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大学剣道部

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「ちょっと。ちょっと。待ちなさい。」

語学の講義が休講になったので、2号棟の階段下にある小さな喫茶室に行こうとした私達を、知らない大人の人と、知らない若い人が私達の行手を阻もうとして来た。

「あの、どなたですか?」

ここの喫茶室のウィンナーコーヒーはとっても美味しいのだ。
ウチの近所の喫茶店にもウィンナーコーヒーがあって、生クリームのあまりの美味しさに、初めてウチに遊びに来てくれた田中にもご馳走をした事がある。
私よりも地方(田舎)出身で変わり種コーヒーを飲んだ事がなかった田中は一発でハマった。
ここのコーヒーは、その喫茶店の半分くらいの値段で、そのレベルのウィンナーコーヒーが味わえるとあって、あっという間に私達のお気に入りになったのだ。

「あ、阿部さん。ほら、面接官だよ。剣道部に入りたいなら便宜を図るよって、身も蓋もない事言った人。」
「よく、そんな人覚えてたね。」
「だって、大人の汚さを初めて知った相手だもの。」

「せんせぇい?」
田中さんの言葉を聞いた若い人の方が、血相を変えて、先生と言う人に攻め寄った。
「高校生くらいだとまだ純粋だし、余計なエコ贔屓とか嫌がるに決まってるじゃないですか?なんて事言ってんですか?」
「いやぁ、あははは。」
先生と言われた方は、背中を掻きながら明後日の方向を向いている。
誤魔化すにも、随分とか大袈裟な人の様だ。

「あぁ、私達が剣道部に顔を出さないからいちゃもんを付けに来たんですね。」
「阿部さん。曲がりなりにも大学の先生と先輩らしいから、もう少し柔らかい言葉で。」 
「構わないわよ。退学になっても私達あっちに行けば良いだけだもん。私達的には全く困らないでしょ。」
「あぁまぁ。無駄に大学生やるより手っ取り早いかもねぇ。瑞穂さんみたいにさっさと婚約者見つけちゃうのも良いもんね。」
「瑞穂さん、あれ結構な上玉捕まえたもんね。死ぬまで好きな事出来そうだよね。」
「見た目はぽやぽやしてるけど、あれ化け物だわ。指導を受けてる瑞穂さんだってそりゃ化け物になるよね。」
「私達どころか、水野さんだって一太刀も浴びせられてないし。」

「ちょっと、待って待って。」
「チッ」
「舌打ちされたぁ。」

私達の世界を作ってフェイドアウトしようと思ったのか、通用しなかったか。
仕方ないか。

「私達はこれから喫茶室に行きますから、ご用がある様でしたらご一緒しますか?」
席が少ないから、一緒に座れるかわからないけどな。

って、朝イチだったから、ガラガラだった。くそっ!


………

「何故、剣道部の部室に来てくれなかったのかしら。怒らないから事情を教えてくれないかな?」

怒らないって言われても、多分貴女方の立場が悪くなるだけだと思うけどね。


「申し訳ありませんが、大学の剣道部よりレベルの高いところで稽古しているからです。私達の師匠は無位無段ですが、八段範士の祖父を破る天才なんですよ。その方の紹介で非常にきつい道場にも通っているんです。」
「ねぇ、それに大学生活も真面目に行わないと、叱る人たくさんいるもんね。時間無いよね。」
「……そんな天才、聞いた事ないわ…。」
「この大学の1年生ですよ。」
「LINEを送ってみましょうか?」

そう言えば、師匠の姿を学内で見た事ないや。
ウチの教授のテキストとか持ってたから、居るのは確かだと思うんだよね。
あ、直ぐ既読が付いた。

『今日は2限からです。ですから今登校中です。』

固い、固いよ師匠。
いくら弟子で女子大生だからと言って、LINEまで真面目か?!

