57 / 75
第五章【魔女の指輪】
第五章 その①
しおりを挟む
【二〇一八年 三月二十五日】
もうすっかり暖かくなった。
朝の五時五十分。食パンをトースターに入れてダイヤルを捻った後、ゴミ袋を掴んだ僕は玄関へと向かう。ウインドブレーカーを着るまでもなく、Tシャツとジャージのまま、サンダルを突っかけて外に出た。
赤錆まみれの階段を降りて、百メートルほど離れたゴミ回収場へと歩いていく。ゴミ出しは朝の六時から八時…というルールとなっていたが、その時点で、そこには大量のゴミ袋が積み上がっていた。
烏避けとして被せられているネットを外すと、道路に雪崩込まないよう注意しながら、ゴミ袋を放る。それから、そっとネットを戻す。
その時、温い風が吹いた。
はらはらと、桜の花びらが舞ってきて、僕の手の甲に落ちる。
「…………」
欠伸を噛み殺しながら、僕は部屋に戻った。
少しだけ待ってから、こんがり焼けたパンをトースターから取り出す。今日はイチゴジャムを塗りたくってリビングに戻った。
床に座り込み、なんとなくテレビをつける。丁度、ローカルニュースをやっていて、綺麗なお姉さんが、この辺りの天気を読み上げているところだった。
予報によると、今日は昼前から大雨になるらしい。明日の朝まで続くって。とは言え、さっき外に出た時は、そんな気配は微塵も感じなかった。若干湿った空気は漂っているものの、頭上には、子どもが塗ったような空があった。
これ、大丈夫かな?
そんなことを思って、トーストを齧っていると、皆月がやってきた。
「おはようナナシさん」
「うん、おはよう」
なんて、いつもの挨拶を交わす。
「パン、私にも頂戴」
「うん」
皆月は冷凍庫を開けると、凍った食パンを取り出し、トースターに放り込んでいた。
「今日雨だって」
「そうなの」
「傘持ってきたか?」
「折り畳み入れてる」
「それ小さくない?」
「濡れてもシャワー浴びればいい話だし」
「そうか」
トーストが焼けた後は、くだらない話をしながらそれを食べ、コーヒーを飲んだ。
脳が起きたところで、過去の復元に取り掛かる。今日は外に出ず、今まで思い出してきたことの整理をすることにした。
「高校生の時のナナシさんの身に起こったイベントとして、印象的なのは、体育祭と、文化祭と…」
「あと受験期だな」
「日付がわかってるから、この日にあのことがあったってことは書き込むとして、それを埋める日。何も無かった普通の日は…」
「この前に母校に帰った時に、当時の時間割を手に入れたから、それを参考に書けばいいのか」
「うん。授業内容も書けばいいけど、まあ、そこまで重要じゃないかな? コピペして埋めていっても問題ないと思う。一応、授業中に印象的な話があれば思い出してね」
「気にしておくよ」
「ああ、そう言えば、ナナシさんって、どこに住んでたの? そろそろ実家の方にも向かおうと思うんだけど…」
「実家?」
そう言われて、僕が顎に手をやっていた。
「実家か」
「うん、実家」
「考えたことなかった」
「なんでよ」
皆月はわざとらしく肩を落とす。顔を上げた彼女は、何かを摘まむような素振りを見せ、ひらひらと振った。
「保険証に書いてるんじゃない? いやまあ、この前行った中学校の近くだと思うんだけど」
「そうだな」
頷いた僕は、財布を取るべく鞄の方を振り返る。
その時だった。
突然、机の上に置いてあったスマホが鳴った。バイブに設定していたため、小刻みに振動したそれが木を叩き、警告のような嫌な音を奏でる。
皆月は「わっ!」なんて声を上げて驚き、持っていたコーヒーを少し零した。それから、スマホが悪いというのに僕を睨みつける。
「ちょっと何?」
「ごめんって」
僕は平謝りをすると、けたたましく鳴いているスマホを掴んだ。机から話した途端、音は止み、僕の指先に可愛らしい振動が伝わる。画面を見ると、知らない番号からの着信だった。いやまあ、僕は今記憶を失くしているのだから、ほとんどがはじめましての番号なのだろうが…。
「…………」
じっとスマホを見つめていると、皆月が横から覗き込んだ。
「…………」
僕は皆月を見て頷く。
皆月も僕を見て頷く。
僕はまたスマホに視線を落とす。
スマホは震え続けていた。
「いや、出ないんかい!」
皆月はそう突っ込むと、僕の後頭部を叩いた。バシンッ! と良い音が鳴るとともに、激痛が走った。
