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オラ!立て!

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「オラ!立て!休んでんじゃねぇぞ。まったく何もしてねぇじゃねぇか!」

パシ!
後藤さんが竹刀で木偶を叩く。
あ、この木偶人形は、倉庫に入っていた木材を組み合わせて、ヤフオクで買った中古の防具を着せた打ち込み用のものです。
瑞穂くんに頼まれて、適当に作りました。
ほぞ継なんてスキルは、僕は持ち合わせていないので、5寸釘と継ぎ手金具を駆使して半日で作りました。

瑞穂くんの打ち込み圧なら、こんなのでもいいかなと思っていたら、彼女、ひたすら突きの練習をしていましたよ。
怖い。

あと後藤さん?
素人の間に合わせだから、警察道場の本物木偶人形のつもりで叩かないで。
ゴリラ力で叩かれたら、壊れちゃうから。


18歳の女子大生だったら、そろそろオッさんの域に入ってくる後藤さんに憎まれ口の1つも溢しそうなものだ
けど、何故か2人とも素直に従っている。

「お前が馬鹿にしていた男と立ち会わせてやる。2人して6分間に一太刀も出来なかったら、どうなるかわかってるな?」
どうなるの?
僕は何にも聞いていないよ?

「では、相馬。行け。」
「はいはい。」

なんかもう面倒くさくなったので、竹刀を担いで開始線までダラダラ歩いて行こうとして、後藤さんに蹴飛ばされた。

蹴飛ばされた勢いで、審判を務める水野さんの元まで飛んで行く。
水野さん、吹き出さないで。

「くすくす。行くわよ。お互いに、礼!」

あぁ、そういえばこの道場には神棚が無かったなぁ。
なんかリズムが整わなかったのは、『神前』に礼をしてないからだ。
って言うか、「道場」を造るなら、「神棚」くらい用意しておいてよ、爺ちゃんさぁ。

「始め!」
「いやぁ!」

阿部さんだっけ?
瑞穂くんの真似をしたのか、開始の合図にフライング気味で飛び込んで来た。
…まぁ、瑞穂くんとは比べものにならないし。

若干の後方体重移動と、竹刀を立てるだけで阿部さんの攻撃を防ぐ。
攻め手を失った阿部さんが後方に下がるが、許さない。
阿部さんより早く飛び出して竹刀を振る(素振りを見せる)と、阿部さんは尻餅をついてしまった。

「終わりか?インターハイ!」
「まだです!」
インターハイって、後藤さんさぁ。

阿部さんは、気合いと共に立ち上がって、竹刀を構える。
うわぁ、面の向こうから目が光っているのが見えるよ。

ま、いつも通りにするけど。
いつも通り、即ち。
阿部さんの攻撃を紙一重でわざと避けたり、或いは攻撃の口を、面でも小手でもなく、竹刀で突っ突くだけで潰していくだけだ。

2分を過ぎるころには、阿部さんは跪いてしまった。

「どうする?」
「き、棄権します。」
「よし、次、田中。」
「は、はい!」

休ませて欲しいなぁ。
休みたいなぁ。
喉渇いたなぁ。

というわけで、少しだけ真面目になってみた。
「ヤァ、えっ?えっ?ええ?」
前からやってみたかったんだよね。
瑞穂くんの速度に対応するには、どうしたら良いか。
色々考えてはいた。
実践していなかっただけで。

「ええええ?」

右行って。
左行って。
前行って。
後行って。
上行って。
下行って。

「ええええええええ?」

ほい。

竹刀の柄頭、つまり竹刀の持ち手で、田中さんの真横からぽこっと面を叩いた。

そのまんま田中さんは頽れる。
我が道場名物、試合中(後)に床に寝転がる剣士の図だ。

「こら相馬ぁ!手ェ抜くなぁ!」
「後藤さんのご希望は叶えましたよ。」

インターハイ優勝・準優勝者の2人を潰しました。

「ヒカリ、何シタノ?」
「ん?爺ちゃんの真似だよ。」

体幹の移動だけで、重心の移動だけで、相手の精神を掻き回して狼狽させる。
祖父が、空を飛んでも弱点を突かれず負けない、ある種のインチキ技だ。
まさか出来るとは思わなかった。

