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晩御飯

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「ただいまぁ。」

火曜日は辛い1日だ。
語学と体育という必修科目がある日だから。
ドイツ語は未だにちんぷんかんぷんだし、本来ならソフトボールで履修出来ていた筈が、「3回目」から「大学の偉い人の命令で」剣道に変わっていたんだよ。


………

あれは4月も最終週の事でした。

というわけで、不満タラタラいきなりやって来た(来させられた)僕に、なんとか言う助教の男性が不信感満載で絡んで来たのさ。
僕はやりたくて武道館に来たわけじゃないのにだ。

で、訳もわからず防具を被らされて

「俺から1本も取れなければ出て行け。単位は全時間欠席にしておいてやるよ。」

と、師(子)が曰(のたまわく)っちゃった訳ですよ。
履修している同級生の目の前で。

こんな下らない事で留年してもたまらないので、試合開始1分で忽ち面・胴・小手・突きと4本取りました。
因みに最後の突きはおまけです。
何やらぶつぶつ文句を垂れてたので、遠慮なく突き刺しました。

助教さんは壁まで吹き飛んで動かなくなりました。

「あぁあ。」
「やれやれ。」
「あぁあ。相馬さん、手加減して欲しかったなぁ。」

ん?
あぁ、あなたは男子剣道部の部長だか監督だかですね。
って言うか、今のセリフから判断すると、こんな事を企んだ偉い人かな?

「違う違う。企んだのは学長です。」

学生課で見かけた職員さんが、(あらかじめ持って来ていた)担架に助教を乗せて運び出して行きました。
…面くらい外してあげればいいのに。

「あれでも彼は一応、大学選手権の個人戦全国優勝者なんだけどな。」
「あれで?」

割と本気で驚いた。
この間、後藤警部補に預けられたインターハイで決勝戦を争った同級生の方が強いじゃないか。

「阿部さんと田中さんは、早瀬助教や一ノ瀬部長より、はるかに強いですからねぇ。早瀬さん達も2人とも全国優勝経験者なんですが。情け無い話ですが、当学であなたたち以上に強い剣士はいません。」

知らんがな。

「なので是非とも入部して頂きたいんですが、お3人とも警察道場に通われてる。」
「僕は大学生になってからは、稽古には行ってませんけど。」
「どっちにしても、入部はして頂けないでしょ?」
「ハイ!」

満面の笑みでハキハキと返事をしました。
だって体育会系のカースト制なんて嫌だもん。
ただでさえ、なんか忙しい私生活を抱えているのに、公生活(そんな言葉はありませんけど)に余計な用を増やしたくないもん。

剣道部顧問の教授さん(いまだに名前を知らない)は、観客と化していた同級生たちに号令をかけて、一列に並ばせました。
僕の前に。

「実は彼らは、当学がスカウトした一回生です。いずれも高校時代に実績を残している逸材揃いなんですが、化けなければ逸材で終わります。」
「はい?」
「相馬さんが入部して頂けないなら、私と学長で悪巧みをしました。彼らに手本を見せて頂けませんか?」
「はいぃ?」

「宜しくお願いします。」
「宜しくお願いします!!!」
「はいぃぃ?」

どうやら彼らは、男子剣道部の新入部員らしい。
しまったなぁ。
前に阿部さん達と一緒に、男女剣道部を顧問・コーチに至るまでのしイカにしたけど、あれ失敗だったか。

ついでに今、目の前で担当助教をしっちゃかめっちゃかにしちゃったしなぁ。

ギギギギって脳の中で擬音をたてながら、お願いされた彼らの顔を見たら、全員慌てて顔を背けやがった。

「…僕に、何も教える事なんかありませんよ。」
「いえ、学生達と立ち合って頂けるだけで結構です。逸材が真の実績を上げるには、''本物''と接する事が1番ですから。」

知らないよ。
どうなっても。



因みに、大学側から提示された僕のメリットですが。
コーチ料を払おうとしやがりましたので、丁重にお断りしました。
お金貰ったら、なんかダメな奴じゃんコレ。
越後屋から山吹色のお菓子を貰ってる悪代官みたいじゃん。
(あと、お金なら腐るほど''押し付けられた''し。…お嫁さんと一緒に。)

で、後期選択体育はリハビリテーションになりました。
本来なら、運動が怪我で出来ない学生向けの救済措置で、介護士も参加する講義なんですが。
全く出席しなくても、全時間出席扱いって事でまとまりました。

