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パトカーで護送されました
しおりを挟む今日は土曜日。
僕が選択している大学の講義は朝の一コマだけ。
いつもは買い物をして直帰しているのだけど、瑞穂くんはお隣さんと出かけるというので、たまには1人で羽根を伸ばそうかな。
瑞穂くんの相手は明日たっぷりと。(なんかいやらしいな)
いくら瑞穂くんを家族として迎えて、その気にもなったとはいえ、歳下の異性と同居というか同棲している訳で。
僕が何も気を遣わないとかは不可能です。
講義の無い数時間は誰にも構わない構われない自由な時間。幸せぇ。
と言っても、街の片隅の喫茶店で読書をしたりするだけ。
その程度の事でも結構楽しくてスッキリする。
ははぁ、呑気を決め込んでいる僕にもどうやらストレスというものはあるらしい。
そりゃ、まだ18歳の健康な男子だもん。
不健康な事も不健全な事もしたいさ。
けど、なんだよ許嫁って。
本人と親と祖父から好きにしろって言われてもさぁ。
かえって何にも出来ないよ。
聖人君子になっちゃうよ。
さて、土曜日は普段よく飯を食う石川が大学にいない。
休みじゃなくて、大学病院に行っている日だからだ。
何やら「実践」の講義があるらしい。
石川本人も何も言わないけど、病院で医師の卵が受ける「実践」講義って、なんかグロそうだなぁ。
なのでインターハイコンビに捕まる前に構内から出ようと思ったら。
スマホのLINEが鳴った。
『師匠、後藤さんが一緒に昼飯を食いたいそうです』
こういった几帳面な連絡をしてくるのは田中さん。
「昼飯」を「食いたい」って、いかにも後藤さんの言いそうな口調をそのまんまだ。
彼女の連絡は、なんか無視出来ない。
いや、阿部さんなら無視しようって訳じゃないよ。
だって阿部さんは、僕の直ぐ背後にいてイタズラLINEやメールを送ってくる人だから、田中さんに比べればぞんざいな扱いになりますよ。
『警部補とご飯?署食とかかな』
学食に比べれば美味しい署食だけど、何せ身体が資本の警察署の食堂。
脂身と量が多い。
体育会系のあの2人は平気で完食するけど、基本文系な僕は小ライスにして貰ってる。
公共の警察関係者だけの食堂を、ただの大学生が利用しているあたりが色々おかしいけど。
だって学食のAランチが値上げして380円なのに、この間食べた署のAランチ生姜焼き定食が250円だぜ。
しかも連続勤務時間が一定時間を越えると、ただになるとか。
公務員凄いな。
うちの両親も公務員だけど、お弁当だったけどな。
時々僕が作ってたけどな。
『肉!肉!肉!だそうですよ。あと、バックれたらコロスだそうです』
警察官が冗談でも言っていい言葉じゃないぞ。
『正門前で待ってます。早く助けて』
助けて?
はて、あのゴリラが正門前で待っているのだろうか。
で、あの2人は既に捕まっているのだろうか?
やれやれ。
僕の居場所が警察に知られている訳かよ。
なんだかなぁ。
………
助けてと書かれていた訳がわかった。
パトカーが停まっていた。
あの2人は、婦警さんに捕まっていた。
何したの?じゃないなぁ。
あの婦警さん、見覚えあるもん。
確か1回、うちの道場に来た人だ。
あと実は、あまり派手にはしない様にと学長から言われてはいるけれど、武道系の部やサークルと警察は仲が良い。
仲が良いというか、警察に進路を定めた上級生が警察に出稽古に出る事があるので、その送迎にごくたまに稀にパトカーが使われるそうだ。
「私用」ではなく「公用」って事で。
有能で有望な学生のスカウトって事で。
いいのか?それ?
