瑞稀の季節

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久留里街道

久留里街道

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カレンダーを見い見い、手元のレジュメと、私の大学の時間割と、社長のコーヒーカップの中身を見比べて思い出して、さて社長のスケジュールをどう切んべぇと考えていると、お姉ちゃんがお風呂から上がって来た。

中途半端なドライヤーで半乾きの髪が、妹の私から見ても色っぽい。艶っぽい。
こまめにストパーをかけてないと、自然にウェーブが掛かるんだよね。
このお姉ちゃん野郎。
本当にお母さんが胎内に溜めてくれていた「女性のミリキ」って奴を、先に全部持って行きやがったに違いない。
おかげで私は自力で何とかするしかなくなったんだ。



「本日は南が多忙の為に出席出来ません。そのかわりに南の希望と意向は預かって来ていますので、その線でお話しを進めて参りますが、宜しいですか?」
「はいはい。」

このプロジェクトは途中から南さんに投げっぱなしジャーマンを決めて、馳浩(って社長は言ってたけど誰?あぁその昔、新日本プロレスにスタイナーブラザーズって兄弟がいてね。それまでのジャーマンはカールゴッチがアンドレ・ザ・ジャイアント…社長、文章の途中の付け足しカッコにまで出て来て無駄話はやめてください)から3カウントを奪っても社長は知らん顔だし。
私は私で、お姉ちゃんに逆らう術を持たない。

何故かこの3人が揃うと、年齢的に真ん中のお姉ちゃんが仕切り、お酒が入って寝てしまい計画が破綻し、社長が渋々仕切り直すパターンになる。
そこら辺はお姉ちゃんも自覚しているので、基本的な全責任は南さんに押し付けている。
南さんの提案ですようって。

今回も、南さんが被告席に座っていない欠席裁判なわけですよ。

「そう言えば''検察側の証人''って、原作だと純愛物語なのに、劇になると不倫物語になったなぁ。」
「社長、突然何を言い出したんですか?」
「そして誰もいなくなったでも映画じゃ生き残った人いたし、クリスティも実写化になると変えられるなぁ。」
「あら、先生。アガサを読まれるんですか?」
「うん。名作ミステリーは一通り。創元の赤い本と新潮の白い本は自宅に揃ってますよ。あと、ポアロとドルリー・レーンのオチが同じな事が許せないくらいには。」
「あぁ、あれはクィーンの方が先に執筆してますよ。クリスティはどうもパロディの気が少しあったみたいですね。だから死後に出版して、真面目な評論から逃げようと考えていたみたいですね。結局、死の直前に出版されましたけど。」
「へぇ、それは知らなかったなぁ。さすがは編集者!」
「えっへん。」

腰に手をやって鼻息荒く、胸を張るお姉ちゃん。
この人、私と社長がいる時はこんな剽軽な面を出すんだよね。
どこまで社長に気を許しているんだか、緩々になるんだか。
私の男だぞ。
少しは遠慮しろよ。

で、2人して何話してたのかね?
私を置いていかないで。


………


『久留里街道』

南さんが挙げた候補のうち、社長が選んだのはこの道だった。

もはや脇でも何でもない、ただの地方道路だけど、何しろ編集長が当初の企画を無視し出しているから、仕方ない、
あと、リストの見出しナカグロに手書きの花丸が振ってあり、「おすすめだゾ」って書いてある。

南さんの年齢と役職を考えるとどうかと思うけど、とにかく可愛い。

「久留里街道か…」

とは言いつつ、レジュメを睨んでいる社長。

「どこからどこまで歩けばいいのかなぁ。」
「あの、今回は少し長めに時間を取りまして、私と南も出来る限り歩いてみたい意向を持っています。」
「はい?」
「秋ですしね。それにほら久留里線がずっと並走してますから、そこら辺の旅情も味わいたいと。」


共有ファイルをダウンロードして、みんなのタブレットに、あらかじめ用意しておいたという久留里街道の幾つかのデータを私達に見せてくれた。


「久留里は黒田氏3万石の譜代大名が明治維新まで残った城下町です。江戸までは木更津から江戸まで廻船が通っていました。先生と理沙は木更津に取材に行ったことがあるそうですが、南と私は初めてなので。」

