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無念無想

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今朝はなんと、瑞穂くんが1人で朝ご飯担当。
昨日の肉じゃが料理の時に僕がネットでレシピサイトを見せたら、自分でもなんとか作れるんじゃないかと、夕べからずっと考えていたそうな。

普通の人なら、なんとか出来ない方がおかしい。
という事は、お隣さんは……
いやいや、余計な事を考えるのはやめよう。

キッチンを15歳の少女に占領されてしまったので、僕は風呂を掃除しながら洗濯機を回していた。
洗濯物を庭に干して(瑞穂くんの下着に照れる事も、あっという間に無くなった)いると、穴熊が挨拶に来たので、あらかじめ用意していた竹輪をあげたり。
(キッチンにいる瑞穂くんは、穴熊の来襲に気が付いていない)

…なんでいきなり所帯染みてるの?

「シンコンサンダシ」
「なんか違う。」

因みに朝ご飯の献立は。

鮭のソテー(塩味)。
筍と鮭の土佐煮。
目玉焼き(電子レンジ使用)にレタスの胡麻ドレッシング添え。
味噌汁(あさげ)。

何故、味噌汁だけインスタント?

「タクサンアルカラ」
…まぁ、実家にいた頃から、僕の主菜(主汁?)でしたから。

あと、レンジで作った目玉焼きが、僕好みの「固め」だったのは良いね。
思わず褒めたら。

「ミズヲイレワスレタリ、ジカンヲマチガエタリ」

…失敗作だったようだ。

それでもまぁ、彼女の「初めてのご飯」は僕にはとても美味しいものでしたよ。
ええ、ええ。
あれ?僕って餌付けられ始めてる?

「マズハイブクロヲツカメト、オソワッタ」
「そんなけしからん事を、君に教えているのは誰だ?」
「マンガ」
「……あぁ。」
「アト、オトナリサン」

あの人、何他人事みたいに言ってんだよ。
あぁ、掴めなかったから婿が来ないのか。(←酷いことを)

★  ★  ★

「それで、策はあるのか?」

10時前に再びやって来た祖父と水野さん。さっさと道着に着替えさせると、素振りをさせている。
ついでに瑞穂くんも付き合わせてる。

その素振りは、回数500本。
まぁ、10分も有れば終わる。
僕の指導はシンプルなもの。
瑞穂くんはともかく、水野さんは驚いたようだ。
首を傾げながら、それでも結構歳下な僕に大人しく従ってくれた。

祖父も僕の指示に首を傾げている。

まぁ、僕もどうしたら良いのかわからないし。
ひとつだけ思いついたのは、水野さんを「虐める」ことだ。
普段から鍛え上げている警察官の集中力を途切れさせる「虐め」なんか、全身単純動作の連続しかなかった。

それに水野さんの素振りは綺麗だ。
いや、水野さんの容姿もお綺麗ですよ。
ピンと張った背筋。
どんなに動いても、常に顎を引き頭の高さが変わらない。
足運びも、同じ床板を踏み続けている。

体幹を安定させる程、鍛え上げているあたりは、さすがは現役の警察官だ。
瑞穂くんには、良い見本となるだろう。

「1個だけですけどね。」
「それしか無いのか?」
「昨日の今日で、今日の明日ですよ?僕はやっと瑞穂くんを弟子に取ろうと、……いや、弟子を抱えられるような人間じゃないし。」
「お前はお前をもう少し評価すべきだな。」
「対比になる人が、剣道範士とか剣道5段とか、化け物しかいませんからねぇ。」
「俺や後藤と対等以上に戦える18歳の方が、よっぽど化け物だろうがよ。」
「だから、自覚がないっての。」

