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冷蔵庫の中で結構な容積を占領している鮭を、早いとこなんとかしないとね。
食べきれない分は、もう切り身にして冷凍してあるから、しばらくは保つとはいえ、魚はやっぱり新鮮なものを食べたいじゃん。
という事で、今朝は鮭のホイル焼きにしようと思う。
鮭のレシピを調べておかないとね。
そもそも、焼く以外に知らないや。
じゃがいもと、ソーセージと、玉ねぎを適当に切り分けて、と。
切り分けてくれるのは、刃物使いだけは超がつくほど1人前の瑞穂くんだ。
この娘の何か凄いかと言うと、玉ねぎの切り方をちゃんと心得ている事だ。
水に晒さなくても涙を流さないで済む切り方。
わざと辛味を強調する切り方。
わざと辛味を無くす切り方。
玉ねぎの繊維の切り方で、それはいくらでも調整できるから。
僕は母に習っていたから知っていたけれど、瑞穂くんは何やら知らないうちに身につけていたスキルらしい。
さて、朝ご飯なので簡単に作ります。
アルミホイルに、片栗粉を塗した鮭の切り身、輪切りにした赤いウインナー、レンジで身をほぐした新じゃがに、切り分けた玉ねぎを入れて、これを包みます。
味付けは適当にバター醤油でしょ。
これをオーブンに放り込んで終わり。
15分もすれば充分でしょ。
その間に瑞穂くんが切り分けてくれた筍の水煮を、ネギと白味噌と出汁の素で煮ちゃえば筍の味噌汁の出来上がり。
……じゃがいもも鮭も筍も、食べても食べても減らないなぁ。
★ ★ ★
昨日の祖父との電話によると、9時くらいには水野さんとやらを連れて来るとのことなので、瑞穂くんと一緒に日課の家事をさっさとこなしておく事にする。
と言っても、いつもの庭掃除には穴熊が遊びに来ているので、瑞穂くんはもう仕事にならない。
いや、道場の拭き掃除は相変わらずモップを使わずに雑巾で四つん這いになって拭いてたんだよ。
「アシコシノ、タンレンデス」
「そうですか。」
なので僕は竹箒を片手に落ち葉を掃き集めていた訳ですが。
まぁ僕が庭に居れば彼が出てくる訳で。
彼が出てくれば瑞穂くんが出てくる訳で。
それでも、使った雑巾を洗って干すまでは我慢していたので、穴熊よりも良心が勝ったらしい。
(僕らの下着が並べて干されている)物干し竿にきちんと干したあと、僕の元に走って来た。
で、僕が抱っこしている穴熊を取り上げて、庭をくるくる周り出した。
「クーマーチャーン!」
「キュー」
瑞穂くんは熊ちゃんと鳴き、穴熊はキューと鳴くらしい。
まぁ頭の上まで持ち上げられたり、抱きしめられたりしてても、嫌がっている雰囲気はないからいいか。
改めて僕は掃除に戻る。
落ち葉は毎日片付けないと、明日が大変な事になる。
我が家の朝は早い。僕は5時には活動し始めている。
昨日から、瑞穂くんも、僕が起き出したら、大した間も空けずに起きて来るようになった。
朝稽古して、朝ご飯を食べて。
瑞穂くんは、シャワーを浴びるついでに洗濯をして、髪が濡れたまま洗濯物を干しに出て(ドライヤーくらいあるよ)。
多分他に仕事がなくなると、いつもの縁側で読書(漫画)に励むのだろう。
でも、穴熊が来ればこうなると。
まぁいいか。
この家に来て数日。
今のところ、悩んだり寂しがったりする様子はなさそうだ。
彼女は相変わらず毎晩、寝る寸前まで、僕の部屋でテレビや配信を一緒に見ているし。
僕の部屋の境になっている襖を開けっぱなしにして、警戒心の欠片も無く寝顔を見せているし。
そんなふうに、すっかり日常と化し始めて来た非常識を過ごしていると、約束通りの時間に老人と妙齢女性という来客者がやってきた。
来たのは良いけど、門を潜った辺りで2人とも固まっている。
仕方ないなぁ。
あれ、元と現の警察官だよなぁ。
「おはようございます。」
ほっていてもいいけど、迎えに行く事にした。
「光、瑞穂が抱いてるのはなんだ?犬か?狸か?」
「お隣に住んでいる穴熊ですよ。なんか僕と瑞穂くんに懐いちゃいました。」
「どこかのペットが逃げ出したのか?」
「知らないけど、野生動物って、普通飼っちゃいけないのでは?」
「それじゃ、あれは野生動物か?」
「非合法だったら、ああやって警察官が来るのに、迂闊に可愛がってはいませんよ。」
多分。
「餌付けたのか?」
「餌をあげていたのは、隣の和尚さんらしいですよ。一昨日くらいからコッチにも顔を出す様になったんです。」
「………お前は時々、変な能力を発揮するなぁ。」
「瑞穂くんを見て、同じ事が言えますか?」
「お似合いの夫婦だなぁと。」
「あのですねぇ。」
結局、その方面に話を持って行きますか。
あ、そう言えばたしかに。
瑞穂くんも変だな。
★ ★ ★
「昨日は勝手にお伺い致しまして失礼致しました。」
口をポカンと開けっぱなしで立ち尽くしていた「水野麗香」さんを屋敷にあげて話を聞く事にした。
穴熊くんは、僕と瑞穂くんの様子を見て帰って行きました。
頭の良い仔だ。
穴熊に対して、頭の良いって評価で正しいのだろうか。
祖父は瑞穂くんに、「お茶の淹れ方」の指導をしている。
なんでも警察ってところは、徹底的に「縦」の世界だとかで、お茶だのコーヒーだのは上司によって使い分けるし、好みの飲み物を切らさないようにしないとならないんだとか。
ええと、爺ちゃん?
