僕の名は。~my name~

バーニー

文字の大きさ
上 下
61 / 75
第五章【魔女の指輪】

第五章 その⑤

しおりを挟む
 皆月に散々小言を言われて、店員さんを呼んで、ソファーの下に落ちた錠剤を取ってもらって、改めて聞いた。
「それで? 何を思いだしたんだよ」
「このネックレス」
 さっきまで頭痛に苦しんでいた様は何処へやら。彼女はけろっとした顔で言うと、僕のネックレスを掲げた。その拍子に、金属が擦れ合っていい音がする。
「ネックレス? どこのメーカーかわかったのか?」
「メーカーっていうか…」
 皆月は一瞬迷う素振りを見せてから言った。
「これって、映画のグッズだね」
「映画…」
「『Witch's Ring』って映画、知ってる?」
「うぃっちずりんぐ?」
 映画のタイトルを聞いて、僕は首を傾げた。喉の奥には「知らない」という言葉が形作られる。口を開けることで、その言葉を放とうとした。
「しらな…」
 だが、その瞬間、こめかみの辺りがピリリと痛んだ。それと同時に、脳裏にその映画のあらすじと、一部の映像が流れ込む。
「知ってるな」
 僕はそう言い直した。
「『Witch's Ring』ってあれだろ? 古い映画だ。第一作は確か、一九九八年に世に出たやつ」
 いや、そこまで古くはないか。でも二十年前。
「ああ、そうそう」
 皆月は嬉しそうに相槌を打った。
「私も見たことがあるの、小さい時に。二作目は確か、中学か高校の時かな? すごく面白かったから、三作目と四作目はレンタルして観たよ」
「面白いよな」
 まあ、僕は三作目までしか見たことが無いけど。
 いつ見たんだっけ? 映画館ではない。確か、というか多分、レンタルビデオだ。
 確か…、部屋の中で…。
「ええと、舞台はアメリカで…」
 顎に手をやった僕は、視線を上に下にとやりながら、映画のあらすじを思い出す。
「主人公は、大学で虐められている冴えない男子」
 すると、皆月が頷き、続けた。
「おまけに軽度の日光アレルギーを持っているから、常に厚着をしているんだよね」
「そうそう」
 段々思い出してきた。
「外をほとんど出歩かないから、主人公の身体は貧弱で、おかげで、学校で虐められるようになってしまう…」
「そうそう。それで、ある日差しの強い日、主人公は、いじめっ子らから上着を奪われて、外に放りに放り出されて、気を失っちゃうの」
「以降、彼は学校に行かなくなって、家に引きこもるんだ。テレビゲームやコミック本集めに夢中になって昼夜逆転の生活を送り、家を出て行くときと言えば、家族が寝静まる深夜だ」
「ある夜の事、主人公はお腹が空いたから、お菓子を買いに外に出る。その途中、彼は謎の指輪を拾う…」
 そこまで言ったところで、僕は皆月の手に握られているネックレスを見た。
「そのネックレスに通されているリングが、作中に登場する指輪のレプリカ…というか、グッズというわけだな」
 皆月は力強く頷いた。
「間違いないよ。この表面に彫られた文様とか、色とか」
 身を乗り出して、僕の手の中にネックレスを返す。僕は一度それを握りしめた後、改めて観察した。
 段々と思い出してきたぞ。銀色の表面に彫られた、象形文字を髣髴とさせる紋様。これは確かに、あの映画に登場する「魔女の落としもの」だ。それに流し込まれたペイルブルーの塗料は、作中主人公が魔法を使う際に指輪が輝くのを再現しているらしい。
「魔女の指輪か」
 この指輪は、この作品の重要アイテムだ。
 指輪を拾った主人公は、なんとなく指に着けて夜の町を歩くのだが、その途中、異形の化け物に遭遇する。人型のそいつは、主人公の三倍の体躯をしていて、頭はあるのだが顔はない。身体を支える脚は六本あり、腕は、帯のように細く柔らかく、触手のようだった。
 主人公は、その化け物に襲われる。必死に逃げる彼だったが、路地裏に追い込まれ、絶体絶命のピンチ。もうだめだ…と諦めた時、ヒロインの女の子に助けられるのだ。
 そうだ、ヒロイン。
「ヒロインって、いたよな」
「うん、作家志望で、二十四歳の子」
「化け物の正体って、確か、彼女が書いた小説の中に出てくる敵だよな」
「そうそう。どういうわけか、原稿の中から飛び出してきたんだよね」
 僕はまた、指輪に視線を落とした。
「主人公が拾った指輪もまた、ヒロインが書いた小説の中に登場する呪いの指輪。その効果は、装着した者に、魔力を与えて、超能力、もとい魔法を使えるようにする…。化け物は、その指輪を狙って主人公を襲った…」
「主人公は直ぐに指輪を返そうとするんだけど、指輪が主人公を主と認めちゃって、外れなくなるのよね」
「外す方法を失った主人公は、ヒロインにお願いされて、外に出てしまった化け物を回収することになるんだ。でも、化け物同様、指輪もまた外の世界にばら撒かれていて…、主人公以外のやつらが、指輪を手に入れて、悪さを働くようになる…」
 大体こんな話だったと思う。
 本シリーズの評価点は、CGを使っていないというのに、化け物の造詣が不気味で、生々しく動くということ。病弱且つ内気な主人公が、序盤中盤、そして終盤にかけて成長し、強敵を打倒すという王道展開。そして、残りの指輪や、異形の化け物を巡る戦いがシンプルながらも奥深く、見ていて全く飽きないということだ。
 制作陣の熱量も素晴らしい。本来、確か、二作目が制作されたのは、一作目の公開から十年が経っていた。本当は三年以内に公開するつもりが、監督がこだわったために、この長いスパンとなった。一部演者の交代はあったものの、待った甲斐のある素晴らしい出来だったと思う。
「シンプルに面白いんだよな。正義と悪の勢力図がはっきりとしていて、最後に悪が倒れるから、見ていて気持ちがいい」
 皆月は、うんうん…と頷いた。
「そうだね。ってか、まだ続いてるし」
「え、そうなの?」
 公開から二十年経っているというのに、まだ続いているのか。
「来年に新作が公開されるってさ。いやまあ、あの監督はとことん拘る人だから、三年後は見ておいた方が良いかもね」
 皆月は楽しそうに言った。
「五作目。二作目に出てきた魔女が、四作目で主人公らを裏切ったでしょう? 今度はそいつが敵になるんだってさ。しかも、主人公が倒したボスの指輪を奪ってる上に、五つも指輪を着けてるから、」
「へえ…」
 ネタバレされてしまった。
 まあ、怒るほどのことでも、気を落とすほどでもない。今の今まで忘れていたのだからな。
「来年か。じゃあまた、ビデオでもレンタルして、復習しておこうかな?」
「公開されたら、一緒に見に行こうよ」
 皆月が、ストローでメロンソーダをかき混ぜながらそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...