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奥州街道
幸手にて
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その日光脇往還を左折します。
東武線の踏切を超えると、直ぐに幸手宿。
旧4号から分岐した道路とはY字の辻で合流する。
おっ!火の見櫓が見えるぞ!
先月は通り過ぎただけだったなぁ。
さすがに都心部では絶滅危惧種の火の見櫓だけど、少し郊外に出れば結構健在なのだ。
「昔の写真を見ると、銀座や高輪と言った消防署に火の見櫓が塔として併設されているのがわかるよ。」
私が身を乗り出して火の見櫓を眺めているのを見て、社長がそっと言ってくれた。
「その写真って、どうやったら見れますか?」
「ウチの書庫にあるはずだよ。僕の趣味で廃線跡巡りがある事を理沙くんは知っているだろう。」
「都電って廃線跡とかあるんですか?」
「道路は線路が剥がされちゃうけど、例えば鉄道のガード下とかに碍子って言う電線を繋ぐ部品が残っていたり、道路工事でアスファルトを剥がしたら、そのまま線路が出て来たり。」
「へぇ。」
おっしゃ!
車内からだけど、社長のハンドルを握る手だけを微妙に見切れさせて写真を撮った。
どうせ外に出て全景をきちんと撮すんだけど、作家と編集者が仲良く取材している匂いって、なんか評判良いんだよね。
だって、いつでもどこでもネットなら見れて読めて調べられる事より、どこを歩いて何を見たって話より、社長の戯言や南さんの奇行を楽しみにしてますって、掲示板に読者様から書き込みがあるのさ。
特に南さんは業界注目の若手遣り手編集長、しかも立ち上げた雑誌が売り行き好調で、この雑誌から派生したムックや新書が「時限レーベル」という雑誌休刊(3年後予定)と同じに消滅するレーベルで出版される、と決まっていて、その計画の破天荒ぶりが経済新聞や経済番組に取り上げられているのさ。
テレ東に南さんが出てた時はびっくりした。
本人恥ずかしがって言わないんだもんなぁ。
社長が番組スタッフから聞いていなかったら、私もお姉ちゃんも見逃してたよ。
なんで社長とテレビ局が知り合いなの?
私、知らないよ。
あと、カンパケって言う番組を収録したDVDが我が社に(だけ)送られて来て、その白いパッケージに社長が番組の一場面を印刷して貼り付けた物を南さんにプレゼントしたら。
「うわぁ。見ないで見ないで、私を見ないでよぅ!うわらば!」
って座り込んじゃった。
歳上に言う事じゃないけど、可愛い。
その南さん。
「ぶっちゃけちゃえば、売れなきゃ絶版になるって当たり前の事なんだけどね。ほら、太宰の人間失格をさ、カバーを小畑健に書かせて大ヒットしたでしょ。あれに味をしめた新潮は公式のオリジナルカバーを作っているのよ。だったらレーベルごと時限式にしちゃえって企画会議でボソッと言ったら通っちゃった。」
「南さんの会社って、日本でも有数の老舗出版社ですよね?結構いい加減?」
「出版不況だけどね。会社としては、株主なりなんなりに何かをしないとならない使命があるのよ。ポーズでもね。雑誌そのものが最初から捨て企画だったからね。理沙さんが呆れるほど領収書領収書言ってるのはね。最初から失敗を見越して節税策の企画だったのよ。」
そんな出鱈目な企画あるんかい。
「そしたら''黒''が出ちゃったのよね。何故かしら。」
「あの、ひょっとして南さん、会社で虐められていませんか?」
「まさか!だったらもっとエゲツない目に遭うわよ。あとでセガや大和証券が何やったか、葛城さんや先生に聞いて見れば良いわ。私の場合、有限予算企画募集コンペで勝っちゃっただけ。」
………
