瑞稀の季節

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久留里街道

1日目の夜

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中の島大橋。
別に何にも無かった。   

いや、キツかったよ。
そもそも私は、朝から4限まできっちり講義を受けてからの合流だし。


そしてきつかったよ、ここ。
だってぐるぐる回って上り切った橋の真ん中には花束が置いてあったし、そこから海に飛び降りたのであろう女の子の名前と、その女の子の冥福を祈って書かれた落書きが読めたし。

晩御飯を過ぎた、まだ宵の口(黄昏時と違って、この言葉は夜中前まで使えるそうだ。さすがは社長。いつものどうでもいい無駄知識ばかりじゃなくて、ちゃんと日本語の語句を知っていた)とはいえ、こんなそろそろ冷え始めた秋の夜だ。

私達以外に誰もいない。
木更津や君津の工場の明かりは色とりどりで綺麗だし、海を向けばアレは東京の明かりだ。

単純に綺麗。素敵。
しかも今、私の隣にいて、私の手を握ってくれているのは、私の最愛の婚約者だ。
別にさ。
ここが心霊スポットがどうか関係なく、女としてうっとりしちゃうシチュエーションじゃない?

なのに、なんで私が繋ぐ社長の反対側の手を、南さんが握ってるのよ。
目を閉じてブルブル震えてるのよ。


「だって、聞こえないの?誰か喋っているでしょ。女の人が。」

だって。

「社長、何か聞こえますか?」
「女の人の声と言ったらアレだね。」

両手を塞がれた社長が、仕方なく顎で指したのは。
写真(スマホ、デジカメ、あとどこで買ってきたのかチェキを首からかけて)を撮りまくっている、白いドレスの女。
お姉ちゃんだよ。 

元々オカルトやホラー好きだったお姉ちゃんだけど、市川だの佐倉の方のお城だのに行った時もはしゃいでたなぁ。
酒に弱くて、この「脇」の取材でも散々やらかしたあの馬鹿姉が。
キャハキャハ笑いながら、写真を撮りまくっている。
まぁお姉ちゃんも普通に長所短所凸凹だらけの人間って事は、家族の私も知っているけど。
知っていた筈だけど。

ここ半年のお姉ちゃん、酷過ぎない?
あんなはしゃいでいる姿、初めて見るよ?

「変なもの写るとヤダから、僕らは写さないで欲しいな。」
「ひ!」
「そう言えば社長って心霊写真って信じているんですか?よくデジカメになってから写らなくなったと聞きますけど。」

「実家にネガと一緒に山盛りになってるアナログ写真の中で1枚だけあるよ。」 
「ひい!」
南、うるさい。

「昔、会津若松に家族旅行に行った時、白虎隊で有名な飯盛山に行ったんだ。」
「あ、そこで自害したんですよね。少年たちが。」
「怖い怖い怖い怖い。」
「あそこに栄螺堂って、ちょっと不思議な堂宇がある。螺旋状に登って行くとそのまんま降ってくるって、エッシャーの不思議絵みたいな建物だ。」

ほう。

「DNAの塩基対を立体化しただけで、実際に図示すればわかるよ。」
「社長、DNAってあたりで脳みそが攣りそうです。」
「まぁ観光地だし、普通に記念写真を撮ったら、首がびろ~んと伸びた、まだ10代くらいのお兄ちゃんがはっきり写ったよ。」

ほうほう。

「二重写しにしても、首が伸びた兄ちゃんは何なんだよってね。因みに中岡俊哉は、首が切れた写真は危険って言ってたけど、誰の首だかわからないし。」
「たしかに。」
「白虎隊の隊士かなぁと思ったけど、いわゆる介錯ってしてないんだよね。自分で、もしくはお互いに喉を突きあってて、首が伸びた死に方って考えられないんだ。首吊りだと、死体を放置していたら、そんなふうになるらしいけど。」
「ひいい。」
「あと、三島由紀夫は介錯に2回も失敗されて大変だったらしい。」
「あ、その話、聞いたことあります。」

三島由紀夫の名前で復活しやがった。この文学馬鹿編集長。

「是非、その写真を見せてください。」
お姉ちゃんまで復活しやがった。

この文学馬鹿ども!

「理沙くん。じゃないと編集者なんかやってられないよ。」
社長が小声で言ってくれた。
「あと、作家も。」
……そうだけどさぁ。


★  ★  ★

結果として、心霊スポットという割には怪奇な事は何も起こりませんでした。
起こってたまるか。
編集者チームの珍行動の方がよっぽど怪奇じゃ。

その怪奇チームは、直ぐそばにあるローソンにお買い物。
主にお酒を買いに。
この心霊スポット巡りのために、南さんはお酒を控えていたんだよ。

そこまで我慢して、心霊スポットじゃずっと社長にしがみついてるって何なんだよ。
これは私んだぞ。



今日写したのは、晩御飯の海鮮料理だけ。
サシで真っ白なのに、部位的には赤身という謎マグロはガチで美味しかった。
なんだアレ?

しかしこんなんでもまとめておかないと、後が大変なのです。
特に今回は、久留里までの20キロを歩くって言っているので。
どれだけ素材が集まるのやら。


「ねぇ社長。」
「なんだい?」

社長は木更津の先っぽまで来て、ペットカメラでヒロと会話をしながら(鳴きすぎだろ、このうさぎ)今日予定している他社の原稿を書いている。

ヒロが鳴くたびに相手しているんだから、多分余裕があるんだろう。
話しかけても大丈夫。

「さっきの心霊写真、アナログ写真ですか?」
「確か京セラのサムライだったかな。初めて自分専用のカメラを買って持って行った記憶があるからフィルムカメラだね。」
「サムライ…変な名前。」
「ハーフサイズカメラって言って、例えば24枚どりフィルムで48枚撮影出来るんだ。子供のお小遣いじゃフィルム代って高かったからねぇ。現像は父が自分でやっていたから助かったけど。」
「はあ?」

社長、何言ってんだ?

