瑞稀の季節

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久留里街道

鎌倉物語

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「さて、ここからは歩いていてもつまらないよ。」

国道409号、別名房総横断道路、私達的には久留里街道を久留里線・祇園駅から歩き出すにあたって、いきなり社長が一同の出鼻を挫く事を言い始めた。

そもそもは、南さんが「たまにはちゃんと歩きたい」と言い出したのが悪い。
はっきり言っちゃうぞ。
あんたが余計な事を言い出して、久留里街道を歩いてみたいって提案して来たからやねん。

木更津駅からこっち、しばらく歩いて来て、まだ昼には早い為「喫茶ロダン」なる店で、本日の予定を確認していたから、こんな事を言われたんだぞ。
(あと、祇園の駅前って居酒屋ばかりで昼に営業している飲食店が少な過ぎた。もう少しまともな計画を立てようよ私達)


「基本的に、田んぼと農家と、''農家が必要とする''工場や商店しか無いからね。」
「ありゃ、なんかこう、史跡みたいなものは無いんですか?」
「理沙くんもこの間来た時、運転したろ。駅前だけ集落があって、集落の鎮守社と菩提寺が有ればいい方の、比較的新しい街道なんだよ。」

「あれ?でも古地図散歩アプリでは、明治初期の地図に木更津街道として名前が見えますよ。しかも付近で1番太い道の様です。」

それを聞いた南さんがいち早くアプリを開いている。

「そっちは幕府が作った房総往還の枝道みたいだね。古・久留里街道は山一つ南側に見える。そちらがおそらく鎌倉街道の跡だろう。そちらの方が細かい史跡は確認出来ているけど、何せ交通機関も駐車出来るスペースも見当たらない山の中なので、後日に僕が歩いて来るよ。」
「何故に、そんな山の中なんですか?不便じゃ無いですか。」
「軍道だからね。国道409号みたいに台地の下にある湿地帯を通すと、大雨で水没して通行不能になりやすい。だから水の出ない高台に道を作る事がセオリーなんだよ。」

ちょっと待て。
待ちなさい社長。
そんな山の中の田舎を1人で歩くってか?
まったくもう、まったくもう。危なっかしくてしょうがないなぁ。
私もついてくかんな。

実際さ。
この国道409号は、前に木更津に来た時に、田舎道だから是非って運転させてもらったんだよ。
…つまんねぇ。
道はまっつぐ(江戸っ子風)だし、風景変わらないし。

「大体ほら、久留里城から5里しかないんたよ。宿場町すら必要ないし、通り過ぎるだけの道だもん。住民達だって郷から出る事も殆ど無い人達だったろうし。身内向けの文化以外要らないでしょ。」

社長、それは暴言では?

★  ★  ★

でもまぁ。
歩き出すしかないんですよ。
ローソンでドリンクと甘いものを補充して、それぞれのカバンに入れよう…としたら私の分まで社長は自分のザックに放り込んだ。

水物があるから確かに多少は重量があるとはいえ、たかだか500のペットだぞ?
どれだけ婚約者を甘やかすんだよ、コイツ。
脇のポケットからキャップを覗かせているので、私が飲みたい時はそのまま引っ張り出せるんです。
社長がちびを抱っこして実家に帰る時なんかのフォーメーション(大袈裟な)なんですな。


「これから先は、歩道もない路側帯すら消える国道だから。あと、3桁国道とは言え地域の主要道だから、主はあくまでも車。ついでにドライバーはかなり飛ばしてます。」
「……。」

悪かったわね。
車通りが無くて直線コースだったし、ちょうど並行してた線路に列車が走って来てたから、釣られてスピード超過してたわよ、…30キロくらい。
(因みに社長は車の流れに乗る時は、制限速度より飛ばしてても流れに乗るけど、他に車が無い時は平気で制限速度で走る男だ。つまらない)

「ここから東横田まで8キロ強。寄り道せずに歩いて行けば2時間で着きます。1時過ぎには着いちゃいます。僕と葛城さんが目となり先導するので、理沙くんと南さんが時々スマホで確認して、寄り道すべき箇所や休憩ポイントを探してください。その時は、必ず相方の裾なりなんなりを掴んで、歩きスマホにならない事。僕と葛城さんは、理沙くんと南さんが検索を始めたら気をつけてあげる事。これで行きましょう。」

本来ならチームリーダーの南編集長が執り仕切る場面だけど、まぁ南さんは編集以外では結構な駄目人間になりがちなので、お姉ちゃんに任せた方がいいかも。

こうして、私達は久留里街道探索に出発します。


………


「実際、つまらないわねぇ。木更津駅から祇園駅の間は、見るものがあったし店もあったし地面も凸凹してた。でもこの道、なんも無いわ。」

出発早々、愚痴を溢し始めたのはやっぱり南さんだった。
久留里街道は久留里線と付かず離れず、時には隣り合い時には人家が挟まり。

そして人家が無くなると、人が歩くスペースも無くなります。
1メートルも無い路側帯、下手をすると路側帯すら無くなります。
そんな道を時速50キロをくだらない速さで自動車が私達を追い越して行きます。