「師匠。こんにちは。」
「師匠、助けて。」
「阿部さんと田中さんで、随分と反応が違いますね。」
「いいんですよ。私達が警察と近いと噂になれば、半端な男は寄って来ませんから。」
「って阿部さんは言ってるけど?」
「私はちょっと。目立つのが嫌です。」
なるほど。
性格が出るねぇ。
「師匠。後藤警部補の命令により師匠達をお送り致します。警邏課の陣場です。師匠と瑞穂さんにはご指導をいただいてます。」
制服を着た婦警さんに、チャって敬礼された。
たしかにコレは目立つなぁ。
校門の内外に人集りが出来てるし、知り合いの顔もいくつかある。
今度の履修の時に、言い訳が必要になるなぁ。
まぁ、まだ初夏だし。
部活連中も大会などで結果を出す前だし。
何より僕らは、学内でもおおよそ無名な1年坊主だし。(女性も坊主でいいのだろうか)
どよどよと響めく中、些か悪目立ちしながら、僕らはパトカーに乗り込んだ。
考えてみればパトカーに乗ったことは初めてだ。
多分。
悪いことをした覚えはないから。
悪い目にあった事もないから。
祖父や後藤さんや水野さんの車には何度か乗せてもらったことはあるけど、あれ覆面パトカーじゃないよね。
ドラマだと無線があるもんね。
あと、ナンバープレート見ればわかるそうだけど、僕知らないもん。
………
「師匠は卒業したら警察に来ないんですか?」
警邏課の陣場さんに話し掛けられた。
何故か大学生が助手席に座らされてるぞ。
阿部さんと田中さんは後部座席だ。
普通さ、パトカーって2人1組で警察官が乗るんじゃないの?
あぁまぁ、そこら辺は祖父なり後藤さんなりが悪い事してそうだから、深入りはやめよっと。
「うちは両親が教員ですからねぇ。親に倣って僕もなんとなく教員免許を取ろうと思って教育学部を選びました。食い扶持に困らないかなって。」
「でしたら、学校の先生に?」
「いや、出来たら公務員になろうくらいの緩い将来設計しか考えていませんよ。大学生になったら、いきなり祖父に沢山介入されてきたんで、なんだかわからなくなりました。」
「後藤警部補はお待ちしてますよ。貴方達と毎日竹刀を振る事を楽しみにされています。」
竹刀を振るだけなら、別に警察官になる必要ないなぁ。
「ほら陣場さん。割と当たりでしょ、この師匠。」
「でも、あんな可愛らしいお嫁さんが居るのよねぇ。勿体ないなぁ。警視監のお孫さんだし、将来有望よねぇ。警察に来れば良いのに。」
「君達?」
まさかパトカーの中で、オッペケペーな会話が始まるとは。
って?
「あの、陣場さん?ここ道場ですよ?」
「はい、後藤警部補が飯前にひと汗かきたいとおっしゃっていますので。」
「だ」
「だ?」
「騙されたぁ!」
パトカーはそのまま警察道場の玄関口に停まった。
後藤警部補がニヤニヤ笑って待っていた。
「助けてぇ。」
「師匠、それ私の真似!」
★ ★ ★
「教えろ。」
「第一声がそれですか?」
パトカーから下車した早々、後藤さんに肩をがっしり掴まれた。
そのまま道場に引き摺り込まれた。
「また今度ね。」
「師匠の道場に来てくださいねぇ。」
後ろじゃ2人が呑気に陣場さんを見送っている声がする。
また、ウチ来るの?
「何をですか?」
「お前の嫁と、あの2人がまた突然強くなった。特にあの2人はこの間3段に昇段したばかりなのに、うちの署にアイツらに勝てる3段婦警がいなくなっちまった。」
「プロの警察官が大学1年生に勝てない方が問題ではありませんか?」
「お前の嫁はともかく、4月の段階じゃ2人ともガキだったんだよ。なんで3ヶ月でそこまで強くなれんだ?」
「それは本人達の努りょ…
「相馬一族が何かやったに違いねぇ。」
人の話を聞いちゃいない。
「教えろ!何やった?」
「さて、最近僕が教えたことと言ったら…。」
平常心の型と、素振りだけだな。
「素振り?」
「いや、摺り足と素振りは剣道の基礎じゃないですか。それをちょっと指導しただけですよ。」
だいたい、技的なモノを教えろって言われても僕知らないし。
「ふむ。おい、都築!」
「はい!」
あれま、この人もウチで見た事あるぞ。
「相馬に素振りを見てもらってみろ。」
「はい!お願いします!」
「はい?お願いされないとならないの?」
「稽古が終わったら、霜降り和牛を食わしてやる。気張れ!」
「……そんな高価なもの…後で水野さんに叱られませんか?」
「結婚前からあらかじめヘソクリは別にしてあるから気にすんな。」
「気にしますよ。」
もしかしたら、10年後の僕と瑞穂くんの姿かもしれないんだから。
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