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第二章【青春盗掘】
第二章 その⑳
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電車に乗り、一時間ほど揺られた後、僕と皆月は寂れた無人駅に降り立った。
人を乗せないまま発車する電車を見送った後、改札を潜って駅舎に入る。充満したぬるい空気を吸い込み、壁に貼ってあった町内会クリスマス会の知らせを一瞥してから、外に出た。
「場所、わかるの?」
「まあ、何とか」
憶えがあるような無いような通りを眺め、僕は唾を飲み込む。
綱渡りにでも挑戦するかのように、母校へ向けての一歩を踏み出した。
時間は零時を回ったところで、町は夢に片足を突っ込んでいた。家の窓からは明かりが消え、テレビの音が途切れる。暖かな光を放つ居酒屋さえも暖簾を下ろし始め、霧が立ち込めるみたいに、いよいよ世界の輪郭が不鮮明になりつつあった。
そうして空に溶けるように歩き続けた僕は、若干道に迷いつつ、母校へと辿り着いた。
「ここか」
眠りにつく町を撫でるように、黒い校舎がのんびりと聳えていた。
呑みこまれるような感覚を覚えながら、僕は鞄の紐を掴む。
「じゃあ、行こうか」
「はいはい」
久しぶりに、皆月が声を発した。
案の定、門には鍵が掛かっていた。他に入れそうなところを探そうかと考えもしたが、大した高さじゃなかったから、しがみ付き、腕に力を込め、乗り越える。
そのまま、黒いアスファルトに着地。
僕の後に続き、皆月もスカートを捲りあげながら着地した。しかし、上手く衝撃を殺せなかったようで、ダンッ! と痛々しい音が響き、それから、その華奢な身体がよろめく。
僕は反射的に手を伸ばし、その肩を掴んだ。
「大丈夫か?」
「パンツ見んな」
相変わらずの皆月節で、僕は何処かほっとした。
足の痺れがとれるのを待ってから、中庭を横切り、校舎へと近づいた。
息を潜めつつ見上げて、一階、二階、三階の窓を確認したが、光が灯っている部屋は無い。人の気配もない。そもそも、門には厳重に鍵が掛けられていたのだから、最後の人が出た後なのは明白だったな。
それでも、警戒は怠らず、体育館と校舎の渡り廊下を通り抜け、校庭に出た。
奥へ奥へと進む。
校庭の端…、ブランコの横にある築山を超えたところに、その石碑は立っていた。
「あったな。良かった…」
ナップサックから懐中電灯を取り出すと、石碑を照らす。そこには確かに、『×年度 卒業生 タイムカプセル』と刻まれていた。
誰かがサッカーボールを当てて遊んでいたのか、球状の砂汚れが付いている。
僕は皆月の方を振り返り、煌々とする懐中電灯を渡した。
「僕が掘るから、皆月は照らしていてくれ」
「あら、掘ってくれるの?」
皆月はわざとらしく首を傾げた。
「だって皆月、掘る気ないだろ」
「そんなことないけど」
そうなぞる様に言った皆月は、築山のトンネルの淵に腰を掛けた。
優雅に脚を組み、懐中電灯の白い光を僕の目に当てる。
「まあ、ナナシさんがやってくれるのなら任せるよ。私、か弱いし」
「足癖の悪い奴がよく言うわ」
端から彼女に期待していなかった僕は、石碑に歩み寄ると、その少し前にスコップを突き立てた。
ガリッ! と、硬い土の感触。指が痺れる。掘れないことは無いけど、気が遠くなりそうだ。
「なんか…、もう少し大きいスコップでも持ってくればよかったな…」
考えが足りていなかった自分が恥ずかしくなり、頭を掻いて笑った。
それを見た皆月は、腰を据えていたトンネルから降りた。
「…グラウンドなんだから、スコップくらい置いているんじゃない?」
懐中電灯を持ったまま走り出す。
「探してくる!」
首だけで振り返ってそう言うと、校庭の隅にある体育倉庫へと走って行った。
皆月がショベルを探してくれている間に、僕は岩を髣髴とさせる硬い土にスコップを突き立て、掘る…というよりも、削る作業を繰り返した。
ガリガリ…ガリガリ…と地面に穴が現れていく。
何度も、何度も、削る。
腕が棒のようになり、頬が火照り始めた頃、再び懐中電灯の明かりが、僕の手元を照らした。
顔を上げると、肩にショベルを担いだ皆月が立っていた。
「あったんだな」
「うん。入口横に置いてあった」
そう言った彼女は、ショベルを振り下ろし、僕の手元に突き立てた。
危うく脳天を勝ち割られるところだった僕は、「うわ…」と洩らし、青ざめる。
「これで行けるね。頑張って」
僕にショベルだけを運んできた彼女は、再び築山のトンネルに腰を掛け、僕の背中を眺め始めた。
「まあ、そうだよな」
箸より重いものを持ったことが無い皆月が、箸より重いショベルを持ってきてくれたんだ。それだけで十分だった。
「後は僕に任せとけ」
僕はやけくそ気味に言うと、皆月が持ってきてくれたショベルの柄を掴んだ。
スコップとの重量差に驚きつつ、体重を掛け、その先端を地面に突き立てる。
先ほどまでの岩を削るような感触とは違い、今度は、チョコケーキでも切るみたいに、ショベルの先端は地面を抉った。
「おお、すごいすごい。非力なナナシさんじゃ持ち上げられないと思った」
後ろで見ていた皆月が、挑発的に手を叩く。
せめてもの反抗で、僕は掘った土を後方へと放った。
ちらっと振り返って見たが、皆月は「効いていませんよ?」とでも言うように、トンネルの上で三角座りをして、土がつま先にかからないようにしていた。
「それで、ナナシさん、タイムカプセルに入れたものは憶えてる?」
「さあな…、皆目見当がつかないよ」
僕は首を横に振り、ショベルの先端を地面に突き立てる。もうかなり柔らかくなっていた。
「まあでも、良いものじゃないんだろうな…」
わかり切っているくせに、こうやって電車に一時間揺られて、不法侵入を犯しながら、何の生産性も無い重労働に勤しむ自分のことを思うと、たまらなく虚しく思えた。
「きっと、くだらないものが入っていて、僕はまた落ち込むんだと思う」
何の期待も感じさせないように言った。
それを聞いた皆月は、懐中電灯の光を少し下げた。
「自作ポエムでも入っていると良いね」
「そうだな…」
それが入ってくれていた方が、まだ笑い話にできるのだと思う。
「金子みすゞに憧れた…」
言いかけた次の瞬間、手の中に、カツン…と硬いものに触れるような感覚が広がった。
石でも引っ掛かったのか? と思い、身を屈め、触れる。
石とは違う、平らで無機質な感触があった。
「あ…」
心臓が大きく脈を打つのを感じた僕は、ショベルを放り出し、スコップを掴む。
地面の中から現れたそれを傷つけないよう、周りの土を慎重に削って、退かしていった。
「え…、なに? あったの?」
僕の様子を見て、皆月が駆け寄ってくる。
「ほら」
僕はそう言って、穴の中に懐中電灯を向けさせた。
白い光に照らされ見えたのは、若干黒く錆びた、金属質の何か。全容を確認していないから断言はできないが、きっとタイムカプセルだった。
「へえ、本当にあるんだ」
そりゃ、埋めたところを掘っているのだから、タイムカプセルが出てきて当たり前なのだが、まあ言わんとすることはわかる。
「ねえ、早く掘り返してよ」
「わかってるって」
急かす皆月に僕は頷くと、スコップを動かし、少しずつと掘り進めていった。
すぐに掘り出せるものだと高を括っていたが、掘っても、掘っても、その全容が見えてこない。穴は既に、お中元の箱くらいの大きさにまで広がっていた。
仕方なく、もう一度ショベルに持ち替えて、タイムカプセルを覆う硬い土を大雑把に削っていった。手元が誤り、カプセルの表面に爪痕のような傷が走ったが、構わず続けていると、ようやく、丸みを帯びた重厚感のある角が現れた。
「あったあった」
もうゴールは近い。後は、慎重に掘り起こすだけ。
それにしても、意外に大きいな、このタイムカプセル。いや、クラス三十数名が持ち寄ったものを埋めるのだから、このくらいが丁度いいか。それに、雨風をしのぐためにはこのくらいの重厚感が無くちゃ意味がない。
細かいことを考えるのは後にして、ショベルの先端を、土とタイムカプセルの隙間にねじ込み、柄を横に倒した。
てこの原理で、カプセルが浮き上がる。
「よし…」
しゃがみ込むと、両腕でそれを抱えた。
確かにそれは持ち上がったのだが、とにかく重かった。だがこの重さは、中のもの…というよりも、本体の金属の塊から来る重みだと思った。
四苦八苦しながらも、僕はタイムカプセルを抱えると、穴から離れた。
皆月の足元へと、どすんっ! と叩きつける。
「よし、任務完了だ」
改めて懐中電灯を照らすと、その表面にはビニールテープが巻き付いていた。剥がすまでも無く、朽ちたそれは大気に触れて崩れていく。
「よし、さっそく開けていくか…」
当たるわけがない宝くじを嬉々として買うようなものだ。僕は若干笑みの含んだ声で言うと、しゃがみ込み、カプセルの上蓋に触れた。
指をしっかりと引っかけてから、力を込める。
案の定…と言うべきか、蓋は動かなかった。いや、ちゃんと擦れているような感触はあるのだが、それ以上進む気配がない。
錆び付いているだけか? それとも、何か金具で留められているとか?
「ちょっと貸して」
見かねた皆月は、懐中電灯を足元に置くと、タイムカプセルに触れた。
「私が蓋持つから、ナナシさんは本体の方を」
「あ、うん」
皆月の方に蓋を向けると、中に入っていた物が転がる音と感触がした。
皆月のしなやかな指が、蓋の淵にかかる。
僕は本体を持つわけだが、滑るといけないので、腕を使って本体を抱えた。
「いっせー」
「のーでっ!」
息を合わせた僕たちは、同時に逆方向へと引っ張る。するとどうだろう。さっきとは明らかに違う感触があった。まるで、蓋に噛みついている錆が剥がれていくような、確かな手ごたえだ。
「これ、いけるんじゃない?」
希望を見出した僕たちは、一層力を込めた。
蓋が一ミリほどズレる。その拍子に、粉となった赤錆が洩れて、僕のつま先に降りかかった。
もう少し。あと少し…。あと、ほんの少し…。
そんなことを一心に思い、顔を熱くしながら引っ張り続ける。
夢中になったのがいけなかった。
次の瞬間、ボンッ! と爆発するかのような音と共に、蓋が外れた。
勢い余って、後方によろめく。踏みとどまろうと左足を下げた瞬間、それは空を切った。
「あ…」
その時にはもう遅く、僕の身体は重力に引っ張られ、地面にぽっかりと開いていた奈落に、背中から落ちていた。最後に見たのは、カプセルの中から溢れ出した品々と、赤錆の粉塵。そして、悲鳴を上げて倒れる皆月。
一瞬の気絶。
人を乗せないまま発車する電車を見送った後、改札を潜って駅舎に入る。充満したぬるい空気を吸い込み、壁に貼ってあった町内会クリスマス会の知らせを一瞥してから、外に出た。
「場所、わかるの?」
「まあ、何とか」
憶えがあるような無いような通りを眺め、僕は唾を飲み込む。
綱渡りにでも挑戦するかのように、母校へ向けての一歩を踏み出した。
時間は零時を回ったところで、町は夢に片足を突っ込んでいた。家の窓からは明かりが消え、テレビの音が途切れる。暖かな光を放つ居酒屋さえも暖簾を下ろし始め、霧が立ち込めるみたいに、いよいよ世界の輪郭が不鮮明になりつつあった。
そうして空に溶けるように歩き続けた僕は、若干道に迷いつつ、母校へと辿り着いた。
「ここか」
眠りにつく町を撫でるように、黒い校舎がのんびりと聳えていた。
呑みこまれるような感覚を覚えながら、僕は鞄の紐を掴む。
「じゃあ、行こうか」
「はいはい」
久しぶりに、皆月が声を発した。
案の定、門には鍵が掛かっていた。他に入れそうなところを探そうかと考えもしたが、大した高さじゃなかったから、しがみ付き、腕に力を込め、乗り越える。
そのまま、黒いアスファルトに着地。
僕の後に続き、皆月もスカートを捲りあげながら着地した。しかし、上手く衝撃を殺せなかったようで、ダンッ! と痛々しい音が響き、それから、その華奢な身体がよろめく。
僕は反射的に手を伸ばし、その肩を掴んだ。
「大丈夫か?」
「パンツ見んな」
相変わらずの皆月節で、僕は何処かほっとした。
足の痺れがとれるのを待ってから、中庭を横切り、校舎へと近づいた。
息を潜めつつ見上げて、一階、二階、三階の窓を確認したが、光が灯っている部屋は無い。人の気配もない。そもそも、門には厳重に鍵が掛けられていたのだから、最後の人が出た後なのは明白だったな。
それでも、警戒は怠らず、体育館と校舎の渡り廊下を通り抜け、校庭に出た。
奥へ奥へと進む。
校庭の端…、ブランコの横にある築山を超えたところに、その石碑は立っていた。
「あったな。良かった…」
ナップサックから懐中電灯を取り出すと、石碑を照らす。そこには確かに、『×年度 卒業生 タイムカプセル』と刻まれていた。
誰かがサッカーボールを当てて遊んでいたのか、球状の砂汚れが付いている。
僕は皆月の方を振り返り、煌々とする懐中電灯を渡した。
「僕が掘るから、皆月は照らしていてくれ」
「あら、掘ってくれるの?」
皆月はわざとらしく首を傾げた。