「ウチの父が趣味人な事は知ってるだろう。」
「その遺伝子を全部社長が引き継いでいる事もね。」

DNAだの、遺伝子だの。

「今のデジカメはプリンターがあれば紙焼き出来るけど、昔は写真屋さんに出さないと失敗かどうかもわからなかったんだ。」
「そろそろ着いていけなくなりますよ?」
「僕が子供の頃は、60分現像みたいな写真屋がたくさんあったんだけどなぁ。」
「はぁ。」
「あ、そうだ。ヒロ!ねんね!」
「ちぃ」

ねんねの声を聞いたヒロは、うさぎの形をしたペットベッドに潜って行った。
なんて頭いいうさぎだろう。
可愛い、可愛い。

などとタブレットに手を振っていたら、社長はKindleを起動させやがった。

木の下で読書する誰かより、ヒロと遊びたいよう。

………

社長が引っ張り出してくれたのは、左手におにぎりを持って、右手でピースサインわさんをする、学生服姿の三白眼(かなぁこれ)の男子学生の後ろで、裸の女の子が胸をタオルで隠しているいるイラストだった。
 
ええと。

『究極超人あ~る』 

サンデーコミックス1巻。
ゆうきまさみ。

「漫画ですか?」
「前に競馬の漫画を少年誌で連載してたって言ったろ。その作者が昔描いてた漫画だよ。」

あぁ。
今の女児向け少女漫画にもベッドシーンが出てくるって話だっけ。
何故か南さんが焦ってたね。

「手が空いたら読んでみなさい。当時の時事ネタをあちこちに使っているのと、ノリがバブル期全開なので色々厳しいところはあるけど、今でもネット民に愛される漫画だよ。」
「はぁ。」

………


たしかに面白い。
けど、ノリが古いな。
でも、中学から女子校だった私には、共学の雰囲気が興味深い。 
あと、恋愛の匂いがほとんどしないあたりも良いね。
バレンタインとか普通に出てくるし、一応恋愛っぽいムードもある。
ただし、東京都職員と小学生、アンドロイドと後輩、生徒会長と下僕。
碌な組み合わせがない。


「なるほど。光画部は写真部で、学生がフィルムを現像してるんですね。」
「僕の母が大好きでね。高校生当時、女子高生なのに週刊サンデーを買ってたそうだよ。暗幕セットを自宅に作って現像もしてたんだって。」
「へぇ。」
「主に父が。」
「へ、へぇ。」
「細かい作業は父の方が得意だから母より上手かったんだって。いつしか母方の写真を全部任されてたんだって。」

仲良いな。
あと、いかにもお義父さんがやらかしそうだ。

「ええと、この漫画で何がありますか?」
「母がね。母がファンだったからある程度は。家にCDやDVDが揃ってたし。」

「とりあえず1番有名なのは、この校長先生は今の笑点の司会者の師匠。」
「落語家なんですか?」

まぁ、着物着てるし。

「今や我が国ではただ1人の春風亭柳昇だよ。」
そう言いながら、映像検索をして「課長の犬」なる落語を流してくれる。
ただし枕だけ。
枕も枕。挨拶だけ。
でも吹いた。

あと、イラスト(似顔絵)が全く同じじゃん。

「この漫画って、そんな楽屋落ちばっかですか?」 
「細かいとこはね。自転車の名前が海底軍艦だったり。」
「?」

「あぁマニアック過ぎたか。家に帰れば父が買ったディアゴステイーニ版のDVDがあるよ。ええと配信だとU-NEXTだけか。ここは登録してないなぁ。」
「とりあえず、他の楽屋落ちありませんか?」
「ん?鳥坂先輩は巻末に写真があったろ?」
「これはそのまんまです。」
「あと、たわば先輩がこれ。」
「…少し太ってますが、顎の張り具合とかに面影があります。」

なるほど。
わかる人にはわかるギャグのオンパレードなんだ。
そりゃ、当時の同学年が引き摺る漫画だ。

お義母さんがハマったのも、わか~らないなぁ。
ジェネレーションギャップかな。
頑張って好きになろう。

改めて1巻から読み返していると、仕事が終わったのかPCを閉じた社長が話しかけてきた。

「ところでさ。」
あ、プライベートモードだな。
「何?」
「南さんが聞いた女の声ってなんだったんだろ。理沙くんはわかったか?」
「うんにゃ。あれ、お姉ちゃんが大騒ぎした声じゃないんだよ…ね…アレ?」

中の島大橋は、今泊まっているホテルの直ぐ側。
駐車場を挟んだら、そこにある。

「…社長、いや瑞稀さん。」
「何?」
「しよ。」
「だが、断る。」

なんだとこの野郎。
せっかく可愛い可愛い理沙ちゃんが求めているんだそう。

「取材旅行中はおあずけだろ。大体、明日・明後日と10キロずつ歩くんだから、体力は温存しとけ。」
「大丈夫。今晩マグロになる所存です。」

なるほど。
晩御飯のお刺身は、これの伏線だったか。

「それは僕だけ動けと?」
「駄目ですか?」
「お断りします。」

それでも私が怖がっているのを察した社長は、同じ布団に入る事を許してくれました。
愛してるぜ、瑞稀。

あ、あと。
お姉ちゃんと南さんにメールしなきゃ。
さっき行った「中の島大橋」の怪奇リポートが纏められた「新耳袋」。
アマプラで見れるよ。って。






…翌朝、一晩経っても涙目だった南さんに、怒られた。
さ、さぁ出発だよ。
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