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どかどかどかどか

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「モイッカイ!」
「はいよ。」

あれからしばらく話し合っていたけど、瑞穂くんの結論は、

「ワカラナイ」

だった。

そりゃまぁ、あくまで感覚的なものだし、僕にもわからないから瞑想の真似事をして、せめて野狐禅を体感してみようと踠いている訳だし。

で、改めて瑞穂くんをボコる事になった。
大学が休講な事をいいことに、久しぶりにダラけようと画策していたのに、まさか女の子を竹刀で殴りまくる午前を過ごす事になろうとは。

「ピーチャン?」
「ゴメンネ、オルスバンしてて」
遊んでくれないピーちゃんはオカンムリだよ。
後でちゃんと、ご機嫌を取っておいてよね。

とはいえまぁ。
さすがに瑞穂くんをボコるには全力でいかないと、こっちが負けかねない。
そろそろ気温も室温も上がって来る季節・時間だし、防具をつけて旋風みたいな女の子、しかもわりかし身長のあるのに体捌きが高速だから、アンタもう。
県警の鬼熊こと後藤警部補が更に高速になってドッカンドッカン攻めてくるのを掻い潜るのに、さも似たり。

それでも必死で瑞穂くんの竹刀を読み、誘い、物理法則に「即さない」体重移動と体幹を、力尽くで錯覚させて、出来た僅かな隙を全力で突く。
いつもの1試合だけの立ち合いと違って連戦、というか試合は体力が続く限り途切れ無いので、打たれ続ける瑞穂くんは、ある種の脳震盪を覚え、手は震え、胴体は感覚を失ってくる。

やがて瑞穂くんの剣の最大の特徴である身体の動きが止まる。
動かなく、いや、動けなくなる。
体力は既に果て、僕らに追いつきたい一心で毎日竹刀を振り続けていた力の源泉たる気力が底をつく。

そこら辺は、そもそもの体力差。
一応、身体も出来上がっている男性と、まだ成長期が閉じていない女性(お子様)では、そこからのあと一歩が踏み出せるかどうか。

瑞穂くんの試合スタイルだと消耗戦は考え難い。
けど、泥沼の消耗戦で(祖父に無理矢理機動隊の中に放り込まれて)鍛え上げられて来た僕には、それが当たり前だった。

ので、その一歩。
その一歩で、僕は''とりあえず今動かせる最大の力“で。

「めえぇぇぇん!」

瑞穂くんの面を打った。
瑞穂くんは、そのまま頽れた。
我が道場名物・頽れる女性剣士の図だ。

けど、今日はその先がある。
 
「立ちなさい、瑞穂くん。」
「ハ、ハイ」

体力も気力も果てた瑞穂くんに、更に彼女の師と言うつもりはないけど、先輩として同居人として、言うべきことを言う。

足腰に力が入らない。
産まれたての子鹿の如く、ブルブル震えながら、必死で立ち上がる瑞穂くん。
ていうか、阿部さんにも田中さんにも、ここまで攻めたてた事はないんですが。

まぁ、瑞穂くんのリクエストなので。

「ジブンのゲンカイもシリタイから。」

しかし、そこまで追い込むのに、20分以上かかったぞ。
鍛え上げている筈の婦警より体力なのか
根性なのかがあるじゃん。
多分、水野さんより上じゃね?

必死に立ち上がって、青眼に構える。
1つ2つ、浅く呼吸をして、瑞穂くんは目を閉じた。

…5秒…10秒…15秒。

「ダメだァ」

瑞穂くんは、今度はお尻から座り込んだ。文字通り尻餅だ。

「ヒカリ、あのトキにナレナイヨ」
「ふむ。」

わからんのよね。
ゾーンの入り方って。
ましてや入らせ方なんかさ。

僕は瑞穂くんの「型」は、動きそのものだと思っているので、動けなくなるまで消耗する事は、むしろ間違っていると思っている。
今日はあくまでも、瑞穂くんの希望でここまでやった訳だし。

「とりあえず休みなさい。ちょっと試してみたい事がある。」
「ハイ」

僕は瑞穂くんに、良く冷えたミネラルウォーターのペットボトルを渡した。

★  ★  ★

近所のハードなオフの古道具屋で買った小さな冷蔵庫(45リットル)を、この間から道場に据え付けてある。
だって何しろこの建物、アリモノだった何処かの公民館を移設したもので、電気こそ通っているけど、ガス・水道が無い!