そうそう、与話情浮名横櫛についての原稿を社長がまとめていた時に「切られ与三郎」の墓が残っていると聞いて、社長と見に行ったんだ。


「しかし、木更津から久留里までなら、20キロくらい掛かるよ?」
20キロ?
慌てて調べてみたら、久留里線が木更津駅から久留里駅まで大体22キロだった。

社長はそのくらいなら1日で歩けるそうだ。
(ハンガーノックを起こしかねないけど)
まぁ人間の歩行速度は毎時4キロちょい。
箱根駅伝の選手なら1時間強で走り切れる距離ではある。

「別に1日で歩くわけではありませんよ。実は今回、前泊を考慮しています。」
「前泊…。」
「金曜の夕方、理沙の授業は16時45分に終了します。校門の前で待ち受けて木更津に行きます。朝方に木更津駅前を散策して、2日目に久留里泊が出来ればな、と思っています。」

あれまぁ。
行き当たりばったり、社長任せで高い宿を探す事しか考えていなかった編集者チームがどうしたの?

「ワタシモミナミサンモフトッタノ。」

なんかお姉ちゃん方面から小声の恨み節が聞こえてきたけど聞こえない。

「女子大の前で、僕が待つわけにはいかないなぁ。」
「ええと。私的にも友達に見られると恥ずかしいかも。」

別にまぁ、(婚約したとかはともかく)どんな男と付き合っているかは、写真とかを見せてるし。
でも実物を見せるとなると、やっぱり恥ずかしいっちゃあ恥ずかしい。

「まぁ僕はコインパーキングに居れば良いか。」
「晩御飯はどっちで食べるの?」
「木更津の旅館で頂く予定ですよ。理沙の大学からなら2時間もかからないでしょ。」

京葉道路から館山道に乗れば、混んで無ければ1時間半くらいかな?

「ただ、厄介な事があるなぁ。」
「なんですか?社長。」
「最近、夜間運転してないから、田舎道は怖いや。」
「大丈夫ですよ。私なんか教習所でしか夜間運転したことありません。」
「厄介さんだなぁ。」

モコの保険は、私と社長しか契約してないんだから諦めなさいな。
あの車は家族限定特約で、社長と配偶者(扱い)の私しか保険が降りないんだから。
南さんみたいに限定特約無しにすれば良いのに。
何でコイツは、金あるくせに、必要に応じて領収書稼ぎの為、使わないとならない時に、あまり使わないんだろうか?
私のしっかり者女房スキルが役に立たないじゃないか。

という事で、今年のスポーツの日にあたる第3週(正確に言えば第2週の金曜日から)今月の「脇」の取材日と決めた。

お姉ちゃんが南さんにメールで決定事項を伝えて「諾」の返答を待って、とりあえず打ち合わせは終了。
九州取材の日程は、こちらが候補日を提示してからスケジュール調整をすることになった。



………


「ちぃ」
「おいでおいで。」

うさぎの''ちゅ~る''とでも言う、りんご味のペーストを、お姉ちゃんはヒロにあげてる。
ただお前、なんで人んちの床に寝っ転がってんだよ。

それにそのペースト、亀戸で途中下車してまで「ペットのコジマ」で買って帰ってたろ。
サプリメントだけど、あげていい量は決まっているからな。
お姉ちゃんがあげると、私があげられないじゃないか。

うさぎ用のドライフルーツもヒロは好きなんだけど、ペーストには勝てないんだよなぁ。

ついでに既にヒロは、お姉ちゃんをお客さんというよりは、時々来ておやつをくれる人と認識しているらしく、お姉ちゃんが来ると玄関までちびと迎えに行くようになった。

基本的にお姉ちゃんは私の担当編集者で、家で毎朝毎晩会っているのに、わざわざ我が事務所までやってくる。
…まぁ私も仕事が無くてもやってくるし(別にタイムカードで管理されてない上、プロポーズされてからは建売住宅が2~3軒買える額が入ったキャッシュカードを渡されたので、お給料を貰う事を断っている。社長、人を信用し過ぎです)、この事務所は自宅の自室よりも落ち着く我が姉妹の寄生木になっている。