「正社員って、よほど会社が傾かない限りクビにできないからね。1日中、穴を掘って埋めるような仕事をさせる部署に転籍させて、自主退社させるようにしてたんだよ。」
早速、社長に聞いてみた。
「日勤教育って聞いたことあるかい?」
「知りません。」
「JRの西日本でしたっけ。運転手だったのが、ダイヤを乱したら運転手から外して、ずっと草むしりさせるとか、であの事故の原因になったとか。」
お姉ちゃんが知ってました。
「他にも電話やネット環境の無い部屋でひたすらシュレッダーをさせるとか。」
「うわぁ」
「南が例に出した大和証券は賠償判決を食らっているよ。」
「ですよねぇ。」
「藤子不二雄の黒い方が、笑ゥせぇるすまんでこれを漫画にしてる。」
「うわぁうわぁ。」
「三木鶏郎なら、日曜娯楽版で恰好のネタにしただろう。」
また脱線しました。
………
この後、社長は三木のり平や永六輔の話か、ごはんですよや浅田飴とほっといたらひたすら脱線し続けて、お姉ちゃんが腹痛を訴えるまで笑い続けなので、それは別な日に。
迂闊に事務所に顔を出したものだから、お姉ちゃんのメイクがズタボロにもなりました。
人の事務所に打ち合わせに来て、入浴して化粧し直して帰る女性編集者。
字面だけ読んだら、ウチの社長と何やらあったみたいだ。
………
「JTBキャンブックスからね、''都電が走った道今昔''って本が出てたんだ。都電全盛の昭和30年代と出版当時の現代を写真で定点観測した本だよ。」
例によって猛烈に話しがズレたから、元に戻そう。
「ええと、何かで聞きましたね。そのJTBなんとかって本。」
「市川の料亭でご飯を食べた時に、話題になったでしょ。その後、葛城さんはウチの事務所で永井荷風の該当書を読んでましたよ。」
「あぁ、あの緑の縁の!私が子供の頃は書店で見かけましたね。今は新書になったからですかね。見なくなりました。」
「ん?韓国絡みで国際問題起こして、シリーズ丸々廃刊になったよ。」
「はぁ?」
ええと、その問題を蒸し返すわけにもいかないので、あとは各自で調べてください。
面倒くさい。
★ ★ ★
というわけで幸手です。
どういうわけか幸手です。
ここも史跡としての有り様は、杉戸と大したことはありません。
でも、私はきちんと写真を撮って文章を書かないといけません。
…私は短大の1年生だよな。
アルバイトで社長の秘書とか語っているだけだよな。
ついでに社長の婚約者だよな。
これ、私がすることなのかな?
今更ながら、自分に疑問を持ちながら社長に幸手駅前のコインパーキングを指示します。
「300円かぁ。」
「要らないなら私にください。」
「駄菓子屋の分になるは。じゃんけんよ、じゃんけん!」
「行きますよ!最初はグー!」
「じゃんけん、ぽん!あいこでしょ!」
いい大人2人が、埼玉の内陸部でじゃんけんしてます。
300円領収書の取り合いです。
ってか、12時間で300円かぁ。
安いなぁ。
船橋だと20分330円だったぞ。
………
1番端っこにモコを停めて、幸手宿の歴史散歩に出発します。
女性陣3人はタブレットを開きますよ。
幸手まちあるきマップなるPDFファイルがインストールされているのは、杉戸でわかってますから。
「あら、ここって城跡なのね。」
「へぇ、幸手城ですか。」
「陣屋というか、屋敷程度だったみたいだけどね。」
社長は何やら調べ物をしていて、私達の感想も上の空ですか。
この人は、たまに別の世界に旅立つのよね。
仕方ない。ここは私が仕切りますか。
社長の手を握って、私達は先ず一色稲荷神社を目指す。
私達がいち早く見つけた幸手城は、地元の字名に残る以外は何も残っていない。
唯一が、この神社の案内板だったりする。
相変わらず、宿場町としては何も残っていない街道筋だけど、そんな中で小さな名残を探す旅、って言うとカッコいい!かな?
