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プロローグ

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――異世界召喚なんて、漫画やアニメの中だけでいいんだよ。





 そう、尾田流星おだりゅうせいが心底思い知ったのは、15の冬。入試を無事に突破し、入学式を迎えるまでの、束の間の一時であった。



 思い知った場所は、己が住まう自室……ではない。事実をありのままに語るならば、その、異世界である。



 つまりは、異世界に召喚されたのだ。前触れもなく、いきなり。もう寝ようかと寝間着に着替えようとしていた、その時であった。

 フッと、視界が白く染まった――と、思った時にはもう……流星は、己が暮らしていた世界とは異なる場所に居た。

 当然……流星は混乱した。

 そこは、画面の向こうでしか見た事がない光景であった。まるで、ファンタジーの世界を肉眼で見ているかのような……いや、違う、正しく、ファンタジーの世界であった。

 魔法が有って、モンスターが居て、王様が居て、魔王が居て、勇者が居る。そんな、ファンタジーの世界で……流星は、大勢の人たちに囲まれていた。

 ……。

 ……。


 …………それからの日々は、有り体に言って地獄であった。


 何故か……そんなのは、考えるまでもない。

 一から十まで流星の意思を無視して一方的に利用され、命を賭して世界を滅ぼすとされる『魔王』を倒す使命を強制されたからだ。

 もちろん、異世界側には、異世界側の理由が幾つもあった。

 その中でも、異世界の住人では魔王に傷を負わすことが出来ないので、異世界人の手で殺すしか方法がない……という理由。

 なるほど、理屈は分かった。異世界側とて、好き好んで異世界人を呼び寄せたわけではないことも、よく分かった。

 だが、それがどうしたというのだろうか。

 どれだけの大義名分があったところで、有無を言わさず拉致をされたのだ。そのうえ、縁も所縁(ゆかり)も無いどころか、別世界の者たちの為に命を投げ出せというのだ。

 常識的に考えて……いや、人間として考えても、納得しろというのが無理な話である。

 せめて、丁重な扱い……そう、出来うる限り丁重に扱ってもらえていたのであれば、まだ違ったのかもしれない。

 けれども、そうはならず……そして、流星は何も言えなかった。何故なら、逆らえば元の世界に帰れないからだ。

 結果、流星は様々な憤怒を心の内に潜め、笑顔で覆い隠し、義憤に燃えるフリをしながら魔王退治へ……そうして、6年。

 6年掛けて、強制された使命を全て果たした流星は……褒美として、元の世界に戻った。引き留められたが、流星の心は欠片も動きはしなかった。

 もちろん、そのままの姿で帰るわけにはいかない。

 魔法によって召喚前の年齢へと戻された流星は、意図せず異世界で習得した魔法を宿したまま……パラドックスやら何やらを無視して、己が召喚された直後へと……己が生まれ育った世界に帰還を果たしたのであった。

 ……。

 ……。


 …………それからの日々は、何と言えばいいのか……後遺症という言い方も変ではあるが、つまりは心の戦いであった。


 身体の傷ではない。精神の傷とも少し違う。

 言うなれば、多感な時期を過ごした激動の6年間……その月日によって培った、価値観の変化戻す作業……それに、苦心する事となった。


 言うなれば、アレだ。異世界は日本に比べれば殺伐とし過ぎていて、日本は平和過ぎたのだ。


 もちろん、1人で出歩けば帰っては来られないというような話ではない。そう、強いて当てはめるのであれば……日本に比べて、明らかに命の価値が低かった。

 具体的には、暴力に対する垣根が低いのだ。そして、何よりも……ナメられたら終わりというのを身に染みていた。

 だから、流星は自分から誰かを挑発する事も、阿呆なちょっかいも、絶対にしなかった。そして、不用意に目立つ事も徹底的に避けた。

 異世界では、それが原因で嫉まれて貴族などから攻撃される事も、因縁を付けられてリンチなんて話も、大して珍しくはなかったからだ。


 おかげで、当初は抑えるのに苦労した。


 高校生になり、表向きは素行が良いとされている者たちに玩具扱いされそうになった時など、魔法で証拠等が一切残らないようにそいつらを加減して痛めつけるのが大変であった。