入り口の引戸の直ぐ外に水栓中が立っているけど、これは以前にこの家に住まわれていた農家さんが引いたもの。

「小さな建物だし、最低限のインフラでいいだろ?倉庫や納屋みたいなもんだ。」

祖父曰く、そんな事らしい。
何しろこの家と大差ない広さの祖父の家には、電灯が無い部屋が未だにあるのだよ。

「俺ん家か?必要なら隣の部屋から、延長コードでも引っ張ってくりゃ良いだろ?どうせ普段は使っていない部屋なんだから。」
「爺ちゃん家はそれで良いかも知れませんけどねぇ。」

道場は毎日掃除するんだよ。
板の間だし、裸足でウロウロしているから、ちょっとした埃でもわかっちゃうんだよ。
瑞穂くんは何故か雑巾掛けが好きだけど、僕はそんなに勤勉では無いのでモップ掛けで誤魔化している。
そのモップの掃除だって、水の調達に外まで行くんだぜ。面倒くさい。

あと、何故かこの道場で稽古していると、誰かしらひっくり返っているから。
水分補給は必要なんです。

「ひっくり返しているのはお前だろ。それも若い女ばかり。」
「聞こえませぇん。」

まぁ実際のところ、僕や瑞穂くんはミネラルウォーターを稽古中よく飲む。
これ以上出入りする人が増えたら、そのうちウォーターサーバーでもレンタルする必要が出てくるかも。

稽古のたんびに、僕や瑞穂くんが台所まで行って、冷えたミネラルウォーターを取って来るのも手間だなぁと、道場の隅っこに置いたのだ。

………

面と手拭いを外した瑞穂くんは、汗まみれになっていた。
ビックリした僕は、干してあるタオルじゃなくバスタオルを瑞穂くんに投げた。

今日みたいな雨の日は、この道場でエアコンをかけておく方が洗濯物がよく乾くのだ。
タオル類だけじゃなく、女性陣の下着も干してある事は内緒。
瑞穂くんも少しは考えればいいのに。

でも、阿部さんも田中さんも、自分の下着が人様の家に(しかも同い年の異性がいるのに)、ぱんつやブラを干してある事を、全く気にしてない。

「2Kをシェアしてんだもん。洗濯物を干すとこなんか無いよ?」
「私達の部屋は1階だから、外干しもちょっと抵抗あるしね。」
「師匠ん家は、干すとこなんかいくらでもあるんだから良いでしょ。」
「しかも女子大生の可愛い下着がいつでも見放題!」

あいつら。

というか、瑞穂くんに至っては、この家に越して来た次の日には、僕の洗濯物と一緒に洗濯機を回して、庭に並べて干していた訳で。
当時まだ15歳の女の子が、会って暮らし始めて1日も立たない男のパンツを干していた訳で。

おかしいのは彼女達だろうか?
それとも、穴熊くんやピーちゃん並みに、この家に居ると警戒心というものが無くなるのだろうか?

あと、いっそのこと、乾燥機も買った方がいいのだろうか?
我が家はコインランドリーじゃないんだぜ。

さて、まだ雨降ってるけど、瑞穂くんの為に、ちょっと庭に出るか。
………


「フッカァァァツ!」

道場に帰って来たら、瑞穂くんが吠えて立ち上がっていた。
バスタオルで頭を無造作にガシガシ吹いたらしく、毎朝見る寝癖頭より酷い髪型してるけど。

「復活はいいけど、これを食べなさい。」

今収穫してした野菜が盛ってある笊を瑞穂くんに突き出した。

「何コレ?トマト?」
「母が育てている早取りのトマトだよ。ミニトマトとの中間くらいだろ。小さいから少し青臭いけど、ミネラル補給には手っ取り早いんだ。ってコラ?何処行くんだ?」
「シオシオお塩。」

バスタオルを放り出して、雨の中、傘も差さずに母屋に走って戻って行ったよ。

あの娘、いつのまにかドンドン正体を露わにしていくなぁ。
…まぁ、今更女の子に幻想を抱く歳でも無いけどさ。

さて、瑞穂くんが回復したのなら。
1つアレを試してみよう。

祖父の真似は僕には無理。
僕と瑞穂くんには無理。
だったら、僕なりのやり方があるのでは無いかな?
だとすると。

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