瑞穂くんは15歳で、日本的に言えば中卒ですよ?
将来警察に行くにしても、色々問題が大変ですよ。
「本官は道警の水野です。警視監には、後藤共々お世話になっております。」
へぇ、警察の人って本当に「本官」って言うんだ。
赤塚不二夫のギャグかと思ったたよ。
「ほれ、瑞穂の入れた茶じゃ。後藤の好みの筈じゃぞ。」
「勉強させて頂きます。」
「ドウゾ」
おずおずと湯呑みを出した瑞穂くんの顔と手を見ながら、水野さんは湯呑みに口をつける。
「あら、この味は?」
「おう、儂が好きな味だ。儂と一緒に同じ茶を飲んでいたからな。そりゃ好みも似通って来るだろう。水野、お前もさっさと覚えろよ。」
「はっ!」
あのぅ。
僕の家で、祖父に敬礼する私服に婦警さんって、どんな風景ですか?
………
「本官は、…いえ私は。」
今になって言い直さなくてもいいですよ。
「私は今月末で退官します。後藤と結婚する為です。」
「それはおめでとうございます。」
「オメデトウゴザイマス」
結婚って言葉には、変な意識をさせられているここ数日です。
「入籍にあたり、仲人は警視監ご夫妻にお願いしました。」
あぁ、そう言う事ですか。
でもなんでそれを僕に?
祖父の顔を見ると、知らん顔をして茶を啜っている。
「実は退官に当たりまして、1つ心残りがありまして。」
「はい。」
「どうしても勝ちたい同僚がいるんです。」
「はい?」
まぁ、想定通りだけどさ。
もう一度祖父の顔を見ると、先日自分が持ってきた煎餅に齧り付いていた。
食べきれない分は、もう切り身にして冷凍してあるから、しばらくは保つとはいえ、魚はやっぱり新鮮なものを食べたいじゃん。
という事で、今朝は鮭のホイル焼きにしようと思う。
鮭のレシピを調べておかないとね。
そもそも、焼く以外に知らないや。
じゃがいもと、ソーセージと、玉ねぎを適当に切り分けて、と。
切り分けてくれるのは、刃物使いだけは超がつくほど1人前の瑞穂くんだ。
この娘の何か凄いかと言うと、玉ねぎの切り方をちゃんと心得ている事だ。
水に晒さなくても涙を流さないで済む切り方。
わざと辛味を強調する切り方。
わざと辛味を無くす切り方。
玉ねぎの繊維の切り方で、それはいくらでも調整できるから。
僕は母に習っていたから知っていたけれど、瑞穂くんは何やら知らないうちに身につけていたスキルらしい。
さて、朝ご飯なので簡単に作ります。
アルミホイルに、片栗粉を塗した鮭の切り身、輪切りにした赤いウインナー、レンジで身をほぐした新じゃがに、切り分けた玉ねぎを入れて、これを包みます。
味付けは適当にバター醤油でしょ。
これをオーブンに放り込んで終わり。
15分もすれば充分でしょ。
その間に瑞穂くんが切り分けてくれた筍の水煮を、ネギと白味噌と出汁の素で煮ちゃえば筍の味噌汁の出来上がり。
……じゃがいもも鮭も筍も、食べても食べても減らないなぁ。
★ ★ ★
昨日の祖父との電話によると、9時くらいには水野さんとやらを連れて来るとのことなので、瑞穂くんと一緒に日課の家事をさっさとこなしておく事にする。
と言っても、いつもの庭掃除には穴熊が遊びに来ているので、瑞穂くんはもう仕事にならない。
いや、道場の拭き掃除は相変わらずモップを使わずに雑巾で四つん這いになって拭いてたんだよ。
「アシコシノ、タンレンデス」
「そうですか。」
なので僕は竹箒を片手に落ち葉を掃き集めていた訳ですが。
まぁ僕が庭に居れば彼が出てくる訳で。
彼が出てくれば瑞穂くんが出てくる訳で。
それでも、使った雑巾を洗って干すまでは我慢していたので、穴熊よりも良心が勝ったらしい。
(僕らの下着が並べて干されている)物干し竿にきちんと干したあと、僕の元に走って来た。
で、僕が抱っこしている穴熊を取り上げて、庭をくるくる周り出した。
「クーマーチャーン!」
「キュー」
瑞穂くんは熊ちゃんと鳴き、穴熊はキューと鳴くらしい。
まぁ頭の上まで持ち上げられたり、抱きしめられたりしてても、嫌がっている雰囲気はないからいいか。
改めて僕は掃除に戻る。
落ち葉は毎日片付けないと、明日が大変な事になる。
我が家の朝は早い。僕は5時には活動し始めている。