 結果的に、そいつらは流星の顔を見る度に怯えて逃げるようになったが……その感覚を修正するには高校を卒業するまでの時間を必要とした。


 ……まあ、そんなこんなで、だ。


 幸か不幸か、元の日常に戻った流星が真っ先に行ったのは、筋力トレーニング……つまりは、身体を鍛える事であった。

 弱いというのは、それだけ死に近しい。モンスターが跋扈(ばっこ)する異世界では、弱い者からどんどん食われていく。それが、流星の過ごした6年間であった。

 それ故に、流星は恐れた。

 というより、求めた。

 流星が欲したのは、安心。

 疲弊しきっていた心を安らげる、穏やかな時間であった。

 だから、まずは身体改造から始めた。

 幾度となく、弱さ故に命を落とした者を見て来た流星は、平均的な日本人体系のままでいる事に耐えられなかった……結果、魔法を駆使して鍛えた。

 死にもの狂いを6年間、命の危機に怯えながらクリアしたのだ。

 それに比べたら、死の危険に怯えることなく、異世界よりも物資に溢れた日本での死にもの狂いは……まだ、余裕を持って耐えられた。

 それに並行して、流星は……資金の確保に動いた。

 これまた不幸中の幸いな事に、異世界土産である魔法によってお金を稼ぐ手段が幾つもあったし、実際に手が届いた。

 もちろん、未成年であり学生の身分で出来る事など高が知れてはいたが……それでもまあ、地道な努力と魔法の組み合わせによって、資金は凄まじい勢いで溜まっていった。

 本当に、魔法は便利である。

 資金が溜まるに連れて挙動がおかしくなり掛けた両親を魔法で宥め、ほどほどに緩やかに暮らしていくのが一番と認識させるのに骨が折れたが、何とか治まって。

 そうして、高校を卒業後……兼ねてより計画していた不労所得計画を実行に移した。

 やる事は、何てことは無い。手頃な物件を買って、家賃収入で暮らす……ただ、それだけである。

 当然ながら、そう易々と成功するなら誰も苦労はしないだろう。

 既存のマンションで建設費を抑えても、修繕費やら何やらで黒字に転じるのは相当に難しいのは、ちょっと調べただけで分かる事である。

 でも、流星はソレをやれた。どうしてって、それは……魔法のおかげである。

 こう書くと万能に思える魔法だが、実際の所は色々と制約が有るというか、けして万能ではない。だが、この場合においてはチートも同然であった。

 ――結論から言おう。流星が目を付けたのは、払下げとして予定されている、築45年の5階建ての市営マンションであった。

 少しばかり歩くが、スーパーも有れば郵便局もある。立地そのものは悪くは無い。まあ、けして良いというわけでもないが……で、だ。

 そこのオーナーになって、不労所得で暮らそうと流星は考えたわけだ。

 もちろん、さすがに45年も経つだけあって中身は相応にボロボロである。何時倒れてもおかしくはない……とまでは言い過ぎだが、人気は出ないだろう。

 とはいえ、それぐらいなら修繕なり建て替えれば済む話だ。

 立地もそこそこだし、放って置けば買い手が付くはず……と流星も当初は思ったが、そうはならなかった。

 不思議と、買い手が付かなかったのだ……なので、気になって調べて見た流星は、すぐに原因を把握した。

 ――まず、立地的に工場として取り扱うには不便な場所らしい。

 住むだけなら良いのだが、国道や高速道路に向かうには回り道をしなければならない。何より、騒音が発生する類の施設は、周辺住民の心証を悪くしてしまうので不適合だった。

 それに、元々工場が有った場所ならともかく、一から作るとなると改めて配管やら何やらを通さなければならないから、4割5割増しの費用になってしまうのも、理由の一つであった。

