僕の名は。~my name~

バーニー

文字の大きさ
上 下
34 / 75
第三章 【変われなかった者 変わり果てた者】

第三章 その① 2018年 2月12日

しおりを挟む
【二〇一八年 二月十二日】
 昨晩までの大雪が嘘だったかのように、空には雲一つなく、白い太陽がギラギラと照っていた。降り積もった雪は殆ど溶けていて、アスファルトは黒く濡れている。
 春の気配を感じさせる、ぽかぽかとした陽気。
 中学校の校門の傍には、まるでやっつけで作ったかのような「夏香中学校同窓会・会場」と書かれたプラカードが立っていた。
 その傍に立って、同級生らが来るのを待っていた僕は、シャツの襟を正し、ネクタイを締め、前髪を整えてから言った。
「皆月、どう思う? この格好、変じゃないかな?」
「あーはいはい、かっこいいカッコイイ」
 皆月は僕の方を振り返らずに言った。
 さっきからしゃがみ込んで何をしているのだろう? と皆月の手元を除くと、彼女は残った雪で雪だるまを作っていたのだった。
 僕は痒くなった頬を掻きながら、彼女を揶揄った。
「君も案外、子どもみたいなことするんだな」
「あんたの相手してたら、子どもにでもなりたくなるわ」
 そこでようやく、彼女が振り返る。そして、スーツを身に纏う僕を見るなり、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「何それ、気持ちわる」
「そりゃあ、同窓会なんだから、しっかりした格好じゃないと」
 僕はニヤッと笑うと、クリーニングから帰ってきたばかりのスーツを撫でた。
「スーツを着るなんて久しぶりな気がするよ。部屋のクローゼットの中で、しわくちゃ団子になってたもんな…」
 さっき締めなおしたばかりのネクタイを緩めると、また締めなおす。
「それで六回目」
 いちいち数えていたのか、皆月はうんざりしたようにそう言った。
「ってか、同窓会の招待状失くしたんでしょう? 呼ばれてないのにここに来るって、神経がどうかしてるのね」
「これも、僕の過去を復元するためだからな」
 僕は、ふんっ! と息を吐くと、またネクタイを緩めて、締め直した。
「確かに、招待状は持っていないけど、僕はこの学校の卒業生だからな。別に悪いことをしているわけじゃない。家の鍵を失くした父親が、窓から中に入るものさ。それに、食事が用意されるホテルならともかく、ここは学校だぞ? このくらい大目に見てほしいさ」
「あーはいはい、うるさいうるさい」
 皆月は手で耳を押さえたり、離したり。
 せっかく作った雪だるまを踏み潰すと、気だるそうにこちらを振り返った。
「まあ、ナナシさんの過去を復元するのは建前でも何でもなくて本当だから否定はしないけどさ…。できる範囲で同窓会には潜入するけどさ…」
 そこまで言った彼女は、口を一文字に結び、微かに震えた。
「なんか…、鼻につくわ」
「どこがだよ」
 僕は笑みを隠し切れない声で聞いた。
「むしろ喜べよ。二週間前、タイムカプセルを掘り起こしたおかげで、小学生時代の僕の交友関係が判明したんだぞ? 名前の復元にまた一歩近づいたってことじゃないか」
「そのあからさまにニヤついた顔が本当にむかつく」
 人間性のなっていない皆月は、ローファーのつま先で雪を掬って蹴った。
 水っぽくなった雪が散り、せっかくパリッと仕上げてもらったスーツの裾を汚す。
「あ、お前…」
 皆月はしてやったり顔で、べえ…っと舌を出し、僕を挑発した。
 だが、タイムカプセルを掘り起こし、アサとの甘美な過去を思い出した僕の心には、ウユニ塩湖ほどの余裕があった。
 にやっと笑い、皆月に舌を出す。
「まあいいよ。アサならこのくらいの汚れ気にしない」
「そもそも、アサちゃん来るわけ?」
「きっと来るさ」
 皆月が嫌いそうな、「勘」でそう言った僕は、冷えた手を握り締めた。
「時間は十時からになっているけど、彼女のことだからもう少し早く来るんじゃないかな? それで、僕の顔を見たらきっと、すぐに思い出してくれると思うんだよ…」
「そうだと良いんだけどね~」
 学校を取り囲っている金網に背を凭れる皆月。
 一服するかのように、閉じられた口から白い息を吐いた。
「まあ、どうせ痛い目見るんだろうね」
 憐れむような目が僕を見る。
 その視線を浴びても尚、僕の胸には、カスピ海くらいの余裕があった。
「どうやって痛い目に遭うって言うんだよ」
「まあ、私としては、あんたがしょぼくれていた方が見ていて楽しいんだけど…」
 そう前置きしてから、彼女は真剣な口調で言った。
「五年だよ。ナナシさんと…、そのアサちゃんって人が卒業してから、五年が経ったの」
「それがどうした」
「人が変わるには、十分な時間ってこと」
 淡々と放たれたその言葉に、僕の胸に何か熱いものがこみ上げた。
「それは…」
「ナナシさんに甘い過去があったことは認めるよ。あの手紙を見る限りそうなんだろうね」
 皆月は僕の言葉を遮った。
「これは、姓名変更師としても嬉しいことだよ。過去を復元するにしても、どうせ書くなら楽しい方が良いでしょう?」
 金網から背を剥がした彼女は、少し強張った顔で歩み寄ってきた。
「だからと言って、未来に思いを馳せるのは良くないよ。期待しすぎると、裏切られた時に辛いんだから。期待していない方が丁度いい」
「アサはそんな奴じゃないって…」
 そこはハッキリと否定する。
「アサは、今も昔も、変わらないよ。今日だって、きっと僕たちは再会できるんだ…。そして、あの時みたいに、仲良く話して…」
 その瞬間、皆月の眉間に深い皺が刻まれるのが分かった。嫌悪のような、侮蔑のような、とにかく嫌な気配を放ったから、僕の背筋がすっと寒くなる。
 息を吸い込んだ彼女は、こう言った。
「思うんだ。不幸な奴はずっと過去を見ていて、幸せな人は、ずっと未来を見ているって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...