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第一章【拝啓 忘れられた僕へ】
第一章 その⑥
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「よろしく!」
僕を見据えた女の子…じゃなく、皆月舞子は、白い歯を見せてニヤッと笑った。
僕もなんとなく頭を下げ、彼女に応える。
「よ、よろしくお願いします。僕の名前は…」
癖で名乗ろうとしたが、やはり、名前は出てこなかった。
尻切れで終わってしまった自己紹介だったが、皆月舞子は気にした様子はなく、僕の胸を小突いた。
「じゃあ、今日からあんたの名前は、ナナシね」
「え…、ナナシ?」
「そ。あんたを呼ぶときに、名前が無いと不便でしょう? 仮の名前だよ」
ナナシ…、ああ、「名無し」ってことか。
「それより、早く入れてよ。寒いんだから」
皆月舞子は大げさに身体を震わせると、ローファーを履いた足で、扉を蹴った。
ガンッ! と、嫌な音がアパートの通路に響き渡る。
いろいろ言いたいことはあったが、これ以上近所迷惑になるわけにもいかないので、僕は一歩下がり、履いていたサンダルを脱いだ。
顎で、廊下の方をしゃくる。
皆月舞子はにやっと笑い、部屋に一歩踏み入れた。
「お邪魔しまーす」
扉を勢いよく閉め、花火の最後の一発の如き轟音を響かせると、ローファーを脱いで上がり框に足を掛ける。
壁に背をもたれた僕は、彼女の全容を眺めた。
改めて見たとしても、彼女がブレザーを身に纏っている…という事実は変わらなかった。どこからどう見ても彼女は高校生で、どこからどう見なくても、彼女は未成年だった。
「なに?」
僕の視線に気づいた彼女は、顔を顰めた。
変態…と思われても嫌なので、僕は聞いた。
「いや、君、高校生だろ?」
「お、ありがとー」
何故か感謝される。
ニヤッと笑った皆月舞子は、僕の胸を小突いた。
「もう成人してるよ。お酒も飲めちゃう」
よく見ると、左手に提げた鞄も、スクールバッグを思わせるデザインをしていた。
「この格好の方が、いろいろ都合が良いからね」
そう意味深なことを言った皆月舞子は、僕を差し置いて廊下を突き進み、まだ布団が敷きっぱなしになっている居間へと入っていった。
まだいろいろ聞きたいことはあったが、ぐっと飲みこみ、僕も廊下を進み居間に入る。
皆月舞子は、丁度僕の椅子に腰を掛け、ひと段落したかのようなため息をついていた。
鞄を足元に置くと、カモシカのような脚を組んで。頬杖をつく。
上目遣いに、僕を見た。
「じゃあ早速、お仕事の話をしていこうじゃない」
「あ…」
彼女の傍若無人な態度のおかげで、すっかり忘れていた。
僕は布団を適当に畳んで押し入れに戻すと、座布団を引き寄せて座ろう…としたのだが、椅子に座った彼女に見下ろされるのが嫌で、壁にもたれかかった。
「やめてよ、見下ろすの」
僕に見下ろされるのに顔を顰めつつ、皆月舞子は話を始めた。
「じゃあ、まずは…、ナナシさんも心配している、過去の復元について」
「あ、うん」
僕は大げさに頷き、気を取り直そうとした。
「どうなんだ? 直るのか?」
「直らない」
即答だった。
「嘘だろ?」
足元がぐにゃりと歪むような感覚。膝から崩れ落ちた瞬間、皆月はため息交じりに言った。
「半分嘘」
「は?」
苛立ちの籠った視線を皆月に向けると、彼女は鼻で笑い、肩を竦めた。
「直らないって言えたら、どれほど楽だっただろうね」
「どういうことだ?」
「それを今から説明する」
皆月舞子は足元にあった鞄を引き寄せると、金具に触れ、開けた。中から取り出したのは、黒色のノートパソコン。机の上にあった小説を端に追いやって置くと、開いて起動した。
黒い画面に浮かぶ、「now roading」の文字。それを横目に、皆月は言った。
「真崎さんにも言われたでしょう? 直ることには直るけど、かなり難しいって」
「ああ、うん、言われた」
そして、真崎さんじゃ直すのが難しいから、君にお鉢が回ってきたと…。
