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第二章【青春盗掘】
第二章 その⑧
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皆月はそう洩らすと、鞄を壁際に置いた。
僕の横を通り過ぎ、台所へと向かう。てっきり手でも洗うのかと思ったが、彼女は冷蔵庫の前でしゃがみ込み、何の遠慮も配慮もない勢いで開けていた。
「…何をしている」
「あんたがどんな生活を送っているか確かめているだけよ」
なぞる様に言うと、小さな冷蔵庫に細い腕を突っ込み、中を弄った。そして、舌打ち。
「味気の無いものしか入ってないのね」
「インスタント麺ならあるけど」
「朝からインスタント麺なんて重くて嫌よ」
と、完全に朝食にありつかんとする勢いで言った。
薄暗い台所。冷蔵庫から放たれるオレンジ色の光が、彼女の柔らかそうな頬をなぞっている。
「それ、過去の復元の際に書くのか?」
「もちろん。これも貴重な情報だから」
またもやなぞる様に言うと、奥からバターを取り出した。
「バターだけあって、食パンが無いんだけど」
「食パンは冷凍庫」
「そういうことね」
迷うことなく冷凍庫を開けて凍り付いた食パンを取り出すと、鼻歌交じりに、その上にあったトースターを開けた。そして、目を輝かせる。
「あ、焼くまでもなかったね。焼けてる奴があったじゃん」
「いや…」
それは僕のもの…と言おうとしたが、それよりも先に、しなやかな手がきつね色に焦げたトーストを掴んでいた。
「あっちっち…」
なんておどけたように言いながら、食器棚から皿を取り出し乗せ、その上にバターをたっぷりと塗りたくった。
シンクの横に置きっぱなしになっていたインスタントコーヒーの瓶を掴むと、これも開け、たっぷりの粉と、たっぷりの砂糖、そしてたっぷりの牛乳を入れ、湧いていた湯を入れた。
「助かるよ。朝ごはんまだ食べて無かったから」
そう言って、居間に戻ってくる。
立ち尽くす僕を肩で押しのけると、椅子に腰を掛け、皿を置いた。そして、その小さな口でトーストをさくり…と齧り、顔を顰める。
「普通ね。何の感動もない」
否定することができなかった。
彼女の傍若無人な態度に段々と慣れてきた僕は、息を吐き、壁にもたれかかった。
「九時まで時間を潰すのか?」
「ええ。そうさせてもらう」
そっけなく言った皆月は、「普通」と言い放ったトーストを、五分としないうちに食べきると、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。そして、汚れた皿を脇にやる。
洗うべく、僕は皿を手に取ったのだが、マグカップのそこには溶けなかったコーヒーの粉と砂糖がこびりついていた。
なんとなく食欲が失せた僕は、コーヒーだけを入れて、コンロの前で腹に流し込んだ。
皿洗いを終えて居間に戻ると、皆月はパソコンを開き、キーボードを叩いていた。
「仕事、しないんじゃなかったのか」
「これはあんたのじゃないから」
ああ、なるほどね。別の人間の過去を書いているわけか。
とにかく、不機嫌になって九時からの仕事に支障をきたされてもいけないので、僕は部屋の角に身体を嵌めて、じっと…、さながら、塵芥のように時が過ぎるのを待った。
机の上の時計が、カチッ、カチッ、カチッ…と秒針を刻む。
皆月のしなやかな手が、キーボードをカタカタ…と叩く。
僕の心臓の鼓動が、逸ったり、落ち着いたり。
早起きしたせいか、睡魔は直ぐにやってきた。
僕の横を通り過ぎ、台所へと向かう。てっきり手でも洗うのかと思ったが、彼女は冷蔵庫の前でしゃがみ込み、何の遠慮も配慮もない勢いで開けていた。
「…何をしている」
「あんたがどんな生活を送っているか確かめているだけよ」
なぞる様に言うと、小さな冷蔵庫に細い腕を突っ込み、中を弄った。そして、舌打ち。
「味気の無いものしか入ってないのね」
「インスタント麺ならあるけど」
「朝からインスタント麺なんて重くて嫌よ」
と、完全に朝食にありつかんとする勢いで言った。
薄暗い台所。冷蔵庫から放たれるオレンジ色の光が、彼女の柔らかそうな頬をなぞっている。
「それ、過去の復元の際に書くのか?」
「もちろん。これも貴重な情報だから」
またもやなぞる様に言うと、奥からバターを取り出した。
「バターだけあって、食パンが無いんだけど」
「食パンは冷凍庫」
「そういうことね」
迷うことなく冷凍庫を開けて凍り付いた食パンを取り出すと、鼻歌交じりに、その上にあったトースターを開けた。そして、目を輝かせる。
「あ、焼くまでもなかったね。焼けてる奴があったじゃん」
「いや…」
それは僕のもの…と言おうとしたが、それよりも先に、しなやかな手がきつね色に焦げたトーストを掴んでいた。
「あっちっち…」
なんておどけたように言いながら、食器棚から皿を取り出し乗せ、その上にバターをたっぷりと塗りたくった。
シンクの横に置きっぱなしになっていたインスタントコーヒーの瓶を掴むと、これも開け、たっぷりの粉と、たっぷりの砂糖、そしてたっぷりの牛乳を入れ、湧いていた湯を入れた。
「助かるよ。朝ごはんまだ食べて無かったから」
そう言って、居間に戻ってくる。
立ち尽くす僕を肩で押しのけると、椅子に腰を掛け、皿を置いた。そして、その小さな口でトーストをさくり…と齧り、顔を顰める。
「普通ね。何の感動もない」
否定することができなかった。
彼女の傍若無人な態度に段々と慣れてきた僕は、息を吐き、壁にもたれかかった。
「九時まで時間を潰すのか?」
「ええ。そうさせてもらう」
そっけなく言った皆月は、「普通」と言い放ったトーストを、五分としないうちに食べきると、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。そして、汚れた皿を脇にやる。
洗うべく、僕は皿を手に取ったのだが、マグカップのそこには溶けなかったコーヒーの粉と砂糖がこびりついていた。
なんとなく食欲が失せた僕は、コーヒーだけを入れて、コンロの前で腹に流し込んだ。
皿洗いを終えて居間に戻ると、皆月はパソコンを開き、キーボードを叩いていた。
「仕事、しないんじゃなかったのか」
「これはあんたのじゃないから」
ああ、なるほどね。別の人間の過去を書いているわけか。
とにかく、不機嫌になって九時からの仕事に支障をきたされてもいけないので、僕は部屋の角に身体を嵌めて、じっと…、さながら、塵芥のように時が過ぎるのを待った。
机の上の時計が、カチッ、カチッ、カチッ…と秒針を刻む。
皆月のしなやかな手が、キーボードをカタカタ…と叩く。
僕の心臓の鼓動が、逸ったり、落ち着いたり。
早起きしたせいか、睡魔は直ぐにやってきた。
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