「駅前なのに、建物が2階建ばかりですね。」
「私達がビルのある街に住んでいるけど、ちょっと地方に出れば、名の知れた街でも珍しく無いわよ。川間も高い建物無いし。」
「南さん、言い方。」
お姉ちゃん達は、幸手という街について語り合っていたり。
社長はずっと歩きスマホしているので、見事に粗大ゴミ。
普段一緒にいる時は、自分からちゃっちゃと動く人なんだけど、集中力が明後日の方を向いた時、こんなんなってしまう。
なんだろうね。
何してんだろうね。
私達がタブレットを見ているのに、社長はスマホを見ているんだよな。
はて?ドラクエウォークでもしてんのかな。
………
南下して、さっきの火の見櫓を撮影して、北上して、ただの田舎の商店街と化している元宿場町のメイン通りを歩き。
この間は看板だけ見かけた幸手観音のお寺を参拝して。
知らない街の街歩き、それも微妙に残る歴史の欠片を拾いあげる作業は楽しかった。
普段はあまり役に立たない編集者チームが、ウチの社長がずっとスマホを見てる代わりに調べ物を手伝ってくれたし。
………
「よし、こんなもかな。インプット完了。」
一通り散策が済んで、車に戻ろうとした時、やっと社長が帰って来た。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「どこ行ってたの?」
本人はずっと私が隣で手を繋いでいたけど。
「ここ15年くらいの幸手を行ったり来たり。」
「発表出来ますか?」
「ぐっちゃぐちゃだけど、多分。」
「あなた達は何を言っているの?」
あ、お姉ちゃんが私達を気持ち悪そうな目で見てる(笑)。
でも南さんは納得顔だ。
これは普段携わっている執筆陣の種類と、自分の読書量の違いだろうなぁ。
私だって、最初は驚いたもん。
「では、どうぞ。」
「うん、僕は幸手という物に全く縁もゆかりもないので、何か話せる事がないかなぁって、理沙くんに市中を引き回されながら考えてた。」
「失礼しちゃいますよ。私が手を繋がなかったら、駐車場で社長立ち尽くしてたでしょ。」
「あぁ、シチュー引き回しの刑ってあるらしいよ。飯時にシチューを入ったお皿を持って練り歩くんだって。」
「…それ、意味あるんですか?」
「お昼時や午後10時くらいだと、メシテロになる。」
「残酷過ぎます!」
「で、さっき春日部でクレヨンしんちゃんは話になったろ。」
「はい。」
「その時にちょっと出てきた''らきすた''について調べてみた。」
「…社長、暇人ですねぇ。」
「うん!」
素晴らしいお返事を頂きました。
貰った私はどうすれば良いんだよ。
「ここ幸手市は、らきすたの主人公が住む街に設定されていて、いわゆる聖地巡礼の地だった。」
「だったって?今は違うんですか?」
「店先を見てると、日に焼けて薄くなったステッカーがたまにある。鷲宮も舞台の1つだけど、あっちには神社があるだろ。」
「例の神楽の神社ですね。」
「こっちには何かあったかい?」
「なぁんにも。」
社長が編集者チームの顔を見ると、2人ともわざとらしくそっぽを向いてやんの。
まぁ、社長が好きで歩いた道を後追いで歩いてみたってだけの取材だしね。
「アニメ放送が2007年。そりゃ過去の物になるよね。しかもそのアニメを制作したのがアソコだ。」
「ですよね。」
南さんだけ、顔を顰めてる。
私とお姉ちゃんには、意味がわからなかったけど、調べて南さんと同じ顔をした。
2019年の出来事じゃん。
何故、私達が知らなかったんだろう。
あと、社長も私も、南さんもお姉ちゃんも、作品を作る仕事・クリエイターなんだよね。
そりゃ、変な人に纏わりつかれないとは限らないか。
「アニメには、らっきーちゃんねるってミニコーナーがあって、オリジナルなキャラクターを使ってお便りコーナーをやっていた。」
「テレビアニメですよね?」
「そのらっきーちゃんねるの実写版を、声を当てていた声優がオリジナルDVDの映像特典でつけてた。あの建物の屋上で。」
「はぁ」
私には何がなんだかわからないけど、編集者チームがゲンナリしてる?
「それで弄られ男子生徒役は2子に恵まれて声優としても売れているけど、弄り役の女生徒声優は49になって一応世間的にはまだ独身。」
「そんな情報を聞かされてもですねぇ。」
さっきから社長は何言ってんだ?
「あとは、将門の首塚があるとか。和宮が降嫁の時通ったとか。将軍の日光参拝用に新道を切り拓いたけど1度も使われなかったとか。何にも出てこなかった。」
「あの、社長?私達的にはらきすたより、最後にごちゃごちゃってまとめた歴史トピックを追求すべきでは?」
「資料を発掘するの、面倒くさいもん。」
「そこを面倒ぐさがったら駄目だろう!」
思わず大声出しちゃいました。
東武線の踏切を超えると、直ぐに幸手宿。
旧4号から分岐した道路とはY字の辻で合流する。
おっ!火の見櫓が見えるぞ!
