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第三十七章

某氏のぼうし

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「「いらっしゃいませー!」」
 ロッカールームへ入った俺たちを迎えたのはそんな合唱だった。
「今日はどんなお帽子をご希望ですかにゃん?」
「こちら、グリフォンからむしりとった羽根飾りが自慢の逸品やで」
「職人が一本の樹木から削り取ってつくった木の帽子ですわ」
「サガミ豚の膀胱で作った下半身用の小さい帽子もあるぜ!」
 驚きつつも中を見渡せば、更衣室はちょっとした帽子屋さんの様なレイアウトになっており、マイラさんやレイさん等が手に手に様々な帽子を持っていた。
 いや最後のティアさんのだけちょっと違うな!
「どういうつもりで……」
「何事にも万が一ってのがあるからさ。もしドワーフに負けたら監督、頭が寂しくなるでしょ? それでこれ」
 キャップの様な物を身につけたユイノさんが俺の質問に答える。おお、GKがキャップを被っているとなんか本物みたいだな。
「感謝しなさいよ。たった一日でこれだけ集めたんだから」
 リーシャさんが親友を引き継いで笑顔で話した。珍しく楽しそうだな。だが……。
「お気遣いは感謝します。でも俺、スキンヘッドになっても別に被りませんよ?」
「「ええーっ!?」」
 前髪を引っ張りながら言った俺の言葉に、選手達が驚きの声を上げる。
「もともと坊主頭もありかな? とは思っていたんですよ」
 俺は彼女らの反応を意外に思いながらも、言葉を選んで続ける。
「衛生面で利点がありますからね。清潔だし、洗いやすいし。それに髪型キメて色気付きたい年齢や立場でもないですし」
 軍隊及びそれを模倣した昔の体育会系が短髪を強制してきた理由も、結局のところその辺りになる。集団行動において病の感染というのは非常にやっかいで、それを防ぐには清潔に過ごすというのが大事だからだ。
 ってゴルルグ族のグレートワームで集団食中毒事件を起こしたチームにこれを言うのは今更ですけどね!
「まあ、スポンサーがついたら考えますけどね」
 俺は脳裏にアメリカスポーツ業界のあれこれを想定しながら言う。試合後のインタビュー中にそのキャップを被ってスポンサー名を口にしたらプラス何万ドルのボーナスとかなんとか。凄い世界だ。
「それよりも入り方ですけど。DFの4番5番はやはり反転の動きがそれほどシャープではありませんでした。開幕パターンはBで……って聞いてます?」
 ついでドワーフ代表のウォーミングアップを見て分かった点のフィードバックを試みたが、ふと何名かが集中していない事に気づいた。
「なあ、ウチら滑ったんとちゃう?」
「アイツの感覚がおかしいのよ」
「ショーパイセン、そういう所あるっすよね!」
 見ればレイさんやリーシャさんらが輪になって反省会っぽい雰囲気になっていた。うん、コミュニケーションをとるのは良いことだ。だけど今は俺の話を聞いて欲しいな。
「監督、宜しいですか?」
「あ、はい」
 そこへダリオさんが目配せをし、中央へ歩みでた。
「みなさん! 監督には帽子が必要ないようですが、無駄にしない方法があります。ご存じですか?」
 彼女がそう切り出すと、全員の目が集まる。
「それはハットトリックを達成する事です。そもそもハットトリックとは、3得点を挙げるという目覚ましい活躍をした選手に帽子を贈る風習があった事から、と聞きます。今日は大量得点をあげてその風習を復活させましょう!」
「「おおっー!」」
 ダリオさんの言葉に全員が気合いの声で答えた。あんなとっちらかった雰囲気を一発で戦う空気へ変えるとは、やはり姫様はカリスマが違うな!
「ありがとうございます。おっと、もう時間だ。パターンBですよ! じゃあ、キャプテン」
 ダリオさんが俺に目礼して下がり、俺は締めの合図をシャマーさんにお願いした。
「みんな、スキンヘッドに惑わされちゃ駄目だよ~。要はドワーフ代表が勝ったら監督の髪型をドワーフが決めて良いってことー。じゃあ私たちエルフが勝ったら~?」
「……私たちが監督の髪型を決められる!?」
 シャマーさんの問いにツンカさんが答える。え? そんな話だっけ?
「そう~! 今日は大量得点で勝って帽子を貰って、その上でショーちゃんの髪型を決めるよ? 3、2、1『決めるのは私たち!』でいくよ? 3、2、1……」
「「決めるのは私たち!」」
 俺が首を捻っている間にシャマーさんの号令が飛び、選手達が呼応してロッカールームを出て行く。
「主導権を握っていきましょう! 試合も髪型も!」
 ナリンさんもそう言って選手の背中を叩きながら一緒に走っていった。残されたのは俺とジノリコーチだ。
「そんな話でしたっけ?」
「いや、ワシは忙しかったからのう……」
 俺の質問にヘッドコーチも首を傾げた。そうだよな、彼女は相手がドワーフとあって裏で動いて、色々と忙しかったもんな。
「あ、逆にワシから質問しても良いか?」
「はい、何です?」
「ティアが持ってきたこの小さい帽子はなんじゃ?」
 ジノリコーチはそう言って、青髪の右SBが置いていった物を持ち上げて俺に見せた。
「あ、えっと、これはですね」
 あのエルフの言葉によれば『膀胱で作った下半身用の』である。柔らかいゴムの様な感触で、親指に被せるには大きいが拳に入るほどではない。
「突撃一番と言うかなんというか……」
 俺はなんと続けて良いか分からず、それを延ばしたり回したりしながら悩む。この物体、要はこちらの世界のコンドームだろう。エルフの妊娠事情は特殊だがら性病帽子、もとい防止の意味が強いのかな? しかし良い素材だ。マウスピースに使えるかもしれない。
 まあ、サガミ豚とやらの膀胱を口に入れる事に抵抗が無ければ、ではあるが。あ、口と言えば!
「それはそうとジノリコーチ! この後ポビッチ監督に挨拶するので、ナリンさんと口利きお願いしますね!」
「おお、そうじゃった! 急ぐぞい!」
 俺がそう言うとジノリコーチはジノリ台から降り、いそいそとロッカールームを出て行く。
 ふう、何とか誤魔化す事に成功したぞ……。
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