 ――次に、単純に住まうにしても、エレベーターがかなり小さく、おまけに奇数階(1,3,5)にしか止まらなかった。

 いちおう、現在の基準で考えてもギリギリセーフらしい。しかし、只でさえ全階にあるわけでもないエレベーターで、小さいともなれば……そりゃあ人気など出るわけがない。

 加えて、年々入居している人数が減っていった事と、市の予算の関係が重なった事で、修繕そのものも必要最低限(場合によっては、それ以下)しか行われていなかった。

 また、数少なくなった入居者が高齢化した事で自治会(敷地内の掃除、蛍光灯の入れ替えなど)の活動が滞り、劣化が加速していった。

 おかげで、新規の入居はほぼ0。窓にヒビが入ったり欠けたりしても修繕されず、流星が目を付けた時点でも3人しか入居していなかった。

 そして――何よりも売れない理由は……マンションそのものをそのまま明け渡すからだろう。

 それも、一つだけではない。同時期に立てられた、同じ敷地内にある他の二つ……計三つ分を買い取るのが条件であった。

 つまり、修繕するのも取り壊すのも建て替えるのも実費で三つ分。加えて、この3人の入居者が立ち退かなければ工事も出来ないときた。

 なるほど、他に比べてかなり安くとも、売れ残る理由だ。

 よほど立地が良いならばともかく、取り壊し費用を含めてマンション三つ分をまとめて買えというのは強気な条件だ。

 ……まあ、一部だけ売れ残って後々にトラブルが起きたら嫌だからなのだろう。

 何年か売れずに放置されたら、何時までも遊ばせておくわけにもいかないから分割するだろうが……で、だ。

 流星は――迷わず、そこを買った。もちろん、三つ全てだ。

 普通に考えれば、資金が有るにしても若すぎるし信用の担保のない流星では向こうも不審に思い、交渉はすんなり進まないだろう。

 しかし、そこは魔法。そう、便利な魔法だ。

 見た目はある程度誤魔化せるし、信用など幾らでも作り出せる。そして、合法的に処分したい(=赤字を減らしたい)という向こうの思惑を逆手に取り、交渉はあっさり終わったのであった。

 ……で、だ。

 後は、入居者3人の問題だが……それは、すぐに解決した。

 どうしたのかって、流星が購入してから一か月後に3人とも続けて死亡したからだ。

 ……断言しておくが、流星は何もしていない。

 ただ、流星は異世界にて習得した能力で……3人の命がもう長くない事を把握していたのだ。

 オーラというか、生命力というか。

 死期が間もなく訪れようとしている者特有の気配を見知っていたからこそ、出来た決断である。

 それでも、立て続けに亡くなった事には驚いたけれども……まあ、それはそれとして、だ。

 ――土魔法『クリエイト』

 それは、異世界においては建築魔法とも呼ばれている魔法である。詳細を説明すると長くなるので省くが、要は工事の手間を10万分の1以下にする魔法である。

 無から有を作るのならば非常に難儀するし相応の知識が必要となるが、元々ある物を修復し、混ぜ合わせ、付け足し、増大し、形を変えたり変化させたり等々……それぐらいなら、そこまでの知識が無くてもいける。

 モンスターやら何やらで、現物そのものが修復不可能な状態になるのが珍しくない異世界ならともかく。

 ボロボロになろうと現物がそのまま残っている場合がほとんどな日本において、正しくこの魔法はチートであった。

 ……ふと、この魔法が根付いた異世界にて、この魔法が消えたらどうなるかと考え……話を戻そう。

 足場を作って騒音その他諸々を防ぐシートを張って、重機を運搬して云々の手間の一切が、『魔法』という反則技一つで省略された。

 原材料……が高価でも大丈夫。

 ダイヤモンドが必要なら、木炭さえあれば数秒で用意出来る。その程度の知識さえあれば何とかなる。

 それどころか、『こういう感じの○○で、ここは××で~』と念じるだけで、魔力という魔法を発動させる力と、材料さえ足りてれば勝手に出来上がる。

 土魔法『クリエイト』とは、そういう魔法なのだ。気分は、3クリックでアイテムが出来上がるクラフトゲームである。

 使っている当人ですら、よく分からないままに使っているという事実に目を向けると滅茶苦茶怖くなるのだが……まあ、そこらへんを気にする繊細な心はもう、流星には無い。

 ひび割れたガラスだって、壁や配管だって、その他諸々の摩耗した部品だって、そのモノが無くとも、その材料さえあれば、ポンッと新品同然にまで修復なり復元なり出来ちゃうわけである。