もうすっかり暖かくなった。
朝の五時五十分。食パンをトースターに入れてダイヤルを捻った後、ゴミ袋を掴んだ僕は玄関へと向かう。ウインドブレーカーを着るまでもなく、Tシャツとジャージのまま、サンダルを突っかけて外に出た。
赤錆まみれの階段を降りて、百メートルほど離れたゴミ回収場へと歩いていく。ゴミ出しは朝の六時から八時…というルールとなっていたが、その時点で、そこには大量のゴミ袋が積み上がっていた。
烏避けとして被せられているネットを外すと、道路に雪崩込まないよう注意しながら、ゴミ袋を放る。それから、そっとネットを戻す。
その時、温い風が吹いた。
はらはらと、桜の花びらが舞ってきて、僕の手の甲に落ちる。
「…………」
欠伸を噛み殺しながら、僕は部屋に戻った。
少しだけ待ってから、こんがり焼けたパンをトースターから取り出す。今日はイチゴジャムを塗りたくってリビングに戻った。
床に座り込み、なんとなくテレビをつける。丁度、ローカルニュースをやっていて、綺麗なお姉さんが、この辺りの天気を読み上げているところだった。
予報によると、今日は昼前から大雨になるらしい。明日の朝まで続くって。とは言え、さっき外に出た時は、そんな気配は微塵も感じなかった。若干湿った空気は漂っているものの、頭上には、子どもが塗ったような空があった。
これ、大丈夫かな?
そんなことを思って、トーストを齧っていると、皆月がやってきた。
「おはようナナシさん」
「うん、おはよう」
なんて、いつもの挨拶を交わす。
「パン、私にも頂戴」
「うん」
皆月は冷凍庫を開けると、凍った食パンを取り出し、トースターに放り込んでいた。
「今日雨だって」
「そうなの」
「傘持ってきたか?」
「折り畳み入れてる」
「それ小さくない?」
「濡れてもシャワー浴びればいい話だし」
「そうか」
トーストが焼けた後は、くだらない話をしながらそれを食べ、コーヒーを飲んだ。
脳が起きたところで、過去の復元に取り掛かる。今日は外に出ず、今まで思い出してきたことの整理をすることにした。
「高校生の時のナナシさんの身に起こったイベントとして、印象的なのは、体育祭と、文化祭と…」
「あと受験期だな」
「日付がわかってるから、この日にあのことがあったってことは書き込むとして、それを埋める日。何も無かった普通の日は…」
「この前に母校に帰った時に、当時の時間割を手に入れたから、それを参考に書けばいいのか」
「うん。授業内容も書けばいいけど、まあ、そこまで重要じゃないかな? コピペして埋めていっても問題ないと思う。一応、授業中に印象的な話があれば思い出してね」
「気にしておくよ」
「ああ、そう言えば、ナナシさんって、どこに住んでたの? そろそろ実家の方にも向かおうと思うんだけど…」
「実家?」
そう言われて、僕が顎に手をやっていた。
「実家か」
「うん、実家」
「考えたことなかった」
「なんでよ」
皆月はわざとらしく肩を落とす。顔を上げた彼女は、何かを摘まむような素振りを見せ、ひらひらと振った。
「保険証に書いてるんじゃない? いやまあ、この前行った中学校の近くだと思うんだけど」
「そうだな」
頷いた僕は、財布を取るべく鞄の方を振り返る。
その時だった。
突然、机の上に置いてあったスマホが鳴った。バイブに設定していたため、小刻みに振動したそれが木を叩き、警告のような嫌な音を奏でる。
皆月は「わっ!」なんて声を上げて驚き、持っていたコーヒーを少し零した。それから、スマホが悪いというのに僕を睨みつける。
「ちょっと何?」
「ごめんって」
僕は平謝りをすると、けたたましく鳴いているスマホを掴んだ。机から話した途端、音は止み、僕の指先に可愛らしい振動が伝わる。画面を見ると、知らない番号からの着信だった。いやまあ、僕は今記憶を失くしているのだから、ほとんどがはじめましての番号なのだろうが…。
「…………」
じっとスマホを見つめていると、皆月が横から覗き込んだ。
「…………」
僕は皆月を見て頷く。
皆月も僕を見て頷く。
僕はまたスマホに視線を落とす。
スマホは震え続けていた。
「いや、出ないんかい!」
皆月はそう突っ込むと、僕の後頭部を叩いた。バシンッ! と良い音が鳴るとともに、激痛が走った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる