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第三十七章

緊張する予約

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「へー。結構、軽いものなんですねー」
 俺は王城の兵士さんから預かった抜き身の剣をしげしげと眺めていた。
「ええ。我々は重さよりも剣戟の速さ、切れ味の方を重視しております」 
 カブトを目深に被ったその兵士は、表情こそ見えないものの非常に明るい声でそう答えた。
「蝶の様に舞い、蜂の様に刺すのが我らエルフの闘い方ですし」
「おお、モハメド・アリだ!」
 分からないだろうな、と思いつつも俺はそう言って剣を返す。
「それに……」
「それに?」
 俺が問いかけると途端に世界がグニャリと曲がった。今まで周囲に広がっていた城の風景が一変し、何かの光源で照らされた眩しい小部屋へ姿を変える。
「何ですかこれ!?」
 そう叫ぶ俺の身体は椅子に縛り付けられていた。この異世界へ来てからほぼ縁のない、しっかりした手摺りと背もたれとクッションのあるやつだ。強いて言えばスポーツグラスを作る際にリストさんが座った、眼鏡屋さんにあったそれに近い。
「それにね。鋭い方が、髪の毛も剃り易いってもんですよ……」
 そういう兵士さんの姿は、いつの間にか鎧から白衣に変わっていた。不思議な事に剣はそのままのサイズだ。
「えっ!? 剣で剃るんですか!?」
 ツッコムところはそこじゃないだろ? と自分で思いつつも口にせずにはいられない。
「なーに、問題アリませんよ」
「それいま回収するとこかい!」
 俺は自分を押さえられず左手の甲でその兵士さんだか理髪師さんだかの胸を叩く。というか叩けてしまった。左腕も手摺りに拘束されている筈なのに!
「きゃっ!」
 しかもその胸は柔らかだった。もう鎧ではないので固くないのは当然だが、それにしてもソフト過ぎる。言ってはなんだが、馴染みのある感触だ。その上、声まで可愛らしいときた。
「あ、そうか……」
 俺はそう呟きながら椅子から立ち上がった。すんなりと立ち上がれた。
「これは夢か」


 目を覚ました俺は監督室の椅子の前に立っていた。閉じていた筈のカーテンの一部が開いており、そこから午後の日差しが差し込んでいる。夢の途中で明るい部屋へ移動したのはこれのせいか。
「あ! 夢と言えば!」
 俺はさっと部屋の中を見渡した。案の定、俺の左側にはツンカさんがいて、自分の胸を押さえながら来客用の椅子にへたりこんでいる。
「大丈夫でした!? 腕が強く当たったとか!?」
 夢の中で兵士さん或いは理髪師さんへ左手でツッコミを入れた。それは夢の筈なのにやけにしっかりとした、いや正直に言うと柔らかい感触があった。
「ドンウォリー! ショーがハードなのを望むなら、それに合わせるよ?」
 いや駄目だツンカさんそれは悪い男に掴まるタイプの女性の考え方だ!
「いや、すみませんでした。えっと、何か用事でも?」
 少し顔を赤らめるデイエルフに俺は訪ねる。今日は試合当日だが開始は夜なので昼食後、監督室で仮眠をとっていたのだ。ナイトゲームの時は基本的に選手にも昼食後の昼寝を推奨しているんだよね。
 で、昼寝しているのは公表もしている。それなのにわざわざ起こすという事は、きっと大事な用事があるのだろう。
「ううん。ショーの寝顔をウォッチしたいと思っただけで」
「えっ!?」
 俺は少し混乱をきたす。俺の寝顔なんか見て何になるのか? とか寝顔を見るなら起こしちゃ駄目だろ? とか。……いや、起こしてないわ。俺が悪夢の中で勝手に起きただけだ。
「でも、すごくテリブルな感じだったよ? 汗、大丈夫?」
 ツンカさんはそう言って持っていたスポーツタオル的な布で俺の額の汗を拭う。
「大丈夫です、ありがとうございます。後は、自分ので拭きますから!」 
 俺はそう言って彼女の手を止め、自分の服の裾で髪の生え際付近の汗を拭った。それで、悪夢の原因に気がつく。
「あ、髪か……」
「ホワット?」
 ツンカさんは俺の呟きに首を傾げる。彼女は髪も化粧も、ついでに言えば身体の凸凹も派手ないかにもギャルといったエルフだが、こういった動作の端々には少女っぽい面影を見せる。
 これはアレだな。漫画とかなら高校でギャルデビューしたパターンで、もとは地味子だったキャラだな。
「さっき、髪を剃られる悪夢を見たんですよ。ほら、今日の試合で……」
「オウ! アイシー!」
 俺の説明にツンカさんが頷く。昨日のトークイベントにて咄嗟の流れからドワーフが負ければロビン元選手が、エルフが負ければ俺がスキンヘッドになる賭が成立してしまった。
 いやまあプロレスでは敗者髪切りマッチなどがたまに行われるし、高木琢也監督が選手時代、TV番組の罰ゲームで坊主頭にされた事もあったのだが……まさか俺が巻き込まれるとは。
「全然平気かな? と考えていましたが、思ったよりも未練があるみたいです」
 俺は自分の前髪を掴みながら苦笑する。さほどファッションや見た目に拘りがある方ではないがスキンヘッドになった事はないし、それを強制されるとなると話は別だ。
「ドンウォリー! 試合に負けなければ良いだけだよね? それに万が一、そうなった場合はツンカがセクシーなスキンヘッドに切ってあげる!」
 今日は控えに入っているMFは俺の心配を払うように笑って言った。セクシーなスキンヘッドねえ? まあジェイソン・ステイサムとかロック様とかいるにはいるが。
「ツンカさん、毛も切れるんですか?」
「オフコーズ! 最近も、アガサの髪を切ってセットしてあげたよ!」
 ツンカさんはそう言って大きな胸を張る。そうか、できるのか。まあオタクに優しいギャルもののギャルってネイルアーティストや美容師さんを目指す傾向があるもんな。
「へ~。アガサさんの?」
「イエス。見たら褒めてあげてね! ソーキュートなんだから!」
 彼女は両手をハサミのようにチョキチョキとし、顔の横でピースの様なポーズをとった。そう言うツンカさんがだいぶキュートなんだが……。
「分かりました。それを見てから本当に切って貰うか決めます。って勝てばそれを考える必要もないんでしたよね!」
 俺は彼女を見て揺れてしまった心を引き締めるように自分の両頬を叩き、歩き出す。
「どこ行くの、ショー?」
「いや、寝汗をかいたのでシャワーでも浴びてこようと」
 これは半分本当、半分嘘である。
「じゃあ一緒に入る?」
「入りません! ツンカさんもほどほどに身支度して下さいね!」
 からかうように笑うツンカさんにしっかり反論して、俺は廊下へ出て行った。
 マズいな……。寝起きだから熱いシャワーを浴びるつもりだったが、ちょっと冷水でも被った方が良いかもな……。
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