相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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県警からの依頼

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「今日は、瑞穂ちゃんじゃ無く、光さん。貴方に用事があります。」

入学式が終わって最初の土曜日。
今日は、まだ授業も始まらず、大学に行かなきゃならない用事がないので、朝からダラダラしていた。
(瑞穂くんはきちんと朝稽古をしていたけど)
長い長い縁側で日向ぼっこをしながら、授業を担当する教授が書いたと思しき大量のハードカバーテキストを前にウンザリしていた僕に来客がやってきたのさ。

その来客とは、水野さんだった。
あれ?今日は瑞穂くんの稽古の日じゃない筈?と瑞穂くん共々クビを傾げていると、水野さんは僕の顔を見て言った。

「多分、厄介な事になるけど。」
「それをわかっていて、僕のところに来るんですか?」
「だって、後藤や警視監が来たら、とりあえず断るでしょ。」
「う''」

まったく、皆んなして、女性には強く出れない僕の弱点を突いてきやがる。

「ヒカリのジャク点は、オンナダネ」
「僕の周りの女性が強いだけでは?」
「警視監に勝っておいて、それを言う?」
「マルティナにも、カッタヨネ」

しまった。
なんか最近1番厄介なのは、僕だった。

………

玄関先で話をしているわけにもいかず、家に上がってもらう。

水野さんは、庭で1人バランスボールで遊んでいる穴熊くんが気になるようだけど、穴熊くんは僕らに客が来る時は、(そのお客さんがお隣さんか祖父で無い限り知らん顔をしている。番犬にはならないようだ)アピールをしないで好きな事をする様になった。

穴熊は本来夜行性で、地面に巣穴を掘る習性がある筈だけど、ウチの穴熊くんは夜はしっかり寝てるし、穴なんか掘りゃしない。

一応、古い日本家屋な我が家にも縁の下という物があるんだけど、僕がホームセンターで買って組み立てた犬小屋を完全に自分の巣にしちゃった。
元の巣穴がある良玄寺に全然帰らなくなってしまった。

…法律上、野生動物を飼っている様な形なんだけど、大丈夫なのだろうか?
あと、庭に穴を掘られると困るから人工芝を敷いて地面を隠し、面白半分に犬小屋を設置したのに、まさか穴も掘らずに日がな一日犬小屋でひっくり返っているとは誰が想定しようか。

「まぁヒカリダシ」
「なんですか瑞穂さん?」
「ヒカリのスルコトハ、色々オカシイ」

知らんがな。

………

「弟子入り志願者ぁ?」
「はい。後藤からの伝言です。ええと。」

水野さんが手紙を1通、封も切らずに僕に差し出した。

なになに。

『お前の同級生の兄が、ウチの署にいる。大学の剣道部に入るか入らないか迷っているそうだ。クソ舐めた口きいてるらしいから、そいつらの心をバキバキに折ってくれ。』

…弟子入り志願とか、どこにも書いてませんが?

「その子達は、大学の推薦枠で入学しているんですが、はっきり言って大学生のレベルではない。と、同時に社会人のレベルでも無い。凄く中途半端な実力らしいんですよ。残念ながら大学の指導者もその子達に教えられるレベルでは無いと。」

その子「達」?
複数いるの?

「剣道の上手い大学なら、他にもあるでしょうに。なんで推薦枠なんか使ったんですか?」
「顧問が勝手に使ったそうよ。」
「は?」
「入試で点数が少し足りなかったから、勝手に上乗せしたらしいわ。」
「…そりゃウチは腐っても首都圏の国大ですから、簡単ではないでしょうけど…その顧問、馬鹿ですか?」 
「光さんの大学、去年は大学選手権団体戦で準優勝だったそうなんです。その新入生はインターハイの優勝者と準優勝者らしくて、入学させてしまえば日本一は間違えないと、悪巧みの働いたとか。」

僕の周りの大人は、悪巧みを働く人ばかりだ。
そして、その尻拭いととばっちりは、何故か僕に回ってくる。
誰か助けて。


「で、僕にどうしろと?」
「ナンダコレ」

後藤さんの手紙を見て、瑞穂くんが呆れてる。

「後藤からの言葉をそのまま伝えるわ。


潰せ。

以上よ。」

あのゴリラ野郎。
若い目を潰せってか?

「そして、相馬一族で面倒を見ろって。」
「それは弟子入り志願ではないと思います。」
「インターハイ優勝者の兄が、県警で検察医をやってるの。県警としては、光さんに育ててもらって、卒業後に引き取る目論見らしいわね。」
「それじゃ、悪さまでして入学させた、ウチの大学の立場がなくなるじゃないですか?」
「良いんじゃない。」
「はい?」

「悪い大人の言う事なんか、いちいち聞く必要ないじゃない。光さんは光さんのやりたい様にやればいい。貴方の事だから、つまらない大人の目論見なんか吹っ飛ばす結果になると思うな。」

1番タチの悪い大人は、僕の目の前でニヤニヤ笑ってる新婚さんらしい。

…女って怖い。

★  ★  ★

「後藤さん?」
「なんだ?」
「女性だとは聞いていないです。」
「水野や石井をボコったお前が、女だからって態度を変えるとは思わんがな。」

翌日ですよ。
ええ、ええ。
後藤さんと水野さんが連れてきたのは、昨年のインターハイ優勝者と準優勝者なんですけどね。

僕の目の前で、ぶっ倒れている人が阿部さんって言う準優勝者。

「イャァァ」
「ひぃ」

今、瑞穂くんに面を打たれて後ろに吹き飛んだのが、田中さんって言う優勝者なんだとか。

どちらも瑞穂くんが瞬殺しましたが。

「どうだ?使い物になるか?」
「水野さんの始めと同時に負ける人を、どう見極めろと?」

瑞穂くんお得意の速攻に一切動けなかったからなぁ。
水野さんや石井さんは、多少なりとも反応してたのに。

「水野達は大人だからな。そこら辺は大目に見てやれ。」
「ガタイはともかく、ここで1番歳下は瑞穂くんですよ。」
「相馬一族は、物差しにならん。」
「後藤さんの中で、相馬一族とやらは、どれだけパワーワードになっているんですか?」

「フゥ」

面を外した瑞穂くんが、僕らの元にやってきた。

「どうだい?」
「フツー」
「そうか、普通か。」

その評価を聞いた水野さんが、苦笑いしながら、仰向けにひっくり返った田中さんを引き起こしている。
田中さんや阿部さんからすると、まさかインターハイ決勝で戦った2人が、3つも歳下の少女に試合開始0秒で瞬殺されるとは思わなかっただろう。
 
ようやく立ち上がったものの、2人とも茫然としたままだ。

「でだ、相馬。この2人に、''いつものアレ''をやれ。時間目一杯な。」
「アレ、疲れるんですよ。」
「寿司を奢ってやるよ。」
「あのですね。寿司で喜ぶよ
「ワーイ!おスシ!おスシ!」




「お前の女房は大喜びしてるが?」
「誰が誰の女房ですか?」

…今度、寿司を食べに行こう。
回らない方を。
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