先月は通り過ぎただけだったなぁ。
さすがに都心部では絶滅危惧種の火の見櫓だけど、少し郊外に出れば結構健在なのだ。
「昔の写真を見ると、銀座や高輪と言った消防署に火の見櫓が塔として併設されているのがわかるよ。」
私が身を乗り出して火の見櫓を眺めているのを見て、社長がそっと言ってくれた。
「その写真って、どうやったら見れますか?」
「ウチの書庫にあるはずだよ。僕の趣味で廃線跡巡りがある事を理沙くんは知っているだろう。」
「都電って廃線跡とかあるんですか?」
「道路は線路が剥がされちゃうけど、例えば鉄道のガード下とかに碍子って言う電線を繋ぐ部品が残っていたり、道路工事でアスファルトを剥がしたら、そのまま線路が出て来たり。」
「へぇ。」
おっしゃ!
車内からだけど、社長のハンドルを握る手だけを微妙に見切れさせて写真を撮った。
どうせ外に出て全景をきちんと撮すんだけど、作家と編集者が仲良く取材している匂いって、なんか評判良いんだよね。
だって、いつでもどこでもネットなら見れて読めて調べられる事より、どこを歩いて何を見たって話より、社長の戯言や南さんの奇行を楽しみにしてますって、掲示板に読者様から書き込みがあるのさ。
特に南さんは業界注目の若手遣り手編集長、しかも立ち上げた雑誌が売り行き好調で、この雑誌から派生したムックや新書が「時限レーベル」という雑誌休刊(3年後予定)と同じに消滅するレーベルで出版される、と決まっていて、その計画の破天荒ぶりが経済新聞や経済番組に取り上げられているのさ。
テレ東に南さんが出てた時はびっくりした。
本人恥ずかしがって言わないんだもんなぁ。
社長が番組スタッフから聞いていなかったら、私もお姉ちゃんも見逃してたよ。
なんで社長とテレビ局が知り合いなの?
私、知らないよ。
あと、カンパケって言う番組を収録したDVDが我が社に(だけ)送られて来て、その白いパッケージに社長が番組の一場面を印刷して貼り付けた物を南さんにプレゼントしたら。
「うわぁ。見ないで見ないで、私を見ないでよぅ!うわらば!」
って座り込んじゃった。
歳上に言う事じゃないけど、可愛い。
その南さん。
「ぶっちゃけちゃえば、売れなきゃ絶版になるって当たり前の事なんだけどね。ほら、太宰の人間失格をさ、カバーを小畑健に書かせて大ヒットしたでしょ。あれに味をしめた新潮は公式のオリジナルカバーを作っているのよ。だったらレーベルごと時限式にしちゃえって企画会議でボソッと言ったら通っちゃった。」
「南さんの会社って、日本でも有数の老舗出版社ですよね?結構いい加減?」
「出版不況だけどね。会社としては、株主なりなんなりに何かをしないとならない使命があるのよ。ポーズでもね。雑誌そのものが最初から捨て企画だったからね。理沙さんが呆れるほど領収書領収書言ってるのはね。最初から失敗を見越して節税策の企画だったのよ。」
そんな出鱈目な企画あるんかい。
「そしたら''黒''が出ちゃったのよね。何故かしら。」
「あの、ひょっとして南さん、会社で虐められていませんか?」
「まさか!だったらもっとエゲツない目に遭うわよ。あとでセガや大和証券が何やったか、葛城さんや先生に聞いて見れば良いわ。私の場合、有限予算企画募集コンペで勝っちゃっただけ。」
………
「正社員って、よほど会社が傾かない限りクビにできないからね。1日中、穴を掘って埋めるような仕事をさせる部署に転籍させて、自主退社させるようにしてたんだよ。」
早速、社長に聞いてみた。
「日勤教育って聞いたことあるかい?」
「知りません。」
