相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

文字の大きさ
上 下
30 / 116

弟子にして下さい

しおりを挟む
「全てがスローモーションに、肝心の竹刀は止まって見えました。」

試合後、水野さんはそう言った。

「怖い。わからない。私のイメージとして水野さんが、線に見えたり面に見えたり。私の知っている水野さんでは有りませんでした。」

試合後、石井さんはそう言った。

試合開始、ほぼ30秒経過、水野さんは

   「僕の指示通り」

大きく息を吐いて攻勢に出た。

水野さんの攻めは、昨日見た美しい素振りとは掛け離れた、はっきり言って不細工と言っていいものだったけれど、石井さんは無抵抗だった。

「めぇぇぇぇん!」

肺に殆ど空気を残していない水野さんの気迫は枯れていたけれど、僕らの耳にはしっかりと届いた。
祖父の右手が真上に向け真っ直ぐ上がる。

「面1本!勝負あり!」

その声を聞いた水野さんは、身体をぐらつきかけたものの、しっかりと踏ん張り、石井さんに振り返る。
一瞬呆けていた石井さんも、祖父の声に直ぐ正気を取り戻し、お互いに礼で試合を終えた。

………

「師匠、あれはキツいですよ。」

面と手拭いを外しながら正座している水野さんが、僕に微笑みかけた。
…僕にだよな?
祖父は石井さんと話しているし。

「師匠?」
「瑞穂ちゃんの師匠ですし、競技剣道を辞める私にも、最後に指導を受けた師匠ですよ。」
「……後藤さんにヤキモチ妬かれますよ?」
「警部補には、悔しかったら相馬師匠に勝ってみろって尻を叩きます。」
「やめて下さい。」

あの人、強面で迫力あるんだよ。
なんであんなゴリラが、水野さんみたいな人を嫁に出来るんだよ。

「オツカレサマ」
瑞穂くん(そう言えばさっき、水野さんにちゃん付けされてたな)が、冷やしておいたミネラルウォーターを配っている。

「光。」
「なんですか?」

祖父に呼ばれた。
ネタバラシの時間だ。

「お前、水野になんて言った?」
「僕が爺ちゃんに勝った時を真似させただけですよ。呼吸を浅くして、脳を擬似的一時的な酸欠状態にさせました。更に瑞穂くんにはとにかく攻めさせて、水野さんには防御のみを許しました。瑞穂くんの攻めは、僕が見た中でも指折りの疾さです。多分、小手先だけの有段者じゃ捌き切れないでしょう。」

「でも、水野さんなら出来ると判断しました。水野さん本人にも言いました。貴女の能力を信じて無茶振りしますよって。結果、瑞穂くんのあの疾さを水野さんは凌ぎ切りました。さすがです。」
「それはまた、酷いことを科したな。」
「酷いですよね。ふらふらになりましたよ。顛末を知っている瑞穂ちゃんが支えてくれなかったら倒れてました。」  
水野さんが、笑いながらブーイングを僕にして来たよ。

「その状態のまま石井さんと連戦させましたから。しかも一切攻めさせなかった鬱憤も溜めたまんまで。」

  
「そんな状態の水野さんに、私は負けたんですか?」

それまで黙って話を聞いていた石井さんが、堪りかねて参加して来た。

「ええ、''そんな状態''の水野さんに、負けました。完敗でしたね。」
「ぐぬぬ、ですよ。」
「冗談にしても、ぐぬぬって言う人、初めて見ました。」
「私も初めて言いました。…あの、あれが警視監を破ったという反則技ですか?」
「ええ、名人・達人にしか通用しない1回限りの技ですけどね。」  

しれっと石井さんも持ち上げる事も忘れない。

「''出来る''人だからこそ持つ、''経験則''を破壊するには、攻め手の''出来る''人をぶっ壊して、その人の持つ''技術''と''本能''だけでぶち当たるしかない。僕は祖父との立ち合いでそれがわかったんです。種明かしをしてもしなくても、多分石井さんは次の試合があったら対応してきましたよ。」

「警視監、この方本当に学生さんですか?なんか私達より先に行っていませんか?」
「こいつは簡単に言ってやがるがね、今後年老いて行く俺なんか、技術的にもいつ抜かれるかわかったもんじゃない。いや、とっくに抜かれているかもな。」
「そんな…。」

「シショウ」 
「師匠。」
瑞穂くんならともかく、水野さんの師匠になった覚えはないんですけど。

「ほれ、納得いかないなら立ち合ってみろ。その為にもわざわざ北海道から出て来たんだろう。こいつが全日本チャンピオンの後藤に勝ったのは、こんな小細工じゃなく実力だ。お前も''本物''を味わってみろ。」

またこの無責任爺いは余計なことを言う。

★  ★  ★

「弟子にして下さい。」

ほら、変なことになった。

ええ、ええ。
石井さんはたしかにお強いですよ。
全道チャンプが、日本の中でどれほどのレベルなのか知りませんけど、瑞穂くんよりも水野さんよりも強いと思います。

けど、それこそ祖父みたいな化け物や、全日本チャンプの後藤(警部補なんだ)さんと稽古してたら、悪いけど田舎の女性チャンプでは相手にならない。

だからって、北海道の結婚を控えた婦警さんを弟子にしてどうしろと?

「面白いだろ。一応範士まで登り詰めた俺なんかより、よっぽど遠い景色を見ることが出来るかもしれない。あとは本人の努力次第だかね。」
「またもう。爺ちゃんは買い被り過ぎです。」
「かもしれない。だがな、俺が見て十二分に強い連中の方が、お前の可能性を見抜いているぞ。」
「その連中とやらは、そこでペットボトル抱えて土下座している方々ですか?しかも、その内2人は結婚を控えた婚約者コンビじゃないですか。」 
「瑞穂はお前の許嫁だから、トリオだな。」 
「うるさいよ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ご飯を食べて異世界に行こう

compo
ライト文芸
会社が潰れた… 僅かばかりの退職金を貰ったけど、独身寮を追い出される事になった僕は、貯金と失業手当を片手に新たな旅に出る事にしよう。 僕には生まれつき、物理的にあり得ない異能を身につけている。 異能を持って、旅する先は…。 「異世界」じゃないよ。 日本だよ。日本には変わりないよ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...