僕の名は。~my name~

バーニー

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第五章【魔女の指輪】

第五章 その②

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 すぐに支度をして、皆月と一緒に部屋を出た。
 階段を降り、駐輪場の前を抜け、道路を三歩歩いたところで、ぽつり…と、冷たいものが首筋に落ちる。あ…と思った時には、天井が崩れるが如く、大粒の雨が僕らに降り注ぎ始めた。
 一瞬にして髪が濡れて、額に貼りつく。
「うわ…、まじか」
「タイミング悪いね」
「もう少し耐えてくれてもいいのに」
 こういう時は真っ先に機嫌が悪くなるのは皆月なのだが、彼女はけろっとした声で言うと、通学鞄からピンク色の折り畳み傘を取り出し、差した。それから、分厚いバスタオルも取り出し、僕の頭に掛ける。
「準備が良いな」
 部屋に傘を取りに戻ろうとしたのだが、皆月が「時間がもったいない」と言ったので、そのまま二人で一本の傘を共有しながら歩き始めた。
 目的地である貴金属修理店は、一キロあるかないかの、商店街の片隅に佇んでいた。体感一瞬の散歩だったのだが、途中から横殴りの雨になって、着いたころにはお互いびしょ濡れ。別に僕は平気だったのだが、皆月はそうもいかない。濡れたシャツが肌に張り付いて、下着が透けていた。タオルで拭ってみても変わらない。
 僕はジャケットのボタンに指を掛けた。
「皆月…」
「おら、上着よこせ」
 僕が「僕の上着着ろよ」という前に、皆月は僕からジャケットをひったくって着た。
 僕は冷えたため息をつくと、代わりに皆月からタオルを奪い、顔の水気を拭った。そして、店のガラス戸を開ける。
 カランコロン…と鈴が鳴る。この大雨だというのに天井の照明はついておらず、店内は灰色だった。一瞬廃墟かと錯覚したが、奥でデスクライトが灯り、頭にバンダナを撒いた店主が顔を上げる。五十代くらいの、小じわが目立つ痩せた男だった。
 入ってきた僕らを見て、店主は顔を綻ばせた。
「ああ、もしかして、さっき電話した」
「ああ、はい…」
 後頭部にピリリと電気が走る。
 ああ、見覚えがあるぞこの顔。店内もだ。確かに僕は、半年くらい前に、ここを訪れて、ネックレスの修理を依頼した気がする。
 椅子を引いて立ち上がった店主は、頭を掻きながら僕らの方へと歩いてきた。
「雨の中すみません。天気予報を見ていなかったもので。いや全く、失礼なお電話をしました」
 踏み出すたびに、床板がギシリ…と鳴り、埃が舞う。
 鼻の奥がムズムズするのを感じながら、僕は聞いた。
「それで、依頼していたネックレスは?」
「ああ、ありますよ」
 店主はにこやかに頷き、シャツの胸ポケットから、黒い巾着袋を取り出した。口を緩め、引っくり返すと、落ちてくる。銀色のネックレスが。
 皆月が「へえ…」と洩らす。
 ネックレス。しかも修理…というから、どんなに煌びやかで、どんな複雑な意匠をしたものかと思っていたが、なんてことない。細いチェーンに、銀色の指輪を三本通したものだった。
「リングネックレス…か」
 僕はそう呟き、店主の手からネックレスを摘まもうとする。だが、店主はやんわりと手を引いた。
「あの、一応、あの時のレシートは持っていますか?」
「あ…」
 そうだよな。本人確認のために必要だよな。
「そう言えば…、まだ手帳に挟んだままだったかも…」
 一縷の望みを込めて財布を開いてみたが、そんなものは無かった。
「すみません、取ってきます」
 恥ずかしさの余り、顔が熱くなる。視線を下げつつ踵を返したのだが、直ぐに引き留められた。
「良いですよ。別に。本人だってわかっているので」
「ああ、いいですか?」