 必要なのは知識ではない。

 膨大な魔力と、比例して膨れ上がる材料と、途中で投げ出さない根気である。あと、有無を言わさない強引さと、細かい事を気にしない大雑把さである。

 おかげで、完成まで流星は朝から晩まで働きっぱなしであった

 だが……通常であれば相応の人員を集めて、2年から3年近く掛かる工程を、わすか三ヶ月程度で終わらせたのは……さすが、と言う他なかった。

 ……。

 ……。

 …………そうして、完成したのが、だ。

 マンション三つ分が収まっていた敷地の大半を使用する、十二階建て新築マンション(大嘘)であった。

 当然ながら、エレベーターは増やしたし、全階に停まるようにした。さすがに、1台は駄目だろうという判断である。

 あと、全部屋には光通信標準装備。こっちは気力が尽きたので専門業者に任せたが、その程度は誤差の範囲である。

 むしろ、凝り性だが途中で気力が尽きて投げ出しがちな性格の流星にしては、最後まで頑張った方である。

 それに、繋いでしまえば後は魔法でメンテナンス不要だし……そうして、多少なり各部屋や一部階層に違いを出して、その他諸々の準備を終えて。

 さて、そこまで出来れば、後はもう早い。

 契約魔法によって互いに利益が出るようにと縛り付けた、知り合い(意味深)の不動産屋を間に入れて、賃貸で売り出した。

 値段は、共益費その他諸々込みで相場の約3分の2。規則も緩く、マンション自治会も無いという破格の内容であった。

 値段が低い理由は、適当に色々と付けた。たとえば、少しでも早く空き部屋を埋めたいから、安くとも埋まってくれていた方がマシ……と。

 何でそんな事をと思うだろうが、人間……本当に上手い話ほど警戒してしまうものだ。責めているわけではない、それもまた身を守る術なのである。

 とはいえ、警戒が強いのは最初の内だけだ。日にちが経ち、1人2人と入居者が入るようになれば……後はもう、早い。

 口コミのネットワークとは、上手く動けば奥の宣伝費を掛けるよりも有効になる。ものの半年も経たない内に、部屋は全て埋まり……そうして、全てが完了した。

 ――そう、後は寝ているだけでも毎月お金が入ってくる、不労所得生活である。

 どうしても手が届かない(面倒臭いという思いもある)所は業者に任せ、手が届く範囲は魔法で経費削減。

 そして、随時、魔法にて修復しているので、常に新品同然。経年劣化など、流星のマンションには存在しない。

 故に、一つ一つの収入が少なくとも、利益は十分。

 だって、修繕費はほぼ0だし、実のところ設備の一部は魔法的な道具を使って日常的に代用しているから、その分の費用は0。

 税金その他諸々の分を置いておくにしても、毎月数百万円近くは自由に使っても問題ない計算であり、実際、そのようになった。

 大きなマンション一つ所有しているにしたら安すぎると捉えるべきか、高すぎると捉えるべきかは人それぞれだが……少なくとも、流星は非常に満足していた。

 というのも、流星にとって今は、結局のところ余生なのだ。

 流星の心は、元の世界に戻る為に燃やし尽くしてしまったのかもしれない。

 診断を受けたわけではないが、燃え尽き症候群というやつなのだろうと自覚していた。

 ――兎にも角にも、何も考えずに時を過ごしたかった。

 それだけが、流星の願いであった。もう、余計な事は何も考えたくなかったし、何かを強制されるのもウンザリだった。

 ……いずれ、何かをしたくなる時が来るのだろう。でもそれは、今ではないのだ。

 だから、全ての準備が整った後……マンションの屋上に用意した自宅に住所を移した流星は……そのまま、緩やかな日常を過ごしていった。

 それは、傍から見れば退屈と思われそうな日常の繰り返しだったのかもしれない。

 けれども、流星は満たされていた。

 料理がしたければ材料を揃え、ゲームがしたくなければ興味が湧いたヤツを揃え、何もしたくなければボケッと何日も映画を眺め続ける。

 性欲が溜まれば、その時の気分で如何様にも発散した。時には、面倒に思って放置することもあり、身体を鍛え戦える状態を維持する事だけは半ば癖になっていたので続けていた。

 それで、十分だった。それでも、流星は幸せであった。

 盆や正月なんかに実家に挨拶をしに行ったり、兄妹に少しばかり援助したり……それで最低限の義理を果たしたと思っていた流星は、ただただ流れて行く時の中を漂い続けた。

 ……。

 ……。

 …………そうして、気付けば15年。

 後1年とちょっとで、30後半へと差しかかろうとしていた流星の……遊び無くカチリと噛み合っていた歯車に、僅かばかり余裕が生まれたのは。

 ゴールデンウィークも終わり、季節は梅雨に移り変わろうとしていた……そんな時であった。
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