「JRの西日本でしたっけ。運転手だったのが、ダイヤを乱したら運転手から外して、ずっと草むしりさせるとか、であの事故の原因になったとか。」
お姉ちゃんが知ってました。
「他にも電話やネット環境の無い部屋でひたすらシュレッダーをさせるとか。」
「うわぁ」
「南が例に出した大和証券は賠償判決を食らっているよ。」
「ですよねぇ。」
「藤子不二雄の黒い方が、笑ゥせぇるすまんでこれを漫画にしてる。」
「うわぁうわぁ。」
「三木鶏郎なら、日曜娯楽版で恰好のネタにしただろう。」
また脱線しました。
………
この後、社長は三木のり平や永六輔の話か、ごはんですよや浅田飴とほっといたらひたすら脱線し続けて、お姉ちゃんが腹痛を訴えるまで笑い続けなので、それは別な日に。
迂闊に事務所に顔を出したものだから、お姉ちゃんのメイクがズタボロにもなりました。
人の事務所に打ち合わせに来て、入浴して化粧し直して帰る女性編集者。
字面だけ読んだら、ウチの社長と何やらあったみたいだ。
………
「JTBキャンブックスからね、''都電が走った道今昔''って本が出てたんだ。都電全盛の昭和30年代と出版当時の現代を写真で定点観測した本だよ。」
例によって猛烈に話しがズレたから、元に戻そう。
「ええと、何かで聞きましたね。そのJTBなんとかって本。」
「市川の料亭でご飯を食べた時に、話題になったでしょ。その後、葛城さんはウチの事務所で永井荷風の該当書を読んでましたよ。」
「あぁ、あの緑の縁の!私が子供の頃は書店で見かけましたね。今は新書になったからですかね。見なくなりました。」
「ん?韓国絡みで国際問題起こして、シリーズ丸々廃刊になったよ。」
「はぁ?」
ええと、その問題を蒸し返すわけにもいかないので、あとは各自で調べてください。
面倒くさい。
★ ★ ★
というわけで幸手です。
どういうわけか幸手です。
ここも史跡としての有り様は、杉戸と大したことはありません。
でも、私はきちんと写真を撮って文章を書かないといけません。
…私は短大の1年生だよな。
アルバイトで社長の秘書とか語っているだけだよな。
ついでに社長の婚約者だよな。
これ、私がすることなのかな?
今更ながら、自分に疑問を持ちながら社長に幸手駅前のコインパーキングを指示します。
「300円かぁ。」
「要らないなら私にください。」
「駄菓子屋の分になるは。じゃんけんよ、じゃんけん!」
「行きますよ!最初はグー!」
「じゃんけん、ぽん!あいこでしょ!」
いい大人2人が、埼玉の内陸部でじゃんけんしてます。
300円領収書の取り合いです。
ってか、12時間で300円かぁ。
安いなぁ。
船橋だと20分330円だったぞ。
………
1番端っこにモコを停めて、幸手宿の歴史散歩に出発します。
女性陣3人はタブレットを開きますよ。
幸手まちあるきマップなるPDFファイルがインストールされているのは、杉戸でわかってますから。
「あら、ここって城跡なのね。」
「へぇ、幸手城ですか。」
「陣屋というか、屋敷程度だったみたいだけどね。」
社長は何やら調べ物をしていて、私達の感想も上の空ですか。
この人は、たまに別の世界に旅立つのよね。
仕方ない。ここは私が仕切りますか。
社長の手を握って、私達は先ず一色稲荷神社を目指す。
私達がいち早く見つけた幸手城は、地元の字名に残る以外は何も残っていない。
唯一が、この神社の案内板だったりする。
相変わらず、宿場町としては何も残っていない街道筋だけど、そんな中で小さな名残を探す旅、って言うとカッコいい!かな?