「ええ、構いません。あなたの顔はよく憶えていますから」
 なんて言って、店主は僕にそのネックレスを差し出す。僕は頭を下げてネックレスを受け取った。ずっとポケットの中に入っていたためか、生温かった。
 改めて、手の中にあるネックレスを、皆月と一緒に覗き込む。
「なにこれ」
「…なんだろうな」
 チェーンは細く銀色で、リング状の金具と中央で繋がっていた。そしてそのリングに、一本の指輪が通されている。残り二本は、その左右に通されていた。合計三本の指輪が使われたリングネックレス。特徴的な意匠はなく、しいて言うなら、リングに青色の文様が走っていることくらいだった。
 正直、良いデザインとは思えない。ごてごてしている…というか、デザインとデザインが喧嘩しているっていうか…。上手い言葉が見つからない。とにかく、これを着けるのは、なんだか憚れた。
「ださっ」
 隣の皆月がそう言う。僕は否定せずに頷いた。
「ださいですかね?」
 せっかくお金を受け取ってまで修理したネックレスを「ダサい」と言われたことに、店主は当然いい顔をしなかった。
「私はとても素敵なデザインだと思いますよ?」
「………」
 まあ、そう言うしかないか。
「ちなみに、何処を修理したんですか?」
 そう聞くと、店主はまた怪訝な顔をした。そりゃそうか、「壊れたから直してくれ」と言ったのは僕だから。とは言え、答えてくれる。
「チェーンが切れたので…、その修理を。繋ぎ直しました。一応、お客さんには新しいチェーンに取り換えるよう勧めたのですが…、『このチェーンが良い』と…」
「ああ、はい。そう言いましたね」
 なぞる様に言った僕は、手の中のネックレスを握りしめた。
「ありがとうございました」
 お金は先に払っていたので、特に何もすることなく、店を後にする。雨はまだ強かったので、アーケードの下を皆月とぶらぶらと歩き、閑古鳥が鳴いている喫茶店に立ち寄った。僕はコーヒーを、皆月はメロンソーダを注文し、改めてネックレスを確認する。
「なんなんだ、このネックレスは」
「ちょっと触らせて」
 皆月が身を乗り出し、僕の手からネックレスをひったくった。天井の照明に翳し、じっと観察する。
「うーん…」
「皆月にわかるか?」
 僕にもわからないのだから、彼女にもわかるはずがない。僕は鼻で笑い、挑発的に聞いた。
 皆月は視線を指輪から外さず、うーん…と首を傾げる。
「これ、なんか見覚えがあるのよね」
「見覚えがあるだと?」
 僕はまた鼻で笑う。
「お上品な皆月のことだから、アクセサリーには詳しいのか」
「ええ、そりゃあもう」
 適当に返事をした彼女は、掲げていたネックレスを下ろした。そして、中央のリングを摘まむ。
「どこで見たことあるんだっけ?」
「何か、有名なブランドなのか?」
「いや、そういうわけじゃないでしょ。だってこれ、ステンレス製だし。高価な宝石を使っているわけでもない…」
 そう言われて、僕の胸にどしっとしたものが落ちてくる感覚があった。
「わかるのか?」
 わざわざ修理屋に依頼して直したネックレスなんだ。別に売るつもりは無いけれど、高価であってほしかった。
「触った感じ、なんとなくわかるもんだよ」
 皆月は口を歪めてそう言うと、丁重に扱う必要のないネックレスを、手の中で転がした。
「触ったらわかるって…、まるで宝石に沢山触って来たみたいな言い方だな」
「ああ、うん。私のおばあちゃんが沢山宝石を持ってたから…、私もよく着けてたの」
「へえ…」
 皆月にも祖母がいたのか…と意外に思う。いやまあ、人間だれしも祖父母はいるだろうが、彼女に関しては、なんとなく超常的な存在だと思っていた。
「皆月のばあちゃんって、どんな人」
 なんとなくそう聞く。
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