「だって皆月、掘る気ないだろ」
「そんなことないけど」
そうなぞる様に言った皆月は、築山のトンネルの淵に腰を掛けた。
優雅に脚を組み、懐中電灯の白い光を僕の目に当てる。
「まあ、ナナシさんがやってくれるのなら任せるよ。私、か弱いし」
「足癖の悪い奴がよく言うわ」
端から彼女に期待していなかった僕は、石碑に歩み寄ると、その少し前にスコップを突き立てた。
ガリッ! と、硬い土の感触。指が痺れる。掘れないことは無いけど、気が遠くなりそうだ。
「なんか…、もう少し大きいスコップでも持ってくればよかったな…」
考えが足りていなかった自分が恥ずかしくなり、頭を掻いて笑った。
それを見た皆月は、腰を据えていたトンネルから降りた。
「…グラウンドなんだから、スコップくらい置いているんじゃない?」
懐中電灯を持ったまま走り出す。
「探してくる!」
首だけで振り返ってそう言うと、校庭の隅にある体育倉庫へと走って行った。
皆月がショベルを探してくれている間に、僕は岩を髣髴とさせる硬い土にスコップを突き立て、掘る…というよりも、削る作業を繰り返した。
ガリガリ…ガリガリ…と地面に穴が現れていく。
何度も、何度も、削る。
腕が棒のようになり、頬が火照り始めた頃、再び懐中電灯の明かりが、僕の手元を照らした。
顔を上げると、肩にショベルを担いだ皆月が立っていた。
「あったんだな」
「うん。入口横に置いてあった」
そう言った彼女は、ショベルを振り下ろし、僕の手元に突き立てた。
危うく脳天を勝ち割られるところだった僕は、「うわ…」と洩らし、青ざめる。
「これで行けるね。頑張って」
僕にショベルだけを運んできた彼女は、再び築山のトンネルに腰を掛け、僕の背中を眺め始めた。
「まあ、そうだよな」
箸より重いものを持ったことが無い皆月が、箸より重いショベルを持ってきてくれたんだ。それだけで十分だった。
「後は僕に任せとけ」
僕はやけくそ気味に言うと、皆月が持ってきてくれたショベルの柄を掴んだ。
スコップとの重量差に驚きつつ、体重を掛け、その先端を地面に突き立てる。
先ほどまでの岩を削るような感触とは違い、今度は、チョコケーキでも切るみたいに、ショベルの先端は地面を抉った。
「おお、すごいすごい。非力なナナシさんじゃ持ち上げられないと思った」
後ろで見ていた皆月が、挑発的に手を叩く。
せめてもの反抗で、僕は掘った土を後方へと放った。
ちらっと振り返って見たが、皆月は「効いていませんよ?」とでも言うように、トンネルの上で三角座りをして、土がつま先にかからないようにしていた。
「それで、ナナシさん、タイムカプセルに入れたものは憶えてる?」
「さあな…、皆目見当がつかないよ」
僕は首を横に振り、ショベルの先端を地面に突き立てる。もうかなり柔らかくなっていた。
「まあでも、良いものじゃないんだろうな…」
わかり切っているくせに、こうやって電車に一時間揺られて、不法侵入を犯しながら、何の生産性も無い重労働に勤しむ自分のことを思うと、たまらなく虚しく思えた。
「きっと、くだらないものが入っていて、僕はまた落ち込むんだと思う」
何の期待も感じさせないように言った。
それを聞いた皆月は、懐中電灯の光を少し下げた。
「自作ポエムでも入っていると良いね」
「そうだな…」
それが入ってくれていた方が、まだ笑い話にできるのだと思う。
「金子みすゞに憧れた…」
言いかけた次の瞬間、手の中に、カツン…と硬いものに触れるような感覚が広がった。
石でも引っ掛かったのか? と思い、身を屈め、触れる。
石とは違う、平らで無機質な感触があった。
「あ…」
心臓が大きく脈を打つのを感じた僕は、ショベルを放り出し、スコップを掴む。
地面の中から現れたそれを傷つけないよう、周りの土を慎重に削って、退かしていった。
「え…、なに? あったの?」
僕の様子を見て、皆月が駆け寄ってくる。
「ほら」
