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第五章【魔女の指輪】
第五章 その⑤
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皆月に散々小言を言われて、店員さんを呼んで、ソファーの下に落ちた錠剤を取ってもらって、改めて聞いた。
「それで? 何を思いだしたんだよ」
「このネックレス」
さっきまで頭痛に苦しんでいた様は何処へやら。彼女はけろっとした顔で言うと、僕のネックレスを掲げた。その拍子に、金属が擦れ合っていい音がする。
「ネックレス? どこのメーカーかわかったのか?」
「メーカーっていうか…」
皆月は一瞬迷う素振りを見せてから言った。
「これって、映画のグッズだね」
「映画…」
「『Witch's Ring』って映画、知ってる?」
「うぃっちずりんぐ?」
映画のタイトルを聞いて、僕は首を傾げた。喉の奥には「知らない」という言葉が形作られる。口を開けることで、その言葉を放とうとした。
「しらな…」
だが、その瞬間、こめかみの辺りがピリリと痛んだ。それと同時に、脳裏にその映画のあらすじと、一部の映像が流れ込む。
「知ってるな」
僕はそう言い直した。
「『Witch's Ring』ってあれだろ? 古い映画だ。第一作は確か、一九九八年に世に出たやつ」
いや、そこまで古くはないか。でも二十年前。
「ああ、そうそう」
皆月は嬉しそうに相槌を打った。
「私も見たことがあるの、小さい時に。二作目は確か、中学か高校の時かな? すごく面白かったから、三作目と四作目はレンタルして観たよ」
「面白いよな」
まあ、僕は三作目までしか見たことが無いけど。
いつ見たんだっけ? 映画館ではない。確か、というか多分、レンタルビデオだ。
確か…、部屋の中で…。
「ええと、舞台はアメリカで…」
顎に手をやった僕は、視線を上に下にとやりながら、映画のあらすじを思い出す。
「主人公は、大学で虐められている冴えない男子」
すると、皆月が頷き、続けた。
「おまけに軽度の日光アレルギーを持っているから、常に厚着をしているんだよね」
「そうそう」
段々思い出してきた。
「外をほとんど出歩かないから、主人公の身体は貧弱で、おかげで、学校で虐められるようになってしまう…」
「そうそう。それで、ある日差しの強い日、主人公は、いじめっ子らから上着を奪われて、外に放りに放り出されて、気を失っちゃうの」
「以降、彼は学校に行かなくなって、家に引きこもるんだ。テレビゲームやコミック本集めに夢中になって昼夜逆転の生活を送り、家を出て行くときと言えば、家族が寝静まる深夜だ」
「ある夜の事、主人公はお腹が空いたから、お菓子を買いに外に出る。その途中、彼は謎の指輪を拾う…」
そこまで言ったところで、僕は皆月の手に握られているネックレスを見た。
「そのネックレスに通されているリングが、作中に登場する指輪のレプリカ…というか、グッズというわけだな」
皆月は力強く頷いた。
「間違いないよ。この表面に彫られた文様とか、色とか」
身を乗り出して、僕の手の中にネックレスを返す。僕は一度それを握りしめた後、改めて観察した。
段々と思い出してきたぞ。銀色の表面に彫られた、象形文字を髣髴とさせる紋様。これは確かに、あの映画に登場する「魔女の落としもの」だ。それに流し込まれたペイルブルーの塗料は、作中主人公が魔法を使う際に指輪が輝くのを再現しているらしい。
「魔女の指輪か」
この指輪は、この作品の重要アイテムだ。
指輪を拾った主人公は、なんとなく指に着けて夜の町を歩くのだが、その途中、異形の化け物に遭遇する。人型のそいつは、主人公の三倍の体躯をしていて、頭はあるのだが顔はない。身体を支える脚は六本あり、腕は、帯のように細く柔らかく、触手のようだった。
主人公は、その化け物に襲われる。必死に逃げる彼だったが、路地裏に追い込まれ、絶体絶命のピンチ。もうだめだ…と諦めた時、ヒロインの女の子に助けられるのだ。
そうだ、ヒロイン。
「ヒロインって、いたよな」
「うん、作家志望で、二十四歳の子」
「化け物の正体って、確か、彼女が書いた小説の中に出てくる敵だよな」
「そうそう。どういうわけか、原稿の中から飛び出してきたんだよね」
僕はまた、指輪に視線を落とした。
