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第六章【テルミーグランマ】
第六章 その⑤
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『勘違いするなよ。私はお前の親じゃない』
これは、祖母と暮らすようになってから、初めて言われたセリフだ。
言われたのは確か、祖母の家の前だった。軒下にあった月下美人の植木鉢が印象的だった。
それから祖母は、こう続けた。
『そして、私はお前のことが嫌いだ。バカ娘が産んだ、バカ息子だからね。一緒に過ごしているからって、情が芽生えることは無いだろうし、きつく当たられることは当たり前のことだと思え』
別に期待はしていなかった。どんな環境だろうと受け入れる覚悟はできていた。だけど、あまりにも手心の無い態度に、僕は戦々恐々とするしかなかった。
祖母との日々は、本当に息苦しいものだった。
祖母は僕の姿を見ることも嫌っていて、廊下ですれ違うだけで、「私の前に姿を見せるな!」と怒鳴った。学校の書類で印鑑が必要な時や、どうしても金が必要なときは、やむなく顔を合わせることとなるのだが、その度に、小言を言われた。「バカ息子」「能無し」「ぼんくら」。祖母に言われた悪口は、大体思い出した。
祖母は、僕に飯を作ることは一度も無かった。「お前に温かい飯なんて食わしてたまるか」ということらしい。毎日、スーパーで買った半額の総菜パンや、カップラーメン、エネルギーゼリー、酷いときは未調理のモヤシを、僕の部屋の前に置いていた。
ならば自分で作ってやろうと思い、台所に立ったのだが、祖母は「私の家のものを勝手に触るな」と言って、僕を突き飛ばした。確かあの時、反論したんじゃないだろうか? 「このくらいいいだろう?」って。でも、祖母は台所にあった包丁を掴んで振り回してまで、僕を部屋へと追い返したのだった。
そうだ…。僕の部屋は、屋根裏部屋だった。一応、死んだ祖父の部屋が空いていたのだが、祖母はそれらを使うことを許してはくれなかった。曰く、「お前は私の家に寄生しているネズミなんだから、ネズミはネズミらしく、屋根裏部屋がお似合いだ」と言うことらしい。
屋根裏部屋で息を殺して生きることは、本当にきつかった。ネズミやゴキブリが出てくるのは言うまでも無く、夏場は蒸されるように熱く、冬になると凍り付くように寒かった。「死にかけた」と言っても、過言ではない。
そんな環境で僕は学校に通っていたわけだが、祖母は心底、僕の成績に興味が無かった。学校の行事にも興味が無かったから、懇談会には参加しなかったし、家庭訪問の時には、冷然たる態度で教師と接していた。
「成績が良ければ、お前は自立して何処かに行くんだ。悪くたって、高校を卒業したら否応なく追い出すからね。野垂れ死ぬなりなんなりしておくれ」
そう言われたような気がする。
僕だって、祖母と暮らすのは願い下げだった。だからと言って、「上等だよ」とはならなかった。屋根があるところで眠れることに感謝をし、例え愛情が籠っていなくとも、腹に食べ物が溜まる感覚に歓喜した。そして、高校を卒業し、「約束通り出ていけ」と言われ、絶縁状を突き付けられるその日まで、じっと耐えたんだ。
もう僕は、二度と祖母に会うまい…。そう思っていた。
本当に、気分の悪い話だ。
これは、祖母と暮らすようになってから、初めて言われたセリフだ。
言われたのは確か、祖母の家の前だった。軒下にあった月下美人の植木鉢が印象的だった。
それから祖母は、こう続けた。
『そして、私はお前のことが嫌いだ。バカ娘が産んだ、バカ息子だからね。一緒に過ごしているからって、情が芽生えることは無いだろうし、きつく当たられることは当たり前のことだと思え』
別に期待はしていなかった。どんな環境だろうと受け入れる覚悟はできていた。だけど、あまりにも手心の無い態度に、僕は戦々恐々とするしかなかった。
祖母との日々は、本当に息苦しいものだった。
祖母は僕の姿を見ることも嫌っていて、廊下ですれ違うだけで、「私の前に姿を見せるな!」と怒鳴った。学校の書類で印鑑が必要な時や、どうしても金が必要なときは、やむなく顔を合わせることとなるのだが、その度に、小言を言われた。「バカ息子」「能無し」「ぼんくら」。祖母に言われた悪口は、大体思い出した。
祖母は、僕に飯を作ることは一度も無かった。「お前に温かい飯なんて食わしてたまるか」ということらしい。毎日、スーパーで買った半額の総菜パンや、カップラーメン、エネルギーゼリー、酷いときは未調理のモヤシを、僕の部屋の前に置いていた。
ならば自分で作ってやろうと思い、台所に立ったのだが、祖母は「私の家のものを勝手に触るな」と言って、僕を突き飛ばした。確かあの時、反論したんじゃないだろうか? 「このくらいいいだろう?」って。でも、祖母は台所にあった包丁を掴んで振り回してまで、僕を部屋へと追い返したのだった。
そうだ…。僕の部屋は、屋根裏部屋だった。一応、死んだ祖父の部屋が空いていたのだが、祖母はそれらを使うことを許してはくれなかった。曰く、「お前は私の家に寄生しているネズミなんだから、ネズミはネズミらしく、屋根裏部屋がお似合いだ」と言うことらしい。
屋根裏部屋で息を殺して生きることは、本当にきつかった。ネズミやゴキブリが出てくるのは言うまでも無く、夏場は蒸されるように熱く、冬になると凍り付くように寒かった。「死にかけた」と言っても、過言ではない。
そんな環境で僕は学校に通っていたわけだが、祖母は心底、僕の成績に興味が無かった。学校の行事にも興味が無かったから、懇談会には参加しなかったし、家庭訪問の時には、冷然たる態度で教師と接していた。
「成績が良ければ、お前は自立して何処かに行くんだ。悪くたって、高校を卒業したら否応なく追い出すからね。野垂れ死ぬなりなんなりしておくれ」
そう言われたような気がする。
僕だって、祖母と暮らすのは願い下げだった。だからと言って、「上等だよ」とはならなかった。屋根があるところで眠れることに感謝をし、例え愛情が籠っていなくとも、腹に食べ物が溜まる感覚に歓喜した。そして、高校を卒業し、「約束通り出ていけ」と言われ、絶縁状を突き付けられるその日まで、じっと耐えたんだ。
もう僕は、二度と祖母に会うまい…。そう思っていた。
本当に、気分の悪い話だ。
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