相馬さんは今日も竹刀を振る 

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試合ですよ

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あれこれ押し付けられる事が既に決定している、厄介な翌日。
今朝も朝食の支度は瑞穂くん。

ネットスーパーで買った食パンが丸々手付かずで残っているので、そろそろ何とかしないとなぁと思っていたら、スペインでよく食べていたパン食をご馳走したいと言い出したから。

瑞穂くんは野菜室からトマトを取り出すと、包丁で素早く皮を剥いた。
トマトの皮って剥くんだって思っていたら、皮はボールに丁寧に取り溜めている。

「アトデ、クマチャンニアゲルノ」
「そうですか。」

穴熊は雑食だし、トマトくらいは食べるだろう。
そういえば、実家では母さんが庭で家庭菜園をしているんだけど、放飼いの馬鹿犬が収穫直前のミニトマトを全部食べちゃった事がある。

瑞穂くんはトマトを微塵切り(で良いんだろうか?)に、歯応えを残す程度で切り刻み。

相変わらず刃物使いは見事だ。

更にニンニクも微塵切りにして、トマトと一緒にボールの中でかき混ぜる。
その上にオリーブオイルを振りかけ、って、僕はそんな洒落た物買ってないよ?

「Amazonデ、ホントイッシヨニカイマシタ。」
「そうですか。」

スペイン育ちの瑞穂くんには、欠かせない調味料なんだろう。

封を開けた食パンに、この具材をジャムの様に乗せて、ハムで蓋をする。

因みに僕は、オーブンよりホットサンドメーカーを使う事が多いので、細い8枚切りを買う。
関東の人間なので、普通店に並んでるパンは6枚切りか8枚切りだ。
こんな中途半端な田舎には、おしゃれな手作りパン屋なんかないから、最大手のY社を何も考えずに買う。
瑞穂くん的にどうなのかと思いきや、何にも言わずにホットサンドメーカーを取り出している。

パンを挟むと、残りのトマトを輪切りなして、レタスを手で千切り、缶詰のスイートコーンを乗せて胡麻ドレッシングをかける簡単なサラダと、昨日の残りの牛乳と砂糖でカフェ・オ・レを作ってくれた。

「''パン・コン・トマテ''、ッテイウノ。スペインノデントウテキナパンリョウリダヨ」
「スペインでは、パンが主食なんだ?」
「バケットがメインダケドネ」

あちらでは和食は和食として、お婆ちゃんもお母さんも作ってくれるけど、和食は日本の食材で食べると、やはり全然違う。だから僕の料理が好き。

話をまとめると、そんな事らしい。
まぁ、日本の食材(野菜と穀物)は日本人の口に合う様に品種改良されてきたからね。

★  ★  ★

使わなかったトマトの皮と、1枚だけ残ったハムでハムサンド(違うけど、なんて名付ければ良いんだ?)を作ってあげると、穴熊が大喜びして食べてくれる。

「クマチャン、オイシー?」
「クゥー」

すっかり我が家(あと、良玄寺の和尚さん)のペットになった(野生の筈の)穴熊を庭で可愛がっていると、外の門扉・冠木門の呼び鈴が鳴った。

これはあれだな。
門から離れていて、しかも屋内にいないと、呼び鈴が聞こえない。
かと言って門を開けっぱなしにしておくわけにもいかないし。
また、整備が必要な箇所を見つけちゃった。

「はいはい。」
「ハイハイ」
「クゥー」

何故か穴熊まで着いてきて、お客さんを迎えに行く。

「お前なぁ。」
勿論、来たのは祖父、それに水野さん。
それと、映像でお会いしただけですが石井さん。
すっかり懐いてしまった野生動物の姿に呆れ返りながら、僕らに石井さんを紹介してくれた。

「この方が、警視監のお孫さんと、その許嫁さんですか。」

穴熊が僕らに並んでお座りしている姿に、初対面の石井さんに呆れられたぞ。
仕方ないけど。

………

「好きな部屋をお使い下さい。僕らは先に道場でお待ちしてます。」

あらかじめ道着に着替えていた僕らは、来客3人の防具袋を預かって、道場に向かう。

「じゃあな。」
「マタネ」
「クゥー」

お客さんが来た事で、自分が相手にされなくなる事を理解している穴熊は、隣に帰って行った。
彼の家は、良玄寺の縁の下にあるんだ。

「ドウナルンダロウネ」
「僕は何だか、色々追い詰められている様な気がしてならないよ。」
「ダイジョウブ、ワタシモイッショダカラ」
「…ありがとう。」

なんだろう。
瑞穂くんの言葉が日に日におかしくなって行く。

………


「では、まずは水野。」
「はい。」
「続いて瑞穂。」
「ハイ」

当初の予定では、昨日みたいに水野さんを虐め(笑)ちゃおうと思っていたのに、まさか祖父が石井さんまで連れて来ちゃうから、ぶっつけ本番で行くしかない。
まったくもう。
まったくもう。

仕方がないので瞬時に考えた。
瑞穂くんには攻め続けろと命じた。
水野さんには守り続けろと命じた。
そして、水野さんにはもう一つ命じた。

さて、どうなるかね。

「始め!」

審判を務める合図と共に、瑞穂くんが速攻をかける。
いち早く飛び込むと面を狙う。
水野さんは青眼の構えのまま、同じく飛び出した。
水野さんの竹刀を体を躱しながら、瑞穂くんは体を右に傾けて竹刀を振り下ろす。
が、当たらない。
水野さん程の実力があれば、瑞穂くんとは互角の戦いが出来る。
って言うか、全道2位の婦警と対等に戦えたり、勝ったりしちゃう瑞穂くん(15歳)が色々おかしい。

瑞穂くんの素早い出入りと、その長身(僕と大差ないんだから、170センチ近くあるだろう)と長い手から繰り出される攻撃は、水野さんの体捌きをもってしても避け切れず、時々面や小手に衝撃を受けるが、祖父の手は上がらない。

瑞穂くんの欠点である筋力不足の為、打ち込みが浅い。
更には水野さん程の人が守備に徹すると、それを打ち破る事は困難だ。

やがて、試合時間の3分が終了し、祖父は「止め」と一言。
その言葉を聞いた水野さんが倒れかけるのを、瑞穂くんがそっと受け止める。

「あ、ありがとう。」
「ウウン、レイヲ」
「はい。」

………

「引き分け!続いて石井!」
「ちょっと待って下さい。水野さん、ふらふらですよ!」
「それが奴の作戦なんだよ。早く位置に着け。今の水野は強いぞ。」

祖父の声に、石井さんは水野さんを見た。
瑞穂くんの支えから立ち直り、自ら試合位置まで歩いて行く。

「…………。」

その姿を見て思うところがあったのだろう。
石井さんも素早く水野さんと相対した。
水野さんは、蹲踞するのも辛そうだ。

「始め!」

ここに来て初めて水野は「やぁ!」と気迫を挙げた。
瑞穂くんとの試合では、1度も立てなかった声だ。

と言っても攻めるわけでなく。
ただ剣先を交わし合う。

でも、石井さんが動けなくなっている。
後ろ姿からもわかる。
彼女は今、面の中で冷や汗をかいている。
何故わかるかって?
わからないよ。
わかるけど、わからないんだよ。

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