「主人公が拾った指輪もまた、ヒロインが書いた小説の中に登場する呪いの指輪。その効果は、装着した者に、魔力を与えて、超能力、もとい魔法を使えるようにする…。化け物は、その指輪を狙って主人公を襲った…」
「主人公は直ぐに指輪を返そうとするんだけど、指輪が主人公を主と認めちゃって、外れなくなるのよね」
「外す方法を失った主人公は、ヒロインにお願いされて、外に出てしまった化け物を回収することになるんだ。でも、化け物同様、指輪もまた外の世界にばら撒かれていて…、主人公以外のやつらが、指輪を手に入れて、悪さを働くようになる…」
大体こんな話だったと思う。
本シリーズの評価点は、CGを使っていないというのに、化け物の造詣が不気味で、生々しく動くということ。病弱且つ内気な主人公が、序盤中盤、そして終盤にかけて成長し、強敵を打倒すという王道展開。そして、残りの指輪や、異形の化け物を巡る戦いがシンプルながらも奥深く、見ていて全く飽きないということだ。
制作陣の熱量も素晴らしい。本来、確か、二作目が制作されたのは、一作目の公開から十年が経っていた。本当は三年以内に公開するつもりが、監督がこだわったために、この長いスパンとなった。一部演者の交代はあったものの、待った甲斐のある素晴らしい出来だったと思う。
「シンプルに面白いんだよな。正義と悪の勢力図がはっきりとしていて、最後に悪が倒れるから、見ていて気持ちがいい」
皆月は、うんうん…と頷いた。
「そうだね。ってか、まだ続いてるし」
「え、そうなの?」
公開から二十年経っているというのに、まだ続いているのか。
「来年に新作が公開されるってさ。いやまあ、あの監督はとことん拘る人だから、三年後は見ておいた方が良いかもね」
皆月は楽しそうに言った。
「五作目。二作目に出てきた魔女が、四作目で主人公らを裏切ったでしょう? 今度はそいつが敵になるんだってさ。しかも、主人公が倒したボスの指輪を奪ってる上に、五つも指輪を着けてるから、」
「へえ…」
ネタバレされてしまった。
まあ、怒るほどのことでも、気を落とすほどでもない。今の今まで忘れていたのだからな。
「来年か。じゃあまた、ビデオでもレンタルして、復習しておこうかな?」
「公開されたら、一緒に見に行こうよ」
皆月が、ストローでメロンソーダをかき混ぜながらそう言った。
「それで? 何を思いだしたんだよ」
「このネックレス」
さっきまで頭痛に苦しんでいた様は何処へやら。彼女はけろっとした顔で言うと、僕のネックレスを掲げた。その拍子に、金属が擦れ合っていい音がする。
「ネックレス? どこのメーカーかわかったのか?」
「メーカーっていうか…」
皆月は一瞬迷う素振りを見せてから言った。
「これって、映画のグッズだね」
「映画…」
「『Witch's Ring』って映画、知ってる?」
「うぃっちずりんぐ?」
映画のタイトルを聞いて、僕は首を傾げた。喉の奥には「知らない」という言葉が形作られる。口を開けることで、その言葉を放とうとした。
「しらな…」
だが、その瞬間、こめかみの辺りがピリリと痛んだ。それと同時に、脳裏にその映画のあらすじと、一部の映像が流れ込む。
「知ってるな」
僕はそう言い直した。
「『Witch's Ring』ってあれだろ? 古い映画だ。第一作は確か、一九九八年に世に出たやつ」
いや、そこまで古くはないか。でも二十年前。
「ああ、そうそう」
皆月は嬉しそうに相槌を打った。
「私も見たことがあるの、小さい時に。二作目は確か、中学か高校の時かな? すごく面白かったから、三作目と四作目はレンタルして観たよ」
「面白いよな」
まあ、僕は三作目までしか見たことが無いけど。
いつ見たんだっけ? 映画館ではない。確か、というか多分、レンタルビデオだ。
確か…、部屋の中で…。
「ええと、舞台はアメリカで…」
顎に手をやった僕は、視線を上に下にとやりながら、映画のあらすじを思い出す。
「主人公は、大学で虐められている冴えない男子」
すると、皆月が頷き、続けた。
「おまけに軽度の日光アレルギーを持っているから、常に厚着をしているんだよね」
「そうそう」
段々思い出してきた。
「外をほとんど出歩かないから、主人公の身体は貧弱で、おかげで、学校で虐められるようになってしまう…」
「そうそう。それで、ある日差しの強い日、主人公は、いじめっ子らから上着を奪われて、外に放りに放り出されて、気を失っちゃうの」
