瑞稀の季節

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奥州街道

津田沼市から(どこだそれ)

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と言う事で、やっと私達はブックオフを出発して、杉戸町の歴史散歩に出発出来た。(昔懐かしいWindowsのイルカのカイル君がいたら、''出''の重複って怒られるとこだ。…かなぁ)

あと、モコのラゲットルームがラスクとDVDとプラモデルで埋まりました。
車載冷温庫には、お昼に食べた料亭のお土産が入ってます。
もう買い物出来ないからな、お前ら。

「そうだね。現地発送になるかな。」
「これだけ無駄遣いして、この上まだ何か買う気ですか?」
「一応、ブックオフはもう1軒寄るつもりだけど、ほら葛城さんの目が爛々と輝き出してるよ。」
「先生!理沙!目指せ!もう20万!」
「だって。」
「むうう。って言うか社長。ウチの領収書も少しは貯めなさい。節税しますよ。」
「善処しまぁす。」

仕方ない。
後で100円ショップあたりで段ボール買って、宅配便で送ろう。

もう事務所を出て6時間弱経過しているのにさ,取材出来たのは、当初予定してなかった春日部(の博物館)だけ。

毎回行ったり来たり、風まかせな取材だけど、ここまでダラダラしているのも珍し……くないな。ちっとも。
酷いな、私達。


タブレットを開くと「杉戸宿・まち歩きブック」と言うリーフレットが「脇街道」のフォルダにあるので、4人してファイルを開く。

ざっくり目を通すと、北村薫先生が寄稿して下さっているエッセイ?と、杉戸宿の史跡が絵地図でコンパクトにまとめられていた。

「社長、これは町役場から取り寄せたんですか?」
「フィールドワークをするにあたって、1番先に目を通すのは自治体作成の資料だよ。今時大体pdfにデータ化されているから、あとはダウンロードして共有化しただけ。」

その「だけ」の作業は、やっぱり最低でも私の仕事だと思うんですよ。
秘書兼アシスタント兼婚約者としては。
なんで1人でポイポイ片しちゃうかな。

「理沙くんは、昼間学校だからね。」
「HPを開いてダウンロードするだけですよ?何分もかかりませんよ。」
「僕が先に読みたいから。」

そう言われちゃ何も言えないだろ、まったくもう。
大学卒業して結婚した後、24時間死ぬまで社長に張り付いてやる。
執筆以外に社長がやろうとする仕事、傍から全部取り上げて私が片付けてやる。
覚悟しとけよ。
この働き者。


………

杉戸宿には、いわゆる歴史的建造物はほぼ消滅している、でも。
国道4号が街の東を走っているおかげで、古い建物は幾つか残ってはいる。
これは松戸宿などで見たパターンだね。

春日部よりはマシだけど、今まで私達が歩いて来た宿場町とは比較にならないくらい何にも無い。

私はそんな中で残された黒ずんだ建物や、路傍の石柱や石仏を一つ一つ撮影しては、社長が集めてくれた資料をデバイスから引っ張り出して、音声メモを取っていく。

このボイスレコーダーは、たまたま私とお姉ちゃんだけの社長抜き追加取材をしていた時、私がこちょこちょメモを手書きで取っているのを見たお姉ちゃんが取材を中断して家電量販店で買ってくれた物。

その時、店頭で手に入る1番高い物(39,800円也)を「領収書目当て」で購入してくれた。
でも、お姉ちゃんなりの照れ隠しで、道の片隅でボールペンを動かす私が見ていられなくなったんだと思う。

………

「伊集院光は、自分で買ったデンスケを抱えて自分で勝手に録音して、自分のラジオで流してるよ。」
「デンスケってなんですか?」
「ん?そう言った録音機の愛称。元々は新聞漫画の主人公・デンスケ君が、仕事で街頭録音していたから、SONYが最初に作った録音機をカセットデンスケって名付けた。今じゃカセットでもDATでもない、理沙くんが持ってるICレコーダーもメーカーも関係なくデンスケって呼ばれているんだ。」
「DATってなんですか?」
「DATって言うのはね…。」

お姉ちゃん達がいない時でも、私は社長を結構質問攻めにしてたりする。

嫌がらせじゃないよ。
社長がここから無駄話を展開し出して、そんな会話から小説のネタを拾っていたりするから。
事務所のPCに社長のネタ帳ファイルがあるけど、その中には覚えのある項目が幾つかあるもん。

「一種のブレインストームだね。」
「そこから今、私が知った無駄知識は、田代32っていう芸人を群馬の山の中に捨ててくるロケをしたって事なんですが?」

誰だよ田代32って。

「昔、同棲していた彼女さんが本人曰くダンサーさん。彼女さんの留守中にその人の練習ビデオを見てみたら全裸で踊ってる姿が映ってだ。ストリッパーな人だったんだな。」
「うぎゃあ。」
「あと田代32はその企画で結局、群馬の山の中から、ヒッチハイクで必死で帰って来たんだ。」
「それはそれは。」
「それに味を占めて、終いには日本縦断ヒッチハイクの旅に出た。」
「聞いた事ありませんよ。」
「そりゃそうだろう。猿岩石の何番煎じだって話だし、今と違ってYouTubeとかなかったから話題にも登ってないもん。勝手に行っただけだから、マスコミなんかいないし、確かブログで報告してただけかな。」
「何しに行ったの?」
「さぁ、因みに芸名は32歳になったから32とつけた。今では54歳になったけど、まだ売れてない。」

何というアレな人。
今じゃ放送禁止なコンプラ違反だ。

「当時だってコンプラ違反だよ。局内をアンタッチャブル柴田が原付を乗り回したしとかしてたし。廊下にタイヤ痕が残ってて怒られた。」
「酷い。」
「深夜に鍵を工面して社長室に侵入して、ズボン脱いで生尻で椅子に座ったりしてたし、生放送で。」
「凄い。」
「そしたら生放送中に社長が社長室に電話して来ちゃった。」
「放送を聞いてんだ。」
「その直後かな。番組プロデューサーが変わっちゃった。」
「笑えねぇ。」

………

回想でもろくな話して無いね。
私と社長は。

………

「北村先生とお会いしてみて、いかがでしたか?」

今日、ここまでハッチャケっぱなしな、チーム最年長の南さんが、珍しく前向きな職業トークを振ってくれた。
春日部取材中は、クレヨンしんちゃんトークしかしてなかった編集長さんだ。

賞罰なしの、ウチの社長よりは社会的地位は上の人、の筈だ。

社長は地位や他者評価にあまり関心がない。
地位?ヒロの鳴き声かな?
って冗談でなく、本気で気にしてない。

だったら私が気にしないといけない筈が、社長がお付き合いしている人達が良い人ばかりで、そのぬるま湯に浸かる事が気持ちいいから、やっぱり気にしなくなってる。

それなりに死ぬまでなんとかなりそうな、まとまった財産があると、現状維持がモットーになる。
上昇志向の欠片もないのが我が社だ。

「文章通り、温かく博学な方でしたよ。秋の花のルートをお聞きして、後日葛城さんと理沙くんとで歩きました。そのルポを理沙くんとまとめて、北村さんにお送りしました。北村さんが取材された時との差に触れられていて、理沙くんとニヤニヤしましたよ。」

「その原稿は…。」
「勿論、門外不出ですよ。新しい北村薫読者が可哀想じゃないですか。遠い未来に北村さんが亡くなって僕も鬼籍に入った時、まだ読みたい読者、出版したい編集者がいらしたら、後輩達に譲るのはやぶさかではないですけどね。それもまずは北村さんに了承を頂かないと。これは、北村薫と葛城理沙と僕の悪戯なんです。」

「これで読めますか?」

私達が持っているタブレットは、社長のPCにも繋がっているので、実は結構な部分を編集者に公開してるのだ。

「スタンドアロン領域にあるから無理。どうしても読みたければ、事務所まで来てください。」
「!!読ませて頂けるんですか?」
「南さんは''脇''のチーフですから、''脇''から派生した仕事をチェック出来る権利はありますよ。理沙くんだって、資料提供の面では色々お世話になっているし。」

南さんが勤める出版社って明治末期に創業してるから、資料室ってガチで入るの大変らしいのよね。
サイン入り吉川英治全集初版本なんか、市場に出したらえらい事になるって聞いたし。

その稀覯本を、ただの大学生に触らせてくれる南さんも南さんだし。

「そっか。理沙ちゃんも将来もっと書いてくれないかなぁ。」
「私は社長のアシスタントしか狙いませんよ。」
「でも、たまにはお願いしていいでしょう。葛城姉妹の仕事って評判良いのよ。美人姉妹が細かく丁寧な仕事をするって。」

外見かよ。
しかも美人姉で妹はおまけだろ。
私が社長のおまけだし。

「まぁね。この脇街道から新しい仕事は来てんだよ。」
「え?私聞いてませんよ?」
「うん、だって今メールで来たもん。」
「めぇる?」

社長は業務用のメールアドレスを作っている。
実はこのアドレスを知っているのは限られた人だけ。

と言っても勿体ぶっているわけじゃないよ。
HPでいくらでもコンタクト取れるし。

スマホメールの方は、誰かしらの紹介があるって言う、一見さんお断りなアドレス。
って言うか言うか言うか、出版社じゃなくもっとお堅いところからが多い。

「社長、どこからですか?」
「ほい。」

一応、それなりな機微情報かも知れないのに、簡単に見せてくれる。
この馬鹿社長め。

「…習志野市?」

はて、習志野市になんか縁あったっけ?

「東金市の教育委員会の紹介みたいだ。理沙くんが書いた御成街道の話が興味深いから、習志野でもやってくれないかって。」
「え?習志野って、先月の成田街道じゃなかったでしたっけ?」

「津田沼の方だよ。船橋大神宮から歩いただろ。藤崎古道とか、僕が写真1枚で終わらせた場所を事細かにレポートしてくれてるから、今度は津田沼の方を歩いてみないかってお誘い。」
「社長、秘書としてお聞きしますが、ギャラはいかほどになりますか?」
「こんな上半期の最終月に、急遽決めたイベントに予算が付くとお思いですか。」
「ガオ、ガオガオ。」
「痛い痛い、理沙くん頭を噛まないでください。」

まったく、いくら地方公共団体からの申し込みとはいえ、只働きしてる暇なんか無いだろう?

「社長、お断りしましょう。」
「諾。」
「どっちに諾?」
「仕事受けたよ。」
「ガオガオガオガオガオガオガオガー。」
「痛い痛い、手首を噛まないでください。」

「本当に仲良いよね。」
「あの、理沙はこのザマで嫁に行く気ですからねぇ。先生に愛想尽かされなきゃ良いけど。」

残念だね。お姉ちゃん。
あんたの妹は、既に婚約済みなのさ。

まったく。
話を詰める前に、ウチのスケジュールを確認しないと、もう!
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