昨日から、瑞穂くんも、僕が起き出したら、大した間も空けずに起きて来るようになった。
朝稽古して、朝ご飯を食べて。
瑞穂くんは、シャワーを浴びるついでに洗濯をして、髪が濡れたまま洗濯物を干しに出て(ドライヤーくらいあるよ)。
多分他に仕事がなくなると、いつもの縁側で読書(漫画)に励むのだろう。
でも、穴熊が来ればこうなると。
まぁいいか。
この家に来て数日。
今のところ、悩んだり寂しがったりする様子はなさそうだ。
彼女は相変わらず毎晩、寝る寸前まで、僕の部屋でテレビや配信を一緒に見ているし。
僕の部屋の境になっている襖を開けっぱなしにして、警戒心の欠片も無く寝顔を見せているし。
そんなふうに、すっかり日常と化し始めて来た非常識を過ごしていると、約束通りの時間に老人と妙齢女性という来客者がやってきた。
来たのは良いけど、門を潜った辺りで2人とも固まっている。
仕方ないなぁ。
あれ、元と現の警察官だよなぁ。
「おはようございます。」
ほっていてもいいけど、迎えに行く事にした。
「光、瑞穂が抱いてるのはなんだ?犬か?狸か?」
「お隣に住んでいる穴熊ですよ。なんか僕と瑞穂くんに懐いちゃいました。」
「どこかのペットが逃げ出したのか?」
「知らないけど、野生動物って、普通飼っちゃいけないのでは?」
「それじゃ、あれは野生動物か?」
「非合法だったら、ああやって警察官が来るのに、迂闊に可愛がってはいませんよ。」
多分。
「餌付けたのか?」
「餌をあげていたのは、隣の和尚さんらしいですよ。一昨日くらいからコッチにも顔を出す様になったんです。」
「………お前は時々、変な能力を発揮するなぁ。」
「瑞穂くんを見て、同じ事が言えますか?」
「お似合いの夫婦だなぁと。」
「あのですねぇ。」
結局、その方面に話を持って行きますか。
あ、そう言えばたしかに。
瑞穂くんも変だな。
★ ★ ★
「昨日は勝手にお伺い致しまして失礼致しました。」
口をポカンと開けっぱなしで立ち尽くしていた「水野麗香」さんを屋敷にあげて話を聞く事にした。
穴熊くんは、僕と瑞穂くんの様子を見て帰って行きました。
頭の良い仔だ。
穴熊に対して、頭の良いって評価で正しいのだろうか。
祖父は瑞穂くんに、「お茶の淹れ方」の指導をしている。
なんでも警察ってところは、徹底的に「縦」の世界だとかで、お茶だのコーヒーだのは上司によって使い分けるし、好みの飲み物を切らさないようにしないとならないんだとか。
ええと、爺ちゃん?
瑞穂くんは15歳で、日本的に言えば中卒ですよ?
将来警察に行くにしても、色々問題が大変ですよ。
「本官は道警の水野です。警視監には、後藤共々お世話になっております。」
へぇ、警察の人って本当に「本官」って言うんだ。
赤塚不二夫のギャグかと思ったたよ。
「ほれ、瑞穂の入れた茶じゃ。後藤の好みの筈じゃぞ。」
「勉強させて頂きます。」
「ドウゾ」
おずおずと湯呑みを出した瑞穂くんの顔と手を見ながら、水野さんは湯呑みに口をつける。
「あら、この味は?」
「おう、儂が好きな味だ。儂と一緒に同じ茶を飲んでいたからな。そりゃ好みも似通って来るだろう。水野、お前もさっさと覚えろよ。」
「はっ!」
あのぅ。
僕の家で、祖父に敬礼する私服に婦警さんって、どんな風景ですか?
………
「本官は、…いえ私は。」
今になって言い直さなくてもいいですよ。
「私は今月末で退官します。後藤と結婚する為です。」
「それはおめでとうございます。」
「オメデトウゴザイマス」
結婚って言葉には、変な意識をさせられているここ数日です。
「入籍にあたり、仲人は警視監ご夫妻にお願いしました。」
あぁ、そう言う事ですか。
でもなんでそれを僕に?
祖父の顔を見ると、知らん顔をして茶を啜っている。
「実は退官に当たりまして、1つ心残りがありまして。」
「はい。」
「どうしても勝ちたい同僚がいるんです。」
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まぁ、想定通りだけどさ。
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