丁度その時、心地よい音と共に皆月舞子のパソコンが起動し、取っ散らかったデスクトップが表示された。
彼女は小さなため息を吐くと、タッチパッドに触れる。
「真崎さんから送られてきたビタースイートを確かめたんだけど、もう酷いのなんの。九十五パーセントもの過去が破損してたわけよ」
「九十五パーセント…?」
でもあの人、八十五パーセントって…。
僕が何を考えているのか悟ったように、彼女は鼻で笑った。
「昔から、無能なくせに見栄張る人だったからね、いつかこういう失敗があると思ってたけど、まさか本当に起こるとは…。まあ、美人さんだから、いざとなれば客と寝ればいいっていうのが羨ましいね…」
頬杖を突き、息を吐くように侮蔑の言葉を口にする。
「まあとにかく、あんたの過去の、約九十五パーセントが破損してたわけ。しかも、バックアップはとっていないときた…」
「バックアップ?」
初めて聞く言葉に、僕は声を裏返した。
「ビタースイートって、バックアップとれるの?」
「とれる。というか、取るのが基本。だってそうでしょう? こういうことがあっても、バックアップを取っておけば、そっちの方を出力すれば解決するじゃん」
ああ、確かに…。
僕の顔を見て、皆月舞子は、面白そうに笑った。
「もしかして、初耳?」
「初めて聞いた」
「うわあ、説明不足」
顔を顰める。
「どうせ、手間と予算ケチってそうしなかったんだろうね」
「そんなに金掛かるのか?」
「そりゃそうよ。だって、ビタースイートは、人の皮膚に押し当てるだけで、その肉体に付けられた名前を読み込む画期的な機械なんだから…」
天井を仰いで言った皆月は、薄い唇に指を当て、にやりと笑った。
「そのお値段は、秘密」
それから、背もたれに体重を預けた。
「バックアップは取ってないと来た…。まあ、データの破損なんて今まで起こったことが無いからねえ、気持ちはわからんでもない」
「それで? どうするんだよ」
バックアップを取っていないことを今更嘆いても仕方がなかった。
「別のやり方があるんだろう? バックアップが無くたって、僕の過去を復元する方法が」
皆月舞子は僕の方を見ると、露骨に顔を顰めて言った。
「もう作り直すしかない」
僕を見据えた女の子…じゃなく、皆月舞子は、白い歯を見せてニヤッと笑った。
僕もなんとなく頭を下げ、彼女に応える。
「よ、よろしくお願いします。僕の名前は…」
癖で名乗ろうとしたが、やはり、名前は出てこなかった。
尻切れで終わってしまった自己紹介だったが、皆月舞子は気にした様子はなく、僕の胸を小突いた。
「じゃあ、今日からあんたの名前は、ナナシね」
「え…、ナナシ?」
「そ。あんたを呼ぶときに、名前が無いと不便でしょう? 仮の名前だよ」
ナナシ…、ああ、「名無し」ってことか。
「それより、早く入れてよ。寒いんだから」
皆月舞子は大げさに身体を震わせると、ローファーを履いた足で、扉を蹴った。
ガンッ! と、嫌な音がアパートの通路に響き渡る。
いろいろ言いたいことはあったが、これ以上近所迷惑になるわけにもいかないので、僕は一歩下がり、履いていたサンダルを脱いだ。
顎で、廊下の方をしゃくる。
皆月舞子はにやっと笑い、部屋に一歩踏み入れた。
「お邪魔しまーす」
扉を勢いよく閉め、花火の最後の一発の如き轟音を響かせると、ローファーを脱いで上がり框に足を掛ける。
壁に背をもたれた僕は、彼女の全容を眺めた。
改めて見たとしても、彼女がブレザーを身に纏っている…という事実は変わらなかった。どこからどう見ても彼女は高校生で、どこからどう見なくても、彼女は未成年だった。
「なに?」
僕の視線に気づいた彼女は、顔を顰めた。
変態…と思われても嫌なので、僕は聞いた。
「いや、君、高校生だろ?」
「お、ありがとー」
何故か感謝される。
ニヤッと笑った皆月舞子は、僕の胸を小突いた。
「もう成人してるよ。お酒も飲めちゃう」
よく見ると、左手に提げた鞄も、スクールバッグを思わせるデザインをしていた。
「この格好の方が、いろいろ都合が良いからね」
