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第三十七章
奇襲の仕返し
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コンコースで待っていたナリンさんジノリコーチを連れて、俺は真っ先にドワーフベンチの方へ向かった。
「全大陸に中継されますからね。それに恥じない試合をしましょう」
『うむ。約束の方も、忘れるでないぞ』
手を握りながら互いに一言だけ延べ、複雑な通訳を待って内容を聞いてから頷きあって別れる。
そうしてベンチへ戻り見渡すスタジアムは熱気ムンムンだ。それにキラキラもしている。エルフvsドワーフという宿敵同士の対戦であるという事に加え、マンデーナイトフットボールだ。夜の空の下に見える観客席はいつもより輝いて見えるものだな。
「ピッ!」
その夜空に最も近い場所に陣取るドラゴンの審判さん――今日はストックトンさんだ。やはり注目の試合は審判も偉いドラゴンが裁くのだな――が軽く笛を鳴らし、副審と選手達へ合図を送った。さあ試合開始だ!
「キックオーフ!」
魔法に頼らずとも隅々まで届くノゾノゾさんの大声がスタジアム中に響いた。コイントスの結果、ボールはアローズがとっている。センターサークルにいたリストさんが後ろに蹴って、それから彼女は前へ走った。
俺達のチームはできるだけ、全員にまずワンタッチさせる。ウォーミングアップでも散々ボールに触っているが、実際のプレイ中はまた別の感覚になるからだ。とりあえず一度パスを受ける、パスを出すという行為を行えばタッチも確認できるし落ち着きも出てくる。
全員、と言えば今日のシステムは基本の1442でスタメンもかなり何時ものメンバーだ。つまりGKがボナザ、DFは左からルーナ、シャマー、ムルト、ティア。中盤はマイラとクエンのドイスボランチに左ダリオ右ポリン。FWはリストとレイが流れによって縦関係になったり横に並んだりする。
ボールはそんなメンバーを順番に……は行かなかった。リストさんからボールを受けたポリンさんは意外にも前へ走っていたクエンさんへパス。ナイトエルフのボランチはそれをダイレクトで横にヘディングでパスする。それを受けたのは相方のボランチであるマイラさんだ。
『なんじゃと!?』
その展開でドワーフDF達は混乱に陥った。キックオフ直後の奇襲は不思議でも何でもない。事実、プレシーズンマッチでは送風装置の力を借りたとはいえ彼女たちドワーフが仕掛けてきたのだから。
しかし普段なら全員にパスを回してからスタートするアローズがそれをやるのは異例だし、前へ走るのがボランチ2名――中盤の底に位置しDFラインの守備を助け、パスでゲームを組み立てるのが主な役割だ――となればもはや異常だろう。
でもまあ奇襲ってのは相手の意表をつくから効果あるんですけどね!
『良いパスです!』
クエンさんが頭で落としたパスをマイラさんがこれまたダイレクトで展開。左サイドでそれを受けたのはダリオさんだった。左サイドラインを削ってふわりと中央へ戻る様なマイラさんのパスを姫様が追いかけて胸でトラップし、ドリブルを始める。
ここまで全てのプレイがワンタッチで行われてきたが、そのドリブルでリズムが変わった。ピンボールの様に飛び交うボールに見とれていたドワーフ達も呪縛から解かれて走り出す。
「でも遅いよね」
俺は我ながら意地悪な微笑みを浮かべながら呟いた。ドワーフ女子は幼女らしい見た目だが足腰が強く、ポジションを取る時の押し合いや5分のボールの奪い合いでは抜群の強さをみせる。太い脚と低い重心、そして何よりドワーフ魂というか気迫が凄いのだろう。
しかし反転するスピードは遅かった。それは他チームとの試合の映像でも、直前のウォーミングアップを直接みても分かる事だ。もちろん単純なスピードも遅い。だが自分の背後に出たボールや選手を追いかけるためにくるりと身体を回転させ走り出す、そういった際の動きがとりわけ鈍重なのだ。
そんな彼女らがダリオさんのドリブルに追いつくのは不可能な話であった。なので最初からそちらは諦め、ペナルティエリア内の守りを固めることを選択すべきだった。
しかしドワーフの右WBとCBは背番号10を追い、スペースを空けた。そこは守備組織の構築に長けたドワーフのこと、残ったDF陣も連動して少しづつ彼女らから見て右へスライドしていく。ジノリコーチを俺に引き抜かれても、まあまあの守備力を維持していると見える。
「行ける!」
だがまあまあの守備力では彼女を止めるには十分でなかった。黒い風の様な彼女を。
『どうぞ!』
ペナルティエリアの角付近からダリオさんがセンタリングを上げた。両足をそつなく使えるこのナンバー10の左足から放たれたボールは、GKが飛び出せない絶妙なコースを漂って場違いなほど平和な軌道を描く。
『姫様、やらし』
そのボールに合わせたのはレイさんだった。ナイトエルフのファンタジスタはふわりと飛び上がり、ジャンプの頂点で頭を振る。
「あの技巧派がヘディング!?」
と多くのサッカードウファンが思った事であろう。確かにヘディングを好まないファンタジスタは多い。その理由は様々だ。頭の高さくらいのボールも脚で扱えるとかヘディングすると髪型が崩れるとか。そもそもハイボールのターゲットにならないとかもある。
しかし、少なくともレイさんはヘディングも上手だった。もともと抜群の跳躍力を持っている――学院で机や同級生を軽々と飛び越える所も見ている――上に、彼女は単純に全身を使ってボールと戯れるのが好きだからだ。
『ぽん!』
という柔らかい音が聞こえそうなヘディングシュートだった。最初からレイさんに追いつけるドワーフはおらず、空中ではなおのことフリーだ。威力よりもコースを狙ったそのシュートはGKが伸ばした手の上を通り抜けネットに優しく受け止められた。
『ゴーーーール!』
ノゾノゾさんの大声とエルフたちの絶叫がリーブズスタジアムを包む。前半僅か1分で先制! 1-0だ!
「全大陸に中継されますからね。それに恥じない試合をしましょう」
『うむ。約束の方も、忘れるでないぞ』
手を握りながら互いに一言だけ延べ、複雑な通訳を待って内容を聞いてから頷きあって別れる。
そうしてベンチへ戻り見渡すスタジアムは熱気ムンムンだ。それにキラキラもしている。エルフvsドワーフという宿敵同士の対戦であるという事に加え、マンデーナイトフットボールだ。夜の空の下に見える観客席はいつもより輝いて見えるものだな。
「ピッ!」
その夜空に最も近い場所に陣取るドラゴンの審判さん――今日はストックトンさんだ。やはり注目の試合は審判も偉いドラゴンが裁くのだな――が軽く笛を鳴らし、副審と選手達へ合図を送った。さあ試合開始だ!
「キックオーフ!」
魔法に頼らずとも隅々まで届くノゾノゾさんの大声がスタジアム中に響いた。コイントスの結果、ボールはアローズがとっている。センターサークルにいたリストさんが後ろに蹴って、それから彼女は前へ走った。
俺達のチームはできるだけ、全員にまずワンタッチさせる。ウォーミングアップでも散々ボールに触っているが、実際のプレイ中はまた別の感覚になるからだ。とりあえず一度パスを受ける、パスを出すという行為を行えばタッチも確認できるし落ち着きも出てくる。
全員、と言えば今日のシステムは基本の1442でスタメンもかなり何時ものメンバーだ。つまりGKがボナザ、DFは左からルーナ、シャマー、ムルト、ティア。中盤はマイラとクエンのドイスボランチに左ダリオ右ポリン。FWはリストとレイが流れによって縦関係になったり横に並んだりする。
ボールはそんなメンバーを順番に……は行かなかった。リストさんからボールを受けたポリンさんは意外にも前へ走っていたクエンさんへパス。ナイトエルフのボランチはそれをダイレクトで横にヘディングでパスする。それを受けたのは相方のボランチであるマイラさんだ。
『なんじゃと!?』
その展開でドワーフDF達は混乱に陥った。キックオフ直後の奇襲は不思議でも何でもない。事実、プレシーズンマッチでは送風装置の力を借りたとはいえ彼女たちドワーフが仕掛けてきたのだから。
しかし普段なら全員にパスを回してからスタートするアローズがそれをやるのは異例だし、前へ走るのがボランチ2名――中盤の底に位置しDFラインの守備を助け、パスでゲームを組み立てるのが主な役割だ――となればもはや異常だろう。
でもまあ奇襲ってのは相手の意表をつくから効果あるんですけどね!
『良いパスです!』
クエンさんが頭で落としたパスをマイラさんがこれまたダイレクトで展開。左サイドでそれを受けたのはダリオさんだった。左サイドラインを削ってふわりと中央へ戻る様なマイラさんのパスを姫様が追いかけて胸でトラップし、ドリブルを始める。
ここまで全てのプレイがワンタッチで行われてきたが、そのドリブルでリズムが変わった。ピンボールの様に飛び交うボールに見とれていたドワーフ達も呪縛から解かれて走り出す。
「でも遅いよね」
俺は我ながら意地悪な微笑みを浮かべながら呟いた。ドワーフ女子は幼女らしい見た目だが足腰が強く、ポジションを取る時の押し合いや5分のボールの奪い合いでは抜群の強さをみせる。太い脚と低い重心、そして何よりドワーフ魂というか気迫が凄いのだろう。
しかし反転するスピードは遅かった。それは他チームとの試合の映像でも、直前のウォーミングアップを直接みても分かる事だ。もちろん単純なスピードも遅い。だが自分の背後に出たボールや選手を追いかけるためにくるりと身体を回転させ走り出す、そういった際の動きがとりわけ鈍重なのだ。
そんな彼女らがダリオさんのドリブルに追いつくのは不可能な話であった。なので最初からそちらは諦め、ペナルティエリア内の守りを固めることを選択すべきだった。
しかしドワーフの右WBとCBは背番号10を追い、スペースを空けた。そこは守備組織の構築に長けたドワーフのこと、残ったDF陣も連動して少しづつ彼女らから見て右へスライドしていく。ジノリコーチを俺に引き抜かれても、まあまあの守備力を維持していると見える。
「行ける!」
だがまあまあの守備力では彼女を止めるには十分でなかった。黒い風の様な彼女を。
『どうぞ!』
ペナルティエリアの角付近からダリオさんがセンタリングを上げた。両足をそつなく使えるこのナンバー10の左足から放たれたボールは、GKが飛び出せない絶妙なコースを漂って場違いなほど平和な軌道を描く。
『姫様、やらし』
そのボールに合わせたのはレイさんだった。ナイトエルフのファンタジスタはふわりと飛び上がり、ジャンプの頂点で頭を振る。
「あの技巧派がヘディング!?」
と多くのサッカードウファンが思った事であろう。確かにヘディングを好まないファンタジスタは多い。その理由は様々だ。頭の高さくらいのボールも脚で扱えるとかヘディングすると髪型が崩れるとか。そもそもハイボールのターゲットにならないとかもある。
しかし、少なくともレイさんはヘディングも上手だった。もともと抜群の跳躍力を持っている――学院で机や同級生を軽々と飛び越える所も見ている――上に、彼女は単純に全身を使ってボールと戯れるのが好きだからだ。
『ぽん!』
という柔らかい音が聞こえそうなヘディングシュートだった。最初からレイさんに追いつけるドワーフはおらず、空中ではなおのことフリーだ。威力よりもコースを狙ったそのシュートはGKが伸ばした手の上を通り抜けネットに優しく受け止められた。
『ゴーーーール!』
ノゾノゾさんの大声とエルフたちの絶叫がリーブズスタジアムを包む。前半僅か1分で先制! 1-0だ!
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