………

「終わりましたよ。」
「それじゃ次に、祖父と乱取りして下さい。時間は10分間です。」
「え''。」

あらら、凄い顔してる。
そりゃそうだよな。僕も素振りした直後に爺ちゃんと立ち合いなんかしたくないもん。
それも10分も。

「俺、いや儂もか?」
「無理矢理、素人に公僕を指導しろ。それも1日で格上の剣士に勝てる様にしろって言い出したんだから、少しは協力して下さいよ。」
「まったく、年寄りを少しは労われよ。」
「孫に無理強いばかりさせるんだから、少しは協力して下さい。」
「まったくもう、まったくもう。」
「あ、手加減しないで下さいね。」
「え''」

さぁさぁ。
2人とも、早く防具を付けて下さい。
水野さんの息が整っちゃうでしょ。

………


相変わらずというか。
祖父は、とんでもなかった。

水野さんは動けなかった。
いや、動こうとしても、常に祖父が先回りする。
身体で動くわけではない。
剣先一つを右に左に振るだけで、水野さんの動きを止めるのだ。

そして水野さんの気が怖気付きそうになると、一気に踏み込み、わざと軽く面を打つ。ツキを突っつく。
そしてわざと隙を作る。
水野さんを、馬鹿にしているんだ。

水野さんは、それに勘付いて踏み込もうとするも、祖父に竹刀と攻め手・攻め気を跳ね返される。

その繰り返し。繰り返し。
時計はまだ6分を超えたあたりだったけど、水野さんは前のめりに頽れた。

「ワカンナイ、コワイ、ワカンナイ」

その姿を僕の隣で、手拭いで汗を拭き取っていた瑞穂くんは、いつまでも汗を拭き取り続けたいた。
素振りでかいた汗は、いつしか冷や汗に変わっているようだ。

「おい、水野!まだ時間が余ってるぞ。」
「む、無理です。勘弁してください。」

それだけ言うと、水野さんは仰向けになってしまった。

「おい、水野。ギブアップは構わんが、礼だけはしろ。」
「は、はい。」

必死によろよろと立ち上がって、なんとか水野さんは礼をした。
竹刀を杖にしなかった分、瑞穂くんよりはマシみたい。
そのまま、面を付けたまま座り込んじゃったけど。

………

「おい、これが対策になるのか?」

面を付けたまま、祖父が水野さんを竹刀て差した。
1番礼儀を教えないとならない範士が、1番失礼だった。

「次は僕と立ち合って下さい。時間は3分間です。」
「おい、俺にも休ませないのか?」
「大丈夫ですよ。」

僕も防具をつけて、潰れている水野さんの邪魔にならない位置で祖父に相対した。

………

「ハジメ!」
「おう!」

瑞穂くんを審判に、開始の合図をお願いする。
さすがの祖父も、水野さん相手に「本気」で立ち合っただけ、疲労があるのだろう。
珍しく気合いを入れて、蹲踞から立ち上がった。

僕は半歩引くと、静かに面の奥の祖父の目を見た。
睨むでなく。
半眼でもなく。
ただ、力を抜いて、祖父の目を見た。

「…?」

祖父の動きが止まった。
小刻みに揺れる剣先はピタリと止まったままだ。

僕は、視界から祖父を消した。
いや、別によそ見をした訳ではない。
目の前に立つ祖父の姿を透かせるイメージを目に命じただけだ。
積極的な意思は一切ない。
脳みそになんの命令も与えない。

やがて、祖父の竹刀も見えなくなった。
充分だ。

「小手ェェ!」

瞬時に飛び込むと、祖父の左小手を初めて打つことに成功した。
瑞穂くんの右手があがる。

★  ★  ★

「いやぁ負けた、負けた。」

剣道範士が楽しそうに、嬉しそうに僕の背中をぱんぱん叩く。
痛い。

「お前、何をした?」
「何にもしてませんよ。」
「いや、お前と試合をすると疲れるからしたくないんだよ。読み合いって疲れるから。でもなんだ?今のお前、まったく読めなかったぞ。」
「そりゃ、何にも考えませんでしたから。」
「無念無想かよ。お前に出来るのか。」
「出来ましたね。」
「まったく、お前が1番の化け物じゃねぇか。」

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