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第三十六章

消してやるのさ!

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 その後の撮影はたいへん姦しく進んだらしい。なにせエオンさんプロデュースによる衣装とメイクに身を包んだアローズOG達が年齢――息子娘は当たり前、孫や曾孫がいても珍しくはない――を忘れてコスプレ撮影を楽しんだのだ。それはもう、大騒ぎだっただろうしこれが商品化された際は素晴らしい売り上げを記録するだろう。
 いや『らしい』って何だよ? という話だが。というのも俺はその撮影に同席したものの、別の事に気を取られてあまり集中できなかったのだ。 
 その別の事とは前述の『商品化と売り上げ』に関係する。ポビッチ監督が売り子、もとい売り込んできたア・クリスタル・チャーム通称アクリルチャームのそれについてだ。そもそも彼のオファーは魅力的であり断るという選択は無い。しかし取り分についてと、彼が追加した条件には難しいものがあった。
 現状、アクスタが売れる度にエルフが、エルフだけが製造元としての正当な権利とアイデア料として、売り上げから一定の割合で報酬を貰っている。それでもしアクリルチャームが正式販売になった――この先、DSDKと話し合い認可をとる事になるが、恐らく通るだろう――暁には、同じモノを受け取る筈である。ポビッチ監督はそれの分け前を寄越せと言っているのだ。
 まあ当然の権利ではある。だが分け方については一筋縄ではいかなかった。当初、ポビッチ監督ははそれをナナサンでどうだ? と言ってきたのだ。しかしどちらが7に決まっても軋轢を残しそうなので、話し合いの末に結局ロクヨン――昔あったゲーム機の名前ではない。6対4で分けるという意味だ――という事になった。どちらが6かは次の試合が終わってのお楽しみ!
 その上で別の条件を追加してきた。それは
「ドワーフ代表についても、レジェンド選手のアクスタおよびアクリルチャームを販売する」
というものである。
 可能か不可能かで言えば可能だ。ドワーフはエルフと同様にサッカードウにおいて古豪チームで種族としても長寿なので、昔の名選手が多数存命である。だからこそ今回、両方のOG選手を集めてトークイベントが開催できるのである。
 しかしドワーフのレジェンド選手アクスタも販売してしまっては、エルフのそれの希少価値が減る。この商品の想定購買層はもちろんエルフではあったが、純粋なサッカードウマニアも含んでいる。往年の名選手アクスタを手に入れて、サッカードウの歴史に思いを馳せる……みたいな?
 ドワーフ版の存在はそういったマニアの購買力を分散して取り合ってしまいかねない。俗にいう『パイの奪い合い』というやつである。
 またもう一つ問題がある。レジェンドアクスタの存在は俺がデニス老公会を説得する時に使った材料の一つだった。
「これは我らエルフだけの特権ですよ」
と。
 ドワーフ版を作ってしまってはその約束を反故にしてしまう。無断でやってしまったらあの身の清い老エルフたちも激怒するだろう。そうしない為には再びルーク聖林へ行って話をつける必要がある。
 つまりアクリルチャームの販売をするなら、先にDSDKとデニス老公会の承認を得てドワーフとの契約をまとめ諸々の手配を行わないといけないのだ。
 どうだい非常に面倒くさいだろう? そんな事を考えていたんだから、撮影の方に集中できなくても俺は悪くないよね……。

「しかしまあ、パイの奪い合いを恐れるあまりに一欠片も手に入れられない、てのも馬鹿な話だしなあ」
 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。はっきり言ってドワーフ版レジェンドアクスタの製造問題の方が、分け前がどうだこうだよりよっぽど重要である。なのにポビッチ監督はそれを後から告げた。しかも試合より前の日に。これからしばらく、俺はその事に頭を悩ませないといけない。
 あの老将、案外食わせ物である。
「ねえ、ショーキチさん! 『パイに手を入れる』ってこんな感じ?」
 そんな俺に意味不明の質問が投げかけられた。
「はい!? って何してんすかバートさん!」
 質問の主はバートさんで、彼女のコスプレは黒のライダースーツだった。アレですよ、革で全身一体で黒光りしててスパイとか女狐とかが着るやつ。
 そしてそういった服の例に漏れず胸と所で開ける事ができて、下には何も着てない感じ。バートさんは胸の部分を大胆に開け、そこへ片手を突っ込んでいた。
「え? だって『どんなポーズが良いかな?』って聞いたらショーキチさん、『おっぱいの間に手を入れるポーズ』って言ったじゃない?」
 言いましたっけそんなの!? いやパイを手に入れるとかどうとかは独り言してたけどさ……。
「すみません。考え事をしていまして。というかこの世界にそんな服、あったんですね」
「これはライダースーツと言ってね、グリフォンレースのライダーが着るの! 軽くて空気抵抗が低いのは良いんだけど、ポケットがあまり無いんだよね。だから大事なものは、ここに……」
 バートさんはそう言ってねっとりとした視線で俺を見ながら、手を更に奥へ進める。あー地球のフィクションで言うと女怪盗が盗んだ宝石を、女スパイが大事なUSBメモリを、とかのやつね!
 と理性は冷静に分析していたが、俺の目は彼女の手の先に釘付けになっていた。
「あら、良いですわね! やっぱり誘惑する対象がいた方が表情に艶が出ます!」
 ちょっとまずいなどうしよう? と思っていた所へカメラマンのエルフさんがやってきて、そう叫びながら撮影装置を何度か光らせた。
「やっぱり? じゃあショーキチさん、一緒に写ろう!」
 それを聞いたバートさんが嬉しそうな声を上げ俺をスクリーンの方へ引っ張って行こうとする。
「いや俺がアクスタに入ったら駄目でしょ!?」
「それは後から消しボムマジックで消しますよ」
「そんなんあるんすか!?」
 カメラマンさんが言ってるのは画像修正の話か? しかしずいぶん物騒な名前の魔法だな! 
「じゃあ大丈夫だね! こっちきて!」
「あ、私も上に跨がりたいからお願い!」
 バートさんがカメラマンさんの言葉に頷き俺の手を引くと、小悪魔風のコスプレをしたエルフもやってきて次の予約をする。いやどんなアングルよ!?
「それは良い案ね……」
「実は私も!」
 それを聞いた他のエルフも次々と便乗してくる。その後、俺は様々なケースの撮影相手として使われる事となった……。
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