「あ、そうだ。先生、宇宙戦艦ヤマトのDVDって有りますか?」
「何いきなり小学3年生男子みたいな事言い出したの?お姉ちゃん?」
「先月の理沙の原稿に、アンドロメダについて書いてあったでしょ。」

あぁ、社長がプレミア価格のプラモデルを買った時の話だね。
古い方のヤマトは権利が何処にあるんだか、私が調べるのは面倒くさかったので図案の指定は一切しないで文字だけで流したんだった。

「うちの編集部で話が盛り上がりまして、是非とも見てみたいと。リメイク版と映画版のDVDは、それこそブックオフを回れば容易に入手出来ますが、テレビ版は見つからない上、Amazonで買うにも安くはないので。」
「あぁねぇ。」

あ、社長の口元がムズムズしてる。
突っつけは何か出て来そうだ。

「中身は酷いもんだよ。若いスタッフに好きにさせたら、さらばでは反物質のテレサが2では島に輸血をしてる。異星人同士なのに。」
「社長、そこを触れるのは野暮では?」
「問題は、ヤマト航海長の島大介がテレサの通信音声だけで惚れて、テレサも島さん島さん全編に渡ってうるさい。別名テレサ馬鹿ルートだ。」
「はぁ。」
「因みに島はテレサに命を救われたのに、ヤマト完結編では古代進の婚約者、森雪に横恋慕している事を古代に告白している。」
「お、寝取られですが。NTRですか?」
「うんにゃ。そのまんま島は死んじゃったから。」
「ヒィ!」
「映画版のラストは古代と森のベッドシーンだったんだけど、''雪は処女なのに、この顔じゃ感じてるだろう!''ってNさんがNGにして描き直されたってエピソードがあるよ。」
「あの、アニメですよね。お子様達も観に行く人気作ですよね。」
「だからテレビ放映時は、海岸で波が打ち寄せるシーンに差し替えられてる。」

ですよねぇ。

「さすがにお茶の間に、アニメとはいえベッドシーンは不味いですよね。」
「んん?同じ頃に銀河旋風ブライガーってアニメでベッドシーン流してたよ。それも夕方から。」

昭和のコンプライアンス、とんでもねぇ。

「す、3はどうだったんですか?」

私は社長に慣れてる、というかこんな男の嫁になる女だから今更気にならないけど、一応真面目な一般人のお姉ちゃんはすっかり引いてるぞ。

「葛城さん、新たなる旅立ちはご覧になりましたか?」
「ええ、イスカンダルが爆発しちゃう回ですよね。」

確かにそうだけど、もう少しマシな言い方はありませんでしたか?お姉様。

「あれはその後に公開された映画''ヤマトよ永遠に''のプロローグなんですが、3のプロローグでもあるんですよ。別名、デスラーさん御乱心。」
「…確かに、デスラーがスターシアを守る為に躍起になっていましたね。スターシアは人妻なのに。」

スターシアの旦那様が守さんで、交通事故駄洒落になっているこのを、私だけは知っているぜ。

「デスラーが絶体絶命になった時にヤマトが駆けつけて、ヤマトとデスラー艦隊が艦首を並べて共闘する、まぁ古くからヤマトを見て来たファンには感慨深いシーンではあるんだけど、問題はデスラーがあまりに弱い事と、ヤマトがあまりに強い事の格差。ヤマトが強い事は次の映画の伏線になっているんだけど、これがまた情け無い伏線でクライマックスが台無しになる。」
「なんじゃそりゃ。」

「あと、弱かったデスラーは直ぐに銀河系の半分を支配する大帝国を築くんだけど、間違えて地球を滅ぼしかける。」
「なんじゃそりゃぁぁぁ。めちゃくちゃじゃないですか。」

著作権関係の話は面白いから、次回も続くかなぁ。
多分。
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