凄い速度で横切り、
「巨大な銀色の鳥」が空を飛び(羽田や成田、あるいは自衛隊基地が近いこの街は飛行機の往来も激しい)
「天まで伸びる木じゃない建物」が、沢山並んでいる。

玉は興味深そうに、それら「現代」を眺めていたけど、気を取られる事はなく常に僕の側に居たし。
はしゃいで質問をぶつける事はなかった。

後にポツリと溢した言葉がある。
「結局、私は自分の世で死ぬ事も出来ず。この殿の世に流れて来て、でも私は殿のお役に立てる事も限られていて。私はこれからどうなるんだろう。そればかり考えていました。」
「今は何を考えいるんだい?」
「晩御飯の事です。」
「そうですか。」
「そう露骨に呆れないで下さい。そんな些細な事を大切に思える程、私は今幸せなんですから。」

でもそれは、まだまだ先の未来。


さて、連れ出してみたのはいいけど、女性の服なんかどうしたらいいんだ?荷物持ちに長い事、あちこち連れ回された事は何回かあるけど。それは全部彼女仕切りだったからなぁ。
とりあえず、妹設定にしよう。ぱんつはSML的なサイズ分けらしいから(でもあそこはおばちゃんコーナーだなぁ)、お胸さんの方は、初めてのブラ採寸って事にして…
「ねぇ殿?」
「何?」
「こんな乳当てしないとダメなの?」
「しないと垂れるよ。」
「は?」
「バストを支えるクーパー靭帯という…
「買って下さい。今すぐ。沢山。」
外出後、初めて自己主張をしたのは、ブラジャーねだりでした。

あぁそう言えば、係の人にきちんと採寸してもらわないと意味がないって聞いた事あんなぁ。
「すいませーん。」
ってこら。勝手に手を上げて店員さんを呼んでる。その前に確認しないとならない事があるでしょう。
「はい、いらっしゃいませ。」
またお綺麗な、ミニスカートでおっぱいボヨンボヨンの店員さんが来た。
「私、初めて下着買うんですけど、兄貴が何の役にも立たないので、測ってくれますか?」
だからだね
「はいわかりました。先ずは簡単にサイズを測らせて下さいね。はい、万歳。」
「ばんざーい。」
…店員さん、玉に触ってるね。玉も店員さんに触ってるし。
「はい、わかりました。このサイズだと、……こちらのジュニアからかなぁ。」
見本のブラを数着持つと、玉を促して裏のフィッティングルームに消えて行った。
という訳で、女性下着売り場に1人取り残される僕。

「よくあるんですよ。カップルで来て男性だけ困るって。女性服売り場のアルアルです。」
随分と砕けた店員さんが来て、椅子とコーヒーを勧めてくれた。
「妹さんですか。可愛いですね。」
いや、妹設定だと少し僕とは歳の差無いか?
「姪っ子です。進学の関係で僕の近所に越して来たんだけど。自分の親には言えないけど、僕には甘えたり、こうやってたかったり。」

なんて、適当に話を合わせているうちに何着かの下着を抱えて玉が帰ってきた。
「あの、少し買いすぎかなぁ。」
別に、特別な高級ブランドって訳でも無いから良いよ。
とは店員さんの前で言える訳がないので
「大人にまかしときや。」
と、そのままレジに行った。
ジュニアブラの割に、結構したので、支払いはカードで。

そんな風に、玉のパンツやスカート、ブラウスなどをまとめ買いして、今日の買い物は終了。

玉が洗い物してる時に、スマホで検索しておいて良かった。どうやらスマートに買い物が出来た。
……一度に沢山買いすぎたせいで、他の買い物が出来なかったけど。
生活用品がまだ足りないんだよなぁ。家族も増えたし。
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