「今、登校中だそうですよ。師匠の家からなら30分もかからないから、お茶をしてれば来てくれますよ。」
ずずず。
生クリームの層を崩さないように、そっとコーヒーだけを飲むのが好き。

「よし。その師匠とやらを問い詰めましょう。人の弟子を横取りしといて師匠呼ばわりなんて、なんて失礼な人だろう。」

私達は貴女の弟子になった事、ありませんけど。

………

「やあ、おはよう。」
「おはようございます。」
「おはようございます。」

相馬さんの姿が見た私達は、さっと立ち上がると深々と頭を下げた。
勿論、この先生と先輩には、ここまで一切頭を下げていない。

「ここには石川とよく来るよ。」
「医学部の石川さんですね。」
「よく知ってるね。」
「瑞穂さんから聞いた事ありますよ。時々門まで迎えに行くと、今まで見た事の無い砕けた姿でふざけ合っているから羨ましいって。」
「…高校からの同性のダチと一緒にされてもなぁ。」
「瑞穂さんだって、そのくらい砕けて欲しいんですよ。」
「そう言う阿部さんだって、同期に対して敬語だぜ。」
「当たり前です。私と田中は相馬さんの弟子ですから。」

その弟子は師匠かその婚約者に、下着を洗濯させてますけどね。
あまりに開けっぴろげに人が良いから、恥ずかしさとか、どこかに置いて来ちゃった。

「貴方がこの2人の師匠を僭称する犯罪者ね!」
ビシ!
先生を僭称する人が、師匠を指差した。

「教育学部1回生、相馬光です。あの、失礼ですが、貴女はどなたでしょうか?」
「理工学部助教の早瀬よ!」
「女子剣道部部長の一ノ瀬です!」  
「はぁ、早瀬さんと一ノ瀬さん、ですか。」

あ、そう言えば、私達もこの2人の名前、知らなかったわ。

「ええと。」

師匠は名前を聞くと、スマホで何やら調べ始めた。

「あ、あったあった。女子団体戦優勝の切り札の為に、阿部・田中両名を入学させる為に点数に下駄を履かせた犯人。」
「ええ?何よそれ!」
早瀬助教の顔色が変わった。

「祖父と後藤警部補からの頼みで2人を預かる事になった時に、その背後関係を教えてもらっていたんですよ。全く知らない女性を2人もお預かりするわけですから。」
「…あの、後藤警部補って?」
「県警の機動隊員です。全警大の日本チャンプですよ。」
「あの、まさか、それで、まさか?」 
「ええ、学長も警察も、貴女のした事は全部把握しています。学長としては結果を出してくれれば大目に見る意向だそうですけどね。県警は、出来ればこの2人をスカウトしたいそうです。だから県警道場で慎重に育てているって言ってました。」

あ、早瀬さんが頽れた。

★  ★  ★

それでも一ノ瀬さんは挫けなかった。
というか、単純に私達の「腕前」を図りたかったらしい。

というわけで、お昼休みに私達は道場に集められた。

「次の講義の準備をしたかったんだけどなぁ。」
師匠はぶつぶつ言ってる。
どれだけ真面目なんだよ、こいつ。

話を聞いた男子剣道部も、部長を含めてレギュラー組みが何人か集まってきた。

「この子達が早瀬ちゃんの切り札だった人か。」
「へぇ、可愛いじゃん。」
「確かに、この子達が来ないのはこいつのせいなんだな。許せんなぁ。」
「はぁ。」

心底面倒くさそうな顔をして、師匠は道場備え付けの予備面を取り付けた。

審判は、男子剣道部の顧問教授だという人。

「始め!」
「は!」
「面1本、白」

開始1秒未満。
当学最強とされた男子部長は、吹き飛ばされたまま気を失ったみたい。
始めの「は」の発音が終わるより先に動き始めた師匠は、始めの「め」で既に竹刀は面を捉えようとしていたんだ。
さすがは瑞穂さんの師匠。

「速さでは瑞穂くんの方が上だよ。」

と、相馬師匠は言うけれど、その瑞穂さんの高速(光速)剣道を簡単に制御しているんだから、師匠の速さもどれだけなんだって話だよ。

そのまんま全員から1本を容易に取り続けて、しまいには男子剣道部顧問すら全く相手にしないで、全員を壊滅させた。


そんな姿を見せられた私達が燃えない訳がない。
一ノ瀬部長と早瀬助教に、私も田中も相手にせずに完勝した。

私達師弟は、たった3人で顧問を含めた大学剣道部を破った。
伝説の3人組の誕生である。

「A定食、今日アジフライなんだよね。間に合うかなぁ。」
「あ、お付き合いさせてください。」
「学食より、師匠の家のご飯の方が美味しいよね。」

……緊張感の欠片もない3人組だけど。
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