そう意味深なことを言った皆月舞子は、僕を差し置いて廊下を突き進み、まだ布団が敷きっぱなしになっている居間へと入っていった。
まだいろいろ聞きたいことはあったが、ぐっと飲みこみ、僕も廊下を進み居間に入る。
皆月舞子は、丁度僕の椅子に腰を掛け、ひと段落したかのようなため息をついていた。
鞄を足元に置くと、カモシカのような脚を組んで。頬杖をつく。
上目遣いに、僕を見た。
「じゃあ早速、お仕事の話をしていこうじゃない」
「あ…」
彼女の傍若無人な態度のおかげで、すっかり忘れていた。
僕は布団を適当に畳んで押し入れに戻すと、座布団を引き寄せて座ろう…としたのだが、椅子に座った彼女に見下ろされるのが嫌で、壁にもたれかかった。
「やめてよ、見下ろすの」
僕に見下ろされるのに顔を顰めつつ、皆月舞子は話を始めた。
「じゃあ、まずは…、ナナシさんも心配している、過去の復元について」
「あ、うん」
僕は大げさに頷き、気を取り直そうとした。
「どうなんだ? 直るのか?」
「直らない」
即答だった。
「嘘だろ?」
足元がぐにゃりと歪むような感覚。膝から崩れ落ちた瞬間、皆月はため息交じりに言った。
「半分嘘」
「は?」
苛立ちの籠った視線を皆月に向けると、彼女は鼻で笑い、肩を竦めた。
「直らないって言えたら、どれほど楽だっただろうね」
「どういうことだ?」
「それを今から説明する」
皆月舞子は足元にあった鞄を引き寄せると、金具に触れ、開けた。中から取り出したのは、黒色のノートパソコン。机の上にあった小説を端に追いやって置くと、開いて起動した。
黒い画面に浮かぶ、「now roading」の文字。それを横目に、皆月は言った。
「真崎さんにも言われたでしょう? 直ることには直るけど、かなり難しいって」
「ああ、うん、言われた」
そして、真崎さんじゃ直すのが難しいから、君にお鉢が回ってきたと…。
丁度その時、心地よい音と共に皆月舞子のパソコンが起動し、取っ散らかったデスクトップが表示された。
彼女は小さなため息を吐くと、タッチパッドに触れる。
「真崎さんから送られてきたビタースイートを確かめたんだけど、もう酷いのなんの。九十五パーセントもの過去が破損してたわけよ」
「九十五パーセント…?」
でもあの人、八十五パーセントって…。
僕が何を考えているのか悟ったように、彼女は鼻で笑った。
「昔から、無能なくせに見栄張る人だったからね、いつかこういう失敗があると思ってたけど、まさか本当に起こるとは…。まあ、美人さんだから、いざとなれば客と寝ればいいっていうのが羨ましいね…」
頬杖を突き、息を吐くように侮蔑の言葉を口にする。
「まあとにかく、あんたの過去の、約九十五パーセントが破損してたわけ。しかも、バックアップはとっていないときた…」
「バックアップ?」
初めて聞く言葉に、僕は声を裏返した。
「ビタースイートって、バックアップとれるの?」
「とれる。というか、取るのが基本。だってそうでしょう? こういうことがあっても、バックアップを取っておけば、そっちの方を出力すれば解決するじゃん」
ああ、確かに…。
僕の顔を見て、皆月舞子は、面白そうに笑った。
「もしかして、初耳?」
「初めて聞いた」
「うわあ、説明不足」
顔を顰める。
「どうせ、手間と予算ケチってそうしなかったんだろうね」
「そんなに金掛かるのか?」
「そりゃそうよ。だって、ビタースイートは、人の皮膚に押し当てるだけで、その肉体に付けられた名前を読み込む画期的な機械なんだから…」
天井を仰いで言った皆月は、薄い唇に指を当て、にやりと笑った。
「そのお値段は、秘密」
それから、背もたれに体重を預けた。
「バックアップは取ってないと来た…。まあ、データの破損なんて今まで起こったことが無いからねえ、気持ちはわからんでもない」
「それで? どうするんだよ」
バックアップを取っていないことを今更嘆いても仕方がなかった。
「別のやり方があるんだろう? バックアップが無くたって、僕の過去を復元する方法が」
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