社長はしきりに並行する里道に逃げますが、その里道すら消える田舎町かつ田舎道です。
実るほど稲穂を立てた黄金の田んぼは、そろそろ収穫時期ですね。

「飽きたんでお話しをしましょう。」
情報誌の記事の取材に同行している編集長の言い草とは思えませんが。


「先ほどの祇園の話です。悪七兵衛景清の史跡と言うお話しでしたが、何故千葉に景清の名が伝えられているのでしょうか?」

うわぁ、なんだかアカデミックなお話しですか?

「そりゃお父さんが上総介を名乗っていたからね。」
「上総は桓武平氏出自の地でしたね。」
「景清自身は藤原氏だけどね。北家秀郷の家系で平家に従軍したから平姓を伝えられているけど。」

さぁそろそろわからない。
藤原北家?
確か東西南北「無い」んだよね。
東西は別の藤原ナントカ家で、全員兄弟なんだっけ。
…こんなとこ、受験にも定期考査にも出て来なかったからなぁ。

「ここからは地元に残された伝説なんだ。景清は鎌倉幕府成立後もこの辺に隠れ住んで、頼朝暗殺を企んでいたらしい。」
「あら、確か景清って壇ノ浦の後は…。」
「源氏方に捕えられて殺されたとか、自害したとかが定説。ただあまりに強かったから庶民が名を惜しんで日本中に景清伝説を残している。義経とか秀頼とか西郷どんと同じだよ。西郷どんなんか、フランスで買い付けて日本に回航中に行方不明になった軍艦畝傍に乗って明治政府を打倒しに来るって噂が立って、日本中が大騒ぎになったもんだ。」

すげぇな、さいごーどん。

「ここもそんな伝説が残る場所のひとつ。実際に景清の陣屋跡とされる小祠がこの先に残ってい…
「行きましょう。」

食い気味だ。

「…元の陣屋跡は河川改修で跡形も無くなってるよ?」
「構いません!だって何にも無いんだもん。」


「いや、私は卒論で吾妻鏡を選んだんですよ。確か吾妻鏡ではお寺の落成式に乗り込んで頼朝暗殺を企んだとありましたね。」
「あぁ、吾妻鏡って出鱈目が過ぎて歴史学会では正史扱いされてないから。」
「なんですと?」


「例えば信長公記なんかは、作者の太田牛一が責任の所在をはっきり書いて、自分が体験した事は正しいって言うスタンスでいる。これは当時の書状などでも、その正確性が追確認されている。と、同時に自分が従軍していないで、参加した武将の話として書いた柴田勝家と上杉謙信の手取川の戦いなんか滅茶苦茶な記述な事も確認されてる。」
「それは…作者としてどうなんですか?」
「何しろ冒頭に、俺が見てない事は記録として書いとくけど、責任は持てないよって書いてある。」

すげぇ。

「同じ様に、吾妻鏡を当時の諸記録と比較すると、''吾妻鏡だけおかしい''って記述が多いんだ。九条兼実が書いた日記の玉葉。慈円の書いた愚管抄。その他にも吾妻鏡より先に成立した各文書に記述されている物事とは、吾妻鏡だけ違う、とかね。」

「なんでそんな事したんだろう。」
「そりゃ鎌倉幕府のためだよ。鎌倉幕府にとって絶対正義は源頼朝と北条執権家だと強調するためだ。梶原景時は卑怯者、二代頼家は乱暴者、三代実朝は文弱、義経は奇襲の名手、範頼は弱い。全部嘘だってわかってる。
「梶原景時は軍監として誠実で有能。鵯越をしたのは義経じゃない。範頼・義経は常に王道な戦略を整えていて、搦手で平家を動揺させているのは後白河法王。範頼が主流軍と当たるから苦戦しがちなだけ。源氏将軍はどちらも武勇に優れており頼朝政治を忠実に引き継いでいた。
「こんな事を正史に書けるわけないだろ。だから頼朝を神聖化して北条政子や時政の武勇・能吏ぶりを強調してるんだ。」
「はぁ。」
「あと何故か、頼朝死亡事故など、特に北条氏に宜しく無い大事件が起きた年の記録だけ紛失されてるんだな。」

南さんが圧倒されてますね。
まぁ、社長も社長だし。

その間に、「景清陣屋跡」を出来た秘書の私が調べました。
この先ですね。
それじゃ、向かいますよ。
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