瑞稀の季節

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久留里街道

出発!うるさいぞ、そこ

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「リサリサ、明日はどこ行くのさ。」
「んん?木更津かな。あっちの方。」
「良いよねぇ。毎月バイトで彼氏と旅行出来るんでしよ。」
「2人きりじゃなくて姉貴も一緒だけどね。」

土曜日って言うのは、忙しい短大生でも結構講義を履修していない人が多い。
土日は学校が休みでしょ。
週休2日でしょ。
と言う高校までの慣習を、そのまま(なんとなく)引き継いでいるんだね。
単位取得数?後回し後回し。

週休2日とか関係なく、私は試験前とかでも無い限り出勤してるけど。
 
と言う事で、みんなは暇になる金曜日、遊びに誘われる事も多い。

社長には、

「友達も大切にしなさい。」

って、言われているのです。

「僕の顔なんか、あと60年くらい見放題なんだから、今の友達の顔をしっかり見ておきなさい。」

って、さりげなく口説き文句を混ぜられたら、ちょろい私は太刀打ち出来ないのさ。
まぁ、友達と遊ぶのも大好きだから良いんだけど。

ただ明日から取材なので。お誘いを受けてもお断りする。しかないのです
その理由を知っている友達には、揶揄われたり、羨ましがられたり。


などなど。
楽しい楽しい無駄話をしていると、ヨーコが走って来た。
「りぃさぁ!」
手を振りながら、何やら興奮した様子で。

「ねぇねぇ。校門のとこに凄い美人いるよ。」

…嫌な予感しかしねぇ。

………

やっぱりだよ。やっぱり。
凄ぇ美人はお姉ちゃんだよ。
南さんだって(編集仕事中はともかく)アラサーに見えないくらい若々しくて顔立ち自体は整っている美人さんだ。
おまけに学術系出版社編集部のホープと、老舗出版社の(一応)エース編集長だ。


ここにいる女子大生共には、充分目標にすべき女性ではあるもんね。

しかし。
みんな少し遠巻きにしながら、いつもの2人を見て通りすがったり、立ち止まったり。
見せ物になるほど注目を浴びていやがる。
ふむ。
我が肉親だが、そんなに上気した顔を見せる女がいるほど、ウチの姉は美人か。

「お待たせ。」
「理沙、なんか居心地悪いから早く行こうよ。」
本人達にも視線が集まっている自覚はある様だ。

「待てぃリサリサ。まさかアンタの知り合いか?」
「知り合いも何も、私が生まれた時から私の家にいるよ。姉として。」
「え?お姉さんなの?」
「……あぁまぁ。気を落とすな。」
「どうして、理沙はそうなった?特におっぱい。ちっぱいが。本当に同じ遺伝子を継いでいるんか?」
「うるさいよ。」

ええ、ええ。
どうせ私はお姉ちゃんの出涸らしですよぉだ。

まだ艶々な10代のうちに、亭主を見つけといてよかったぞ。クソッタレ。


来週の火曜日に、色々追求するからね(はぁと)と笑顔で言う御学友にさようならを言うと、さっさと2人を連れて逃げる。
目立ってしょうがないじゃん。


「で、社長は?」

確か、コインパーキングで待ってるとか言ってたけど、この辺にあったかなぁ。

「文教堂の駐車場に入れて、私達を送り出したあと、店の中に入って行ったわよ。」
「…あそこの駐車場、ただじゃん。」

相変わらずお金を遣わない男だな。

と、すると。
あそこの自販機は青と白で、珍しく赤いのは無かった筈だな。
とすると、アレは売って無いか。

「ちょっと寄り道するね。」

文教堂までは狭いながらも路線バスが走る、明治前から開発された古い屋敷町だ。
だから、元々はパン屋さんだった小さなヤマザキ系のコンビニがある。
一応、店の正面には「デイリーヤマザキ」ってDのロゴ入り赤ディスプレイが見えるけど、スタンド看板には、サンエブリーって見た事もないコンビニの緑のマークが書いてあるぜ。

「デイリーより前にあった、ヤマザキパン系のコンビニだよ。」
社長が即答してくれたけど。

そんな昔ながらのヤマザキパンに入って、社長の餌を購入。

いつものMAX甘いコーヒーと、ミネラルウォーター(軟水が好みの人)、そして何よりここには鈴カステラが必ず置いてある。

他のコンビニやスーパーでもPB商品として、あるところにはあるけど。
当然、ないところにはないわけで。
何故か100円ショップで見かけるブランドの鈴カステラが必ず置いてあるのだよ。

その他にも、かりんとうだのごませんべいだの。
セブンやファミマじゃすっかり見なくなった「お婆ちゃん向け」お茶請けが必ずあるんだよね。
何故ローソンを外したのかと言えば、事務所の斜向かいのローソンさんが社長の為に仕入れてくれるから。
…鈴カステラを箱買いするウチの馬鹿を、誰かなんとかしてくれないかなぁ?