「以降、彼は学校に行かなくなって、家に引きこもるんだ。テレビゲームやコミック本集めに夢中になって昼夜逆転の生活を送り、家を出て行くときと言えば、家族が寝静まる深夜だ」
「ある夜の事、主人公はお腹が空いたから、お菓子を買いに外に出る。その途中、彼は謎の指輪を拾う…」
そこまで言ったところで、僕は皆月の手に握られているネックレスを見た。
「そのネックレスに通されているリングが、作中に登場する指輪のレプリカ…というか、グッズというわけだな」
皆月は力強く頷いた。
「間違いないよ。この表面に彫られた文様とか、色とか」
身を乗り出して、僕の手の中にネックレスを返す。僕は一度それを握りしめた後、改めて観察した。
段々と思い出してきたぞ。銀色の表面に彫られた、象形文字を髣髴とさせる紋様。これは確かに、あの映画に登場する「魔女の落としもの」だ。それに流し込まれたペイルブルーの塗料は、作中主人公が魔法を使う際に指輪が輝くのを再現しているらしい。
「魔女の指輪か」
この指輪は、この作品の重要アイテムだ。
指輪を拾った主人公は、なんとなく指に着けて夜の町を歩くのだが、その途中、異形の化け物に遭遇する。人型のそいつは、主人公の三倍の体躯をしていて、頭はあるのだが顔はない。身体を支える脚は六本あり、腕は、帯のように細く柔らかく、触手のようだった。
主人公は、その化け物に襲われる。必死に逃げる彼だったが、路地裏に追い込まれ、絶体絶命のピンチ。もうだめだ…と諦めた時、ヒロインの女の子に助けられるのだ。
そうだ、ヒロイン。
「ヒロインって、いたよな」
「うん、作家志望で、二十四歳の子」
「化け物の正体って、確か、彼女が書いた小説の中に出てくる敵だよな」
「そうそう。どういうわけか、原稿の中から飛び出してきたんだよね」
僕はまた、指輪に視線を落とした。
「主人公が拾った指輪もまた、ヒロインが書いた小説の中に登場する呪いの指輪。その効果は、装着した者に、魔力を与えて、超能力、もとい魔法を使えるようにする…。化け物は、その指輪を狙って主人公を襲った…」
「主人公は直ぐに指輪を返そうとするんだけど、指輪が主人公を主と認めちゃって、外れなくなるのよね」
「外す方法を失った主人公は、ヒロインにお願いされて、外に出てしまった化け物を回収することになるんだ。でも、化け物同様、指輪もまた外の世界にばら撒かれていて…、主人公以外のやつらが、指輪を手に入れて、悪さを働くようになる…」
大体こんな話だったと思う。
本シリーズの評価点は、CGを使っていないというのに、化け物の造詣が不気味で、生々しく動くということ。病弱且つ内気な主人公が、序盤中盤、そして終盤にかけて成長し、強敵を打倒すという王道展開。そして、残りの指輪や、異形の化け物を巡る戦いがシンプルながらも奥深く、見ていて全く飽きないということだ。
制作陣の熱量も素晴らしい。本来、確か、二作目が制作されたのは、一作目の公開から十年が経っていた。本当は三年以内に公開するつもりが、監督がこだわったために、この長いスパンとなった。一部演者の交代はあったものの、待った甲斐のある素晴らしい出来だったと思う。
「シンプルに面白いんだよな。正義と悪の勢力図がはっきりとしていて、最後に悪が倒れるから、見ていて気持ちがいい」
皆月は、うんうん…と頷いた。
「そうだね。ってか、まだ続いてるし」
「え、そうなの?」
公開から二十年経っているというのに、まだ続いているのか。
「来年に新作が公開されるってさ。いやまあ、あの監督はとことん拘る人だから、三年後は見ておいた方が良いかもね」
皆月は楽しそうに言った。
「五作目。二作目に出てきた魔女が、四作目で主人公らを裏切ったでしょう? 今度はそいつが敵になるんだってさ。しかも、主人公が倒したボスの指輪を奪ってる上に、五つも指輪を着けてるから、」
「へえ…」
ネタバレされてしまった。
まあ、怒るほどのことでも、気を落とすほどでもない。今の今まで忘れていたのだからな。
「来年か。じゃあまた、ビデオでもレンタルして、復習しておこうかな?」
「公開されたら、一緒に見に行こうよ」
皆月が、ストローでメロンソーダをかき混ぜながらそう言った。
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