相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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雨降りの午後

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しとしと。
しとしと。

今日は珍しく何も予定がない日。
平日なのに講義が珍しく全部飛んだ。
雨だと教授連も積極的に休講を取るみたい。
自動車教習所も予約が取れず。
瑞穂くんの出稽古もない。
そんな無為の休日です。

雨が降っているから、ガレージ新築工事も休止。
当然、祖父も来ていない。

瑞穂くんは部屋着のジャージのまま、いつもの縁側で漫画を読み耽り、ピーちゃんは窓が閉まっているので、穴熊くんの匂いと気配が遮断されて、安心して瑞穂くんの頭の上で毛繕いしている。
ついでに思い出した様にピーちゃんは瑞穂くんの毛繕いをしているので、瑞穂くんは時折キャッキャと喜んでいる。

縁側から庭を見通すと、穴熊くんも小屋に潜ったまま。
ここからだと、尻尾の先っちょだけ見える。
朝の掃除の時に蒸かし芋を持って行った時も、顔が裏返しになりそうな大欠伸をして迎えてくれた。
穴熊くんは雨が苦手らしい。

お隣さんも今日は住職の手伝いで、朝から出掛けている。
朝からBMWのエンジン音がしていたので、多分それなりの場所に出掛けて行ったのだろう。
このBMW・X6って型番で、1500万以上する結構な準ハイエンドモデルらしい。

「うるさいだけよ。私は自家用のシビックの方が好きだなぁ。」
お隣さんはそう言うけど、シビックだって結構音するよ?
というか、何台持ってるの?

「いやぁ、最近の欧州車ってEVばかりだから、ガソリン車を探すの大変だったよ。」
「国産車でよかっただろ?」
「いやぁ、節税だよ節税。何しろ法事の相手や場所によっては車を選ばないとならないからな。下手をすると、水戸の山ん中とか、追浜みたいな崖っぷちまで行く事もあるから。ある程度デカいエンジン積んでないと、疲れるのよ。」
「もう少し関東でメジャーな仏教にしとけはよかったのにな。」
「こればっかりはご先祖様を恨むってもんだ。」

祖父とご住職の文字通り罰当たりな会話を聞いたことあるよ。

「婿養子もいつまで経っても来ねえしよ。」  
「ウチの光には瑞穂がおるからな。手を出すんじゃねぇぞ。」
「あぁ、いっそのこと子種だけでもくれないもんかねえ。」
「瑞穂は結構嫉妬深い女らしいから。刺されたく無ければ他所で探せ。」

などと言う、コンプライアンスの欠片もない軽口を叩いていたのは、一刻も早く忘れないとね。

さて、僕は何をしようか。
お昼まで時間があるしなぁ。

★  ★  ★

爆音が響いた。
びっくりしたピーちゃんが、普通に居間で勉強していた僕の元に逃げて来た。

「ピーチャン」

何やら訴えているけど、テキストに乗らないで欲しいな。
勉強が出来ないじゃん。

「雷だよ。ピーちゃんは生まれて初めてか?」
「ピーチャン、オハヨ」
「やれやれ。」

ピーちゃんを肩に乗せて、一部網戸にしてあった窓を閉めないと。
しとしとから、ガーってオノマトペに変わっている雨音だと、それまで吹き込まなかった雨でも濡れちゃいそうだし。

家の中をぐるっと一周。
この辺りは高台の割に、おおよそ建物が見つからない荒地(元・農地)なので、地面に直接落雷したらしい。
などと思っていたら、もう一丁轟音が響いた。
慌ててピーちゃんは、作務衣を着ていた僕の懐に飛び込んでくる。

実家にいた馬鹿犬も、雷がなっている間は尻尾をお尻に挟み込んで、前脚で目を塞いでいたなぁ。
ヒャンヒャン情け無い鳴き声漏らして、母や妹に笑われていたものだった。

縁側にやって来ると、窓のガラスを叩く雨音にも気が付かないで、漫画を顔の下に挟んだまま、すやすや寝ている瑞穂くんがいた。
この雷雨豪雨の中で。

まぁ朝稽古と入浴を済ました後なので、適度な疲労感もあったんだろうけど、ここにもうつ伏せカエルがいた。
ゲコゲコ。

仕方ないなぁ。

使っていない部屋の押入には、使っていない布団が毎部屋詰まっているので、適当に毛布を持って来て、掛けてあげよう。
風邪を引かれても困るしね。

「瑞穂が風邪を引いたのは、お前の世話が足りないからだ!」

何故か僕だけ叱られる未来が見えるし。


………


時計を見ると11時過ぎか。
少し早いけど、お昼の準備にするか。
とはいえ、朝からの雨なので、買い物を全くしてないんだよ。

朝ご飯は、鯵の味醂干しと卵焼き、最近お隣さんに分けて貰った糠床でつけた茄子と胡瓜の糠漬に、サヤエンドウと絹ごし豆腐のお味噌汁。
もう2品小皿が付けは立派な旅館ご飯だ。

因みに僕の栄養メニューは、海の物と山の物があれば、とりあえずOK。
さて、冷蔵庫には何が入っているかなぁ。

って、なんだこの練り物の山は。
僕は買ってないし、お隣さんも持って来てなかったはず。
…だとすると、そこで潰れているカエルの仕業かな。
家がなまじ広い分、郵便局や宅配便の呼び鈴が聞こえない事がある。
なので宅配ボックスを門のところに置いてあるんだけど、朝稽古などで母屋にいない瑞穂くんなら、僕に気が付かれずに受け取る事は可能だ。

パックを取り出してびっくり、小田原の末廣じゃん。
瑞穂くん、よくこの店を知っていたな。

じゃあ、おでんにしますかね。

練り物は一通り揃っているのでっと。

油揚げに、パック切り餅と鶏そぼろと椎茸を加えて、干瓢で口を閉じる餅巾着。
大鍋に味醂醤油をたっぷりと入れた出汁に皮ごとの生卵を、冷蔵庫にあるだけ入れちゃえ。
後でネットスーパーで買い足しとこう。

鈴廣セットに僕の大好きなウィンナー巻きがないので、チルト室から赤いウィンナーを取り出しまして、塩水から破れない様に弱火で煮込みまして。

「ピーチャン」
「ピーちゃん、そこにいるのは良いけど、鍋に落ちるなよ。」
「ピーチャン」

作務衣の合わせから顔だけ出して僕の調理を眺めているオカメインコってなんなの?

あ、そうそう。
道警の石井さんから、色々な乾物を送ってもらってたな。
納戸を開けると、とりあえず羅臼昆布の塊を取り出した。
これを適宜な大きさに切って、と。

おでんの元は買っていないので麺つゆで代用。

ふむふむ。
悪くは無いな。

「ピーちゃん、瑞穂くんを起こして来てくれないか?」
「ピーチャン」

晩春の昼からおでんを作る僕も僕だけど、カエル寝している主人を起こしに行くオカメインコもオカメインコだ。

こんな風に。
何もしない1日は、瑞穂くんの本性が顕になる日でもあります。
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