いつもの社長セット(全部買っても370円)をカバンに入れていると

「相変わらず社長のお世話係ねぇ。」

って南さんに半分呆れられたぞ。

「もう結婚しちゃいなさい。」

いや、するんだよ。まだ内緒だけど。

「一応、あんなんでも私の上司でお付き合いしている方ですから。好みくらいは知っているんですよ。安っぽいし駄菓子みたいなのばかりなのに飽きないみたいだし。女としてはつまらないんですけどね。」

母と義母からお嫁さんスキルをそれなりに習っているのに、大抵のお嫁さんスキルはお婿さんの方が上だし(コン畜生め)、おまけに鈴カステラで喜ぶ男の喜ばし方なんか、どうしたらいいのかわからない。

………

「なんで出発前に、かぼちゃを買ってんですか?」
「旬だし、安かったから。」

文教堂とは北海道から関西までチェーン展開している書籍・文具のお店。
大体広い駐車場と一緒に建てられていて、他の店舗が敷地内にある。

この店はデニーズがあるので、昼時は駐車場が満杯になる。
今は夕方で、夕食にも早い時間なので余裕があるせいか、軽トラの移動販売が来てる訳だけど、私達が着いてみたら、モコのラゲットルームにかぼちゃの箱を積んでやがった。コイツ。

いや、社長やお義母さんの料理スキルならあまり思いつかないかぼちゃ料理を好きな様に作るだろうし、その作り方と一緒に私は御相伴に与れる訳だけど。

せめて、もう少し良いモンをですね。

「因みに領収書は?」
「理沙くんに叱られるから一応貰ったけど、これどうやって経費で落とすの?」
「私が原稿に書けば落とせます。」

と言う事で書きました。
歴史探訪取材で、作家がかぼちゃを買った事を記述する、作家の秘書の商業記事と言うのも、そうはないだろう。


★  ★  ★

着きましたよ、本日の宿。

『鳥居崎倶楽部』

1泊2名様朝夕食付き88,000円也。
全室ウォータービュー(ただし東京湾で、日が暮れたから見えない)。

相変わらず意味のわからない無駄遣いをする取材です。

市原を過ぎたあたりで日が暮れて。
PAで一休みしたいと社長が溢したけれど。

「チェックインは18時です!」

って南さんが言うものだから、必死で来ましたよ。

「そう言えばこの辺に、鎌倉街道の古い峠道がそのまま残っている場所があったなぁ。」
「それは明日ぁぁです!」
「まだ6時には時間があるよ?」
「私の膀胱には時間がありません!」

せっかくクーラーの時期が過ぎて、社長の頻尿の時期も過ぎたのに。
南さんがハルンケアですか。
まぁそもそも、こんなスケジュールを立てた張本人であり、張犯人なので、おトイレは我慢してもらいました。
ええ、ええ。

お姉ちゃんにチェックインを任せて、1人宿のトイレに駆け込んで行きましたよ。
編集長様が。

あの、この取材旅行は南さんのストレス解消も兼ねているそうですけど。
解消になっているのかなぁ。

★  ★  ★

「やれやれ。」

勿論部屋割りは私と社長なのだけど、2部屋分のポチ袋をお手伝いさんに渡したり、すぐさま明日のスケジュールを確認して、手持ちの資料にデジタルポストイットを貼ったり、1番忙しいのはウチの社長。

私はウェルカムドリンクを社長に入れたり、お姉ちゃん向けにある資料をまとめたり。

どうせ部屋に入った瞬間からだらけ始めているであろう編集者チームと違ってやる事だらけだ。

え?
お姉ちゃんに渡す資料ってなんだとて?

ふっふっふ。
それはですね。
この宿はとある心霊スポットの側にあるんですよ。

その名も『中の島大橋』。

夕べ、今晩のはお泊まりがここだと南さんからメールが流れて来た時に社長が気がついたんですよ。

「あぁ。ここなら心霊スポットで有名なとこだよ。ここで取材をしたら、女の声だけ撮れたってDVDがウチにあるから。」
「なんでもありますね。」
「アマプラで見れるけどね。」

新耳Gメン・冒険編(前編)

思いっきり、その現場がここでした。
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