僕はそう言って、穴の中に懐中電灯を向けさせた。
白い光に照らされ見えたのは、若干黒く錆びた、金属質の何か。全容を確認していないから断言はできないが、きっとタイムカプセルだった。
「へえ、本当にあるんだ」
そりゃ、埋めたところを掘っているのだから、タイムカプセルが出てきて当たり前なのだが、まあ言わんとすることはわかる。
「ねえ、早く掘り返してよ」
「わかってるって」
急かす皆月に僕は頷くと、スコップを動かし、少しずつと掘り進めていった。
すぐに掘り出せるものだと高を括っていたが、掘っても、掘っても、その全容が見えてこない。穴は既に、お中元の箱くらいの大きさにまで広がっていた。
仕方なく、もう一度ショベルに持ち替えて、タイムカプセルを覆う硬い土を大雑把に削っていった。手元が誤り、カプセルの表面に爪痕のような傷が走ったが、構わず続けていると、ようやく、丸みを帯びた重厚感のある角が現れた。
「あったあった」
もうゴールは近い。後は、慎重に掘り起こすだけ。
それにしても、意外に大きいな、このタイムカプセル。いや、クラス三十数名が持ち寄ったものを埋めるのだから、このくらいが丁度いいか。それに、雨風をしのぐためにはこのくらいの重厚感が無くちゃ意味がない。
細かいことを考えるのは後にして、ショベルの先端を、土とタイムカプセルの隙間にねじ込み、柄を横に倒した。
てこの原理で、カプセルが浮き上がる。
「よし…」
しゃがみ込むと、両腕でそれを抱えた。
確かにそれは持ち上がったのだが、とにかく重かった。だがこの重さは、中のもの…というよりも、本体の金属の塊から来る重みだと思った。
四苦八苦しながらも、僕はタイムカプセルを抱えると、穴から離れた。
皆月の足元へと、どすんっ! と叩きつける。
「よし、任務完了だ」
改めて懐中電灯を照らすと、その表面にはビニールテープが巻き付いていた。剥がすまでも無く、朽ちたそれは大気に触れて崩れていく。
「よし、さっそく開けていくか…」
当たるわけがない宝くじを嬉々として買うようなものだ。僕は若干笑みの含んだ声で言うと、しゃがみ込み、カプセルの上蓋に触れた。
指をしっかりと引っかけてから、力を込める。
案の定…と言うべきか、蓋は動かなかった。いや、ちゃんと擦れているような感触はあるのだが、それ以上進む気配がない。
錆び付いているだけか? それとも、何か金具で留められているとか?
「ちょっと貸して」
見かねた皆月は、懐中電灯を足元に置くと、タイムカプセルに触れた。
「私が蓋持つから、ナナシさんは本体の方を」
「あ、うん」
皆月の方に蓋を向けると、中に入っていた物が転がる音と感触がした。
皆月のしなやかな指が、蓋の淵にかかる。
僕は本体を持つわけだが、滑るといけないので、腕を使って本体を抱えた。
「いっせー」
「のーでっ!」
息を合わせた僕たちは、同時に逆方向へと引っ張る。するとどうだろう。さっきとは明らかに違う感触があった。まるで、蓋に噛みついている錆が剥がれていくような、確かな手ごたえだ。
「これ、いけるんじゃない?」
希望を見出した僕たちは、一層力を込めた。
蓋が一ミリほどズレる。その拍子に、粉となった赤錆が洩れて、僕のつま先に降りかかった。
もう少し。あと少し…。あと、ほんの少し…。
そんなことを一心に思い、顔を熱くしながら引っ張り続ける。
夢中になったのがいけなかった。
次の瞬間、ボンッ! と爆発するかのような音と共に、蓋が外れた。
勢い余って、後方によろめく。踏みとどまろうと左足を下げた瞬間、それは空を切った。
「あ…」
その時にはもう遅く、僕の身体は重力に引っ張られ、地面にぽっかりと開いていた奈落に、背中から落ちていた。最後に見たのは、カプセルの中から溢れ出した品々と、赤錆の粉塵。そして、悲鳴を上げて倒れる皆月。
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