「……まぁ、相馬だしなぁ。」
「後藤さん。全部相馬のせいにしないで下さい。」
「いや、お前さ。なんか別の世界に行ってないか。」
「自覚はありませんが?」
「だから相馬一族って言われるんだよ。俺に。」

知らんがな。

★  ★  ★

「どうだった?」
面だけ取って、グッタリと正座している(別に足を崩しても良いよ?)インターハイコンビに、さっきまでの俺様強面声とは違い、優しく後藤さんが声をかけている。

僕は瑞穂くんに貰ったミネラルウォーターをごくごく飲んでいた。
なんだこの喉の渇きは?
中学時代に、真夏の部活の後くらいしか味わった事ないぞ。

「ヒカリ、さっきのナニ?タナカがウゴケナクナッテタけど。」
「あぁ、爺ちゃんの真似だよ。話は聞いていたから、僕にも出来るかなぁって試してみた。」
「デキタンダ」
「みたいね。」

頭にイメージを浮かべて、無意識のまま動いてみただけなんだけど。

「ワタシニモ、デキルカナァ」

返事は出来ないなぁ。
だって今の僕にも何が起こったのか、わからないもん。
あぁこれが、祖父の言う「言語化」かぁ。
駄目じゃん。
爺ちゃんにまったく追いついてないじゃん。

………


「相馬はな、あの2人はウチの県警のある意味で目標であり、ある意味では''仇''なんだよ。何しろ、あの2人に勝てる警察官がウチの県にはいないんだ。いや、下手をすると、いやいや下手をしなくても日本の警察に勝てる奴は居ないかもしれない。」
「あんなほんわかして、緊張感の欠片も無い人なのに、不思議です。」
「そうは言ってもな、田中。君たちが勝てなかったあの女の子は北海道警の2強に勝っているし、男の方はその2強の師匠だ。なぁ麗香。」
「はい。」

「あの、まさか?」
「コイツは俺の婚約者だけでなく、北海道警全道大会の準優勝者だ。少なくとも君達が敵う人間じゃないぞ。」

なんかあっちはあっちで、「厄介」そうな話になって来たけど、逃げ出す訳にはいかないだろうなぁ。
水野さん、ニコニコ笑っているだけで何も言わないのは、あらかじめ打ち合わせをしていたんだな。
審判を引き受けたんだから経験者くらいには思っていたんだろうけど、全道大会の準優勝者だとは思わなかったかな。

「情け無い話だがな。彼女の方はウチが頼んで出稽古に来てもらっているんだが、ウチの婦警で相手になる者が居ない。君たちが体験した通りで瞬殺の山だ。1分保った奴が居ない。…つくづく情け無い話だがな。」 
「天才っているんですねぇ。」

「さて、阿部さん。コイツと立ち合ってみて、どうだった?」

後藤さんに首根っこ掴まれて、前に立たされた。
やはり僕の扱いだけ、ぞんざいだぞ。

「あの。何をやっても防がれてしまって。どれだけ動かしてみても隙がまったく見えなかったです。終いには、何をしたらわからなくなりました。」

だから、キツいんだっての。
祖父やら後藤さんやらは、簡単にやれ!って言うけど、阿部さんの位は知らないけど、多分有段者でしょ。

「田中さんはどう思ったかな?」
「あの、その人の剣道って剣道ですか?」
「ほう、何故そう思った?」
「なんて言うか、私が習って来た剣道とは違う、何か別の競技の様な気がします。」
「なるほど。」

後藤さんに首を抱えられた。
ゴリラのオッさんに抱きかかえられると、首投げ(フライングメイヤー)を掛けられそうで落ちつかねぇぞ。

「コイツらの剣道は、高いレベルに行き過ぎて先祖返りしてんだよ。基本はあくまでも現代剣道だが、辿り着き過ぎて、もはや剣術だ。まぁ、山岡鉄舟や高橋泥舟と遊んでた奴がご先祖らしいから、その意味でも先祖返りだ。」 

知らんがな。
あと、このカオス、どうやって収拾つけるのさ?警部補殿?
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