こんな悪巧みを、たまたま後日に僕を捕まえた廊下でするなって話ですけどね。

………

と言う訳で、週1回の学生滅茶打ちタイムと、誰かドイツ語教えて、何故今日は石川がいない?の1日をやっと終えて、へとへとになっての帰宅です。

こんな日は駅から崖の上まで歩いて来るのが、まぁ七面倒くさい。
買い物袋が今日は重たいし。

これ、駅前から僕を家の敷地を2~3往復するだけで、ちょっとしたクロスカントリーが出来るな。

「ピーチャン!」

おかえりを言ってくれたのは、冠木門の前でお座りして待っていてくれた穴熊くんと、不器用そうに玄関まで飛んで来てくれたピーちゃんだけでした。
しかも、我が家は居間から玄関までの廊下が長いので、一度飛ぶのをやめて一休みしてから、改めて飛んでくるオカメインコなのでした。
健気で可愛い。

相変わらず僕に体当たりして来ては、肩まで足と嘴を器用に使って、えっちらおっちら登ってくる。
肩で僕の耳や髪を甘噛みして来る。

「じゅりじゅり。」
「瑞穂くんは何してんのかな?」

とりあえず雨戸は閉まっているから良いけど。

って、居間に入ると、ソファに寝っ転がって、いびきをかいてましたよ。
床に分厚い少女漫画雑誌が落ちているので、そのまま寝落ちたんでしょ。

歳下の女の子との同棲の筈だけどなぁ。
ちっともドキドキしない。

「ピーチャン?」
「慰めなくて良いよ。」
なんだろう。残念そうな雰囲気が、ピーちゃんの鳴き声から伝わって来たんだけど?

★  ★  ★

さて、色々あったから、色々ありすぎやがる1日だったから。
ひとつ晩飯作りに精を出しますか。
気分転換です、気分転換。

お嫁さんの筈の人は起きそうにないので、居間との襖を閉めときましょう。

「ピーチャン?」

僕が買い物袋から色々取り出すのを興味深そうに眺めているウチの仔には、ドカンと豆苗を一株プレゼント。
緑の小さな林は、多分ピーちゃんにはあげた事なかったよね。
草臭さを嗅ぎながら、恐る恐る豆苗を齧ったピーちゃんのテンションが上がりましたよ。

小松菜・青梗菜と並ぶオカメインコオススメお野菜って、たまたまネットで餌を買おうとしていて知りました。

その他に買って来た物ですが。
ドライイーストと強力粉と薄力粉をババンとテーブルに乗せまして。
コレをボゥルに適量入れましたら、水を加えて混ぜます。
マゼマゼ。

やがて水分がなくなって来たら、ラップをかけて放置。

その間に、同じ材料をボゥルに入れて混ぜます。
マゼマゼ。

適当に混ざったら塩を加えて、もう一度捏ねます。
あとは麺棒で平たくして放置。

どちらも生地を醗酵させる時間があるので、豆苗の林に頭を突っ込んでいるピーちゃんの背中を撫でてあげたり、食卓でテキストを開いて試験勉強をしたりします。

はい、醗酵出来ました。

後に作った平たい生地はコレで終わり。
先に作った生地をぐにょぉんと伸ばしたら、表面に斜めに薄い切り込みを入れます。
はい、どちらも完せぇい。




ぶっちゃけちまえは、剣道部の連中がシショーシショーふざけ出したので、逃げ回っている間に狙っていた学食のB定食(ピザとチリコンカン)が売り切れてしまいまして。
仕方なく生協に行ったら、バゲットサンドなるものが僕の目の前で売り切れになったので、仕方なく仕方なく学食に戻ってカレーを食いました。

どうも、阿部さんと田中さんが僕を師匠師匠言うので、ついでに剣道部の同級生の師匠になってしまいましたよ。

選択体育の時間なのに、先生があれから来ないんだけど…いいのか?我が母校。



てな事があったので、自分で作ってみようかな?と、帰りに駅前スーパーまで買い出しに行ったのさ。

そう。
僕が作ったのは、バゲットとピザ!
ピザは一応失敗を考えて、冷凍食品も買ってある!
バゲットなんか、成功したら明日の朝ご飯だ。
念の為に、チョリソーを山ほど買ってある!
全部失敗したら、明朝はチョリソー目玉焼きで誤魔化したれ。


出来上がったピザ生地にピザソースをたっぷりかけて、輪切りチョリソーと輪切りピーマンと粒コーンをごっちゃり乗せまして。
クリスピーじゃ破れるくらいたっぷりとです。
僕は昔ながらの厚いパイ生地が好きなので。
コレをオーブンに入れて10分。

我が家の台所には、オーブンレンジが2つもある。
滅多に使う事なかったけど、今日は生きた。
だってトースターとレンジとグリルが別にあるのに、オーブンなんか使わないさ。
七面鳥が焼けるオーブンなんか、日本人が使う機会無かろうよ。

「ピーチャン」

豆苗をたっぷり食べて満腹になったオカメインコは、今度は僕の身体をよじ登り始めた。
はいはい、肩ね。

「良い匂いスル、ナァニ?」

ピザの焼ける匂いに誘われて、残念なお嫁さんが、襖を開けて起きて来ました。
口元に涎の跡がありますけど。

あと、チリコンカンってなんだろう。
食べてみたかったな。
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