「駅前なのに、建物が2階建ばかりですね。」
「私達がビルのある街に住んでいるけど、ちょっと地方に出れば、名の知れた街でも珍しく無いわよ。川間も高い建物無いし。」
「南さん、言い方。」
お姉ちゃん達は、幸手という街について語り合っていたり。
社長はずっと歩きスマホしているので、見事に粗大ゴミ。
普段一緒にいる時は、自分からちゃっちゃと動く人なんだけど、集中力が明後日の方を向いた時、こんなんなってしまう。
なんだろうね。
何してんだろうね。
私達がタブレットを見ているのに、社長はスマホを見ているんだよな。
はて?ドラクエウォークでもしてんのかな。
………
南下して、さっきの火の見櫓を撮影して、北上して、ただの田舎の商店街と化している元宿場町のメイン通りを歩き。
この間は看板だけ見かけた幸手観音のお寺を参拝して。
知らない街の街歩き、それも微妙に残る歴史の欠片を拾いあげる作業は楽しかった。
普段はあまり役に立たない編集者チームが、ウチの社長がずっとスマホを見てる代わりに調べ物を手伝ってくれたし。
………
「よし、こんなもかな。インプット完了。」
一通り散策が済んで、車に戻ろうとした時、やっと社長が帰って来た。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「どこ行ってたの?」
本人はずっと私が隣で手を繋いでいたけど。
「ここ15年くらいの幸手を行ったり来たり。」
「発表出来ますか?」
「ぐっちゃぐちゃだけど、多分。」
「あなた達は何を言っているの?」
あ、お姉ちゃんが私達を気持ち悪そうな目で見てる(笑)。
でも南さんは納得顔だ。
これは普段携わっている執筆陣の種類と、自分の読書量の違いだろうなぁ。
私だって、最初は驚いたもん。
「では、どうぞ。」
「うん、僕は幸手という物に全く縁もゆかりもないので、何か話せる事がないかなぁって、理沙くんに市中を引き回されながら考えてた。」
「失礼しちゃいますよ。私が手を繋がなかったら、駐車場で社長立ち尽くしてたでしょ。」
「あぁ、シチュー引き回しの刑ってあるらしいよ。飯時にシチューを入ったお皿を持って練り歩くんだって。」
「…それ、意味あるんですか?」
「お昼時や午後10時くらいだと、メシテロになる。」
「残酷過ぎます!」
「で、さっき春日部でクレヨンしんちゃんは話になったろ。」
「はい。」
「その時にちょっと出てきた''らきすた''について調べてみた。」
「…社長、暇人ですねぇ。」
「うん!」
素晴らしいお返事を頂きました。
貰った私はどうすれば良いんだよ。
「ここ幸手市は、らきすたの主人公が住む街に設定されていて、いわゆる聖地巡礼の地だった。」
「だったって?今は違うんですか?」
「店先を見てると、日に焼けて薄くなったステッカーがたまにある。鷲宮も舞台の1つだけど、あっちには神社があるだろ。」
「例の神楽の神社ですね。」
「こっちには何かあったかい?」
「なぁんにも。」
社長が編集者チームの顔を見ると、2人ともわざとらしくそっぽを向いてやんの。
まぁ、社長が好きで歩いた道を後追いで歩いてみたってだけの取材だしね。
「アニメ放送が2007年。そりゃ過去の物になるよね。しかもそのアニメを制作したのがアソコだ。」
「ですよね。」
南さんだけ、顔を顰めてる。
私とお姉ちゃんには、意味がわからなかったけど、調べて南さんと同じ顔をした。
2019年の出来事じゃん。
何故、私達が知らなかったんだろう。
あと、社長も私も、南さんもお姉ちゃんも、作品を作る仕事・クリエイターなんだよね。
そりゃ、変な人に纏わりつかれないとは限らないか。
「アニメには、らっきーちゃんねるってミニコーナーがあって、オリジナルなキャラクターを使ってお便りコーナーをやっていた。」
「テレビアニメですよね?」
「そのらっきーちゃんねるの実写版を、声を当てていた声優がオリジナルDVDの映像特典でつけてた。あの建物の屋上で。」
「はぁ」
私には何がなんだかわからないけど、編集者チームがゲンナリしてる?
「それで弄られ男子生徒役は2子に恵まれて声優としても売れているけど、弄り役の女生徒声優は49になって一応世間的にはまだ独身。」
「そんな情報を聞かされてもですねぇ。」
さっきから社長は何言ってんだ?
「あとは、将門の首塚があるとか。和宮が降嫁の時通ったとか。将軍の日光参拝用に新道を切り拓いたけど1度も使われなかったとか。何にも出てこなかった。」
「あの、社長?私達的にはらきすたより、最後にごちゃごちゃってまとめた歴史トピックを追求すべきでは?」
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「そこを面倒ぐさがったら駄目だろう!」
思わず大声出しちゃいました。
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